突然の襲撃はよくあることでなだらかな海が打ち込まれる大砲でしぶきを飛ばす。
揺れる船内では敵が乗り込まないようにウソップとチョッパーが奮闘している。
ロビンもハナハナの能力でポイポイと敵を海に落としていた。
敵船に乗り込んだルフィと俺とコックは思い切り暴れている。
ここのところ穏やかな航海が続いていて暇をもてあましていた。
大きなガレオン船だが、乗っていた奴らは俺たちの敵ではなった。
それでも数があれば鬱陶しいもので、切り捨てても、切り捨てても後から沸いてくるのにはいい加減うんざりだ。
目の端にきらりと光るのが太陽に反射したサンジの金髪だと気づくのにそう時間はかからなかった。
振り仰げば俺の頬に痛みが走った。
迸る血に、甲板にめり込んだ弾丸、上から狙い撃ちされた。
もしサンジの髪が煌かなければ振り向きもしなかった。
弾丸が飛び交っていたのは知っていたが、それらの相手はルフィが相手をしていたし正直に言うなら相手を見下し油断していた。
俺を狙った男はコックに蹴り飛ばされ海に落ちていった。
そしてコックは受身も取らずに俺の上に落ちてくる。
二発響いた銃声。
手にしていた刀を投げ出し腕を広げコックを受け止めた。
「おいっ!」
抱きとめた腕にしみてくる生暖かい血はコックから流れるもので白いはずの俺のシャツはすぐに真っ赤に染まった。
「あ・・・あ・・悪い、落ちた」
まつげを震わせ瞳を開けたコックにほっとする。
俺の腕の中から離れようとするコックの痩身を抱きしめる。
この機を逃すはずもない敵はじりじりと間合いをつめてくる。
「おい、離せ、肩を掠っただけだ」
後ろから抱きとめたコックが俺の腕から逃れようと動くたびに血がぼたぼたと落ちる。
俺はそっと腕を緩めるとコックを離してやった。
ほっと息を吐くとコックはすっと立ち上がり戦闘態勢に入る。
怪我してるそぶりなんて見せるはずもない。
さすが、と感嘆しながら俺も刀を拾い身構える。





この胸に広がるくすぐったいものはサンジの強さに感心したからだろうか。





一瞬で終わらせたのは当然サンジを動かさないためだった。
スーツに隠れた怪我の程度が俺にわかるわけもなく、ただあの出血に早く終わらせたほうがいいのは確かだったからだ。


傷の手当をしてもらったサンジはチョッパーによって強制的に安静にさせられていた。
至近距離で撃たれたのが返ってよかったのか弾丸は貫通しており傷も綺麗だったためたいしたことはないらしい。
そこではっと気づく。
手当てをしたチョッパーはサンジが女だと知っているのだろうか。
いや、知っていて当然だろうけれど。
「おい」
「なに?」
「あいつ・・女だろ?」
俺の頬の傷を縫いながらチョッパーは「え?」という顔をする。
「どどどどどどどうどう」
「ああ、いい焦るな。この間知った。あいつも俺が知ってるのは知ってる」
冷や汗をだらだらと流していたチョッパーはほっと息を吐く。
「な、なんで?サンジが女の子だからなに?」
「あ、いや、躰に傷のこらねぇのかと思ってよ」
慌てて俺はもっともな理由を口にした。もちろんそれも気にはなっていたが。
このむかつきはなんだろうか。
「へぇ、ゾロでもそんなこと心配してあげれるんだ」
「でもってなんだ、こら」
「エッエッエッ。だってゾロとサンジ仲悪いからさ、でもやっぱりゾロだってサンジのこと心配だよねぇ!
 傷は少し残るかもしれないね。でも背中の傷に比べたら小さなものだし」
「背中?」
「うん、ドラムでやった傷。怪我ひどかったからやっぱり痕がね、女の子なのに」
バスルームで見たサンジは正面からだけでとても綺麗な肌をしていたのに、と思わずあのときのサンジの姿を
思い出してしまった。
「でもゾロがサンジを受け止めてくれたからまた背中を痛めなくてすんだよ。そっか、サンジが女の子だって知ってたから
 受け止めてあげたんだね。だって大事な刀投げてたもんね」
「は?」
「え、だって男だと思ってたら受け止めた?」
「わかんねぇ。気がついたら受け止めてたからなぁ」
「そう?あ、ゾロのこの傷は残らないよ」
「俺は気にしねぇよ」
「あはは。男の傷は勲章だもんね!」
チョッパーはそう言うと治療道具をなおしこみラウンジを出て行った。
俺もすることもなくラウンジを出ようとしたところで、そっとサンジがラウンジの様子を伺いながら入ってきた。
「チョッパーいねぇよな?」
「今出て行ったが、てめぇ何起きてやがる」
「なに、って、もうすぐ夕飯の準備しなきゃならねぇし」
「今日はするなって言われただろ」
「そんな気を遣うほどのもんじゃねぇよ、ただ掠っただけだっての」
「いいのか?」
「あ?」
「肩だろ、きちんと治さねぇと腕動かなくなったりしねぇのか」
サンジは目を見開いて驚いた顔をしている。
「なに、おまえ熱でもでたか?」
サンジはすっと手を伸ばしてきて俺の額につめたい指先で触れやがった。


ドクンと鳴る心臓に自分で驚いた。


思わず叩き落としたサンジの手はすまなさそうに閉じられる。

「悪い、急に手を伸ばしやがっから」
「いや、気にしてねぇし」
「・・・・もう少し休んでろよ。腕は大事にしたほうがいい。ナミが作るって言ってたしな。金とられけっどな」
「そっか、うん、じゃ、休ませてもらおっかな」
ははは、とサンジの乾いた笑いがラウンジに響いた。
ナミさんの手料理を食べられるなんて幸せだな〜vv
なんて調子よく言いながらサンジはラウンジを出て行った。
このまま大人しく寝ていればいいと思う。


あのままあいつがこの場所にいたら・・・・・。



いたら・・・?




カッと血が顔に集中したのがわかった。
俺は今顔が真っ赤だ。
確かめるまでもない。
がばっと己の顔を手で覆う。




参った。




俺はサンジに惚れてる?





はっと気づく。
いつも心中でもコックと呼んでいるあいつ。


今、サンジと呼んでた自分に気づいて深い溜息が出た。




















戦闘中、ルフィもゾロも周りを見てない。
目の前の敵をぶっ飛ばし、斬り捨てていくだけだ。
特にゾロは剣士と戦っていると背中ががら空きになる。
背中の傷は剣士の恥だという割にはあまりにも無防備だと常々思っていた。
他のものには無頓着なようで意外に目ざといルフィは野生の勘なのか前しか向いていなくても全体のことを把握してる
ルフィのほうがまだいい。
目の前の敵だけを倒すゾロがルフィを信頼しているのもよくわかっている。
あのふたりには、あ、うんの呼吸がある。
決めたわけでもないのに戦闘時の役割は自然と決まっていた。
飛び道具や、力で来るものはルフィ。
当然剣士はゾロだ。
俺は、その他大勢。
あの時もゾロは背後を気にもしてなかった。
ゾロを狙う銃に気づきもしない。
照準があったら即発砲されるだろう。
でもあいつはルフィを信頼してるから、銃が自分を狙うなんて露ほども考えないのだろう。
周りにいたうるさい小物を蹴り飛ばしてマストを登った。
俺に驚いた男は慌ててトリガーを引く。
確認するまでもない、ゾロがこちらに気づいたのはわかったからきっと避ける。
俺はそのまま男を蹴り飛ばす。
だがすぐに肩に衝撃が走った。
俺の脚が男に届くより一瞬早く男が二発目を発砲したからだ。
燃えるような痛みとバランスを失いそのまま落ちた。
まさか受け止められるなんて思いもせず背中にくるはずの衝撃にぎゅっと目を瞑ったのには情けないと今でも思う。
焦ったようなゾロの声に目を開くと俺はゾロに抱きとめられていた。

「あ・・・あ・・悪い、落ちた」

肩の傷よりゾロに触れているところのほうが熱い。




何度、この腕の中に抱きしめられたらと考えただろう?
そんな夢を見てた自分がいるなんてこの男は知らないだろう。

「おい、離せ、肩を掠っただけだ」

そういえばゾロはすっと腕を緩めた。
俺はすぐに立ち上がってネクタイを緩める。
少し苦しいのはきっと落ちたせいだ。

抱きしめられたせいなんかじゃない。



落ちてくる仲間を受け止めるのは当たり前だろう?


なんの感情もあるわけない。
勘違いするな。


一度、


一度、


言われてるんだから。



女として見れないってはきりと言われたんだから。



それでも、
それでも微かに期待してしまうのはいけないことだろうか?


「もう、まだ背中は完治したわけじゃないんだぞ!ゾロにお礼を言うんだぞ?ゾロが受け止めてくれなかったら
 肩だけじゃすまなかったんだからね」
「言うって、言ってる」
「ゾロと仲が悪くてもちゃんと言うべきことは言うんだからね!」
「だから礼は言うって言ってんだろ」
チョパーは縫合した肩の傷にべたべたと薬がしみこんだガーゼを貼っていく。
「麻酔成分も入ってるからあまり痛くないだけだからね、せめて明日までは動かないでね」
「はいはい」
「サンジ!!」
「わかってるよ、名医さん」
「むーーーー。おだてたって安静は安静だからね!」
うれしそうに体をくねらせるチョッパーに笑みが出る。
チョッパーはくるくると器用に包帯を巻いていく。
「傷残っちゃうね」
「今更それくらいの傷、気にもしねぇよ」
「だって女の子なのに」
悲しそうにするチョッパーの頭を撫でてやる。
「普通の女の子だったらな。家庭を持って子供を生んで夫の帰りを待つ、そんな女なら気にもするだろうけど。
 俺は海賊だぞ?傷跡が気になる様な女だったらこの船に乗れねぇよ」
「そうなの?」
「おう。気にしてたら海賊なんてやってられねぇって。俺が気にしてねぇのにチョッパーが気にすることないだろ?」
「うん、わかった。でもサンジ、言葉遣いくらいは気にしたほうがいいぞ?だからルフィたちはサンジが女の子だって
 気づかないんだからね!」
「言葉遣いだけの問題じゃねぇと思うけどな」
「どうして?ナミやロビンみたいに話したらすぐわかるのに」
「あ〜〜、俺がそんな風に話てみ?」
ジーと俺の顔を見るチョッパーの顔がだんだんと曇る。
「うん、ごめん。そのままでいいや」
「だろ?」
「あ!煙草も禁止!!」
取り出した煙草はチョッパーに取り上げられてしまった。
「え、せめて一本だけでも」
「だーめ!!これは没収だよ」
チョッパーは煙草の箱も取り上げると医療鞄につめこんでしまう。
「じゃ、これからゾロの手当てだ」
「ゾロ?」
「うん、顔怪我してたろ?小さくても縫うほうが治りも早いしね。じゃ、サンジ安静だからね」
「了解、ドクター」
「エッエッエッ」
チョッパーは独特の笑い声を残して男部屋を出て行った。

肩からまかれた白い包帯に気が沈む。
気にしてないなんて嘘だ。
背中の引き攣れた大きな傷だってナミさんを守った傷だと誇れるものだけど・・・・それでも傷がなかった頃を思い出してしまう。
それだけじゃないほかにも小さな傷がたくさんあってとてもじゃないけど綺麗だなんていえるものじゃない。
それにひとつ傷が増えるだけだ。
今更嘆くことはない、そう思うけれど。
普段は自分を女の子だと意識するということはあまりないけれど。
やっぱり自分は女の子なんだとこういうときに自覚する。
知らずに漏れた溜息に悲しくなった。




もうすぐ夕飯の時間で何もしていないと気分が下降するから気を紛らわせようとラウンジに行った。
もうチョッパーが出て行って結構な時間も経っているからもうラウンジには誰にもいないだろうとそう思いつつもそっと中を伺う。
チョッパーはいなかったけどゾロが不機嫌な顔してテーブルを背に椅子に座っていた。
驚きながらも俺はラウンジに入って夕飯の準備をしようとシンクの前に立つ。
丁度ゾロの前だ。
治療するのにシンク側が都合良かったんだろう。



ゾロが変に気を遣ってきたのに驚いた。

「なに、おまえ熱でもでたか?」

照れ隠しで何気なくゾロの額に触れた。

なんの意味もなかった。
ただ、
無意識の行動で。

はたかれた手より心が痛くて。


「悪い」


困ったようなゾロに危うく涙が零れるところだった。



だから、

期待なんてするなって。




あのとき諦めたはずなのに。



期待なんてするから、こんなめに遭う。







その後何を話したかなんて覚えてない。



すぐに男部屋に戻ってソファで毛布を被った。



眠れるはずなんてなく、溢れる涙をぬぐっては鼻をすすった。


どうか誰も降りてきませんように。








それだけを祈って。




































サンジへの思いを自覚してから俺はどうしていいのかわからなくなった。

いくらでも女は抱いてきた。
寄ってくる女はもちろん、俺が声をかけた女だっている。

可愛いと思う女ももちろんいた。
こんな女なら女房にしてもいいと思う女だっていた。


でも今の俺には、世界一の剣豪になるまでは女なんて邪魔なだけで煩わしいと本気で思っていた。



だから本気で女を好きになったことなんてくいな以来だ。
それでもくいなへの気持ちは決して恋愛なんかではなかったからそういう意味では初めて好きになった女かもしれない。

サンジは相変わらず、憎まれ口ばかり叩く。
その言動はまるっきり男だ。
だからこそ裸を見るまで気づきもしなかった。

そんなサンジが可愛いと思ってしまう。
女らしさの欠片もないかと思うとよく気をつけてみればやはりサンジは女なのだと思うこともよくあって、
今まで気づかなかった俺はよほど間抜けだったと思うこともある。


接点がほしくて喧嘩を売る俺はガキだろうかと苦笑すら出る。

些細なことでうれしくなる。
この俺がだ。
今までなんともなかったことがあいつを好きだと自覚した途端、特別なことになった。
寝ている俺を起こしにくるとか、鍛錬してるとタイミングよく水分補給にドリンクを用意してくれるとか、そんな日常的な
ことさえも特別なことになった。
ああ、俺はガキだ。
そんなことで幸せになれちまうんだから。
だから俺は浮かれてた。

そのうちあいつも俺を好きになればいいなんて思っていた。










「もう肩はいいのか」
「あ?」
「それ、重いだろ」
倉庫から麻袋いっぱいにつめこめられた芋を運ぼうとしていたところに丁度出くわした。
「ああ、もうどうってことねぇ」
面倒そうに応えながらサンジはそのまま俺の傍を通り過ぎていこうとする。
「おい、ラウンジに上げるんだろ?」
俺はそういいながらサンジが肩に担いだ麻袋を取り上げた。
驚きながら振り向くサンジはそれでも麻袋を取り返そうとひっぱりやがった。
そのせいで結んでいた紐が解け、ごとごとと芋が倉庫の床に転がり落ちてしまった。
「ちっ、余計なことすっから」
「ああ?」
「肩はもういいんだ、てめぇに気遣ってもらう必要はねぇ。いいからてめぇはもう行け」
「大丈夫じゃねぇだろう」
怪我していたほうの肩を掴めばびくっと体が固まる。
痛みに顔を顰めるサンジに舌打ちする。
「こんなときくれぇ、女らしくしてろ」
「あ?」
「無理すんじゃねぇって言ってんだ」




言葉が悪かったのか、俺の言い方が悪かったのか。
そんなのはいくら考えたってわかるわけもない。
どかっと腹に受けた衝撃で背後の壁にぶつかる。
「無理、してねぇ。自分で無理なときはチョッパーに頼んでる。おまえに助けてもらう謂れはねぇ。いいか?俺に構うな。
 女扱いするな。手が必要なときは自分で頼む。おまえが手を出す必要はねぇ」




近づくな、と。


その瞳が言っていた。



それほどまでに嫌われていたか?




今までの関係を考えれば好かれているなんて期待はしてなかった。



だが嫌われているとは思わなかった。








こんなにも胸が痛くなるなんて知らなかった。