シャワーを浴びてさっぱりとしたエースが部屋に帰ってくると、サンジはキッチンに立って
調理の真っ最中だった。
その後ろ姿を子供のように目をきらきらさせて見守りながら、ワインを準備する。
「お、奮発したな」
サンジが目を瞠るのに、そうでもないよと悪戯っぽく笑う。
これがゾロならワインの銘柄なんてなにも気にしなくて、こんなものでもラッパ飲みして終わるんだろうな。
ごく自然にそんなことが頭を過ぎって、舌打ちしたい気分になった。
なにかにつけてゾロのことを思い浮かべてしまう自分がなんだか腹立たしい。
「それじゃ、改めて再会に乾杯!」
小さなテーブルにこれでもかというほど料理を並べて、向かい合って乾杯した。
いつもは表を歩くときも上半身裸のエースが、今は白いシャツ1枚を羽織って食卓についている。
なんとなく見慣れなくて、サンジは一気にグラスを煽った。
「いやー素晴らしい!どれもまた美味い!」
ルフィそっくりに口一杯食べ物を頬張ってはガンガン食べていく。
これがルフィなら行儀悪い!と足蹴りの一つもくれてやるところだが、どれほど勢いよく食べても
ソースを飛ばしたり食べ散らかしたりしないところがエースの行儀のよいところだ。
「美味いか?たくさんあるから落ち着いて食えよ」
サンジは頬杖をついて、なんとなくその姿を見守っていた。
気持ちのいい食べっぷりで、見てるだけでこっちが腹いっぱいになりそうだ。
「けどすまないねえ。サンジも久しぶりの上陸だから、色々したいことあっただろうに」
全然申し訳なさそうな表情で、そんなことを言うから笑ってしまった。
「ああ?別にいいぜ」
「ほらーナンパとか、大好きでしょ。一応部屋の鍵はずっと開けとくから夜は遊びに行ってきなよ」
さすが、よく心得てくれている。
けれど―――
「ああー…ナンパね。うん、まあいいや」
アルコールが回っているせいか、常より素直にそう呟いて、とろんとした目でエースを見る。
「え?なんで。恋に生きるサンジ君だろ」
意外そうにくりっと見上げる黒い瞳がガキ臭い。
火拳のエースなんて呼ばれて恐ろしく強い男の筈なのに、どこか人を油断させるような愛嬌が
あって憎めない。
「なんとなく、今はそんな気になれねーの。こうしてあんたのために料理ができて、助かったよほんと」
これは本音だ。
一人でいたらふらふら夜の街を彷徨って、お姉さんの間を渡り歩いていたかもしれないけど
それをすると翌朝きっと惨めな気分になっていただろう。
「ふ−んそう。俺もサンジに飯食わせて貰えてラッキーだったから、お互いよかったな」
こういう言い方は実にルフィに似ている。
やっぱり兄弟だ。
「ちゃんと食べねえと駄目だぞ。そんなだからサンジは細いんだ」
そう言いながら、自分のフォークにくるくるとパスタを絡めてサンジの口元にひょいと上げた。
なんのためらいもなく、サンジはそれにぱくりと食いつく。
意外そうに眉を上げて見せたエースに、サンジも口端を歪めた。
かなり酔いが回ったらしい。
空になったグラスにワインを注ごうとして、手を止めた。
「もう、これ以上サンジに飲ませない方がいいかな」
「なんで、ケチケチすんなよ」
頬を赤く染めて口を尖らせる。
「なんか悪酔いしそうだよ。それに…」
グラスを掲げてガラス越しに見つめる目が、ふと眇められた。
「君は、俺を優しいだけのお兄さんだと誤解しちゃいないかい?」
意味深な台詞に、ガラにもなくどきりとする。
「違うのかよ」
とぼけてそう返せば、エースの口元にシニカルな笑みが浮かんだ。
「俺が火傷させちまうのは、炎でだけとは限らないぜ」
気取った口調にサンジの方が噴き出す。
「そりゃ、怖えなあ」
「笑ってる場合じゃねえよ。…今のお前は隙だらけだ」
声音だけはひどく真面目で、サンジは戸惑ってエースを見た。
相変わらず口元に笑みを浮かべてはいるけど、目の光が強くなっている。
「…なに、エースそっち系?」
からかうでなく、自然に問いかける。
「俺は基本的に拘らないよ。サンジはノーマルだと思うけど…」
サンジの目を見つめ返しながら、視線を逸らさずグラスを煽る。
「君を誘う相手はそれこそ男も女もないんだろう?」
確かに、バラティエでもなにかと誘惑が多くてその度適当にあしらっては来たが、面と向かって
指摘されたことはなかった。
自分では気付かない内になにか変わってしまったのだろうか。
ゾロと、あんなことになってから―――
こんな場面でそれを思い出して、ゆっくりと目を伏せる。
ゾロはどう思っているのか知らないが、サンジにとってはゾロが唯一の同性の相手だ。
「なにか、迷ってるのか」
さりげなくエースの腕が伸ばされて、俯いたサンジの髪を撫でる。
「それとも悩んでる?」
男に髪を触られるのは初めてだ。
ゾロはこんなことをしない。
「…別に、なにもねえ」
自分が悩んでも仕方のないことだ。
ゾロとナミの問題であって、自分には関係がない。
ゾロが、ナミとどうなっていようともナミの身を案じる以外手立てはないのだから、
自分が他の誰かとどうなったって構わないんじゃないのか。
ほとんどひらめきのように、頭にそう浮かんだ。
例えば今、エースとどうにかなったとしても。
その考えを否定するように目を閉じる。
エースの指が、その頬に触れた。
「そんな顔しちゃだめだっての。キスしてしまうよ」
あくまで軽い口調でそういうのに、サンジは目を閉じたまま逃げようともしなかった。
一瞬の間をおいて、唇に何かが触れる。
確かめるようにすぐ離れたそれは、一呼吸置いてまた重ねられた。
ほんの少し角度を変えて、誘うように舌が下唇を舐める。
つ、と開いた唇の間から滑りこんだ舌が、歯列を割って口内を弄ってもサンジは抵抗しなかった。
柔らかな感触を残して、またぬくもりが離れる。
窺うような気配を感じて、サンジはそっと目を開けた。
いつの間にか随分近い場所まで来ていたエースが、そばかすの浮いた鼻の上に皺を寄せて
困ったように笑っている。
「このまま食べちゃっていいのかな」
食事の続きかと視線をテーブルの上に移せば、いつの間にか皿の上は綺麗に平らげられていた。
ならば今エースが欲しているのは、自分のことだろうか。
女性に対する態度とはあまりに違う、純朴なサンジの反応に戸惑いながらも、エースは痩せた肩を
抱いて再び顔を近付けた。
エースといいゾロといい、なんで男の俺に対して食うとか言うんだろう。
この期に及んでそんなことを考えながらも、また従順に瞳を閉じた。
エースのキスは、実際もの凄く丁寧だった。
時に荒々しく、時にくすぐるように繊細に動く舌は、口の中にも性感帯があるんだと改めて
思い知らされるように官能的で甘い。
まだ少年の頃に年上のレディに可愛がられた記憶を呼び起こす行為だが、やはり決定的に違うのは匂いだろう。
花や果実のように甘いそれとはまったく違う、アルコールや煙、それにかすかな皮脂のような
匂いがダイレクトに鼻腔を刺激する。
これはこれでかなりクることは、ゾロで経験済みだ。
けどゾロは、こんなキスなんてしてこない。
そもそもあれはキスじゃない。
歯を立てて噛み千切らないだけましだと思えるほど、荒々しく食むばかりで、サンジに快感を
与えようとするものじゃない。
それでも、そんなキスでも酷く感じてしまった自分を今更ながら恥ずかしく感じた。
こんなに、ゾロとは違うのに。
熱い口付けを交わしながら、エースの腕はサンジの背中に回って、抱えられるように立たされた。
そのまま縺れ合ってベッドの上に移動する。
柔らかなスプリングの上に横たえられると、手早くシャツを脱ぐエースの裸身が真上にあった。
「男は、初めてじゃないの?」
軽い問いかけに、一瞬考えてから頷く。
そう、初めてじゃない。
ゾロと何度も身体を重ねている。
ちまちまとボタンを外すエースの手つきが笑えて、サンジは自分でシャツを脱いだ。
現れた白い肌のそこかしこに赤い痕が散っていて、自ら言わなくてもそれと知れる。
―――随分あからさまについてるよな
改めて自分の身体を見下ろすと、失せていたはずの羞恥心がにわかに湧き上がって居たたまれなくなる。
「今日、島に着いたところだよね」
エースはサンジの身体に残された歯形を指でなぞりながら、独り言のように呟いた。
「相手は、ゾロ?」
そんな風に問われることは少し煩わしい。
サンジは答えずに両手を軽く上げてシーツに身を横たえた。
丁寧とも言える仕種で口づけを落としながら、エースはサンジの肩から胸へと掌を滑らせる。
唇の端から顎、首筋へとキスをずらして、鎖骨に触れた。
その度ぴくりとサンジの白い肌が小さく揺れるが、意識して力を抜いているのかくったりと横たわったままだ。
だが閉じた睫毛が細かく震えている。
アルコールのせいか薄桃色に色づいた胸の尖りを口で含むと、大げさなほどびくんと跳ねた。
瞳を開いて驚愕の表情でエースを見下ろしている。
「…?」
その反応を窺いつつもう片方を指の腹で探り、ゆっくりと円を描くように捏ねれば、大人しくしていた
筈のサンジが肘をついて起き上がろうとする。
「…な、なにやってんだ?」
少々間の抜けた声でそんなことを聞いてくる。
それに答えず舌先で転がすように愛撫を加えれば、くしゃりと顔を歪めてますます真っ赤に頬を染めた。
「ばか、なにしてんだよっ」
慌てて引き剥がそうとする手を押さえて、下半身に乗り上げて執拗に胸を弄る。
それまで人形のようにされるがままだったサンジが、妙に抵抗を始めた。
「ばか、止めろってこんな…男、同士で…」
「?」
それでも正直に反応した乳首は小さくとも固く立ち上がり、エースを満足させた。
見せ付けるように舌で舐め転がしながら、エースはくすりと笑いを零した。
「どうした?男とするのは初めてじゃないんだろう?」
「…けど、こんなことは…」
そこまで言って、エースは初めてはっとする。
「もしかして、ゾロはこういうことしねえの?」
ゾロの名を出すと、わかりすぎるほどわかりやすく耳まで染める。
「だってこの痕…ゾロなんだろ」
うまく答えられずただこくこくと頷くサンジに、エースは愕然とした。
「まさか、ゾロはこうして噛み付くだけなのか?」
エースの手の下で、まるで体温が2,3度上がったかのようにサンジの身体が火照ったのがわかった。
改めて見下ろせば、白い肌に痛々しいほど刻み付けられた痕は歯形や鬱血ばかりだ。
その一つ一つを指でなぞって、下腹部に手を伸ばした。
寝そべってぺたんこに凹んだ腹部からバックルを外すことなく掌を差し入れる。
一瞬身を固くしたサンジは、今度こそ全力で抗った。
「ばかっ!なんてとこ、なんてとこ触るんだっ!!」
過敏とも言える反応を示してサンジが怒鳴る。
エースは確信した。
「サンジは、ゾロに抱かれてるんじゃないのか?」
真っ直ぐな問いに、サンジはエースの手を押さえながらも困ったように顔を顰めた。
「ゾロと、寝てるんだろう」
「ああ…」
「ならここも触れられるだろう」
その台詞に首を真横に振って答える。
「なんで?」
エースの方が声を荒げた。
「…そんな、野郎のなんか触ることねえだろ。…入れればいいんだから」
消え入りそうな声にエースが顔を近付ける。
「入れればって…」
「だから、入れるだけだって!」
大きな黒い瞳が、驚愕に見開かれた。
「…ただ、入れるだけなのか?前戯は?」
サンジは俯いて目をきょときょとさせながら考えた。
「前戯って…レディ相手じゃねえんだから…」
「けど解すだろう?いきなり突っ込めやしねえだろ?」
殆どエースが縋るように聞いてくる。
「そりゃあ…油とか塗ったりしてちゃんと…ひ、広げるけどよ…そんだけで…」
こくんと唾を飲み込んだ。
「…下脱ぐだけで済ますときも、あるしよ」
エースは絶句してしまった。
今目の前で全身を朱に染めながら俯いて話すサンジの言葉が、にわかには信じられない。
「…それって、SEXじゃねえよ」
掠れた声でエースは呟いた。
ぴくりと肩を震わせて、サンジが顔を上げる。
「…そっかな…やっぱ…そうか?」
口を歪めてへへ、と笑った。
「やっぱそうじゃねえかなーとは、思ってたんだ。男同士なんて初めてだし…そんなもんかと思ってたんだけど…」
やっぱり、ゾロとのあれはSEXじゃないんだ。
ただの…処理?
黙ってしまったサンジの背中を掬うように腕を回す。
尖った肩甲骨の隙間から難なく抱え上げて、エースは自分の胸にしっかりと痩躯を抱き締めた。
「サンジ、男だって女だって愛し合う形は同じなんだよ」
そう、愛し合うのなら…多分同じなんだろう。
もう一度キスを交わして、エースはゆっくりとサンジの身体に愛撫を施し始めた。
ゾロに抱かれたときとは明らかに違う行為だ。
痛みなどは微塵もなくて、ただ肉体的に強く優しく高められていく。
直接的な刺激と丁寧な指技でサンジはすぐに達してしまった。
早すぎることを恥じる暇もないほど荒く乱れてしまった自身に、信じられない思いのままシーツに
ただ顔を埋める。
エースは、赤く染まったままの耳朶に口付けて、サンジの吐露した液を掌でくちゃりと弄んだ。
弛緩した身体の奥に擦り付けてやわやわと揉みしだく。
「…エース…」
意味を成さない音ばかり漏らしていた口から、声が出た。
顔を上げ、不安そうに見上げるサンジを宥めるように、こめかみにもキスを落とす。
「大丈夫。痛くはないだろう」
やんわりと指を差し込んでは内側から解していく。
ゾロとの交情がこの箇所に突き入れるだけだったのなら、比べ物にならないくらい負担は軽いはずだ。
けれどサンジは苦しげに顔を歪め、眉毛が情けなく下がっている。
「痛く、ないだろう?」
エースの問いかけに代わりに答えるように、埋め込んだ秘部がひくひくと締め付ける。
少し奥まで差し込んで軽く指を曲げて擦れば、大げさなほど身体が跳ねた。
「んあ…あ…」
「いいだろう。こんな場所も、知らなかった?」
シーツに顔をこすり付けて、ただ首を振る。
それでも少し突き出した腰に手を添えて指を増やせば、苦痛ではない声が漏れる。
サンジはうつ伏せたまま、再び首を擡げた自身をシーツに擦り付けるように無意識に腰を動かした。
エースは少し意地悪な意図でサンジの膝を立たせて四つん這いにさせる。
快感に身を撓らせ、反らされた白い背から覆い被さって、後孔を穿ちながら前に手を伸ばす。
つんと尖った乳首を強めに捻れば、すすり泣くような悲鳴を上げて身を捩った。
「ヨくしてあげるよ」
充分に蕩けたのを確認して、存在を主張するように猛った己を押し当てた。
ぎゅっとシーツを握り締める指の節が、白く際立った。
さっきまで弛緩していた身体に、明らかに力が入る。
高潮した頬もみるみる蒼褪め、踏ん張った腕が目に見えるほど震えていた。
「…サンジ?」
体温を失った痩身を抱き締めて、エースはその横顔を覗き込む。
唇を噛み締め、瞳を閉じて耐えるように眉を顰める表情からは、苦痛しか感じられない。
もう一度後ろからぐり、と押し付ければ、泣き出しそうに口を歪めてぱちりと目を開いた。
金の睫毛が濡れて光る。
「サンジ、嫌か?」
エースの優しげな問いかけに、ふるふると首を振った。
だが先ほどまで立ち上がっていたサンジのモノはくたりと萎え、金の茂みの中で震えながら身を
隠してしまった。
「大丈夫、入れないよ」
エースの言葉に、サンジははっとしたように顔を上げてその肩に縋りついた。
「駄目だ、そりゃあ駄目だ。ちゃんと、しねえと…」
「けど、嫌なんだろう」
慌ててぶんぶんと首を振る。
「嫌、じゃねえ。だってこんなこと俺あ慣れてるし…」
「無理しなくていい。ったく、身体の方がよほど正直だな」
苦笑して身体を起こしたエースに、サンジは戸惑いながらも一緒になってベッドに座った。
「本当に、慣れてるんだ。ゾロとは3日と空かず、やってるし…ただ、こんな風に色々、されたのは
初めてだからびっくりしただけで…だから入れる方がずっと慣れてる筈なんだけど…」
それなのに、どうしても身体が強張ってしまう。
それはサンジも自覚していた。
エースの砲身が押し当てられた瞬間、電流が流れたみたいに、戦慄が走った。
大声で喚きながら逃げ出したくなった。
―――どうして…
自分でも訳がわからない。
ゾロとのそれとは雲泥の差と言っていいくらい、気持ちのいい行為なのに。
「入れるだけがSEXじゃないよ。サンジが満足したなら、それでいい」
「よかねえ!」
思わず叫んだ。
「大丈夫だっ…てえか、なんてこたねえ。入れろよ」
「サンジ…」
柔らかに微笑んでいたエースが唇を閉じて表情を引き締める。
「なんでもないことだ、なんて言うようなSEXは、俺は趣味じゃないんだ。無理をしなくていい」
かっと、蒼褪めていた頬にまた血の気が差した。
同じ男として、寸止めで中止しなきゃならないなんて冗談じゃないと、わかっている。
けれど、そこまでエースに言わせてしまった自分がまた、恥ずかしくてたまらない。
「エース…ごめ…」
「謝らなくていい。焦らなくても、いいから」
本当なら殴られたって文句はないのに、エースはどこまでも優しく、あやすように髪を撫でてくれる。
こんな暖かな手を、サンジは知らない。
まるでレディに対するのと同じように恭しく慈しむ愛撫が、同性同士の営みの中にも存在しえるなんて、
知らなかった。
やはりゾロとのそれは、SEXなんかじゃなかったんだと改めて思い知らされる。
なのに―――
なんで俺は、あんなに感じてしまったんだろう。
結局、二人裸のままシーツに包まって、抱き合って眠った。
あっという間に寝息を立てるエースに抱えられたまま、サンジは我が身の不甲斐なさを呪って、
なかなか寝付けなかった。
エースを好きかと問われれば、好きではあるけど恋愛のそれとは違う。
好き同士が交わす行為がSEXならば、受け入れることができなかったのも道理なのかもしれない。
それでも、どこまでも真摯に愛情を注いでくれたエースに申し訳なくて、全身で拒んでしまった
自分自身が情けなかった。
眠るエースの肩からそっと顔を上げて、窓辺に目をやった。
窓が少し開けてあるのかカーテンの端が揺らめいている。
そう言えば、今は新月かもしれない。
月が明るかったなら或いは、あの時の自分のようにすべてを委ねてしまえただろうか。
なんとなくそんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。
街の中を彷徨う予定が、どうした訳かゾロは森で野宿をしていた。
薪を集めて火を熾した上に、川で獲った魚を炙って齧り付く。
咀嚼しながら空を見上げれば、輝く月は針のように細く長い。
あの野郎は、どうしてやがる。
なんだかわからないが怒っていた。
素人の女がどうのとか、てめえなんざ願い下げだといきなり拒否したりとか、一体どういう訳だろう。
ゾロの手を拒絶したことなど、あれから一度も無かったのに。
ゾロは一人首を捻って、珍しく色々と考えた。
そもそもどうして自分を受け入れたのか。
前から触ってみたいと思っていたのはゾロの方だが、あんな風に親しげに、しかもしつこくにじり
寄られたら、我慢できるものではない。
それでも蹴り倒されるのを承知で押し倒したのに、あっさり身体を開いた。
触れただけでサンジのものは勃ち上がり、噛み付けば声を上げた。
しかも嫌がるそれではない、あきらかに悦びの声を。
一体あいつはなんなんだ。
がりがりと頭を掻いて首を捻る。
もの凄い女好きの振りをして、実はとんでもない男好きだったのかもしれない。
そうでなければあんな風に、好きでもない男に触れられてあそこまで乱れることは無いはずだ。
そう、あの夜明らかにサンジは感じていた。
ゾロは元々女相手でも、ちゃんとした愛撫と言うものをしたことはない。
殆どが商売女だったし別にそう準備もしなくても、難なく入れることはできる。
ゾロのモノを目にした女は、たいてい自分の身を守るためか随分手を尽くして無理なく挿入できるように
段取りをしたものだ。
だが女に対するそれと男のコックに対するそれはかなり違うだろうとゾロなりに想像していた。
酔った成り行きのようにSEXの形に縺れ込んだが、そう簡単に入れられるとは思っていなかった。
なのに、どういう訳かコックはえらくリラックスして、苦しそうに顔を歪めながらも結局ゾロを受け入れた。
ともかくもう、触れる度によがって身を捩って、どんどんと体温が上がっていく様はゾロが
今まで目にしたことの無いエロさだった。
高級娼婦だって舌を巻くに違いない妖艶で淫靡な姿は、ゾロの理性の箍を外し本能剥き出しの獣にしてしまった。
散々喰らい尽くし犯し尽してもサンジは壊れなかった。
翌日、多少足を引きずって腰に手を当てて歩いてはいたが、ゾロを責める風でもなく不機嫌を
装いつつへらりと笑っていた。
―――慣れてるのか
だからゾロは、そう思ったのだ。
それからも、ゾロがしたいと思うときに手を伸ばせば、サンジは嫌がらなかった。
口元にシニカルな笑みを浮かべて、自ら身を委ねるようにゾロにしなだれかかった。
サンジの匂いを嗅ぐだけで、ゾロのなけなしの理性はどこかに吹き飛んで、獣みたいに貪ってしまう。
せめて女を抱くときのように口付けたり愛撫したりしてみたいが、最初の交わりが乱暴だったためか、
今更な気がしてゾロはいつも突っ込むばかりだ。
舐めて噛んでもサンジは悦ぶ。
蕩けるように身体を開いて、もっともっとと締め付ける。
乱暴にされるのが好きなのかもしれない。
そう思い至ると、ゾロは吐き気がするほど怒りを覚えた。
コックがどこでそんな芸当を覚えたのかは知らないが、他の男相手にもこうして身体を開くのかと
思うと、脳天に血が沸き上がって全部斬り捨ててしまいたくなる。
コックも相手の男も全部。
今も、思い起こしただけで血が上って、串代わりに魚に刺していた枝を噛み砕いてしまった。
我に返って頭を冷やす。
どうしたってコックのことを思えば平静でいられなくなる。
今度上陸するのを機会に、一度ちゃんと尋ねておこうとは思っていたのだ。
どういうつもりで抱かれているのか。
もう少しやりたいように…例えば女を抱く時のように柔らかく扱ってもいいのかどうか。
下手をすると「俺をレディの代わりにすんじゃねえ!」とかなんとか言って怒り出す可能性もある。
だからつい作法を変えたりしなかったのだが、ゾロ自身そんな風に相手の反応を窺って行動することは
初めてだった。
だから余計に戸惑っている。
コックは一体、なんなのだろう。
今夜、二人で宿にしけこんでじっくり聞き出すつもりだった。
ついでにその身体を余すところ無く味わって、自分だけを刻み付けるつもりでもいた。
コックはどう思っているか知らないが自分にとって奴はあまりに特別で、かけがえの無いものになって
しまっている。
そのことを告げると、コックは眉を顰めて嫌がるだろうか。
うざい、きしょいと拒絶するだろうか。
それを恐れて言い出せないでいた自分がまた滑稽で、ゾロは月を眺めながら一人片頬を歪めた。
まだ朝靄に煙る街中を、サンジは咥えタバコで歩いていた。
早朝の空気は凛として清々しい。
昨日目をつけておいたパン屋で焼きたてのクロワッサンを買って、鼻歌交じりで宿へと帰る。
夕べの残りの野菜でスープは作ってあるし、インスタントのコーヒーを入れよう。
そう考えながら部屋のドアを開けると、中からいい匂いが漂っていた。
「よ、おはよ」
エースもどうやら早起きだ。
用意していたスープは火にかけられて、コーヒーをカップに注ごうとしている。
「窓から戻ってくる姿が見えたからもう入れちまったぞ。散歩でもしてくるかと思ったんだがな」
「ああ、おはよう。ありがとう」
誰かが待ってくれている朝の部屋ってのもいいもんだ。
少々照れ臭いながらサンジは笑った。
さしずめゾロなら、きっと昼過ぎまで寝くたれておはようもクソもねえだろうな。
ちらりとそんなことが頭を掠めてちょっと切なくなる。
そんな風に思い起こすのは、きっと自分の方だけだ。
「パン買ってきたぜ」
「ああ、スープが美味そうに匂うんだよ」
もう待ちきれないとばかりに両手をすり合わせて、エースは舌を出して唇を舐める。
わかりやすいおねだりに声を立てて笑って、それから促されるままにキスを交わした。
まるで甘い恋人同士のような朝。
夕べあんなに酷いことをしたのに、ちっとも変わらないエースの優しさが嬉しくて悲しい。
エースは朝食も同様に美味い美味いと賛辞して、気持ちいいほど豪快に平らげた。
僅かな期間に集めた島の情報を面白おかしく語ってくれて、サンジは何度もコーヒーを
噴き出しそうになりながらゆっくりと食事をした。
こうしてエースと旅をしたなら、毎日笑って暮らせるだろう。
夜は心底安らいで、快楽の波に身を委ねて眠ることもできるのだろう。
そんな風に夢想しながら、けれどそれは望まぬことだと改めて思う。
自分に夢がある以上に、エースには重い任務がある。
「サンジは今日は、どうするんだ」
「一旦船に帰る。買出し前に倉庫も掃除しておきたいし、もう一度チェックし直して置こうかと…」
そう答えるサンジの顔を見つめながらエースはにやにや笑った。
「なんだよ」
「いや、ナンパはどうしたのかなと思って…」
からかう口調にむっとして、口を尖らせながら言い訳した。
「もちろんするぜ。勝負は今夜だ。とびきり素敵なレディと素晴らしい一夜を過ごしてやる」
「船から出られればな…」
意味深な台詞に内心どきりとして、サンジは静かにカップを置いた。
「クソ野郎は天才的な方向音痴だからな、一旦上陸すると大概行方不明になるんだ。
明日の集合時間にも間に合うか怪しいもんだ。船になんか…いねえよ」
「へえ」
それ以上追求することも無く、エースがコーヒーをお代わりする。
空のカップを弄ぶサンジにもコーヒーを注いで、正面向いて座り直した。
「余計なことかもしれないけど、ゾロとの付き合いは考えた方がいい」
来た!
と無意識に身構えた。
「勿論サンジの気持ち次第だよ。無理にとは言わないし、一方的で無理やりな関係ばかりだ
とも思わない。ただ…」
エースらしくなく言いよどみ、カップを置いた。
「サンジはゾロが好きなんだろう」
「…」
そんなことはない、と頭から否定する必要は無かった。
あくまでエースとは行きずりの関係で、これから一緒に旅を続ける仲間でもない。
正直自分の気持ちが知られて困るような間柄でもなかった。
それに―――
エースに指摘されて、やっと自分の気持ちに納得した。
なんだ、俺はゾロが好きだったのか。
あの手に触れられてあり得ないほど感じてしまったのも、身勝手なゾロの振る舞いに腹が立たないのも、
結局は好きだからだ。
ゾロが関わる全てのことが悦びだったからだ。
それはどう足掻いても、一方通行の想いでしかないけれど。
サンジは答えずただうっすらと笑みを返した。
それがあんまり寂しげで、エースは深く胸を衝かれる。
「俺は関係ない、とは言えないんだ。なんせサンジのことが好きだからね。だけどサンジはゾロが
好きだから、無理強いもごり押しもしない」
驚いてエースの顔を見た。
エースは相変わらず飄々とした表情で、真意のほどはわからない。
「ばっかだな、エース」
サンジは笑ってタバコを咥えた。
「その言葉だけ、ありがたく受け取っとく。けど野郎に好きと言われたって嬉しかねえや」
ぽいと箱をテーブルに投げて、組んだ片足をぶらぶら揺らしながら殊更ゆっくりと煙を吐いた。
「そう深刻な話でもねえ。俺はゾロが嫌いじゃねえから、奴に突っ込まれんのもそうたいした
ことじゃねえ。元々ゾロにはナミさんがいるんだ。けどレディに無茶しちゃいけねえからな。
俺の身体がブレーキになるんなら、それにこしたことはねえだろ」
「なんだって?」
エースが眉を顰めてずいと顔を突き出した。
「ゾロとナミが?そりゃあほんとか?」
「…多分」
態度に反して、サンジの口調はちょっと弱腰だ。
「ゾロはナミと付き合っていながら、サンジにも手を出したってそういうことか?」
それは、どっちがどうだかは正直サンジにはわからない。
けどどう考えたって本命はレディに決まっているだろう。
困って黙るサンジの前で、エースは唸りながら腕を組んで首を捻った。
「だが、あのロロノアがそんな器用なタイプだとは、思わなかったんだが…」
器用―――
そう言えばそうなるか。
「そんだけ器用でもなさそうだ。なんせ、ナミさんに余計な心配かけやがるような馬鹿野郎だから…」
「余計な心配?サンジとのことがナミにバレたのか?」
「いや、そうじゃなくて…」
ほんの少し言いよどんだ。
けど未遂だったんだし、エースから何かいいアドバイスが貰えるかもしれない。
「ナミさんが、ここに着く前に悩んでたんだ。もしかしたら妊娠したかもしれないって。
勿論俺に言った訳じゃねえけど、ロビンちゃんと話してるの偶然聞いちまって。残念だけど
俺には全然心当たりないからさ…もうゾロしかいねえだろ」
そう言って、短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
エースはその仕種を目で追いながら、口元に手を当てた。
何か考えているようだが、何も言わない。
「結局気のせいで大丈夫だっただけど、そん時ナミさんが言ったんだ。相手の野郎のこと…
好きだからって。そりゃあ綺麗な表情でそんな風に呟くから、俺もう切なくなっちまって」
2本目のタバコを取り出して火をつける。
「そんなにもナミさんの心を捉えてんなら、手放すことはこの俺が許さねえ。俺の身体なんて
使い捨てでもなんでもいい。俺にしたら、ナミさんに何も知られず幸せになってもらえたら
それが一番いいんだ。相手がゾロだなんて不孝の始まりだとも思うが、こればっかりはナミさんの
気持ちの問題で他人がとやかく言うことじゃねえし…」
そう言ってかりかりと頭を掻くサンジをエースはじっと見つめていた。
何か言いたそうに口を開くが、またぱたんと閉じる。
口の中で何事か呟いてから、コーヒーのお代わりをサンジのカップに注ぎ足した。
「…まあそれなら尚の事だ。サンジはそれで問題ないかもしれないけど、それじゃナミの気持ちは
どうなる?」
笑みを浮かべたままそう呟くエースの言葉に、どきりとする。
「それにやはりゾロだ。ゾロは美味しいとこ取りばかりじゃないか。それじゃ、ナミだって幸せな
状態だとは言えないだろう。彼女なら、事実を知ったらコケにされたって怒り狂うぞ」
それは、確かにそうだ。
自分の恋人が同じ船の仲間に、しかも男に身体だけの関係とは言え手を出していたと知ったら、
どれだけショックを受けるか計り知れない。
「だからこそ、終止符を打つなら今なんだよ。勿論、ゾロにはちゃんとナミとの関係のことから
問い詰めなきゃいけないよ」
「…それは、関係ないんじゃないのか?」
おずおずと言い返すサンジに、エースは毅然とした態度で言い切った。
「サンジがそんな態度じゃ駄目だ。ナミのことが好きなんだろう。ナミの幸せを望むんだろう。
それなら最初にナミのことをゾロに正して、それから自分のことをどう思ってるのか問わなければ
駄目だ。これはゾロだけの問題でも、サンジだけでの問題でもない。そうだろう」
なぜか力説されて、勢いでぶんぶん頷く。
「ここでサンジがしっかりしなきゃいけないよ。まずはゾロからナミへの答えを貰って、それから
自分のことを考えるんだ。ゾロにだけ選択肢がある訳じゃない。選ぶのも判断するのも、最後は
自分自身なんだから正直にいきなさい」
サンジは曖昧に頷いて首を傾げた。
途中まで具体的な恋愛相談みたいだったのに、なぜか輪郭がぼやけた気がする。
エースは、何を含んで言ってるんだろう。
けれどいつもの屈託のない笑顔で、その疑念が有耶無耶になってしまった。
「どうせログポースが指し示す場所は同じだ。またサンジとこうして会える島がきっとある。
その時、答えが出ていたなら、また俺の元においで」
「…答え?」
素直に聞き返すサンジに苦笑して、エースはその肩をそっと抱いた。
「サンジにはいくつもの道が枝分かれしてるだろう。これからもゾロと付き合っていく道。
ゾロと別れて、ナミとゾロを見守っていく道。すっぱり諦めて、新しい恋に生きる道」
そう言って抱き締めて、サンジの額にキスを落とした。
「その恋の相手が俺ってことも、大有りじゃねえの」
悪戯っぽく笑って片目を瞑るエースに、サンジも思わず笑みを返した。
「…ありえねーよ」
「いいやわからんぞ。ここは何が起こるかわからない。グランドラインだ」
そう言ってぎゅっと背中に回した腕に力を込めながら、もう片方の手がサンジの尻を撫でた。
「俺と付き合ったなら、また天国を見せてあげるよ」
「…んの、アホっ!」
途端に真っ赤になって、不自由な体勢のまま足を蹴り上げる。
難なく避けられて、キスまで掠め取られた。
「クソ野郎…」
顔を真っ赤にして怒るサンジに、エースはどこまでも屈託なく笑った。
