寝過ごした為、1人遅い夕食の後。ドンと目の前に湯呑みが置かれた。
そこから立ち昇る湯気を、ゾロはキョトンとして見つめる。
――――んあ?
酒、無ぇのか?
それとも、また何か怒ってやがんのか?

いつもならば、「おらよっ!」と酒瓶が出されるのが習慣となっていたので、ゾロは怪訝な顔をして
テーブルの向かい側に腰を下ろしたキッチンの主を見た。
――――うぉっ!!!
ゾロは目を見開いた。
――――笑ってやがるっ!!!

ナミやロビン達女共に向ける、ニヤけた顔でもなく、ルフィ、ウソップ、チョッパー達お子様組に向ける
呆れたような顔でもなく、いつもゾロに向けられる嫌味を含んだ顔でもなく、ニコニコと、まるで料理の
出来が満足いくものだった時のような、極上の笑顔。
思わずゾロは後を振り返った。
――――誰か、いやがんのか?
でも、目に映るのは壁。当たり前である。ゾロは、壁を背にして座っているのだからして。

視線を元に戻してみる。サンジは、変わらずゾロを見て微笑んでいる。
――――どういうこった?
ゾロが今までにない程特大級に大混乱していると、サンジが口を開いた。
「おら、茶、冷めちまうぞ?」
「・・・・・・・・・お、おう。」
ゾロはなんとか気合で冷静さを取り戻し、湯呑みを持って口をつける。
1口含むと口内になんとも言えない緑茶独特の世界が広がる。

――――こいつぁ茶淹れるのもうまいな。
この湯加減といい、濃さといい、くいなの茶はこれに比べりゃ湯だな。
感動しながらもう1口と茶を啜っていると、サンジがまた口を開いた。
「なあ、ゾロ。」
「(ゴクン)なんだ?」
「オレ、てめぇに惚れてんだけど。」
それは、他愛ないくだらない話をしているかのような、とことん軽い口調で。
例えば、ルフィが起きてこないゾロのメシを食べちゃった、とか。
例えば、ナミが札束数えてほくそえんでいた、とか。
例えば、ウソップがどでかいホラをふいていた、とか。
例えば、チョッパーが褒められて「コノヤロー」と照れていた、とか。
例えば、ロビンが小難しい本を楽しそうに読んでいた、とか。
そんな感じで。

ふーんと茶を飲みながら右から左へ聞き流そうとした言葉が、脳内のどこかでにグサッと
突き刺さったかのように止まった。
――――あ?
今なんつって・・・・・・・・・・。
サンジの台詞をもう一度思い出し、繰り返し、口に出してみて、漸く意味を理解して。

ブブーーーーーーーーーーッッッ!!!!!
口に含んでいた緑茶を盛大に噴いた。


「んだよ。きったねぇなぁ。」
サンジは立ち上がりタオルと台拭きを持ってくると、まず固まっているゾロの顔を拭き、テーブルを拭き、
お茶を淹れ直し、自分の身体と顔を拭くと、またゾロの向かい側にちょこんと座った。
ニコニコと笑顔付きで。
「・・・・・・どういうつもりだ?」
ゾロは気を取り直して超ご機嫌そうなサンジに、凄みを利かせた口調で聞いた。
――――どうせ、ナミ辺りとグルんなってオレをコケにしようってぇ魂胆だろう。
そうに違ぇねぇ。

周囲をキョロキョロと見回す。誰も・・・・・・・・・居ない。気配も無い。
――――盗聴でもしてやがんのか?
テーブルの下、イスの下、ラウンジをクルリと回ってみて・・・・・・・・・。
ゾロは腕を組んで、首を傾げた。
――――何も仕掛けてなさそうだなぁ。
んじゃ、なんだ?

「どういうつもりだ?」
ゾロはイスに座って、サンジに再び問い掛けた。するとサンジは笑顔のまま、あっさり答えた。
「だ・か・ら、オレはてめぇを愛しちゃってんだ。」
「――――っ?!!あ、あいぃーーーーーーーッ?!!」
声が裏返った。
ついでに身体も引っ繰り返って、ゾロは後頭部をしたたかにうった。
でも、そんな痛みがぶっ飛ぶほどの衝撃。
「おいおい、大丈夫かぁ?」
サンジがあっけらかんと声を掛けてきた。
「コックっ、てめぇっ、マジで言ってんのかぁーーー?!」
ゾロは体をガバッと起こし怒鳴りつけるように叫ぶと、サンジは頬をちょっと赤くして、
「おうっ。マジもマジ、大マジだぜっ、ゾロ。」と曰う。

「オレぁ、ノンケだ!ホモじゃねぇっ!!」ゾロが言えば、
「オレもホモじゃねえよ。でも、ゾロんこと好きになっちまった。へへっ。」とサンジが笑う。

――――へへって・・・・・・お前。ゾロは絶句する。
――――あんだけナミやロビンに日がな一日メロリン状態で、街に出りゃレッツナンパで小っせぇガキから
果ては婆ぁまで優しくしやがるこいつが。
男と見りゃ、口は悪いは、態度は不遜だは、最大級にコケにしやがるこいつが。

「どうやってまかり間違ったら、そうなるんだっ?!!」
半泣きである。兎にも角にも、信じられない。ルフィが食欲無くなる位、有り得ない。
ナミが金を捨てる位、ウソップが敵に堂々と立ち向かって行く位、チョッパーがルフィを貶す位、
ロビンがオロオロする位、――――有り得ねぇだろぉっ?!!

「まあ、飲めよ。んで、少し落ち着け。」
ゾロの慌てふためいた態度に対し、サンジは相変わらずニコニコしながら言う。
「落ち着いてられっかっ!」
「だってよ、落ち着いてくんなきゃこれ以上話が進まねぇだろ?」
「まだ、進むのかっっ?!」
「だーかーらー、落ち着けっての。うら、茶。」
サンジは湯飲みを持ってゾロの脇にしゃがみ込み、顔面に突き出す。
ゾロは渋々湯飲みを受け取りググッと飲み干すと、プハーと息を吐いた。
「もっと、味わえよなぁ。」
サンジは呆れたように言う、笑ったまま。
「・・・・・・・・・・・・で?」
ゴンッと湯呑みを床に置いて、ゾロはサンジを睨み付けた。
「おぉっ。」
サンジはふふんと胸を反らし、腰に手を当てた。そして、一気に言い放った。
「だから、ゾロ。オレと付き合え!」
「――――は?」
またしても固まるゾロ。ニコニコ笑うサンジ。ゾロは首をガクッと落として、頭をポリポリ掻いた。
そして、サンジをチラッと見上げてふぅーっと溜息を吐く。

「・・・・・・・・・真剣に言ってんだな?」
「あったりめぇだろ!」
――――どこがあったりめぇだ。
ゾロは額に手を当てた。正直、今現在正常な思考は働いていない。元々、考える事は苦手なのだ。
――――しかも、普段から反りの合わねぇ、それも野郎に告白されるオレってどうよ?
「・・・・・・オレぁ、もう寝る。」
寝てから、考えよう。ゾロが立ち上がると、サンジがその膝を押さえて止めた。
「なぁ、ゾロ。」
「今度ぁ、なんだ?」
「てめぇはオレのこと、どう思ってんの?」
ん?と首を傾げて、サンジがニコッと笑う。
――――ほぅ、可愛いじゃねぇか。・・・・・・・・・・・・って何考えてんだ、オレぁ?!!
ゾロは自分の思考に困惑しながらも、サンジから離れようとジリジリ後ずさった。
「と、とと、とにかく、今日はもう寝るっ!」
「ふうん。・・・・・・・・・ちったぁ、考えてくれんの?」
ゾロが後ずさるのに合わせて、サンジが四つん這いになって近付いてくる。
「わっ、わ、わかった。考えるっ!考えるからっ!!」
手を前に出してサンジを牽制する。その手をサンジが掴んだ。
「なっ、なんだ?!」
ワタワタと慌てるゾロのその掌に、サンジの顔が近付いて。
唇をつける。チュッという音がして、サンジの顔が手から離れる。
「へへっ。んじゃ、オレも寝る。風呂、先もらうぜ。」
サンジはそう言うと立ち上がって、スタスタとラウンジの扉へ向かう。
そしてドアを開けて、呆然としているゾロを振り返った。

「おやすみ、ゾロ。」
投げキッスが飛んで来た。
パタンとドアが閉じると同時に、ゾロがバタンと後ろに倒れた。
理解の範疇を超えている。












翌日、ゾロは熱を出した。
「大方、甲板でお腹出して寝てたんでしょ。」と、ナミ。
「腹巻してんだぞ。冷えるわけねぇだろ。」と、ウソップ。
「すげぇな、ゾロ。オレも熱出ねぇかなぁ。」と、ルフィ。
「明日はサイクロンかしら。ウフフ。」と、ロビン。
「たまには、身体を休めろって事だよ、ゾロ。」と、チョッパー。
言いたい放題の仲間達に軽い眩暈を覚えつつ、ゾロは反撃しようとソファから身体を起こそうと
腕に力を入れたその時。
「知恵熱じゃねぇのか?慣れねぇ考え事なんかすっからだ。」
男部屋のハッチを開けて、トレイ片手に降りてくるサンジ。
口角を上げてクックッと笑う、嫌味たっぷりのいつもの笑い方。
てめぇのせいだろがと言いかけて、そのサンジの表情に
――――昨日のありゃ、夢か?いつものクソコックじゃねぇか。
ゾロは呆然とする。
サンジはそんなゾロの様子に構うことなく、手にしたトレイをゾロの寝ているソファの脇に置いて、
ナミ達に話しかける。

「ささっ、ナミさん、ロビンちゃん、こんなクソガキ剣士はほっといて。朝食の用意整えて
 おきましたから、ラウンジへどうぞ。うらっ、てめぇら、とっととメシ食いに行け!」
やはり、いつもどおり女性にはとことん甘く、男共には愛想の欠片もないサンジ。
――――また、とんでもねぇ悪夢だったなぁ。考え込んで損した。
そう、あれからゾロにしては珍しく、無茶苦茶考えたのだ。
それこそ、全生涯19年間を振り返り、見詰め直し、自分の行動を逐一掘り起こして。
・・・・・・・・・しかし、全ては徒労に終わった。
そんな経験、考えずともした事は無かったのだ。
女に言い寄られた事はある。オカマさん達には、この鍛えた身体が受けてモテモテだ。
だが、しかし・・・・・・。
――――コックはオカマじゃねぇだろ。
どう見たって、クルー中一番の女好き。見てくれは柔らかいが、態度は男臭ささえ感じさせるのに。
――――ま、何にせよ、夢で良かったぜ。

・・・・・・・・・ん?
目の前に現れたお粥の入ったスプーンに思考を遮られたゾロは、ふと目線を横に向けた。
「ほいっ、あーーーん。」
そこには、コックの全開の笑顔。
「――――――っ??!」
ゾロはまたしても完全に固まった。
――――夢じゃ、なかったのかよーーーっ!!
石化したゾロに対し、サンジは臆することなく「ほれっ、折角の粥が冷めちまうだろっ。ん?」と
小首を傾げて言う。
目の前にはほんわかと湯気を立てている粥。
食欲に勝てなかったのと、思考が止まっているのとで、ゾロは無意識に口を開けていた。
サンジはニコニコとスプーンを運ぶ。ムクムクと口を動かして、ゾロは思う。
――――塩加減も冷め具合も絶妙だな。嫁さん貰ったら、んな感じなのかなぁ。
・・・・・・・・・って、違うだろ、オレ?
自分の考えに心底ビックリして、粥を喉に詰まらせゴホゴホと噎せた。
「慌てて、食うなよ。」
クスクス笑いながら茶を差し出すサンジを、ゾロは咳き込みながら見つめた。
「・・・・・・・・・やっぱ、マジかよ?」
「あぁ?何が?」
「昨日の話だよっ!」
ゾロが茶を引っ手繰ってゴクンと1口飲んでから言うと、サンジがこくんと頷いて笑う。
「まだ、疑ってんのかよ。・・・・・・・・・んで、結論出たのか?」
「あーーーー、まだ・・・・・・・・・すまねぇ。」
――――って、何謝ってんだ、オレぁ!!
自分の台詞に心の中で激しく突っ込みつつサンジを見れば、別にいいけどよと微笑んでスプーンを
差し出してくる。
とりあえず、眼前の朝食に集中することにした。

新婚夫婦のような朝食を摂り終え、ごっそさんとゾロが言うと、おうっとサンジが答える。
そしてニカッと笑うサンジの顔を見て、ゾロははぁっと溜息を吐いてから口を開いた。
「でもよぉ、コック。何だってオレなんだよ?・・・・・・てか、オレはこういうの正直経験無ぇから、
 よく分からんし。」
「んなの、オレだって無ぇよ。」
「は?」
即答したサンジの台詞に、ゾロはつい間の抜けた返事をした。
何と言った、今?
顔中?マークで一杯だろうゾロに、サンジは言葉を継いだ。
「だって、オレ、ホモじゃねぇし。言っただろーが。」
「・・・・・・・・・お、おぅ。」
「ま、でも、男に告られたことはあんぜ。なんつったってこの美貌だろ?バラティエんときゃ、
 コック仲間にも仕入れ相手にも客相手にも声掛けられたし。とはいっても、そいつらにゃ洩れなく
 反行儀キックコースお見舞いしてやったけどな。」
「へ、へぇ。」
今のサンジの話を要約すれば、『ゾロ以外、男に興味無ぇ。』ということで。
・・・・・・・・・正直、ヘコむ。
――――オレにだけ、本気になられてもよぉ。

ゾロは今まで、所謂「お付き合い」というのはした事が無い。剣の道一筋で生きてきて、
物心がついた頃には世界一になることを目指し渡り歩いて(正確には迷子になりまくって)きたのだ。
もちろん19歳の男、女を抱いた事位あるが、好きとか嫌いとかではなく、したいかしたくないかで、だ。
だから、素人に手を出したことはない。
商売女ならば後腐れないし、気持ちも求められないから気が楽なのだ。

――――それが、よりによって仲間の、しかも男で、このコックによ。
だが、しかし・・・・・・・。
「なぁ、コック。」
「ん?」
トレイを持って立ち上がり、ゾロを見下ろすサンジに声を掛ける。
そして、返される満面の笑顔。
――――不思議と嫌じゃ無ぇなぁ。特にこいつのこういう顔はよ。

「もちっと、考えさせてくれや。ただ・・・・・・・・・。」
「ただ?」
「てめぇのことぁ、嫌いじゃねぇ。」
「――――――?!!」
笑っていた顔が一瞬豆鉄砲喰らった鳩みたいにビックリしたかと思うと、ボンッと音がしたかと思う位
一気に真っ赤になった。
そんなサンジを見て、ゾロも顔を赤らめる。
「・・・・・・・・・そ、そっか。へへっ。」
サンジが照れながら、頬を緩め眉尻を下げて嬉しそうに笑うのを見て、ゾロの鼓動が高鳴り身体中の
熱が一気に上がったような気がした。
――――笑ったり、照れたり、今まで見せたことのない顔ばっかしやがって。あせっちまうじゃねぇか。
サンジから視線を逸らし、ポリポリと頭を掻いていると、「ゾロ。」と声を掛けられて、
ゾロは反射的に声のした方へと顔を向けた。
そこには。物凄く近くにあるサンジの海の様なブルーアイ。

――――へ?
ゾロが頭を後へ退く前に、サンジの舌がゾロの唇の右端をペロッと舐めた。
「――――なっ?!!」
「メシ粒、付いてた。」
へヘッと笑い、ごちそうさまと言って男部屋を出て行くサンジを、ゾロは真っ赤になりながら
ただ呆然と見送るだけだった。







ゾロの熱は昼前に下がった。
「やっぱり、化け物ね。」と、ナミは呆れ、
「ゾロにはオレなんて必要ないかも・・・・・・。」と、チョッパーは泣き、
「あら、逆に特異な症例が取れてよ。」と、ロビンが慰め、
「ま、まぁ、良かったんじゃねぇの?」と、ウソップが怯え、
「サンジ、メッシーーーーっ!!!」と、ルフィが叫ぶ。
相変わらず言いたい放題のクルー達に、反論する言葉も見つからない。
とはいっても、熱が下がった理由には見当がついていて、それを言う気もないのだが。
サンジが出て行った後、身体中の熱がボボッと火が点いたように上がって、しっかり汗を掻いたから
なんて・・・・・・絶対言えない。
そして、その中で1人コメントのないキッチンの主へとゾロがふと目を向けると、少し寂しそうなでも
喜んでいるような複雑な顔をしてゾロを見ていた。



昼食を摂り終えてクルーがそれぞれラウンジの外へと散って行き、後片付けをするコックと食後に
酒を飲んでいるゾロが残った。
ゾロは先程自分を見ていたサンジの表情が気になっていたのだ。
いつもならば相手がどうであろうと訳の判らないなりに寝て、すっぱり忘れてしまうゾロなのだが。
しかし、どう声を掛けたら良いものやら。
シンクに向かうサンジの背中をボーっと眺めていると、サンジの方から声を掛けてきた。
「熱が下がって・・・・・・良かったな。」
「あ?あぁ。・・・・・・お前、どうかしたのか?」
「へ?」
サンジが驚いて振り向く。
「だってよ、さっき、変な顔してたろ。」
ゾロの台詞にサンジはまずキョトンとして、次いで顔が真っ赤になって、そしてへへっと照れた様に笑った。
「な、なんだよ?」
思わぬ反応にゾロが戸惑っていると、サンジが嬉しそうに言った。
「だってよ、てめぇがオレんこと気にしてくれてるって事だろ?」
――――え、そうか?そうなのか、オレ?
ゾロが自分自身に一生懸命質問を投げかける。
サンジはその間ジッとゾロを見ていてニコニコしているから、ゾロはちっとも答えが出てこない。
「と、とにかく、さっきの顔の説明しろっ!」
開き直ってゾロが問うと、
「ありゃ、ただもう『あーーーん』ってできねぇって思っただけだよ。」
そう言って、サンジが笑う。
でもゾロに気にかけてもらえて嬉しいぜ、と付け加えるのも忘れずに。
ゾロは完璧に固まった。しかも、真っ赤になって。
「ありがとよ、ゾロ。」
サンジはそう言うと、固まっているゾロの頬にチュッと唇をあてた。











ゾロは昼寝の為、船尾でラウンジ側の壁にもたれて座り込んでいた。
あの『ほっぺちゅ』の後どうにも居たたまれなくて、ラウンジからここまで逃げてきてしまった。
――――アイツぁどう思ったかなぁ。
傷つけちまった・・・・・・か?
後に残されたサンジを思う。こんなにも自分は誰かを気に掛けたことがあっただろうか?
――――でも、これが『好き』なのか?・・・・・・分かんねぇ。
ゾロは考えた。考えて考えて考えて考えて・・・・・・・・・。
結局、結論は出ないまま、眠りについていた。

――――こりゃ、夢だな。ゾロはそう思った。
誰かの身体を後から抱き締めている。
背は自分と変わらないのか、足の間に腰を下ろしているのに自分の顎をその肩に乗せても全然ムリが無い。
サラサラと頬にかかる金髪。
――――金髪?
抱き締めている身体は、自分よりは細いか?だが、細すぎるワケじゃない。
抱き心地はいいが、女の様に柔らかくは無い。
――――男?
気になって、ちょっと身体をずらし顔を見ようとすると、相手もこちらに顔を向けた。
青い蒼い瞳。クルッと巻いた眉。整った顔立ち。
――――コック、か?
相手が咥えていた煙草を外し、ゾロへと向けた表情は穏やかで柔らかい。ふんわり微笑んだサンジの顔。
そして、徐に閉じられる瞼。薄く開けられた唇から覗く熟れた舌。
――――ソソるじゃねぇか。
ゾロはフッと笑った後、己の唇を寄せていく。
唇が・・・・・・・・・触れ合う。
一瞬離してもう一度、今度は深く重ね合わせる。柔らかくて、熱い。
――――豪く感触がリアルだなぁ。
夢とはいえ、サンジとキスしているのに不思議と違和感はない。むしろ、心臓はバクバクして興奮している。
開いた唇から舌を差し入れれば、サンジも応え舌を絡めてくる。
――――ヤニ臭ぇ。でも、甘ぇな。
その時、ゾロの頭の中で何か引っ掛かった。
――――?甘ぇ?味覚まであんのかよ。
ふと、目なんぞ開けてみた。ゾロのその目の前には・・・・・・。
伏せられた瞼と、・・・・・・そこを縁取る金色の睫毛。
パチパチと瞬きする。見間違いでも、寝惚けているのでもなく。
――――あ?
・・・・・・・・・夢、じゃ、ねぇのか?

唇を離し、前髪で隠されていない右目がゆっくりと開かれていくのを見つめる。
自分を見つめ返す、青くて・・・・・・潤んだ瞳。
――――んなっ?!やっぱ・・・・・・本物、か?
キスに酔っているかの様な顔をして、サンジがホウッと息を吐き、蕩ける様に笑った。
顔が火照るのが分かった。
「ゾロ。」名前を呼ばれてゾクッとする。目が逸らせない。
サンジが身体の向きを変え、腕を首に廻してくる。
「・・・・・・もっかい、しよーぜ。」
もう一度、瞼が閉じられ唇が近付いてくる。ゾロは吸い寄せられる様に、それを重ねた。
――――ヤベェな。

サンジに告られて、しかも翌日にはキスまでしちまって。自分の気持ちに確信がもてないまま1週間。
サンジの態度は相変わらずで。クルーの前では今まで通り、ふてくされたチンピラみたいな態度なのに。
2人きりの時は、それはもう他のヤツらには見せた事の無いような扇情的なツラをする。
んでもって、日中は擦れ違い様に掠めるようにキス。寝ているゾロの頬に手をのせて、唇に舐めるようにキス。
夜は晩酌時にキッチンで、ある時は見張り台で、貪るように舌を絡めてキス。
暇と状況が整えば、サンジが必ず仕掛けてくる。ゾロは、もはや抵抗も無く受け入れてしまっている。
しかも、勃っちゃったりしている。
それもこれも、サンジがその時見せる欲を含んだ笑顔のせいで。

――――やっぱ、ヤベェだろ。
サンジはゾロが好きだから、キスするのは当然だ。
では、自分はどうなのか?
嫌いかと問われれば、嫌いじゃねぇと即答できる。では、好きかと問われたら・・・・・・。
――――わからねぇ。
今まで、恋愛なんぞしたことがない。それだけは分かる。
だが、これが恋愛なのか?
――――誰かに聞いてみてぇが・・・・・・。
ナミやロビンには聞けない。馬鹿にされるのがオチだし、女好きと自他共に認めるサンジにも悪いだろう。
ルフィやチョッパーはお子様だからわからなそうだ。
――――ウソップしかいねぇか。確か故郷に恋人(ウソップ曰く)を残してきたとか。
性欲云々はわからないだろうが、恋心かどうかはわかるだろう。
――――今夜はウソップが見張りだったな。うしっ。
ゾロはハンモックから静かに下りると、男部屋の梯子を登り始めた。









笑顔の行方

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