Country story of sand
 地面には、砂ばかり。
 空から照らす太陽がジリジリと砂を焼いている。
 ココヤシは砂漠の国だ。
 完全に砂漠化したこの国にはいくつかのオアシスがあり、その周りに街を形成している。
 とりわけ大きいオアシスがこの国で一番栄えており、そのまわりには王の城や、都市が広がっていた。
 街と街を移動するには、かなりの距離と環境の悪さがあり、そのため街同士の交流は少ない。
 だが、ミホーク王は王下七武隊を各街に派遣し、その治安を一定に保っていた。
 王政とはいえ街同士の交流に乏しくそれぞれの都市が独立しているかのようで、争いもなく、太陽が熱く照らす事を覗けば
 過ごしやすく、何の問題もなかった。
 ただ、一つの悩みだけを除けば。
「…王、今…何と言いました?」
 ここはココヤシの一番大きなオアシスにある、王の城。
 真っ赤な布を張られた豪華な椅子に座る王の前で、青年は跪いていた。
「聞こえなかったのか、サンジ」
 褐色の肌に、漆黒の黒髪と髭。
 深い真紅の瞳。
 筋肉質な体をした王は、威厳をもち世界一の剣士としても誰もが認める存在だ。
「では、もう一度言おう。…第二王子を連れてこい」
 王の前で膝をついていた青年は眉を寄せた。
 年は二十代中頃、王とは親と子ほど年が離れている。
 青年は王のような褐色の肌ではなかった。
 この国で褐色の肌は少ない。
 昔ココヤシには肌の白い人種と、褐色の人種のふたつの種族が存在した。
 肌の白い人種は、ココヤシが砂漠になる前からこの地に住んでいた種族で、砂漠になってその強い太陽の日差しにも
 順応した人種だ。
 肌が白いと言っても、砂漠ではない土地の人間に比べれば明るい肌の色だろう。
 太陽に照らされるうちに、肌の色素が変わってきたと言われている。
 そして、もう一つの種族は、この地が砂漠化してから外から来たと言われる人種。
 それがミホーク王のような褐色の肌をした者達だった。
 かつては褐色の肌をした人種も数多く存在したが、今ではすっかり姿を見かけなくなり、この肌の色が見れるのは王族だけと
 言っても過言ではない。
 元々外から入ってきた移民だが、今では王族の高貴な肌の色だと崇められるようになった。
「…何を考えておられるのですか…」
 青年、サンジは瞳を曇らせた。
「何を?…この国のことだ」
 あっさりと答える王に、サンジは唇を噛みしめた。
 その事情の事はサンジも知っていた。
 この国の王の息子であるエース王子が不慮の事故で亡くなったのは、先月初めのことだ。
 その事故の事を知らない国民はおらず、誰もが悲しんでいる。
 それはサンジの目の前にいる王も同じことだ。
「…今更、何を言っているんです、第二王子は…」
「分かっている。…だが、あいつしかいない」
 そう言われて、サンジは反論できなかった。
「サンジ、第二王子を連れてこい。…これは、命令だ」
 強い言葉で言う王に、サンジは従うしかなかった。

 王城のあるオアシスから、大分離れた場所に小さなオアシスがある。
 その周りには街があるが、とても小さな田舎町だった。
 だが、そこには大きな建物がある。
 城のような豪華さはないが、小さな街の中ではさながら城のように見えた。
 石造りの屋敷には風で入り込んだのか、床に砂が散乱している。
 どんなに掃いても、または入ってきてしまう。
 サンジは良く知っているその屋敷に足を踏み入れた。
 階段を上がると、大きな扉が見える。
 豪華に彫り物をされたその扉にも砂が被っている。
 城のように見える建物だが、ここは城ではなく、貴族の屋敷でもない。
 こまめに掃除をする下働きも、ここにはいない。
 その扉は僅かに開いていた。
「ゾ…」
 サンジは扉に手を掛け、その中にいると思われる者の名を呼ぼうと声を上げた。
 だが、その声は直ぐに途切れてしまう。
 部屋の中から声が聞こえた。
「……ん…ッ…、あぁ…ッ……、あッ…」
 それはサンジが声を掛けようとした人物の上げた声ではない。
 その声は艶めかしく部屋の中に響いている。
 目的の人物はその部屋にいた。
 だが、知らない女性がベッドの上にいる。
 ベッドの上の女性がシーツを掴んで動いていて、布のすれる音が聞こえる。
 サンジはその光景を前に溜息を吐いた。
 ベッドの上では男が女性に覆い被さっている。
 それは見慣れた光景だった。
 女性に覆い被さる男は、緑色の髪をしていた。
 後ろだけを長く伸ばした、艶やかな髪。
 均等に筋肉のついた引き締まった体。
 がっしりしているとは言わないが、剣を軽々と振り回すだけの筋肉はついている。
 背中には傷一つない綺麗なすっきりとした肉体だった。
 そして、その肌の色は王族の色。
「…ゾロ王子」
 サンジが声を掛けると、褐色の肌は動きを止めた。
 女性から体を離し、振り返る。
「王子と呼ぶなと言っただろう」
 振り返った男は冷ややかな声を発した。
 王と同じ深い真紅の瞳。
 その瞳は声と同様に冷ややかに見える。
 それは吊り上がった目尻のせいだろうか。
 男の整った顔立ちと筋肉のついた身体は見ているこちらがゾクゾクしてしまうくらいに綺麗だ。
「王子は、王子でしょう、ゾロ第二王子」
 サンジの返した言葉で、一瞬にして機嫌が酷くなるのが分かる。
 二人の様子に女性が怯えていると、ゾロがその鋭い目を向けた。
 ビクッと震える女性に、ゾロは顎で扉の方を指し示した。
 機嫌の悪くなったゾロは、それ以上続ける気を無くしたのだろう。
 慌てて女性は床に落とされていた服を急いで拾うと部屋を出て行った。
「聞こえなかったのか。王子と呼ぶな、サンジ」
「そういう訳には参りません」
「今までは王子だなどと呼ばなかっただろう、今まで通りにゾロと呼べ。そうでなければ返事はしない」
「私を困らせないで下さい、王子…」
 王子と言ったからだろうか、ゾロは唇を固く閉ざした。
「貴方は…この国の王子です。ミホーク王の後を継ぎ、この国を背負うのは今となっては貴方以外に誰もいません」
 つい先日まではこの目の前の男を『王子』とは呼んでいなかった。
 それが『王子』と呼ばなくてはならなくなったのが先月の初め頃の事。
 第一王子であるエースが不慮の事故で他界した日からだ。
「ミホーク王がお呼びです」
 そう言ってサンジは頭を下げた。
 だがゾロは返事を返さず、顔を背けた。
「…王子」
「王子と呼ぶなと言っただろう!」
 瞳を釣り上げ、ゾロが大きな声を上げる。
「…ゾロ様」
 仕方なくサンジはいつもの呼び方へと戻した。
 ゾロとサンジの付き合いは長い。
 サンジがこの屋敷へ来たのは、ミホーク王の命令だった。
 この国には二人の王子がいた。
 一人は、王の正当な后が生んだエース。
 そしてもう一人はゾロ。
 ゾロの母親はミホーク王の正当な后ではなかった。
 その為ゾロはミホーク王の血筋を証明する褐色の肌と同じ真紅の瞳をしていながらも、王城へ足を踏み入れることなく、
 遠く離れたこの屋敷でひっそりと生活していた。
 ゾロは正当な跡取りにはならない。
 だが、姿から王族であると誰が見ても分かってしまう。
 ミホーク王もゾロを放っておけなかったのか、当時まだ幼かったサンジにが選ばれ、ゾロと共に生活を送るようになった。
 あれからもう、十余年が経っている。
「ゾロ様、あのようなことはおやめ下さい」
「…あのような事?」
 サンジの言葉に思い当たらないのか、ゾロは首を捻る。
「…先程の女性です」
 答えるとゾロは「あぁ」と、ようやく気がついたのか声を上げた。
 この部屋の寝台に、女性を連れ込むようになったのはいつからだっただろうか。
 肌の色が示すようにゾロは王族であり、またミホーク王の血を引いていることを証明するようによく似た、整った顔と筋肉が
綺麗についた体をしている。
 ゾロが連れ込んだ女性が何か問題を起こさないとも限らない。
 もしも子供ができたりなどしては…。
「焼きもちでも妬いているのか?」
「なっ…」
 突然のゾロの言葉に、サンジは驚いて声を上げた。
「何を言っているのですか…」
 ゾロは寝台から立ち上がると、床に落とされた服を拾い上げた。
 平民の服装よりは幾分か上質な生地で作られた服だ。
 だが、王族の物というには豪華さに欠ける。
 その服はまだエース第一王子が生きていた頃、ゾロに与えられたものだった。
「違うのか?」
 服を身にまといながらゾロはサンジに近付き、手を伸ばした。
 王族の血筋を引き継ぐゾロの指がサンジの首に触れる。
 ビクッとサンジの体が震えた。
 心臓が大きく鼓動を始める。
 その心臓が鳴っているのを知っているのはサンジ自身だけだ。
「私が、誰に焼きもちを妬くと言うのですか」
「さっきの女にだ」
「…まさか」
 否定すると、ゾロは首を傾げた。
 その表情に、思わずドキッと心臓が締め付けられる。
 ゾロに対してこんな気持ちを抱くようになったのはいつからだっただろうか。
 あの女性に嫉妬していないなんて、嘘だ。
 ミホーク王に命じられ、ゾロに会って、いつの間にか惹かれていた。
 この国の王の血を引く、王子に。
 自分はあの手の中に、ゾロに抱かれたいと思った。
 王子が女性にしていたように、美しい褐色の肌で触れてほしい、私の体に舌を這わせてほしい。
 私を抱いて耳元で喉から漏れるソロの声が、聞きたい。
 …浅ましい、妄想だ。
 この国の後を継ぐべき王子に抱かれたい、などと。
 例え頭の中でだけであっても、想像してはいけないこと。
 理性ではそう分かっている。
 だというのにゾロはどこかからか捕まえた女性を連れ込んでは行為に及ぶ。
 誰に見られても構わないのだという風情で。
 自分とゾロの関係は王子と従者。
 それ以上でも、以下でもない。
 二人の身分には大きく近寄ることすらできない溝がある。
 飛び越えようと思っても飛び越えられるわけのない広い広い、溝だ。
 元から開いていた二人の間の溝は、この国の第一王子の死によって更に大きいものになった。
 手を伸ばしても決して届かない遠くの人。
 いや、手を伸ばしてはいけない人だ。
「今日はもう、日が落ちますから明日出発します。ご準備をお願いします」
「サンジ、俺は城に行くとは言っていない」
「ミホーク王のご命令です。例えゾロ様であっても、ご命令は絶対です」
 王子、とは言わなかった。
 ゾロ様。
 それがいつもの呼び方。
 城に来いと言われてゾロが素直に返事をするとは思えない。
 それに王子と呼んで神経を逆撫でした所でゾロはいい返事をするとは思えなかった。
 どんな言葉を使ったとしてもゾロは納得しないだろうが、せめてゾロを怒らせないようにと配慮した。
 だがゾロはサンジの配慮になど気がついていないだろう。
「サンジ、お前は俺があの男の事をどう思っているのか分かってるだろう?」
 突然低い声で呻くようにしてゾロが言った。
「あの男などと、そんな呼び方はしてはなりません」
「何と呼べと言うんだ?まさか…父上などと言うんじゃないだろうな」
 ゾロにとってミホーク王は血の繋がった実の親子だ。
 だがそれをゾロは拒否している。
 本来ならば父上と呼ぶべき相手だ。
「ミホーク王、もしくは王と呼ぶべきです」
 だが父とは決してゾロは呼ばないだろうということは良く知っている。
 ゾロはサンジの返答が面白くないというように顔を背けた。
「今日は早くお休み下さい。王の城までは時間もかかります。夜が明けたら早々に出発いたしますので」
「サンジ!」
 反論するつもりだろう、ゾロは声を上げたがサンジはそれを受け付けないと言うように頭を下げると自分の部屋へと戻った。

 夜が明けると直ぐに、サンジとゾロは馬車に乗り込んだ。
 砂漠では昼と夜の寒暖差が激しく、まだ夜が明けて間もないせいか外気は暖まっていない。
「ゾロ様、寒くないですか?」
 サンジは声を掛けたが、ゾロは不機嫌な顔をして答えなかった。
 城までの道のりは長い。
 その長い距離をこの不機嫌な王子と過ごさねばならないのだと思うと溜息を吐きたくなる。
 だが溜息など吐いてしまえば、それを理由にゾロが怒り出すだろうということは容易に想像でき、サンジは必死に堪えた。
 サンジが持っていた毛布を差し出すと、ゾロは乱暴に受け取った。
 ゾロが毛布を被るのを見届けると、サンジも同じように毛布を被った。
 ゾロとサンジの住む屋敷から、城へはかなりの距離がある。
 その遠い距離はゾロとミホーク王の距離でもあった。
 サンジはミホーク王がゾロを呼びつけた理由を考え、頭を悩ませていた。
 この国に、王の血を引く者はゾロ一人しかいない。
 王が城へ呼びつけたのはゾロを正当な後継者にする為だ。
 ゾロがそれを分かっているかどうかは、サンジには分からない。
 だが、ゾロとミホーク王が会って何事もないとも思えなかった。
 ゾロはミホーク王を憎んでいる。
 心の底から。
 今すぐに…ではないが、王になれと言われて素直に従うとも思えない。
 これからどうなるのだろうかと考えると頭が痛くなってくる。
 砂の上を走る馬車は音は立てないものの、車輪が踏みしめる砂で左右に揺られている。
 小窓に付けられたカーテンを開いてみても、まだ城の姿は見えてこない。
 砂の国、ココヤシの敷地は広大で、街同士が離れている。
 砂ばかりの土地では水が無ければ生きていけない為、オアシスの周りに街が形成され隣町へ行くのに酷く時間がかかる。
 王の血を濃く引くと、褐色になる肌。
 第一王子であったエースは母の血を引いたのか肌は褐色ではなかった。
 だが、ゾロは綺麗な小麦色の肌をしている。
 誰がどうみても王族なのだと分かってしまう。
 それ故に城の近くには置いておけなかったのだ。
 王族は褐色の肌をしているということすら本当なのかどうか分からないくらい離れた街で隠れるように生活しなければ
 ならなかった。
 そんな生活をさせられているゾロが、ミホーク王と分かり合える筈がなかった。

 二人の乗る馬車が城へ着くまで、熱さの為に窓を開けたり、また寒くなって毛布を被ったりを何度か繰り返した。

 ようやく揺れが収まり、馬車の入り口が開いた。
 馬車を降りると巨大な城が見える。
 そして城の周りには近代的な街があった。
 ゾロの住む街とはまるで雰囲気が違う。
 ここが砂漠の街だとは思えないほど発展している。
 サンジはつい最近王に呼び出されて来たばかりの街だが、ゾロは今まで一度も足を踏み入れたことがない。
 馬車を降りたゾロはじっと城と街を見ていた。
「ゾロ様、こちらです」
 足を動かそうとしないゾロにサンジは声をかけた。
 だがゾロは足を踏み出さない。
 それは街の様子や城に驚いているわけではなく、城へ行きたくないのだろう。
「…ゾロ様」
 ここまで来て、ゾロを城へ連れて行かないわけにはいかない。
 強い口調でサンジが呼ぶとゾロは溜息を吐いた。
 渋々ゾロが歩き出す。
 サンジはゾロの前を歩きながら少ししては振り返りゾロの姿を確認しながら城の中へと進んだ。
 城へ入ると、立っていた兵士が二人に向かって頭を下げた。
 深く頭を下げた兵士は二人が通り過ぎるまで頭を上げない。
 その兵士にゾロはまた溜息を吐く。
「…サンジ」
 ゾロの反応には構わず歩いていると後ろから声が聞こえた。
「何でしょうか、ゾロ……様」
 思わず王子と言いかけて、慌てて言葉を直した。
 せっかく連れてきたというのに、ここで気分を害されて逃げ出されたのでは意味がない。
「俺は王に会うとは一言も言ってないからな」
 低く呻くような声色でゾロが言う。
「あの男にする話なんかない」
「ゾロ様!」
 この城の中で、王を『あの男』呼ばわりするのには問題がある。
 サンジが振り返って声を荒げたが、ゾロは聞く耳を持たないという風に顔を背けた。
 ゾロには王に会って貰わなければならない。
 それが王の命令であり、この国の為だ。
 だが、ここで絶対に会って貰うと言えばゾロは反発するに違いない。
 会え、とも会わなくていいとも言えずサンジは黙って歩き続けた。
「…聞いているのか、サンジ」
「はい、聞いております」
「直ぐに帰るからな」
 また、答えにくい事をゾロが言う。
 直ぐに帰ってしまわれては困る。
「…用件が済んだのでしたら、そうされても良いかと思います」
 ただ何も言葉を返さないわけにもいかずにサンジはそう答えた。
 用件とは王の後継者になる、ということだ。
「だから、あの男には会わないと言っているだろう」
「ゾロ様、王に向かってそのような言い方はいけません」
「何が王だ、バカバカしい」
「ゾロ様!」
 慌ててサンジは辺りを見渡した。
 幸い近くには誰もおらず、ほっと胸を撫で下ろした。
 例え第二王子だとしても、王に対しての暴言を吐いているところを見つかってしまえばたちまち噂が流れることになる。
 それはいずれ王となったときにゾロのイメージを悪くさせてしまう。
「ゾロ様、こちらです」
 サンジは足を止めると扉を開いた。
 豪華な調度品のある部屋が見える。
 ゾロはまた溜息を吐いたが、サンジに促されて部屋の中へと足を踏み入れた。

「大分時間も遅くなってしまいました。今日の所はお休み下さい。王には明日お会い出来るよう手配致します」
 部屋に入り、居心地が悪そうに椅子に座ったゾロにサンジが言った。
 すると、ゾロはサンジを鋭い瞳で睨み上げる。
「何度も言った筈だ、俺はあの男には会わない」
「あの男、ではありません。ミホーク王です」
「王だろうが、何だろうがどうでもいい。俺には関係ない」
 ゾロは瞳を逸らさない。
 強い瞳でサンジを睨み付けたまま、強い口調で言い放った。
「…ゾロ様」
「お前だって分かってるだろう? あの男がどんな男なのか」
 そう言われてサンジは二の句を継げなかった。
 ミホーク王を憎む、ゾロ。
 憎まれなければならないミホーク王の事情。
 サンジはそのどちらも、知っていた。
 だが何も言うことが出来なかった。
 怒っているゾロに何を言っても、聞き入れてくれるとも思えない。
「…会われないというのなら、いつまでもここへ居なくてはなりませんが、よろしいのですか」
 ふと思いつき、サンジが言うと今度はゾロが唇を閉じた。
 ずっとこの城に滞在する。
 それはゾロには望まない事だろう。
 そう言えばきっと、渋々にでもゾロはミホーク王に会う。
 ゾロの性格をよく分かっていて言える言葉だ。
「では、今日はゆっくりとお休みなさいませ」
 そう言ってサンジは頭を下げた。
「…サンジ」
 ゾロに背を向け、歩きだそうとすると背中にゾロの声が向けられた。
「どうかなさいましたか」
「…何処へ行く?」
「自分の部屋に、ですが」
 答えるとゾロは不機嫌そうな顔を向けた。
「お前の部屋があるのか」
「元々私の部屋というわけではありません。ただこちらへ滞在する間に与えられた部屋というだけです」
「…どうしてそんなところに行かなきゃいけないんだ」
「どうして…と、言われましても…」
「ここにいればいいだろう?」
 ゾロが向ける目は、さっきまでの鋭く睨む視線とは違っていた。
 いつもの屋敷ではない、見慣れない部屋にいるのが心細いのだろうか。
「…そう言うわけにも参りません」
「…どうしてだ」
「私と、ゾロ様では身分が違います。私がここで寝泊まりするわけには行きません」
 そう答えるとゾロは眉を寄せた。
 ゾロとサンジの身分の違い。
 いつもの屋敷であれば意識すらしないことだ。
「ゾロ様はココヤシの王子、そして私はただ、王子にお仕えする従者です。私は王族ではありません」
「いつもは俺がここにいろと言えば、ここにいただろう?」
「ここは…いつもの屋敷ではありません、ゾロ…王子」
 その呼び方はゾロを怒らせる。
 だが分かっていてわざとサンジはそう呼んだ。
 それが自分とゾロとの距離の遠さ。
 決して縮まることのない距離。
 そう、だから、ゾロを好きだなどと思ってはいけない。
 この国の王子はもはやゾロしかおらず、この国を背負うのはゾロだ。
 いずれ王になるゾロを、従者である自分ごときが思ってはいけない感情だった。
 例え、口にしなかったとしても、決して思ってはいけないこと。
 そう思うと心が苦しく、サンジは手を握りしめた。
 ギュッと握りしめると手の平に当たる爪が痛みを与える。
 ここに長くいてはいけない。とサンジは思った。
 長くいたら、唇から言葉が出てしまいそうになる。
 ミホーク王にお会いください。
 そう言いながらもサンジの本当の気持ちは違っていた。
 王に、会わないで欲しい。
 この国の王子に、ならないで欲しい。
 そして、王子と従者…その遠い距離に離れたくない。
 小さくてもあの屋敷で、立場は変わらないけれど、ここにいるよりももっと近い距離でいて欲しい。
 貴方を好きだと言っても、罪にならない距離にいて欲しい。
 そう、言いそうになる。
「それでは失礼致します。ゾロ王子」
「サンジ!」
 ゾロの顔を見ないようにサンジはサッと頭を下げると背を向けた。
 いつもよりも早い速度で足を進めると部屋を出て、ドアを閉めた。
 ゾロは王子だ。
 そして、自分は従者。
 それを忘れてはいけない。
 これからは、ずっと。
 サンジは自分の心を封印するように、何度もその言葉を繰り返した。










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