はっきり言って女に不自由はない。
そりゃ、航海中は仕方ないが。

陸に上がって酒場で酒を飲んでれば女から寄ってくる。
大概は商売女だがたまに海賊をしている女もいる。
そういう女はあとくされがなくて一番いい。
体も鍛えていて締まっているからふにゃふにゃ柔らかいだけの女よりいいし、商売女のようにきつい香水に悩まされることもない。
あんなのは邪魔なだけだ。

女から寄ってくるから俺は不自由をしたこともなく、溜まったもんを吐き出せればそれでいいなんて思う。
確かに女の躰は柔らかくて気持ちよくて激しい戦闘をしたときなんかは女を抱くと昂った感情が落ち着くときもあって、俺から女を求めるときもある。
そういう時は素人よりも商売女の方が気遣いなく抱ける。

女なんて、好きになっても、好かれても煩わしいだけだ。
女はたしかに心を安らげる場所でもあるかもしれねぇ。
だがいつも死と隣り合わせの俺には女なんて邪魔なだけだ。
縋られでもしたら一気に気持ちが醒めるだろう。
足手まといになれば切り捨てるだろう。
守ってやれる余裕なんて俺にはない。
そうじゃねぇとあいつの元まで辿りつかねぇ。
だから俺は遊びで付き合える女しか興味がない。

女を好きになることなんてないと、そんな感情邪魔なだけだと思っていた。









だから俺がこんな想いを抱くなんて思いもよらなかった。















Sweet Emotions





















気がつけば太陽は真上にあった。
俺は甲板で大の字になって寝ていた。
いつの間に寝たのだろう。
側に空になった酒瓶が転がっていた。
昨日、島に辿り着いて船番の俺以外はみな上陸している。
さすがに照りつける太陽の下で寝てたせいかのどが渇いた。
躰も汗でべたついて、仕方なく俺はシャワーを浴びてすっきりした後甲板に戻ればコックが戻ってきたところだった。




「今日は珍しく起きてるじゃねぇか」

両肩にでかい荷物を担いでにやんと笑うコックにむっとしながらも運びこまれる酒樽に顔が綻ぶ。
「おい、いつものところに置けばいいのか」
甲板に置かれたでかい酒樽を担いで声をかけるとコックは驚いた顔で俺を見る。
「・・・・今日は雨でも降るか?」
「うるせぇな、いっっぱいあるみてぇだから手伝おうかと思っただけだろ」
「そりゃ、まぁありがてぇけど。うん、じゃ、それはいつものところにな、後は倉庫に入れてくれりゃいい。後で整理するから」
コックはそういうとまだ運び込んでない荷物を取りに行く。
船から見下ろしてみれば酒樽も水樽も結構な量があってそのほかにも麻袋が山のように積んであった。
一人であれだけ買い物してきたのかと呆れるほどだ。
まだログが溜まるまで4日もあるのに。
俺はとりあえず今担いでる分を倉庫に持っていくべく歩き出した。





コックが買い込んできたものをラウンジ、倉庫に運び入れたあと、コックが作った昼飯を食べた。
「なんで朝食がそのまま残ってんだか」
呆れた顔をしながらもコックはそれを手直ししてほかにも新鮮な食材でうまいものを作ってくれた。
それを綺麗に平らげて一息ついた後俺はゴーイングメリー号を降りた。
今日の見張りはコックだ。
俺がいつまでもいる必要はなかった。
まずは鍛冶屋へ向かった。
島外からの客を当てにしてるのか港から見える場所に鍛冶屋が見えた。
これなら帰りも簡単に受け取りにこれるなと俺はそこの鍛冶屋に入った。
三刀を差し出すと鍛冶屋の主人は「ほう」と目を細めて俺の刀に魅入っている。
「代わりあるか?」
「あ?ああ、そこの籠の中の好きに持っていけ」
顎で指された場所には大きな籠があって無造作に何本もの刀が突っ込んであった。
使えんのか?
そう思ったところで店主が声をかけてきた。
「半分は前金だがいいかね?」
「ああ、かまわねぇ」
そう答えて金を出そうとしたが見あたらなった。
朝シャワーを浴びたときに棚に置いたのを思い出した。
「悪い、船に忘れてきた」
「じゃ、金と一緒にきな」
ほいと三刀を返され俺はそれを受け取るとまた船に戻った。

見える場所でよかったと思いながら。


バスルームの取手に手をかけた。
中から水音が聞こえたが今この船にはコックと俺しかいない。
俺は気にもすることなく戸を思い切りよく開けて中に入り込む。

コックと視線が合った。
目をまるくして俺を見つめている。
ふわ〜〜〜とまるで花が咲くようにコックの体が桃色に染まっていった。

「あ、悪い」

俺は金をすばやく掴むと外に出て戸を閉めた。


目に映ったのは目を見開いて固まるコック。
滑らかそうな白い肌。
すらりと伸びた長い手足。
そして、手のひらに収まりそうな小ぶりの形のいい胸・・・・。
くびれた細い腰。
きゅっと締まった丸いヒップ。


桃色に染まっていく肌が綺麗だった。



って、マジかよ!!!


かーーーと顔に血が集まっていくのがわかる。


まさかコックが女だなんて思いもしなかった。

俺は深呼吸をひとつしてゴーイングメリー号を後にする。
男だと思ってたやつの全裸を見て動揺してしまうとは。
女の躰なんて飽きるほど見てんだろ。





微妙に反応しているそれに眩暈がした。
















刀を預けまだ日も落ちないうちから酒場で酒を飲んだ。
いつものように女が声を掛けてくる。
どれもいい女だ。
値踏みするように女を見るが女はそれに慣れてるのだろう強調するように形のいい胸を俺の腕に押し付けてくる。
やわらかな胸は大きくて弾力がある。
上目遣いに媚びた視線を送ってくる。
それにかまわず呑み続けてると女はフンと鼻を鳴らして離れていく。
どうにも気に入らない。
何度か同じことを繰り返して、
何杯目かわからない酒を一気に煽って新しい酒を頼む。
また、空いたばかりの隣の席に赤毛の女が座る。
「このひとと同じの頂戴」
バーテンは見ずに俺の顔を見ながら女は酒を頼む。
「強い酒だぞ」
「そうね、酔うかも知れないわね」
そっと俺の腕にしなだれかかる女を鬱陶しく思いながらも断るのも面倒になって今夜はこの女でいいかとそっと腰に腕を回した。







酒場を出て安っぽい宿に入った。
シャワーを浴びもせずに倒れこむようにベッドに女を押し倒す。
乱暴に服を剥ぎながら女のやわらかな肌を楽しんだ。
甘えた声が耳障りだ。
手に余る胸も柔らかいだけで。
細いウエストも。
丸い尻も。
魅力的な女だったが気がつけば昼間見たコックの姿と比べる自分がいて失笑する。
1度見ただけのあの白い裸体が目に焼きついてはなれず。
コックもこの腕の中の女みてぇに男の下で喘ぐんだろうかとそればかり考えてた。


船を下りるとコックは誰かに抱かれるのだろうか。
島で知り合った男と一夜を過ごすのだろうか。

ちりりと胸に走る痛みは知らないふりをした。







それからログが溜まるまですることもなくただ酒を飲んですごした。
女を抱く気にはなれず結局赤毛の女を抱いたきりだ。
手入れした刀を受け取ってゴーイングメリー号に戻ったのは最終日の出港間際でナミの鉄拳を受けながら船に乗り込んだ。
「相変わらず迷子かよ、だっせぇ」
煙草を銜えて紫煙を燻らすコックは柄も悪く女には見えねぇ。
あれは夢だったのかと思うくらいに見事な男っぷりだ。
これじゃ気づくわけがねぇ。
他に誰か知ってるのだろうかコックが女だってことに。
太陽を背に立つコックの態度はどこぞのチンピラのようなのに綺麗だと素に思ってしまった。
仄かにピンクに染まった頬があの日のことを忘れてないのだと伝えていた。


その日の夜、皆が寝静まった頃ラウンジに向かった。
無論コックがまだ起きてるのを知っているからだ。
がちゃっと音を立てて戸を開けばくるっとコックが振り返ってなんとも困った顔をした。
「・・・・酒なら勝手に持っていけ。ただし一本だけだ」
コックはそれだけ言うとシンクに向かってなにやら作業をしている。
俺はそっと後ろからそれを覗き込んだ。
別に下心があったわけじゃねぇ。
ただ、なにしてんだろうって気になっただけだ。
いつもならそんなこと気にもしないのに。
俺を見ないで背を向けてるのになんとなく腹が立った。
コックは俺が近寄るとびくっと躰を震わせた。
なんだ?
脅えられてる?
俺はその意味するものが分からなくて構わずにコックの肩越しにシンクを覗いた。コックが息を呑んだのが分かった。
「おい?」
「てめぇ、最低」
「あ?」
避けるまもなく振り向きざまに蹴り飛ばされた。
「ってぇな!!何しやがる!!!」
「ああ?そりゃぁこっちのせりふだ!ボケッ!!」
はぁはぁと肩で息をして怒鳴るコックの顔は真っ赤になっている。
「俺が・・・俺が女だとわかってバカなこと考えてんだろうが、そうはいかねぇぞ」
「はぁ?」
俺は脱力した。
何を勘違いしてるのだろうこいつは。
何だって俺がおまえを襲わなけりゃならねぇ。
「とぼけるな!!船に戻ってからずっと俺を見やがって挙句に後ろから抱きつくなんざ最低だろうが!!」
「そりゃあ、てめぇの勘違いだ!!!」
「じゃあさっきのはなんだよ!!」
「てめぇが無視すっからだろう!!」
「してねぇ!!」
「変に意識してんのはてめぇだろうが!いつもみてぇにてめぇが酒を取ってよこせば俺はそのまま出てったんだよ!!
 勝手に飲むなつってんのはてめぇだろうがクソコック」
吐き捨てるように言えばコックは言葉に詰まったのかいつものように切り替えしてこない。
「大体、てめぇが女だったからって欲情するか。自意識過剰ってんだぜそれ」
にやりと口端を吊り上げてやればコックはかわいそうなくらいに真っ赤になりやがった。
「今更てめぇを女として見れるか。裸になったって食指は動かねぇよ」
さらに追い討ちをかける様に畳み掛ける。
一瞬コックが泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
コックは「はっ」と笑うとバカにするような笑みを浮かべた。
「悪かったなぁ。いつもてめぇ陸に上がったらレディをとっかえひっかえ漁ってたから女なら誰でもいいのかと思っちまった。
 一応好みはあんだなぁ。よかったぜマリモの範囲外でよ」
シュッとマッチを擦る音がして独特なにおいが鼻につく。
ふーーーと紫煙を吐き出しコックはワインラックから酒を抜き取るとそれを投げてよこした。
あわてて受け取るとコックはもうシンクのほうを向いていて俺には背を向けていた。
「悪いけど今日は肴はねぇ。買出しした食料の下拵えで忙しいからな。分かったらさっさと出てけ。邪魔だ」
それ以上コックは口を開くこともなければ振り返ることもない。
俺は受け取った酒を手にラウンジを出た。
空にはぽっかり月が浮かんでいた。










この胸の痛みはなんだろうと味のない酒を月を肴にただ煽った。


































ゾロにばれてしまった。
女だということを。
別に女だということを隠してるわけじゃなかった。好きだと打ち明けたくなるのを我慢するのに丁度良かったから。
陸に下りるといつも女といるゾロ。
ああいう男には自然と女が寄ってくるもんでゾロの周りにはいつも綺麗なお姉さんがいた。
そんなところを見かけるたび胸が痛くてせつなくて・・・・・。
それでも彼女らは一夜限りの相手で。
女としては見られないけど仲間として傍にいることができた。
女として庇護される対象になるより、同じ場所にいたい。
だから、ゾロが今までと変わらず接してくれているってすごいことなのに。
男でも女でも性別関係なくゾロに認めてもらえてるってことだ。
自分が望んでたことなのに。



胸が痛い。



好きだなんて口が裂けても言えない。
もしゾロに恋愛感情を持ってるって知られたらその時は自分の存在がゾロにとって邪魔なものになるだろう。
それだけは避けたい。
女性扱いされなくたってそれは今までと変わりないことで喜ばしいことだけれど。

女だと知られたら・・・・・・。


やっぱり女としてみてほしいって思ってしまう。

深く溜息が出る。

はっきり言われた。

裸を見たってなんの魅力も感じないって。


あの時、何を期待したんだろう。

バスルームで目が合った。
驚いた顔をしてた。
さっと顔に赤みが差したのを見た。
星の数ほど女を抱いていくらでも女の裸を見てるだろうゾロが自分の裸を見て顔を赤くしてた。

驚いたのと、恥ずかしいのと、焦りと、うれしさと、いろんな感情がいっぺんに沸き起こってしばらくバスルームから出ることができなかった。

ひょっとして・・・なんてバカな期待をしたりもした。

仲間として隣に立てるならそれで幸せだと思ってた。

一晩だけ抱かれる女たちを見下してた。

ゾロに遊ばれてるだけ。

それだけじゃないかって。


・・・・女だとわかっても裸を見たって抱く気などしねぇって。

遊ぶ相手にもならねぇなんておかしくって笑いが出た。









どうして。










欲は深くなるんだろう。