ゾロはきっちり一週間待った。



奴らしいと言えば奴らしいが、俺はそれをいい方に解釈している。
多分もう、忘れてるだろう。
あの時は、二人ともいささか混乱していた。
成り行きで暴走した感もある。

チョッパーは一週間のドクターストップをかけたが、実際俺は3日目からキッチンに立った。
動けるようになれば、じっとしていられない性分だし。
わざわざ赤ペンで細工されるのも嫌だったし。

何事も元通りだった。
ルフィは良く食い、ウソップはホラばかり吹く。
ナミさんはやっと食事当番から解放されると抱きついてくれた。
ロビンちゃんは黙って微笑み、チョッパーは何かと手伝ってくれる。
そしてゾロは・・・相変わらず寝こけている。
甲板に寝転がって、食事時でも知らん顔だ。
業を煮やした俺が横腹を蹴り上げるまで、無防備に眠っている。
いつもどおりだ。
何も変わっちゃいない。
――――けど


あれからちょうど一週間。
船は小さな島に着いた。










メンバーは次々と街に散っていく。
船番はチョッパー。
ログが溜まるまで3日かかるから、買出しは最終日にまとめてすることにしよう。
取り合えず市場など下見をしようと歩き出した俺の後を、誰かがついて来る。
なんか、やな予感。
ふりむくと、目つきの悪い野郎がいる。
無視してまた歩く。
同じ速度でついて来る。
俺が早足になると、早足に、駆け出すと走ってきた。
「てめえ、なんでついて来る!」
振り向きざまに蹴りを入れると、生意気に避けやがった。
「忘れたか、一週間たったぞ」
俺の背筋を悪寒が走る。
覚えてた?こいつ。
「・・・なーんのことかな」
俺はわざとそっぽを向いて煙草を吸った。
「しらばっくれても無駄だ。チョッパーに助けを求めるんなら、今のうちだぞ」
「誰がだ!」
言ってしまったと思った。
凶悪面した奴が、さらに悪そうににやりと笑いやがる。
「てめえの身はてめえで守るんだよなあ」
じゃり・・・と足元の土を踏みしめて、ゾロが近づいてくる。
俺は間合いを計りながら、なるべく人通りの多い道を選んで移動する。
いくらアホでも街中で刀は抜かないだろう。
凶器が出ない分、俺の方が有利だ。
「あいにく俺は忘れっぽくてね」
煙草を投げ捨てると同時に廻し蹴りを入れる。
あっさりかわされたが俺は地面に手をついて、砂を掴み奴にかけた。
「てめ・・・」
「喧嘩に卑怯もクソもあるかよ!」
一瞬怯んだ奴の腹に一発加え、素早く人込みの中に飛び込む。
まいてしまえばこっちのものだ。
帰巣本能も欠如した方向音痴だ。
俺どころかGM号にもたどり着けまい。


俺は息が続く限り走りつづけた。









なるべく奴が近寄りそうにないところ。
手っ取り早く、売春宿に逃げ込むのが一番だ。
俺はゾロをまいて、歓楽街へ飛び込んだ。
綺麗なお姉さん、可愛いお姉さん、妖艶なお姉さん。
選り取りみどりの美女が、俺に声を掛ける。
やっぱいーよなー、レディは。
優しいし、綺麗だし、柔らかいし
―――ひでえことしねえし。

俺はきょろきょろしながら歩き回り、一人のお姉さんの前で立ち止まった。
男に声も掛けず街角に立って煙草を吹かしている、ちょっとうらぶれた感じのお姉さん。
酸いも甘いもかみ分けたような、落ち着きが漂っている。
俺はふらふらとお姉さんに近づいていった。


一緒に入ったのは歓楽街の外れの一軒宿。
お姉さんの塒らしい。
きしむ階段を昇って二階に上がると、他にも似たような部屋がたくさんあった。

お姉さんは面倒見が良くて、思ったとおりとても優しい。
安物の香水の匂いも、肌になじんでいるようで悪くなかった。
お姉さんは一生懸命、あれこれ手を尽くしてくれたが、結局俺は勃たなかった。
俺がごめんね。というと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
裸で抱き合っているだけで、俺はひどく満たされた気分になる。
お姉さんの腕の中で、ぽつりぽつりと自分のことを話した。
成り行きで大勢の男にやられちゃったこと。
助けてくれた仲間が、やられた俺に欲情して襲われそうになってること。
お姉さんはいたく同情して、俺の髪をなでてくれた。
「今夜は一晩、付き合ってあげるから、ゆっくりお休みなさい。」
暖かなお姉さんの胸で、俺は安らいだ気分で目を閉じた。







「きゃーっ」
「ひええっ」
束の間の静寂は、けたたましい悲鳴で破られた。
びっくりして二人で飛び起きる。
悲鳴は一階の方から聞こえてきた。
何度かバタンバタンと、扉を開ける音がして、そのたびに悲鳴が上がる。
ダンダンダンっと乱暴に階段を駆け上がる音がする。
男達の怒声が追いかけてきたが、バタバタとなぎ倒されるような物音と共に階下へ落ちていったようだ。

俺は嫌な予感に凍りついた。
またしても悲鳴が上がる。
バタンバタンと扉の開く音が、遠くから順番に聞こえてくる。
「お助けー!」
素っ頓狂な悲鳴が隣室から聞こえてきた。
ってことは、次は・・・
バターン!
ひときわ大きな音を立てて、目の前のドアが開けられる。
そこに立っていたのは、
――――――三刀流のロロノア・ゾロだった。




たっぷり5秒は固まったと思う。
全裸のまま、お姉さんと二人、シーツの中で抱き合って呆然としていた。
ゾロは俺の姿を認めると、すいっと目を細めて大股で近づいてきた。

用心棒はどうしたよ。
こういう宿には、必ずいるだろうに。
全員、やられちゃったかな。
ゾロは俺の前まで来ると、刀を抜き、刃を目の前に突き出した。

「いー度胸だな。俺をまいて女と乳繰り合うとは・・・」
まるで地獄の底から響くような声だ。
めちゃくちゃ怒ってる。
気のせいか緑の髪が逆立って見える。
怒髪天を突くってやつか。

余計なことを考えている内に、お姉さんが俺の前に立ちはだかった。
豊かな胸もあらわに両手を広げて、俺をかばう。
なんて美しい後姿。
「あんた、仮にもこの子の仲間なら、無体なことするんじゃないよ」
お姉さんの言葉に、ゾロの片眉がぴくりと上がる。
「人の弱みに付け込んで、サイテーだよ!」
「ンだとぉ・・・」
ぎりぎりと、音を立てそうなほどゾロが睨んでいる。
これって、普通は俺の女に手出しやがって・・・て構図なんだろうなあ。
ちょっと男女逆だけど。

しかしこの状況はまずい。
蹴りを繰り出したくても、素っ裸では躊躇われる。
俺はお姉さんの体に縋り付いた。
刃の切っ先が少しでもお姉さんの肌に触れたら、きっと裂けちまう。
「待て、ゾロ3分時間をくれ」
「ああっ?」
これ以上はないくらい凶悪な面だ。
背中にどろどろのオーラが漂ってる気がする。
しかもオーラの向こうにはたくさんのギャラリーが・・・

「・・・おい、あれ三本刀だぜ」
「もしかして、ロロノア・ゾロか?」
小声でなにやら聞こえてくる。
俺はもう居たたまれなかった。
「ドアを閉めて、3分待て。3分たったら必ず出るから。約束する」
約束、に力をこめる。
これを出せば奴が聞かないはずはない。
「なんで、3分なんだよ」
「俺は素っ裸だ、阿呆!」
ゾロはちっと舌打ちすると、徐に踵を返してギャラリーに怒鳴った。
「誰か時計持って来い!」
さっきまでざわざわしてた見物人どもは悲鳴と共に蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、宿主らしき男が
震える手で目覚し時計を持ってきている。
扉は乱暴に閉められた。




「あんた、大丈夫?」
優しいお姉さんは心底心配してくれている。
「窓から、逃げる?下りられるようになってるよ」
俺は手早く服を身に付けながら、首を振った。
「どの道いつまでも逃げていられるもんじゃねえし、迷惑掛けて、ごめんね」
鏡を見て身支度を整え、俺はふうと息を吐いた。

「それに、正直俺はあの直情直下型馬鹿野郎を・・・そう嫌いじゃない」
お姉さんを安心させるように、ちょっと笑って心にもないことを言ってしまった。
たしかに、嫌いじゃないけどよ。
お姉さんはまたぎゅうっと俺を抱きしめてくれて、額をこつんと合わせてくれる。
「ありがとう。俺、貴女のお陰で、ちょっと救われた気がする。」
そして軽くキスをする。
感謝を込めて。


どごんっ!
とドアが鳴った。
やべえ、もう3分か。
少しでも遅れたらドアは蹴破られるだろう。
これ以上迷惑はかけられねえ。
俺は仕方なくドアを開けた。
・・・ら、目の前にクソマリモが。
あんまり近くにいたんでびっくりして、また固まってしまった。


硬直している俺を軽く抱え上げると、奴はまるで荷物のように肩に担いで階段を下りていく。
ギャラリーはさっきより増えていて、遠巻きに俺達を見送っている。
「・・・やっぱりゾロだぜ。海賊狩りの」
「なんだってまた、こんなとこに・・・」
「賞金首だろ」

俺はゾロの背中で死んだふりを決めた。
「あの金髪の男はなんだよ」
「死んでるのかしら」
「―――いや、さっき・・・」
いきなりゾロが出口のところで立ち止まり、振り向く。
見物人は一斉に身を隠した。
「邪魔したな」
一声かけて、悠々と出て行った。

俺は恥ずかしいのとかっこ悪いのとで、身動きすらできなかった。
いっそ、死んでしまいたい。







夜明け前