Step into the Light 1
 







 

開けられたカーテンから差し込む朝日を感じるのと同時に、コーヒーのいい匂いがする。
毎朝のコーヒーを、その度に豆を挽いて、ドリッパーで淹れてくれる同居人は、
同時に美味な朝食をも用意してくれている。
一緒に住んで3年になるが、彼のお陰でシャンクスの食生活は大幅に変わった。
一人暮らしだった頃は、朝食なぞ口にした事がない。
会社に出る30分前ぐらいまで寝ていて、ぼやけた頭を熱いシャワーでスッキリさせる。
シャツのボタンを留めるのも、タイを結ぶのも迎えの車の中、という有様だった。
それが、彼が来てからは、出社1時間以上前に起される。
熱いシャワーで目を覚ますのは変わらないが、
その後にきちんと栄養配分を考えられた朝食を摂る習慣がついた。

「朝食を抜くのは身体に良くない」

至極尤もな論理でもってシャンクスの短い睡眠時間は削られてしまうのだが、
慣れるとそれも苦にはならなくなった。
旨い朝食と、可愛い同居人の笑顔のお陰だ。
同居人は、その名をサンジと言う。


「おはよう、シャンクス」


本来なら彼は、祖父の経営するレストランを継ぐ筈だった。
元々少し引っ込み思案な性格だったのが、両親の離婚を切欠にさらに内向的になってしまった。
何よりも孫息子を心配したゼフが、知人であるシャンクスに彼を預けたのだった。
それからサンジはシャンクスと一緒に住み、その身の回りの世話をしつつ、
彼が重役を務める会社で秘書としても働いている。
もちろん人様の孫を預かっているのだから、大事にもしている。
金色の髪と蒼い瞳、白い肌にスレンダーな身体つき。
実はこっそりヨコシマな欲望を抱かないでもないのだが、手は出さずにいる。
ゼフだけではなく、サンジの信頼を裏切らない為に。


「今日はお前、弁当いらねェぞ」
「えっ、俺も?」


常務取締役を務めるシャンクスは、接待やなにやらで取引先の人間などと昼食を摂る事が殆どだが、
秘書であるサンジはその場には同席しない。
そんな時は、自分で作った弁当を秘書室で食べる。


「ほれ、社長が新しい秘書連れてくるっつっただろ? 顔見せも兼ねて一緒に昼食だそうだ」
「そっか」


先月辞めてしまった社長秘書が、サンジは苦手だった。
眼鏡の奥の目がいつも冷たく光っていて、酷くとっつきにくく、殆ど口も利かなかった。
今度の人は、もっと優しそうだといいな。
サンジはこっそりそんな事を思っていた。





だが、そのささやかな願いは、見事に裏切られる。


「ロロノア・ゾロです」


低音でそう名乗った男の目が、眼鏡の奥でキラリと光る。
サンジはまるで射竦められたように動けなくなってしまった。


怖い。


前の苦手だった秘書と同じで眼鏡をかけている。
背はサンジより少し高いくらいだが、がっしりとした身体つきで、
イタリア製のスーツをビシッと着こなしている。
何より肉食獣を連想させる隙のない身のこなし。
どうしてこうも、社長の連れてくる人間は威圧感があるんだろうか。
これから秘書室で一緒に過ごす事も少なくないというのに。
サンジはシャンクスの影に隠れるようにして、ひっそりと息を詰めた。




居候先のシャンクスのマンションに戻って、サンジは大きく溜息をついた。
あの顔見せの後、社長は新秘書を連れて出かけてしまったから、殆ど話もしなかった。
別にベタベタ仲良くしたい訳ではないが、もう少し可愛げがあってもいいじゃないか。
それでなくても人見知りしやすいサンジには、ゾロは自分から話し掛けたい相手ではない。
だから、サンジより遅く帰宅したシャンクスにゾロの印象を聞かれて、
素直に『怖い』と伝えた。


「まぁ、無理ねェかな。社長の趣味知ってんだろ? 居合抜き。
その道場で知り合って引っ張ってきたらしいから」


そういえば社長のミホークも、サンジは苦手だったのだ。
入社して3年経った今は大分慣れてきたが。


「あれで元は公務員だってんだから笑えるよな。
黒い袖カバーして『住民票のコピーですね』とか言ってる姿思い浮かべてみろよ。爆笑だぜ」


そんな窓口には絶対に行きたくない、とサンジは心から思った。


「んでさ、昼時になると売りにきたオバちゃんから、ヤクルト買ったりして」


ギャハハハハと自分の想像に笑い出すシャンクスにつられてサンジも笑う。


「なんでヤクルト?」
「あ、知らねェのか? 市役所とか、人が大勢いるビルなんかは
許可取ったオバちゃんがカート押して売りにくるんだぜ?」


それから前職で知り合った面白い人々の話に移り、サンジは大いに笑わされた。
いつもこの調子だ。
細かいことで沈みがちなサンジの気分を敏感に察知して、浮上させてくれる。
10歳ほど年の離れたシャンクスを、サンジは親代わりとして慕っていた。





翌日シャンクスより早く出社したサンジは、女子社員の間でゾロの噂が持ちきりになっている事に驚いた。
カッコいい、のだそうだ。
いや、それはそうかもしれない。
背も高いし、身体つきも男らしく、スーツ姿も似合う。
知的な眼鏡をかけているが、居合の達人らしい。
何よりカリスマ的存在である社長がぞっこん惚れ込んで連れてきた人物である。
今は社長の秘書であるが、将来は重役になる可能性も高い。
女の子の目から見ると、ああいうタイプがモテるんだろうな、とサンジは思う。


秘書室のドアを開けると、ゾロは既に出社していた。


「あ・・・おはよう、ございます」
「おはよう」


持っている書類から目を上げずに挨拶を返された。
挨拶は目を見てしろと教わらなかったのか?
サンジはこっそり憤慨する。
今度の相手とも上手くやれそうにない。


この七武商事には、社長を含めて3人の重役がおり、それぞれに秘書がついている。
社長と常務には、ゾロとサンジ。
そしてもう一人専務のニューゲートにエースという秘書がいるのだが、
専務は海外での仕事が多く、秘書もついて廻る為、実質秘書室にいるのは二人きりとなる。
サンジにとってはとてつもなく気まずい。
せめて専務秘書のエースがいてくれたら、まだ救いがあるのに。
人懐こいエースは、社内で数少ないサンジから話し掛けられる人物だった。



サンジがシャンクスに呼ばれて秘書室を出て行ってから、ゾロはそっと溜息をついた。
サンジにゾロの噂が届いたように、ゾロにもサンジの噂が耳に入った。
曰く、『常務と秘書はデキている。同棲している』
社内名簿で確認すると、確かに同じ住所だ。
しかし、まさか男同士でそんな事があるのだろうか。
信じられないながらも、昨日初めて会ったサンジを思い浮かべる。
金色の髪に蒼い瞳、白い肌。
そこはかとなく漂う色気のようなもの。
見ているとどこかむずむずして来るような不思議な感情が湧き起こる。
もしかしたらアリかもしれない。
そう思ったら、目を合わせられなくなった。
目を合わせられないが、書類に目を通している振りをして、こっそりその様子を伺ったりもした。





そしてその数日後、ゾロの疑いが確信に変わる。
もともとシャンクスは気さくな人物で、誰とでも仲良くやっている。
誰かと話しながら、肩を組んだり、小突いたりのスキンシップはもちろん、
投げキッスなんぞも平気でやるタイプだ。
そうやって誰にでも愛想を振り撒いているシャンクスだが、
サンジと二人でいる時は微妙に気配が変わる。


それに気づいた後、ゾロは目撃してしまった。
珍しくシャンクスが秘書室に現れて、サンジに何かしら指示を与えた後、
その白い頬に唇を落としたのだった。
それは二人にとってはごく日常の事だったらしく、ゾロがいるのにも気にした様子がない。
目撃したゾロの方が、なんだか恥かしくなってしまった。
なおさらサンジの顔が見られない。

しかし、例え二人がそういう間柄でも、何も社内でスルことはないだろう。
ゾロは何だかよく判らないもやもやした気分と、強い憤りを同時に感じた。
が、もちろん口には出さない。
その後も何度も同じ様な場面に遭遇して、その度に胸にチリチリする痛みを感じながらゾロは過ごした。


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