
2日目も、順調に予約が入っていた。
隣の田んぼのおじいさんは帰省中の息子夫婦と孫達を連れて来てくれて、サンジはその時だけおじいさんに
貰った野菜を極力使って調理した。
ウェイターのゾロはテーブルに運ぶ際、これとこれがおじいさんの野菜でとこと細かく説明する。
「これおじいちゃんが作ったお野菜?」と孫達はことのほか喜んで、おじいさん夫婦は満更でもない顔をしている。
ごんべさんもJr.と孫達を連れてきてくれて、駅のおじさんも奥さんと一緒に顔を出してくれた。
店内をぐるりと見渡し、充分に活性化していると満足そうに一人頷いている。
「女子率、高いですよね」
「お陰さまで。やはり女性は情報が早いですね、ほとんどが近隣の市町から来てくださってるみたいです」
今日もスモーカーとヘルメッポが助っ人に来てくれた。
やはりお盆だからか初日の余波が続いているせいか、これくらいの人数のスタッフがいないと対応しきれない。
一人で切り盛りしていくつもりだったサンジは、早くも自分の見込みが甘かったことを痛感した。
「フロア全体は見渡せるから、楽だと思ったんだけどなあ」
一人ごちながらも、てきぱきと動く手は淀みがない。
サンジが調理する手つきを見学するだけでも来た甲斐があるなんて、テーブル席でそっと囁き合うカップルの
言葉がゾロの耳にも届く。
驚いたことに、りよさんの息子は今日も顔を見せた。
今回は家族連れだ。
カウンターには着かず、テーブルで妻子にも偉そうな素振りを見せながらメニューの説明を自らしている。
注文は今週のセットメニュー4人前。
テーブルに料理を運ぶ際、サンジに耳打ちされるまでもなく料理を見てゾロは了解した。
ぱっと見はそれとわからないが、一人だけ微妙に中身が違う。
それを息子の前に置くと、何も言わずただ満足そうに目を細めていた。
今回はサンジが気をつけてスタッフにも昼食の時間を与えてはくれたけれど、殆ど休憩なしで瞬く間に時間が過ぎた。
カウンター内で一人切り盛りするサンジは勿論、休憩もトイレにも行っていない。
まるで時間の感覚がない内に営業時間が終わっていると、笑っている。
「このお店、金・土・日の営業なんですね」
「はい、また来週お越しください」
コビーは疲れも見せず、愛想よくレジを打った。
「この調子だと予約した方がいいねえ」
「お電話、お待ちしております」
「美味しかったわ、ご馳走様」
「ありがとうございます」
閉店時間も近付いて、客達は名残惜しそうに席を立ち会計を済ませてくれた。
レジ台からようやく頭が覗けるくらい小柄なりよさんは、ちょっと伸び上がってカウンター内のサンジに声を掛けた。
「美味しかったよ、ご馳走さん」
「ありがとうございました」
前掛けで手を拭きながら戸口まで出て、また来てくださいねと客達の車が出るのを見送る。
蝉時雨がうるさいほど鳴り響き、吹く風は少し涼しくなってきた。
もう夕方だ。
「店やってると、時間が経つのがあっという間ですね」
「ほんと、なんか感覚狂うよなあ」
「今日もお疲れさん。ほんと助かった、ありがとう」
スモーカーもサンジもようやく一息つけたとばかりに、煙草を咥えて椅子に腰を降ろした。
あー一服が美味え〜とか、呻いている。
「来週、どうします」
「あん?」
「遅れた盆休みで、僕達帰省するんですよ。和々は1週間お休みでスモーカーさん達も」
「ああ、結婚して初めてのお盆だもんな」
「たしぎちゃんちのご実家にも挨拶に行かないと」
「まあなあ」
「帰ったら、ヒナお姉さまにお礼言っといてくれ。お姉さまには及ばずとも実に美麗なお花をありがとうございますと」
とにかく今日はこれでおしまいだと立ち上がりかけて、サンジは中途半端な体勢で動きを止めた。
「どうした」
ゾロは不審そうに中腰のサンジを見やる。
「・・・あれ?俺、見間違えたかな」
「なにを」
「さっき、りよさんが・・・」
いたような?
「ああ、あの息子散々文句言ってた割に、毎日顔出すよなあ」
口の悪いヘルメッポの言葉にも、サンジの表情は強張ったままだ。
「奥さんが、会計してくれてさ」
「うん」
「その後、りよさんも声掛けてくれた気がするんだけど・・・」
「美味しかったって言ってましたよね」
コビーはにこやかにそう続けて、はっとした顔をした。
「・・・あれ?」
「あれ?」
「あ・・・れ?」
しばしの沈黙の後、ゾロがぽつりと呟いた。
「まあ、お盆だから」
後片付けまで手伝うとのスモーカー達の申し出は丁重に断り、先に帰ってもらった。
今夜は村祭りがある。
彼らはそちらにも手伝いで出るはずだった。
ゾロとサンジは開店が重なったこともあり、今年も祭りの準備にはタッチしていない。
店をざっと片付けて自宅に戻る頃には、もう日が暮れていた。
風呂を沸かしながら、ついでに使用したリネンだけ手洗いして干しておく。
その間にゾロは簡単な夕食を用意してくれて、風呂上りにさっぱりしたところでお祝いに貰ったワインを開けて乾杯した。
「レストランオープン、おめでとう」
「ありがとう」
サンジははにかんだように答え、くっと勢いよくグラスを空けた。
「ほんとにどうなることかと思ったけど、いっぱいお客さんが来てくれてよかったあ」
ぷはーと気持ちよく息を吐き、テーブルにグラスを置く。
まるでビールみたいな飲みっぷりに、ゾロは肩を揺らして笑った。
「ある程度予想はしてたけどよ、ほんとに凄かったな。ずっと引きも切らなかったじゃねえか」
「うん、ありがてえ」
夢みてえと、頬を赤く染めながら呟いている。
「聞いてると、ほとんど村外の客だったな。そうでなきゃあの人数にはならねえだろうが」
「うん、村の人はオープン当初は混むだろうからって、遠慮してくれた人が多いみたいなんだ。来週以降に行く
ねって言ってくれたりして」
ウメさん達は「和々」が休みになった頃に、家族揃って行くと約束してくれていた。
「そうだろうな、そん代わり他所の人は耳が早えなあ」
「ほんと、いつ知ったんだろって感じ。先週辺りから予約の電話かかったしなあ」
今日もかなりの件数の電話が入り、来週の土日はほぼ満席になっている。
「とは言え、今のままの席数じゃちょっと苦しいんじゃねえか?」
ゾロの言葉に、サンジは頬杖を着いて深い溜め息をついた。
「ほんとそうなんだ。見通しが甘かったと言っちゃあそれまでだけど、マジでお前らがいてくれて助かった。勿論、
オープンしたてだからお客さんが多かったってことなんだけどな」
ゾロの目の前に掌を翳し、そう言い置く。
「本来は俺一人でやってくつもりの規模だから、これ以上席数を増やしたくねえ。でももしこのまんまのペースで
行くと席数は勿論、スタッフもちゃんと雇わなきゃなんねえし。いつまでもゾロに甘えてはらんねえよ」
「俺は構わんぞ、金・土・日だけなら仕事の都合もつけられねえことはねえ。基本、自由業だからな」
「そうは言ってもこれ以上甘えらんねえって。元はと言えばゾロは直販したかったのに、その計画を先送りして俺の
レストラン作りに協力してくれてんだ。それだけでも申し訳なくて胸が痛え」
「なんだそれは」
ムッとした顔を隠さないで、グラスにワインを注ぐ。
「水臭いとか言うなよ、俺は自分のしたいことと同じように、ゾロがしたいことも大切なんだ。だから、俺の仕事の
都合でゾロのペースを乱すのはやなんだよ。他人行儀なとか遠慮してとか、そんなんじゃねえんだからな。
俺が嫌なんだからな」
ゾロはやや不満そうながらも、言い返しはしなかった。
自分をサンジに置き換えて考えれば、なるほどと納得できないこともない。
「勿論、来週からの客の入りとかも見て今後のことを考えるからさ。開店して僅か2日で先のことオタオタしても
しょうがねえし。まあゆっくりやるよ」
「完全予約制にしちまわないのか?」
ゾロの提案に、サンジはうーんと難しい顔をする。
「あんまりそれはしたくねえんだよなあ。予約しねえと食えねえ店って、なんか敷居高いじゃん」
「違えよ、逆だよ。予約が優先だけど、予約なしで来た客にも食わせればいいんだろ。表向きは予約優先にしといてよ」
サンジはぐびりとワインを喉に流し込んでから、そうかと声を上げた。
「あらかじめ6〜8割程度で予約振り分けといて、後は当日来てくれた人にも対応できるようにすっといいのか」
「そうすりゃあ、どうしても食いたい奴はちゃんと予約するだろうし。予約のこと考えてねえでいきなり来た人にも
対応できるだろ。予約の必要も感じないで突然やってきて、待たされるのはこのクソ暑い中嫌だろうから、いっそ
【予約優先】を浸透させちまった方が親切だと思うぜ」
「そうだな、ありがとう」
早速そうしようと呟きながら、そうすると具体的にどう宣伝すりゃぁいいんだと頭を抱えている。
「法人のHPは書き換えといてもらおうぜ。あと、駅とかに置いてあるチラシも新しいのに替えるといい」
「そうだな、他にリアルタイムで訂正できるのってあったかなあ」
うーんと向かい合わせに肘を着いて考えていると、遠くから盆踊りの曲が流れてきた。
どうやら祭りが始まったらしい。
「始まったな」
「ほんとだ」
雨も上がって、空には星が浮かんでいるだろうか。
今夜の祭りも盛況に違いない。
また50円のたこ焼きやカキ氷なんかが飛ぶように売れて、元気に走り回る子ども達としっとりと浴衣を着た若
奥さん達が笑いさざめくのだろう。
「俺らも行くか?」
「うん・・・」
そう言いながらも、なんとなく立ち上がり難くてグズグズとグラスを舐めている。
卓袱台の上には食べ終わった皿もそのままだ。
「結構、酔っ払っちゃったからな、行くんなら歩いていかねえと」
「そうすっと、また道端の光る目に気をつけねえとな」
「そうそう、蛍の時期は過ぎたけど・・・」
村祭りには行きたいけれど、少し億劫なのだろうか。
それとも疲れた身体に酔いが回りすぎたのか、どうしても立ち上がれない。
「疲れたか?」
「別に、それほどじゃねえんだけど」
ゾロの手が、労わるようにサンジの首筋に触れた。
室内は適度にエアコンが効いている。
それ故に、肌に触れたゾロの掌も乾いていて心地よい温かさだ。
「色々、助けられてばかりだなあって思って」
伸ばされたゾロの肘に頬を擦り付けるようにして首を傾けた。
心持ち力が入ったか、手首の血管がぴしりと浮き上がる。
「こんなに早く、自分の店が持てるなんて思わなかった。ここに住み始めていろんな人に助けられて・・・去年までの
俺じゃあ考えられない生活だ」
「何もない田舎で、暮らしだって不便だろう?」
「全然、まるでパラダイスだ」
サンジは頬を染めたまま、ふふっと笑う。
「唯一、綺麗なお姉さん方はあまりお見かけできないなと思ってたけど、昨日今日みたいに店に来てくれるから
そんな心配も皆無になったな。もうパーフェクト」
「ああそうかい」
しょうがねえ奴と、ゾロは笑いながらサンジの頭を抱きこんだ。
「ほんと、夢みてえなんだ。ありがとうなゾロ」
ゾロの広い背中に腕を回し、サンジはうっとりと目を閉じて日に焼けた耳朶に口を寄せる。
「お前がいなかったらここまでできなかった。お前のお陰だ、ありがとう」
そう囁くと、ぎゅっと強く抱き締められた。
その力強さが心地よくて、ゾロの首元に顔を埋める。
胸一杯に息を吸い込めば、ゾロの匂いに満たされた。
「いっぱい働いてくれたからな、給料払いてえ」
ぎゅっと首を押さえたまま、ゾロは首を巡らした。
顎に生え始めた無精髭が、サンジの頬をざらりと掠める。
「俺はいいが、スモーカー達には日給払おうぜ」
「もちろん、けどゾロにもなんかしてえ」
水臭いとか言うなよと、先に釘を刺してくる。
ゾロは間近でサンジの目をじっと見詰め、口の端だけ引き上げた。
「じゃあ、ご褒美をくれ」
なんの?と問い掛ける間もなく、唇を寄せた。
ちゅっと音を立てて軽く口付け、顔を離す。
「これで?」
「おう、上等」
「そりゃダメだろ」
サンジは笑いながら、首を傾けて今度は自分から唇をつける。
「もうちょっと、こう・・・」
ちゅうと声に出しながら、少し深く唇を合わせた。
重なった胸は、どちらのものとも知れない鼓動が大きく響いている。
背中に回された腕が腰に下りて、またぎゅっと強く抱き締められたから息が苦しい。
「―――ん」
ちろりと前歯を舌で舐められて、思わずビクつきながら肩が引いてしまう。
けれどゾロはサンジを抱く力を緩めない。
そのまま舌を這わせて、閉じた口を開くように促した。
「ふ・・・」
喘ぐように仰け反って、サンジはきつく目を閉じたまま薄く唇を開いた。
ゾロの熱い舌が隙間から滑り込んで、口内を隈なく擦るように舐める。
「ふ、え・・・」
ちゅくりと小さな音を立てて、唇がより深く合わさった。
逃げるサンジの舌を追いかけ捉えれば、ゾロの腕の中で縮こまった身体がぶるりと震えるのがわかる。
「・・・ん―――」
きつく吸い上げ、舌を咥えて甘噛みしてやる。
サンジの身体は益々硬く強張って、ゾロの腕を掴む指がシャツを握り締めた。
これ以上はと、僅かに残る理性を総動員させてゾロはなんとか唇を離した。
キスを解かれても、サンジは濡れた唇を半開きにしてゾロを見上げている。
「ご褒美、ご馳走さん」
わざと軽い口調で言って、ことさら朗らかに笑って見せる。
けれどサンジは惚けたように瞳を潤ませたままだ。
「なんだ、足りねえか?」
澄ました顔をしながらも、ゾロの心臓はもうバクバクと喉から飛び出そうなほど高鳴っている。
そんな己を抑えるための軽口なのに、サンジは目元まで朱に染めておずおずと頷いた。
「・・・足りねえ」
「―――!」
ダメだ、と叫ぶ声が頭の奥に響いたような気がするが、ゾロはもう止まれなかった。
