ゾロは俺を担いだまま、別の宿に入っていった。
カウンター越しに受付を済ませる。
俺は指の先まで力を抜いて、死んだ振りを決め込んだ。

宿の主人は最初ギョッとしたようだったが、事務的に手早く手続きを済ませた。
さすがプロだね。
いろんな客が来るんだろうなあ。
階段を登るゾロの歩幅にあわせてゆらゆらと揺れながら、ぼんやりと考えた。




部屋に入りドアを閉めると、俺を乱暴にベッドの上に放り投げる。
こうなりゃもうヤケだ。
このまま死んだ振りを続けよう。
投げ出された体勢のまま動かない俺を仰向けにひっくり返し、ネクタイに手をかける。
何かちまちまとやっていると思ったら、いきなりブチっと音がした。
さすがにびっくりして目を開けると、眼前には無残にも引きちぎられたネクタイが揺れている。
そのままシャツに手をかけたので、俺は必死でその手首を掴んだ。
「何しやがる、この馬鹿力!」
これ以上破られたらたまらない。
「自分で脱ぐ!さわんなクソ腹巻!」
ゾロの手を振り払って両手でボタンを外し始めた。
慌てているせいか、うまくいかない。
なにやってんだろう、・・・俺。

下を向いて服を脱ぐのに手間取っている俺の髪を掴んで、ゾロが無理やり顔を向かせた。
「とっとと脱いで、その胸糞悪い匂い、落として来い」
ドスがきいている。
いつもより数段低い、めちゃくちゃ機嫌の悪い声。
―――怒ってんなあ、こいつ。
もともと直情型に加えて、またしても刺激の強いもん、見せちまったかな。
よくよくタイミングの悪い奴だ。
俺は、悪くねえ。







バスルームに入り、服を脱ぎ捨てた。
手早く身体を洗う。
ああ、マジで何やってんだろう・・・俺。
流れ行く泡と一緒にお姉さんの残り香も消えていく。
風呂上りの俺は、何の匂いもしねえ、まっさらの綺麗な身体だ。
ゾロはそんなのが、いいんだろう。
顔にシャワーの湯を浴びながら、ぱちぱちと瞬きをする。

やっぱだめだ。
俺はだめだ。
奴に抱かれるのはだめだ。
湯が目にしみる。
俺は両手で顔を覆い、しばらく動けなかった。










風呂から上がってシャツとズボンだけ身につける。
お姉さんの残り香が残っている服。
風呂入ったって同じじゃねえか。
けど、タオル1枚巻いて出て、さあどうぞって訳にもいかねえだろ。

物音を立てずに恐る恐るドアを開ける。
ゾロはこっちに背中を向けてベッドに座っていた。
俺が上がってきたのは気配でわかっているだろうに、ぴくりとも動かない。
お・ま・た・せーとでも言って、近づくとでも思ってんのか。
俺は身を隠したまましばらく逡巡した。

風呂の窓は狭くて出られねえ。
後ろ向いてる隙にコリエシュートを決めるか。
いっそそこの電気スタンドで殴り倒すか。
奴の動きは素早いから、隙が必要だな。
最初は色仕掛けで油断させて、決めるか。


シャワーの音が止んで、ずいぶん経つのに奴は振り向かない。
寝てんのか。
むきむき筋肉のついたでかい背中が、なんでか小さく見える。
いや、小さいってーか、哀愁漂ってるっていうかー・・・
結局俺は、その背中に引き寄せられるように近づいていった。
やっぱ、色仕掛けで行くか。

寝ているのかと、横から覗き込もうとして、いきなり首根っこを掴まれた。
そのまま抱え込まれて口付けられる。
予想もできない乱暴さに、思わず抵抗するが、身動きすら取れない。
足だけがバタバタと空を蹴った。
散々人の口ん中を舐めまわして、首筋に顔をうずめる。
俺が首を竦めるといきなりがばっと顔を上げた。
「ちゃんと洗ったのかてめえ、臭せえじゃねえか」
「服についてんだよ。しかたねえだろ!」
「なんで服なんざ着るんだてめえ!」
「嫌ならするな、あほ!」
しまった、喧嘩してどうするよ、俺。
色仕掛けだろうが。

やけっぱちでがんがん噛み付いてくるゾロに気づかれないように、俺はズボンのポケットに手を忍ばせる。
さっきお姉さんの部屋から拝借してきた果物ナイフ。
ゾロ相手じゃ脅しにも使えないだろうけど、隙をつくきっかけくらいにはなるだろう。
本当は瑞々しいフルーツなんかにさっくり行きたいのに、こんな固くて汗臭い筋肉の固まりに突き立てるなんて
ほんっとごめんな。
俺はナイフに向かって内心で謝った。

刃渡り短けえから、肺にまで達しないだろう。
もしかすっとダメージも与えねえかもしれねえ。
どうすっかな。
首にすっか。
こいつでも頚動脈切ったら、死ぬのかな。

―――ひゃっ!
いきなり耳たぶに噛み付かれた。
うーん、しっかり集中しろ、集中。
俺は狙いを定める。
とりあえず、急所は外して―――
ゾロの背中越しに刃を向けた俺の右肩に、突如激痛が走った。


がこん!

・・・いっで――――――!!
なんか鳴った、鳴ったぞ、おい!

のたうつ俺の上で、ゾロはふんと鼻を鳴らす。
「・・・てめえ、なんてことしやがる!」
「てめえこそ何てことしやがる、これはなんだ」
ゾロの手には、さっき俺が衝撃で落としたナイフが握られている。
「―――てめえ、肩を・・・」
「一瞬外しただけだ。もうはまってる」
畜生、それにしちゃまだ痛てえじゃねえか。
なんてひどい野郎だ。

「こんなもんまで用意するたあ、よっぽど俺が嫌いらしいな」
刃をくにゃりと曲げて、荒々しくナイフを投げ捨てる。
壁に当たって跳ね返った光が、目の端に青白く映った。
俺はのろのろと体を起こし、深く息をつく。
冷や汗をかいているのは、ようやく引いた肩の痛みのせいか。

「今ごろ気づいたか、俺は前からてめえが大嫌いだったんだ。顔見りゃむかつくし、声かけられりゃ虫酸が走る。同じ空気
 吸ってっかと思うと吐き気がすらあ」
思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。
「てめえに触られただけで、鳥肌が立ってんだ。舌噛んで死にてえくれえだが、そんなことクソ忌々しくてできやしねえ、
 てめえが死ねってんだ、クソあほ!」

攻撃は最大の防御だ。
俺の迫力に気圧されてか、ゾロは一言も返さない。
眉をぴくりとも動かさず、能面のような顔をして、表情は読み取れねえ。
―――――傷ついたか、このアホ。

俺の胸はずきずき痛む。
こう見えてこいつは結構ナイーブだ。
俺も相当アホだが、アホにアホといわれりゃ、傷つきもするさ。

「―――そんなに俺のこと、嫌いだったか」
ようやくゾロから発せられたのは乾いた、硬い声。
「さっきから言ってっだろうが、てめえにこまされるくらいなら、死んだほうがましだ」
「・・・そうか」
ゾロの目が据わる。
「なら――――思いっきり犯しても、構わねえな」
――――へ?

ゾロの双眸に、凶暴な光が宿った。












頭に物凄い衝撃が走った。
目の焦点も合わなくて、混乱する。
張り倒されたのだと気づいた時には、うつぶせにベッドに押し付けられていた。
中途半端に脱がされたシャツの、袖の部分を背中で結ばれる。
腕が、動かせねえ。
シャツに拘束されたまま、ズボンがずり下げられる。
・・・畜生、カッコわりい―――
自然、顔が赤くなる。
ズボンも中途半端にずらしたまま、結びやがった。
「このクソ馬鹿!変態野郎!」
後頭部を押し付けられて、俺の声はシーツに吸い込まれる。

ゾロは俺の膝を立てさせて、腰を高く上げさせた。
羞恥に身体が震える。
露になったそこに、乱暴に指を立てる。
俺は身体をくねらせて抵抗した。
ずり上がろうとする身体を、ゾロはがっちり押さえつける。
「変態!クソおやじ!」
むりやりこじあけられ、指を突っ込まれる。
「・・・いてえ!クソアホ、痛っ・・・」
がくがくと視界が揺れる。
震えているのは、俺だ。
痛みや怒りだけではない、本能的な恐怖―――

乱暴な手が離れたと思うと、熱いものが押し当てられた。
―――無理だ・・・
一瞬、身体を強張らせる。
後頭部の髪を掴んで、無理やり頭を引き上げられた。
「・・・力、抜け」
無理にきまってっだろ。
ゾロが、空いた手で前を掴む。
「・・・!」
びっくりして気が散った隙に後ろを進めやがる。
痛いっつってんだろが・・・
奴も辛いだろうに、めちゃくちゃ突き入れてくる。
痛くて気持ち悪くて、俺は訳のわからない声を上げた。
おこりのように身体が震えて、歯の根も合わない。
後ろ手に縛られたまま、奴を全身で拒否する。
拒めば痛てえのは俺なのに、受け入れるわけには行かない。

強張った俺の身体からいったん引き抜いて、ゾロはもう一度俺を張り倒した。
今度こそ、意識が飛んだ。
倒れこんだ俺の身体に、ゾロが力いっぱい己を捻じ込む。
すさまじい痛みに、意識が戻る。
入っちまった場所から、ぬるりと何か流れ出てきた。
―――畜生・・・また切れたじゃねえか。

幸か不幸か滑りがよくなってる。
頭の芯までがんがん響く、激しい痛みを突き入れられて、俺はシーツを噛んで唸った。
涙が溢れてよく見えねえ。
ゾロの馬鹿力が俺の腕を掴んで揺さぶってる。



―――ああ、同じだ。
あん時と・・・同じだ。
何人もの下卑た笑い声と、自由にならない身体。
無理やりこじ開けられ、嬲られる屈辱。
そして―――


陵辱に応える俺自身。


後ろを刺激されて、いつの間にか勃ち上がっている俺。
お姉さんにあんなに色々してもらっても、反応すら出来なかったのに・・・
こんなひでえ状況で、なんで勃つよ。




ぼろぼろと涙が零れる。
あの時の声が、耳の奥でこだまする。


『――見ろよ、こいつ勃ってやがる』
『かなりの好きものだな』
『身体は正直だな。――悦んでるぜ』


何人もの手に嬲られて、拒絶の声を上げていたのに―――
あの中に嬌声は混じっていなかったか。
俺は、受け入れてしまってはいなかったか。
何度突き入れられて、何度イッた、俺――――
悦びに震えて、感じてたじゃねえか。


身体を暴かれるのは、怖くねえ―――

怖いのは・・・






ゾロが前を掴んだ。
身体がびくりと跳ねる。
もうそれだけでイキそうになる。
ぐじゅぐじゅと卑猥な音を立てて、ゾロは出し入れを繰り返す。
俺の身体はびくびくと痙攣しながら、勝手に精を吐き出している。
萎えてもまだ、俺は奴を求めている。
奴自身を締め付けて、逃すまいと銜え込んでいる。


「―――お前・・・」
ゾロの呟きが遠くで聞こえる。
奴の動きに合わせて、無意識に腰を動かす俺。
死にそうなほど痛てえのに、また勃ってきやがる。
ゾロが俺の腰を両手で抱えて、激しく突き入れる。
俺は声を上げて、それに応える。






なあ、ゾロ。

俺の顔は愉悦に歪んでないか。

だらしなく涎をたらして、媚びた目で、お前を見てはいないか。

あさましい―――

あさましい、俺。



・・・俺を見るな・・・























波の音が聞こえた気がして、俺は目を覚ました。
まだ夜中なのか、窓から明りは見えない。
俺はベッドの中に居て、ゾロが隣に寝ている。
手足は自由になっていた。
暗くて見えないが、まだ手首に痛みが残っている。
身体は麻痺しているみたいで、感触がほとんどない。
恐る恐る手で触れてみると、服は着ていないが汚れがついているようじゃない。

綺麗にして、くれたのかよ―――
向こう側を向いた、緑の頭だけがシーツから出ている。
寝返りを打とうとしたが、身体が動かない。
自由になる手を額に当てた。

―――驚いただろな。
だから、やるなっつったんだ。
―――呆れただろうな。
あんまりあさましくて、引いただろ、多分。
―――気に入ったっつったら、どうしよう。
セフレにでもなるか。


つい・・・と涙が目尻から流れ落ちる。
何べん泣いても、涙ってのは枯れねえのか。
なんで泣くよ、俺。

理由はわかってる。
わかってるけど、認めたくねえだけ。
ゾロとだけはこうなりたくなかった。
知られたくなかった。
あさましい俺。
誰にでも身体開いちまう、俺。
そんなつもりねえのに、勝手に反応するカラダ―――

涙と一緒に鼻まで詰まってきた。
喉がひくついてしゃくりあげる。
顔を横に向けたら、いつの間にこっちを向いていたのか、ゾロと目があっちまった。
―――!
起きたのか。

ゾロは眠たそうに何度か瞬きをして、半眼でこっちを睨んでいる。
俺は顔を隠そうとしてシーツに擦り付けた。
「まだ夜明け前だ、寝てろ」
そう言って、布団をかけ直す。
俺は顔が上げられない。
起きてそうそう、めそめそした男の顔はごめんだろ。

「泣くな」
「・・・泣いてねえ」
声が擦れて、余計情けねえ。

なんとか無理をして寝返りをうとうとして失敗した。
ゾロが俺の身体を抱き寄せる。
抵抗しようにも、力が入らねえ。
されるがままに、奴の腕の中に収まった。
まともに顔を覗き込まれて、目を伏せる。
暗いから涙の跡は見えねえだろうな。
ゾロの身体は大きくてあったかくて、えらく居心地がいい。
なのに俺はまだ震えている。

ゾロが眠らない。
俺の顔をじっと見てる。
居たたまれなくなって、また余計なことを喋りだす。
「―――驚れえたか」
「・・・ああ、驚いた」
「呆れたか?」
「おう、呆れた」
「セフレにでも、なるか?」
「なんだそれ」

冗談だ。
俺は笑ってみせた。
―――ちゃんと笑顔になってるか。
ゾロが変な顔して俺を見てる。





「お前みたいな、インラン野郎はな・・・」
ゾロの息が額にかかる。
俺は観念して目を閉じた。
「もう、誰とも寝るな」
ゾロの腕が強く抱きしめる。
「―――俺だけに、しとけ」
驚いて、目を開けた。
ゾロが俺を見てる。
穏かで、優しい光。

・・・怒ってねえ?
嫌われてねえ?
軽蔑してねえ?


阿呆みたいに呆けた顔で、まじまじと見つめた。
浅黒い肌。
細い眉。
引き締まった唇。
皮肉気に片方が引き上げられた。

ああ、ゾロだ。
ゾロ・・・だ。

まだ夜は明けてねえ。
今なら、言えるかもしれねえ。
お天道様は眩しすぎて、言葉にすると溶けてなくなりそうだから・・・




「俺なあ、ゾロが好きだ―――」

こんなに近くにいるのに、届いたか不安になる。
「俺もだ」
軽く笑って唇を寄せてきた。
背に腕に、身体中にゾロを感じて目を閉じる。


空が白みはじめていた。




                                        end




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