Lunatic

-2-

愛するナミの様子がどうもおかしいと、気付いたのは後2、3日で次の島に着こうかという頃だった。
聡明な彼女にしては似つかわしくなく、ぼうっとしている。
かと思うと妙にはしゃいで見せたり、ふと物思いに耽ってみたり。
女性特有のサイクルのせいかとも思ったが、それにしては苛々した素振りは見せない。

「…カルシウム、足した方がいいのかな」
サンジは献立を考えつつ鉛筆をくるくると回した。
鉄分を多く摂るようにしてあげた方がいいかもしれない。
いやビタミンか?
チョッパーに尋ねてみたい気もするが、なんせ大切なレディだから差し出がましいこともできない。
少しでも役に立つ献立をなんて頭を捻りつつラウンジを出たら、風に乗って後甲板で会話するロビンと
ナミの声が届いてきた。



「その後どう?」
「ん〜なにも変化無し」
そう言ってため息をつくのはやはりナミだ。
「まだそうと決まった訳ではないでしょう。今までもこうして遅れたことはあったの?」
「ええ、まあ元々そんなに正確な訳じゃないんだけど…今回はほら、モロに心当たりがあるものだから」

サンジは仰天して物陰に隠れた。
絶妙の風向きなのか、二人の姿は見えなくとも声だけがはっきりと聞こえる。
「割と精神的なものが影響するから、気にするあまりって言うこともあるわよ」
「そうね、そうだといいんだけど…」
そう言って、ふとナミが笑った気配がした。
「なんだか、馬鹿みたいよね。まさか私がこんなこと気にするタイプだなんて思わなかった」
「あら、とても大事なことよ」
「・・・」
「船医さんには、相談した?」
「ううんまだ。はっきりするまで言いたくないって言うか…もうすぐ島に着く筈だから…」
「そうね、まだ時間はあるものね。」
それから二人分の足音がして、サンジはそのまま音を立てずにラウンジに戻った。


どきどきしながらキッチンに向かう。
しばらくして、二人は笑い合いながらラウンジに入ってきた。
「サンジ君、なんだか喉渇いちゃった」
「ああ、丁度今飲み物を準備しようと思ってたとこだよ」
サンジはそう応えて、オレンジスカッシュに飾り切りしたミカンをつける。
「今日はちょっと暑いからね、これをどうぞ」
「まあ美味しそう」
「丁度こんなの飲みたかったの」
ナミは屈託なく笑ってサンジからグラスを受け取ると、またロビンと共に甲板に出て行った。



二人の後ろ姿を見送って、サンジの肩から力が抜ける。
一体今のは…なんだったんだ。
凄く意味深な会話だった。
女性同士の秘め事のような、ぶっちゃけもの凄く大問題なことのような気がする。
―――まさかね
心当たりって、まさかなあ。
だって俺に心当たりはないもんよ。
そう考えて、サンジは一人で首を振った。
考えすぎだ。
ナミさんはなにか気がかりなことがあって、悩んでるだけなんだろう。
あの口ぶりから問題点は「妊娠」にあるような気がしたが、サンジは希望的観測で以ってそれを否定した。

まさかそんな、お子ちゃまだらけのこの船でそんなヘビーな問題が沸き起こる筈がない。
該当者というとゾロか自分だが、自分には心当たりがないしゾロの相手は俺がしてるし…
そう考えて、一人舌打ちをした。

そう、ゾロとの関係は、あの月夜の晩からどういう訳がずっと続いている。
なぜだか当然のようにゾロが手を出してくるし、サンジもなんとなくその誘いに応えてしまったりして…
まあ、ほぼ一方的に奴から誘ってくるんだけど、それに毎回断りもせず律儀に対応してやっている
自分もどうかと思わないでもない。
―――なんでかな
ふとそっちに思考が行って、また頭を振った。
いやいや考えるな。
あれは弾みだ弾み。
とりあえず気を取り直して野郎共へのおやつに取り掛かる。












「明日のお昼過ぎには、次の島が見えてくるはずよ」
夕食の席でナミはそう切り出した。
「夕方までに入港できれば、上陸してしまいたいんだけど」
「そうか、そうだな。早く冒険したいな!」
相変わらず船長は能天気だ。
「どんな島かリサーチはできてねえんだろ。俺、先にボートで降りて偵察に行ってこようか?」
「そうね、チョッパーと二人でお願いできるかしら」
そう言ってフォークを置いてしまったナミの皿には、まだ食事が残っている。
「なんだナミ、もう食わないのか」
言うや否や伸びてきた手をサンジが代わりに蹴り落とした。
「いいのよサンジ君。ルフィ、これはあんたにあげるわ」
「うほ、さんきゅう」
サンジは慌ててナミの横に立った。
「口に合わなかったのかい。そんなんじゃお腹空くだろう」
なにか代わりのものをと申し出るサンジに首を振ってナミは立ち上がった。
「単にちょっと食欲がないだけよ。美味しかったわ。ご馳走様」
そう言ってさっさと部屋に戻ってしまった。
サンジは無意識にロビンの顔を見たが、ロビンは視線を落としたまま食事を続けている。



―――うーん…
考えてもせんないことだが、気になって仕方がない。
愛するナミのためならどんな努力も惜しまないつもりだが、実際には悩みを聞き出すこともできず、
ただ悶々とするだけだ。
どうもデリケートな問題のようだし、ロビンがついていてくれるのだからそう心配はないのだろう。
それでもなんとなく寝付けない内に朝を迎えて、サンジは少々寝不足気味のまま起き出した。



甲板に出れば水平線から朝日が顔を出して海が輝きに染まっていく。
風も適度に吹いて、今日もいい天気のようだ。
予定通りに、島に着くといいな。
そう思いながらタバコを吹かしていると、ぱたぱたと軽い足音が響いてきた。
なんとなく水樽の陰に身を潜めてしまった。

トイレから戻ってきたのか、朝が早いと言うのにナミの足取りは軽い。
まるでスキップでもしそうな勢いで女部屋の扉を開けると、「ロビン〜♪」と弾んだ声がした。
「来た、来たわ!ちゃんと来た〜vv」
「まあ、よかったわね」
扉をきちんと閉めてないものだから、またしても声だけがサンジの耳に届く。
「ああーよかった。どうしようかと思った」
「…やっぱり、迷った?」
「迷うなんてもんじゃないわ。だって…」
ナミが、少し言いよどむ。
「だって、もしできてたらあいつの子だもの。やっぱり…堕ろすなんて、できない」
好きなんだから…
そう続いた台詞を確かに聞いて、サンジはガツンと後頭部をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。



あいつの子?
堕ろすって、堕ろす…
―――妊娠
間違いなく、問題はそれだ。
だが一体どうして、相手は誰なんだ。

ぱたんと扉の閉まる音がして、それきり二人の会話は聞こえなくなった。
しかしサンジは樽の陰に身を潜めたまま固まってしまって動けない。
あいつの子…って誰の?
ルフィとウソップはお子ちゃまだから却下だ。
チョッパーもしかり。
そうすると該当者はゾロとサンジしかいないが、サンジに心当たりはない。
前の島で過ごしたのは2週間ほどだが、ナミの口ぶりから行きずりの相手とは思えなかった。
消去法で行くと、もう該当者は一人しかいない。

そんな、嘘だろ。
ゾロが、ナミを…
いや、ナミと愛し合ってる。
好きだから…ナミは確かにそう言った。
ゾロはどう思っているのか知らないが、少なくともナミは真剣なのだ。
妊娠したら産みたいと思うほど、ゾロのことが好きなんだ。



立っていられないほどショックを受けた。
本来ならナミさんになんてことをしやがるんだと怒り心頭になってもいい筈なのに、なぜだか
もの凄くショックだ。
ゾロがナミを抱いた。
SEXした。
心配をかけさせるほどだから、きっと中出ししたんだろう。
自分とも、時々中で出してしまう。
その度頭を蹴って怒るんだが懲りなくて…
そこまで考えてぶんぶんと首を振った。

信じられない。
ゾロが、ナミを―――












思えば自分がこの船に乗る前から、二人は一緒だった。
遅くまで酒を飲んで話し込んでいることもあるし、上陸したら二人で出かけることだってあった。
確かに、端から見たら似合いの二人かも知れない。
けれど…
ゾロは、俺と―――

バイなんだろうか。
女もいいが、男も好きなんだろうか。
ナミのことも、あんな風に抱くんだろうか。
いやきっとそうじゃない。
あんな、勢いだけで抱き殺しかねない乱暴な振る舞いをナミに向かってするとは思えない。
きっと甘い言葉の一つも囁いて、大切に扱うんじゃないだろうか。
ナミに愛されるくらいに。




サンジはポケットを弄ってタバコを取り出そうとした。
だが、手が震えてうまく掴めない。
なんだってこんなに、俺が動揺してるんだ。
このことを知ってるのは自分だけだ。
自分さえ何も言わなければ誰も傷付かない。
ゾロとナミは付き合っているんだろう。
ゾロがもし遊びのつもりだったら、その時は蹴り倒して説教してやる。
少なくともナミは真剣だ。
そんなナミさんを裏切ることは、この俺が許さない。
サンジはようやく取り出したタバコを思わず握り潰してそう決意した。







朝食の席でも、ナミはご機嫌だった。
この時期食欲は落ちるのよね〜なんて意味深な発言をしつつ、スープをお代わりしてパンやサラダも
きちんと食べた。
幸せそうな顔で自分の作った料理を平らげて貰えるのは、料理人として至福の時だ。
特にナミのような最高のレディに満足して貰えるだけで天にも昇るような心地になるのに、
なぜだか今日は気分が晴れない。

サンジは粗方給仕を終えるとテーブルに着いてタバコを咥えた。
食事の席で吸ってはいけないと思っているから無意識に咥えただけだ。
口端に挟んだタバコを歯で軽く弄びながらも、なんとなく食事を摂る気にはなれずクルーたちの
姿をぼうっと眺める。

やっぱりあれかな。
これは失恋なんだろう。
ナミの心がすでにゾロのものだったなんて、こともあろうに相手がゾロだなんて、衝撃が強すぎる。
そう、これは失恋のショックだ。
なのに、なぜだか釈然としないものを感じる。
ナミに失恋したからショックなんだろうに…
なぜかしっくり来ない。
サンジはゾロの顔に視線を移した。
相変わらずにこりともしないで、それでもどこか真面目な面持ちで食事に専念している。
心持ち肘を開いてスープをスプーンで掬い、2、3度続けて口に流し込む。
手にしたパンは大雑把にちぎって同じく口に放り込み、適当に咀嚼してすぐに飲み込んでしまう。
最初の頃はパンをちぎるなんてことをしなかったし、スープも皿から直接飲んでいた。
随分と行儀よく食事ができるようになったものだ。
俺の教育の賜物だろう。
そう思うと、自然に口元に笑みが零れる。

けど、こいつがナミさんの想い人なんだよな。
そう思い直してまた暗澹たる気持ちになった。
ゾロの顔を見ればむかつく感情が湧き上がるのは間違いない。
ただそれが、嫉妬と呼ばれるそれとは少し違うような気がする。
ナミのような可愛くて聡明なレディに好かれるなんて羨ましいと思わないでもないが、
だから憎らしいという気持ちにはなれない。
けれどショックなのはショックだ。
なにがショックなんだろう。



サンジはタバコを咥えたまま視線をナミに移した。
ナミはゾロのことを好きだと言った。
これはかなりショックだった。
ナミが、自分以外の男のことを好きだといったからか?
いや違う。
ゾロを好きだと言ったからだ。
じゃあ相手がゾロじゃなかったら、俺はそんなにショックを受けなかったんだろうか。

またしても一人で思案して愕然とする。
もしかして、ナミの恋の相手がありえないとは思うが、ルフィやウソップだったらこんなにショックを
受けなかったんじゃないかと、そう思う。
相手がゾロだったからこんなにショックなのか?
それとも、ゾロが自分以外の人間にも手を出していたからショックだったのか?
そう思い至ってかーっと頭の芯が熱くなった。

「サンジ君?」
「…!はいはいはい?」
突然名前を呼ばれて、変なタイミングで返事してしまった。
我に返ってナミの顔を見れば、ほぼ全員がサンジに注目していた。
「朝ご飯、食べないの?」
ほんの少し小首を傾げて問うてくるナミのなんて愛らしいこと。
「いいえ、食べますよう、ナミすわんv」
心配してもらって幸せだ〜っなんて身体をくねらせて、サンジは皿に手を伸ばした。







ほぼ予定通り次の島影が見えてきた。
まだ昼前だったからこのまま上陸することに決めて、ウソップとチョッパーが先にボートで偵察に向かった。
後片付けを終えたサンジは、空のコンテナを上陸ついでに下ろそうと甲板に運ぶところで、舵を取るゾロに気付く。
なんとなく目が合って睨み付けてしまった。

「…あんだよ。」
不機嫌そうに眉を顰めて、ゾロもサンジを睨み返す。
この脳味噌まで筋肉なマリモヘッドは、ナミの悩みなんて知りもしないでのうのうと過ごして
きたんだな、とそう思ったらやはり猛烈に腹が立った。
きっと手間を惜しんでゴムをつけたりしなかったんだろう。
いや、こいつの勢いだとゴムが破れるアクシデントだってありえる。
どっちにしても、結局困るのは女性の側だ。
体内に命を宿す可能性がある以上、喜びもあれば恐れだってあるはずだ。
ましてやまだ若いナミが妊娠するなんて当人にも不本意なことだし、これからの航路のことを
思えば生むことは諦めざるを得ないだろう。
それでも一度宿った命なら、それを消し去ることは罪ともなる。
サンジはゾロを睨み付けながらも、なぜだかじわんと目尻がぼやけた。
本当に、どれだけ辛かっただろう。
可愛そうなナミさん。

「おいおいおい、なんだよ」
ゾロは呆れた声で舵から手を離した。
通りすがりにガンをつけてきた男は、なぜかそのまま涙目になっている。
「うっせえ、てめえみたいなデリカシーのない唐変木は、素人のレディに手え出しちゃいけねえんだよ!」
そう叫んでからはっとした。
あの調子では、ナミはゾロになにも話していないのだろう。
ナミの口から伝えられていないことを、自分から言う訳には行かない。
もしかするとナミは本気でもゾロにとって遊びかもしれないし…
そう思うと我が事のようにキリキリと胸が痛む。

「はあ?素人がなんだって?」
ますます話の筋がわからなくて、ゾロは大きな声で聞き直した。
サンジは慌ててゾロの傍に駆け寄った。
「馬鹿、でけえ声だすな」
「だから、何がなんだってんだ」
「なんでもねーよ。てめえは刀馬鹿だから、まともな恋愛なんかするなっつったんだ!」
そう切り上げてさっさと荷物を下ろそうと踵を返すのに、ゾロの腕ががっちりとサンジの肘を掴んだ。
「なんだよっ」
それがゾロの常からの握力のせいだとわかっていつつも、その力強さにどきんとする。
「島あ下りたら、てめえどうすんだ」
「はあ?なにがだよ」
確かさっきのナミの話では、ログが溜まるのに2日半ほどしかかからないという話だった。
「あんまゆっくりはしなくていいみたいだから、いつものように買出しくらいしか…しねえけど」
ゾロがまだ肘を掴んだままだから身体を強張らせたままそう答えた。
指が食い込んで痛いが、振り払おうとは思わない。
「なら、夜付き合えよ。荷物持ちくらいしてやる」
どきん、と胸が高鳴った。
数秒遅れて頭に血が上る。
こいつ、ナミさんと言う人がありながら俺に声をかけてくるなんて…
「あ、アホか!なんで陸まで下りててめえと過ごさなきゃならねえんだ」
「てめえが素人に手え出すなっつったんじゃねえか。かといって玄人は金がかかるしな」
サンジは掴まれたままの肘を振り払った。
飛び退りついでに向こう脛を狙って蹴りも入れる。
「冗談じゃねえ、厚かましいにもほどがある。お断りだ」
サンジの思わぬ反撃に顔を顰めるゾロにもう一度回し蹴りをくれて、サンジは甲板に躍り出た。
「勘違いすんじゃねえぞ、このタコ!てめえなんか願い下げだ」
「てめえっ…」
まだ何か言いたそうなゾロを置いて、その場を足早に立ち去った。











ゾロは、ゾロはやっぱりナミのことを真剣に考えてる訳じゃない。
そう確信した。
多分、自分と同じように手軽な存在として弄ばれたんだ。
それなのに、ナミは一途にゾロのことを愛している。
そのことに胸が痛んで涙が出た。

自分が粗雑に扱われることは、まあまだ我慢できる。
所詮男同士だし妊娠の危険性がないだけ安心で手軽な対象だ。
だが敬愛するナミをないがしろにしたのは許せない。
自分に振られたからゾロはナミを誘うだろうか。
そう思うと心配でいても立ってもいられないが、かと言って自分にはそれを阻む権利はない。
恋をしたなら周りがとやかく言ったって逆効果にしかならないことをサンジは知っている。
ましてや部外者どころかナミにとって一歩間違えれば恋敵とも取られかねない立場の自分に、
二人の間柄を意見することは許されないだろう。
「クソ馬鹿野郎め…」
どうしようもなくて、サンジはただ島を眺めて一人毒づいた。






まもなく、港の端からピンク色の煙がたなびくのを確認する。
ウソップ開発のOKサインだ。
「さ、上陸よ!」
見張り台の上からナミの快活な声が届いて、サンジはスーツを羽織り、準備を始めた。


多少用心して、港を外れた岬に停泊する。
ウソップ達の情報によれば、島の中心地には海軍の立寄り所があるが、基本的には島独自の自治組織で
治安は守られているらしい。
手配書もそれほど多く出回ってはいないようだ。
「それじゃ、お小遣い渡すわね。無駄遣いしちゃ駄目よ」
いつものようにナミの前に全員が並んで、雀の涙ほどの費用を手渡される。
確かにこの程度じゃ一晩プロのお姉さまを買ってしまうと宿泊代も食費も足りなくなってしまうだろう。
―――自分で稼げばいいんだけどよ
自身が高額な賞金首になった今では、意図的にはそれもやり難いか。
サンジはそこまで思い遣って、いやいやとまた一人で首を振る。

ゾロはさっきのやり取りで怒っているのか、小遣いを受け取るとさっさと船を降りてしまった。
「待ち合わせに遅れないでよ!」
と叫ぶナミの声に振り向きもしないで、堤防の向こうに消えてしまった。
「…ったく、つれねえ野郎だな」
待ち合わせってのは、明後日の集合時間のことだろうか。
それとも、今夜どこかでナミと二人きりで落ち合う予定でもあるんだろうか。
なんとなくそう邪推して、バツが悪くなった。

サンジが付いているとは知らないナミは、ロビンと連れ立って町の中心地へと弾むように歩いていく。
ルフィはとうに姿はないし、船番のウソップはチョッパーと今後の買い物の段取りについて
話しているようだ。
「んじゃ俺も、ナンパに励むかv」
カラ元気でそう呟いて、船縁から飛び降りた。







なかなか賑やかな街だった。
顔の知られていないサンジとしては上陸しても気兼ねなく散策できるし、こういう活気のある島での
市場巡りはなにより楽しい。
本格的な買い物は明後日に回すとして、とりあえずどんな物が揃っているのかざっと冷やかして回った。
天気もいいし市場のオバちゃんたちは愛想がいい、言うことない島だ。
ただ店番に女性が多いから船まで届けてくれる店は限られてしまう。
買い出しに付き合ってやると言ったゾロの言葉が一瞬頭を過ぎったが、意識的に打ち消した。

ざっと見当をつけて、次は遅い昼食をと食堂を探し始める。
できれば観光客向きでない、地元お勧めの穴場的な店はないものか…
料理人の勘で裏手の路地へと歩を進めながら、窓越しにいちいち覗いて回った。



「わああ〜!お客さんがぶっ倒れたあ!」
店内から素っ頓狂な声が聞こえて、ついそっちも覗いてしまった。
カウンターの中の店主がなんだか慌てている。
その前にどかりと陣取った男は首がない。
いや、目の前の皿に顔から突っ込んで倒れている。
「…って、エース?」
見覚えのある刺青にそう呟けば、男はいきなりがばりと起き上がった。
店主と見守っていた客たちがビビる。
「あー…よく寝た」
「寝てたんかい!!」
一斉に突っ込まれて、男はにやにや笑いながら後ろを振り向いた。
「おv」
「よお」
サンジの姿を認めて、相変わらずの人懐っこい笑顔全開で手を振っている。
サンジはそのソースでぐちゃぐちゃの顔に苦笑いしつつ、隣に腰掛けた。
「久しぶり、相変わらずだな」
「ああ、この店の料理は美味いぞ」
お勧め作ったげてーと勝手に注文して、サンジの分までグラスに酒を注いでくれた。

「いつからここに?」
「うん昨日着いたとこ。しばらくいるつもりさ」
エースが追っている黒ヒゲの情報があったのかもしれない。
サンジはそれ以上詮索せずに、再会を祝してグラスを合わせた。
「ルフィもどこかにいる筈なんだが…どこ行ったんだかてんでわかんないしな」
「いいさ、あいつと今度会うときは海賊の高みでと約束している。それにここでサンジに会えただけで
 実にラッキーだね」
男相手にも愛想のいいエースに、サンジは呆れながらタバコを咥えた。
「ほんとはナミさんか、ロビンちゃんみたいに麗しいレディに再会できた方が、よかったのになあ」
「まあなあ、ってロビンって?」
「あ、知らなかったっけ?バロックワークスのミス・オールサンデーはロビンちゃんって言うんだよ」
あれほど激しく戦っていた敵が仲間になっていると聞いて、エースの方が呆れながらもお前ららしいと
笑っている。
「残念なのはサンジの料理が食べられないことだな。あの時の急拵えの料理だって、そりゃあ
 美味かった!」
そんなことを真顔で言うから、嬉しくなってしまう。
「そうだな、船にも戻りゃあ作れないこともねえけど。食材だけ買って…」
「いや、今俺が泊まってる宿はキッチンが付いてんだけど…」
「そうなのか?それじゃ、作ろうか?」
サンジの申し出に、エースはもう飛び上がらんばかりに喜んだ。




エースに連れられて昼間から盛り上がっているカジノを冷やかして、夕方には食材を買いに市場へと巡る。
どんなものを食べたいのか、リクエストを聞きながら食材を探すのは結構楽しい。
いつも多人数分を一気に作るばかりでそれはそれで遣り甲斐もあるが、特定の誰かのために腕を
奮うのもまた料理人冥利に尽きるというものだ。

「ツインルームをシングルユースで使ってるからさ、ついでに泊まったらいいよ」
気軽な誘いにありがたく乗らせてもらう。
ナミからは食材分にと別に費用を渡されてはいるが、やはり出費が浮くにこしたことはない。