たまゆら   ―

日が傾きかけた頃、サンジは一人GM号に戻ってきた。
「ただいまロビンちゃん。おまたせ」
「あらコックさん、早いのね」
美女の待つ部屋に只今といって帰れる幸せに、咥え煙草からハート型の煙が揺れる。
机の上には何冊かの本と、今朝サンジが預けて行った黒い珠。
「どう、なんかわかった?」
ロビンは静かに首を振りながら、片付け始めた。
「島の図書館に行ってみるわ。何かいわれがありそうだから」
珠をハンカチに包んで、鞄に忍ばせる。
「これ、今夜皆で食事するレストランまでの地図。7時に落ち合うことになってるから」
「あら、ありがとう」
行ってらっしゃいと軽く手を振って見送り、サンジはキッチンに入った。



―――今夜は俺一人だから食材を使い切るにはちょいと多いな。
とりあえず買い出しに備えて、整理を始める。
缶詰のストックもない。
マジでやばい状態だった。
陰気な島だが辿りつけて良かったとつくづく思う。

「おーい」
外から声がして、サンジは甲板に出た。
昼間の酒屋のおやじが手を振っている。
「お届けに来たぜ」
合図して降りようとして、沖からボートで出ていたウソップ達が帰って来るのが見えた。
こりゃタイミングがいい。
「ウソップー、ゾロ、手伝ってくれ」
大量に買い込んだ酒類を運び入れる。
「ちょうど帰ってきてくれて助かったぜ」
「俺じゃなくてゾロだろ。こんなときしか役に立たねえもんな」
「んだと・・・」
「いや、なんでもないっす」
凄んでみせるゾロの腰で刀が音を立てている。
「鍛冶屋に出したんじゃねえのか」
気付いたサンジに、つっけんどんに答えるゾロ。
「鬼徹だけだ。」
「どうせなら全部出しゃあいいのに・・・、丸腰じゃあ心許ねえか、やっぱり」
「なんだと?」
一触即発の雰囲気に、ウソップが慌てて止めに入った。
「てててめえら、何喧嘩してんだよ。おいゾロ、もう行くぞ」
―――ったく、ウソップがからかっても聞き流すくせになんで俺が言うとマジ切れるんだよ。
「俺は行かねえ」
ゾロの意外な言葉に、ウソップが何でと返す。
「こんなけったクソ悪い島。ここで寝てた方がマシだ」
なんだ、やっぱり怒ってんじゃねえか。
ガキかこいつは。
サンジの呆れた目線も無視して、ゾロはさっさとキッチンに入って行った。

「そいじゃ、俺は行くぜ。サンジ、後は頼むな」
「おう、暗くならないうちに街入れよ」
サンジもウソップを見送って、中に入る。
ゾロはイスに腰掛けたまま、腕組みして寝に入っている。
いつもながら直下型爆睡だな。
とりあえず、サンジは二人分の食事の準備に取り掛かった。
自分の為だけに作るより、よほどいい。
ゾロの軽い寝息を聞きながら、鼻歌交じりで支度を始める。










キッチンに夕暮れの長い影が伸びる。
甲板に灯りをつけに出て戻ると、ゾロが立っていた。

「なんだ、目え覚めたのか」
先刻までサンジが立っていたシンクの前で、じっと一点を凝視している。
「あんだあ。寝ぼけてんのか」
自分のテリトリーに入られたようで、サンジは喧嘩腰で近づいた。

ゾロの手が、スーっと引出しを開ける。
「何してんだ」
初めて気づいたように、サンジの方を向いた。
「お前か」
抑揚のない、ゾロの声。
「死反玉をどこへやった?」
「まかるがえし・・・?」
訳がわからない。

こいつは、誰だ?

「ここに影がある。ここにあったな」
ゾロが、引出しの中からゆっくりと視線を移す。
首をめぐらせた先は、今朝ロビンが座っていたテーブル。
サンジの背筋にぞくりと悪寒が走る。
―――こいつ、影とやらをたどってやがる。
しばらくテーブルの上を凝視した後、ドアへと視線が移った。
そのまま足を踏み出し出て行こうとする。

―――やべえ、ロビンちゃんがアブねえ。
サンジは本能で悟って、ゾロに蹴りかかった。
振り向いたゾロが両手で蹴りを止める。
が、衝撃で壁に叩きつけられた。
「ほぉ・・・」
挑むではない、嘲るような目つきで笑いを形作る。
「なんと、力の強い身体だ」
「く・・・」
サンジは足を引こうとして、出来なかった。
がっちりと掴まれている。
「てめえ、誰だ!」
ゾロは答えず、掴んだ足ごと引きずってサンジの身体でテーブルやイスをなぎ倒した。
「うあ・・・!」
したたかに身体を打って倒れる。
蹲ったサンジを置いて、ゾロは船を降りた。
「畜生、待ちやがれ!」
サンジは痛む身体を起して、急いで後を追う。



日が落ちて、闇に飲まれた砂浜をゾロの姿をした男が歩いて行く。
何とか追いすがり、その背に蹴りを入れようとして避けられた。
間髪入れず繰り出す蹴りを受け流し、ゾロは2本の刀をすらりと抜いた。

見たことのない構え。
ゾロの太刀筋とは違う。
恐らくは型通りの―――
流れるような剣術。

煌めく刃を避けるのに必死で、反撃もままならない。
―――こいつ、強え・・・

砂に足をとられた。
バランスを崩して倒れる目先に一筋入る。
一瞬目を閉じて、仰向けに倒れた。









首筋に冷たい感触がある。
恐る恐る目を開けると、ちょうど喉元で交差する形で、サンジに刃を向けた2本の刀が、首の
両脇をかすめて砂浜に突き刺さっていた。

クソ、動くに動けねえ―――
両手足を砂に貼り付けて、縫い付けられたように、ただじっとしているしかなかった。
少しでも動けば、頚動脈が切れる。


ゾロの顔をした男が、傍らに立ってじっと見下ろしている。
「ふ・・・・ん、なるほどね」
呟いて、酷薄そうな笑みを浮かべた。
サンジの背中を、すうと冷たい汗が流れる。
「お前を使うのも、アリだな」

腰を落としてバックルに手を掛けた。
「何しやがる!」
身を捩ると、首筋に冷たい痛みが走った。
サンジは身を硬くして、信じられない思いで男を見る。
「動くと、死ぬぞ」
相変わらず、抑揚のない冷たい声で手早くズボンを下着ごと引き摺り下ろした。
「―――!」
下半身を曝されて、サンジは声も出ない。
一体どうなってるんだ。
何故、ゾロは・・・
ゾロはどこだ?
目を見開いて暗い空を凝視する。
今、自分の身に起こっていることが、俄には信じられなかった。



太腿の裏を掴まれる痛みで、我に帰る。
膝を押し上げられて、腰を浮かす格好になった。
必死で腕を突っ張り身体がずり上がるのを防ぐ。
男は構わず、サンジの腰の下に膝を入れたまま前を寛がせて自分のモノを軽く扱いた。
たやすく勃ち上がったそれを、サンジの後孔に当てる。
「待て・・・やめろ!やめろ!!」
サンジは狂ったように叫んだ。
「ヤメロォ・・・っ!」
男の両手が秘部に添えられ、埋め込まれた親指が左右に開かれる。
「―――ひ・・・」
引き裂かれる痛みに息を詰めた刹那、強引に捻じ込まれた。



「ぅあああああ―――――!!」
自分の口から上げられた悲鳴が、どこか遠くに聞こえる。
男は無理矢理埋め込んだまま、律動を始めた。
がくがくと身体が揺れる度に、首筋に熱い痛みが広がる。
喉が裂けるほど、声を上げた。
砂浜に指を食い込ませたまま、身体を捻ってしまわないようしがみ付いて、貫かれる痛みを
只ひたすら耐える。
溢れた涙で滲む目先に、見慣れた男の顔があった。
その瞳、その顔も、身体もすべてがゾロなのに――――





こいつは、誰だ。






激しい痛みの中で、サンジの意識は急速に薄らいで行く。






オマエハ、ダレダ――――















寄せては返す波の音が、闇の中で木霊する
ひたひたと押し寄せる水の感触に、冷えた指先がピクリと動いた。
顔に掛かる飛沫は波ではなく、雨――――

静かに目を瞬かせて、サンジは瞳を開けた。



闇が広がっている。
しとしとと降りしきる雨が、放射状に空から降りてくる。





このまま海に抱かれて眠ってしまいたかった。
潮が満ちれば、溺れ死ぬ。
―――死ぬわけには、いかねえな。

薄く笑って、首をめぐらす。
男の姿はどこにもない。
首の両脇に刺さっていた刀も、なくなっていた。
ゆるゆると身体を起こす。
下半身は痺れて、感覚がない。
生乾きの血が、首筋を伝ってシャツを染めていた。

雨に打たれて冷え切った手を伸ばし、捨てられたズボンを拾った。
立ち上がろうにも、足に力が入らない。
痛みとか、冷たさとか、哀しみとか、すべての感覚が麻痺してしまったようだ。



雨脚が強くなった。
海岸の後も、足跡も、すべて雨が洗い流す。
サンジは時間をかけて、這うように船に戻った。
身体を動かす度に、どろりとした何かが足元を伝う。
――――この雨が、全部流す。














聞き慣れた靴音が近づいてくる。
床が軋み、戸口で立ち止まった。
いつの間に朝が来たのか、雨はもう止んでいる。
柔らかな光が隙間から差し込んだ。





暗い部屋の片隅で、毛布に包まれた姿を見て、ゾロはギョッとしたように立ち止まった。
こぼれる金髪の下から、目だけが睨らみつけている。

「どうした?」
尋常でない雰囲気を悟って、一歩中に入る。
サンジは毛布を被ったまま、緩慢に身を起した。

「よくもまあぬけぬけと、面あ見せられたもんだ」
だが、発せられた声はひどくかすれて、ゾロには聞き取れない。
「どうしたんだ。具合・・・悪りいのか」
戸惑いを含んだゾロの声。

何をためらってやがる。
えらく殊勝じゃねえか。
それとも、てめえもニセモノか。



「来るんじゃねえ、タコ」
掠れながらも、はっきりと拒絶の言葉を投げつける。
「俺ァ風邪引いてんだ。悪いが飯は作れねえ。どっか行って喰って来い」
喉が引き攣れるように痛い。
あまり顔を上げて、首の包帯が見えると面倒だ。
潜むように目だけで威嚇する。

「オニのカクランか?」
わざと軽口を叩いたゾロに、返事も返さない。

俺に近づくな――――
さっさと出て行ってくれ。

祈るように目を閉じて、サンジは深く息を吐いた。
「少し寝れば大丈夫だ。てめえ余計なことは言うなよ。チョッパーには交替ん時に俺から話す」
多分、今目の前にいるのは本物のゾロ。
昨夜のあれは、夢かもしれない。
身体の痛みは、否応なしに現実だったと教えてくれるけれど。



「わかった」
あっさりと引き下がり、ゾロは腰の刀を壁に立てかけて静かにドアを閉めた。
再びもたらされた暗闇。
緊張の糸が切れたように、サンジは壁に寄りかかった。

―――しっかりしなきゃ。
このままじゃ気づかれる。

だるい腕を伸ばして煙草を取り出し、火をつけてふかす。
流れる紫煙を目で追って、サンジは長いこと動かなかった。













夕べの食材は、中途半端に火を通した為か傷んでしまった。
仕方なくすべて捨てる。
ひっくり返したままの薬箱を元通りに詰め直し、床に散った染みを目立たないように拭き取る。
風呂場も簡単に掃除して、汚れた衣服は処分した。

ろくに食事をとらないまま、立て続けに飲んだ痛み止めのせいで、胃がきりきりと痛む。
一通り仕事を終えて、サンジはテーブルに突っ伏した。
今夜の船番のチョッパーが来るのは夕方。
それまでに少し考えておかなければいけない。
これからどうするか。
どうなるのか。





「おい?」
不意に声を掛けられて、びくりと跳ね起きた。
全く気づかなかった。
キッチンのドアの向こうにゾロが立っている。
サンジは腰を浮かしそうになって、痛みに顔をしかめた。
「起きてて、大丈夫なのか」
手に紙袋を下げている。
「夕べ、俺は飯も食わずに倉庫で寝てたらしいな。お前、そん時から具合悪かったのか」
テーブルの上に取り出されたのは、いくつかのパン。
「なるべく無理してでも食った方がいいぞ。もっと食いやすいもんがいいかと思ったが、
 俺には何がいいのかわからねえから」

―――俺に、買って来てくれたのか。
こいつやっぱり偽者?
まじまじと顔を凝視するサンジに、ゾロは照れた様に顔を背けた。



「ちゃんと食えよ。俺も食う」
ぶっきらぼうに言って、向かいのイスに腰掛ける。
ゾロと差し向かいで朝食を取るなど、初めてのことだ。
サンジはゆっくりと腰を上げた。
「どこ行くんだ」
非難めいた口調に、自然口元が緩む。
「コーヒー煎れんだよ。てめえも飲むだろ」
いつもよりゆっくりとした動作でキッチンに立つ。
ゾロはその姿を訝しげに見ていた。

―――風邪ひいたっていうが、どこかおかしい。
覇気がねえ。
人間、具合が悪いとこうなるもんなのか。
えらく危なっかしくて、目を離せねえじゃねえか。

「お前、その首どうしたんだ」
首に巻かれた白い包帯が痛々しい。
「喉が痛てえから巻いてんだよ。こうすっと楽なんだ」
勤めて冷静に答える。

声は、震えていないだろうか。
不自然では、なかったか。




思いのほか穏かな時を過ごし、ゾロは食事を終えて甲板に出て行った。
一眠りしてから鍛錬するらしい。



やはりあれは夢だったのではないかと思う。



夢であって欲しいと願う。