君のいちばん

最近少し知恵をつけたゾロは、格納庫の隅に必需品を溜め込んだりしていた。
酒とか、酒とか、酒とか。

上陸したときに買っておいたり、ルフィの盗み食いが発覚して大騒ぎしている間にくすねたり、
大剣豪にあるまじきみみっちさで集めたそれは、大抵3日と持たないペースで消費されてしまうけど、
夜の密かな楽しみになってたりする。
そして今日も、一頻りトレーニングを終えて汗を拭き拭き向かった格納庫の隅で、ある筈の瓶は消えていた。

―――俺の酒
こんなところに隠してあったなら、まずゾロのモノだと悟るだろう。
コックなら見つけ次第ゾロを血祭りに上げに来るはず。
敢えて黙って盗んでいくなど一人しか考えられない。

―――ふてえアマだ
ゾロはがんがん大股で甲板を通り過ぎた。
デッキチェアに凭れて読書していたナミが只ならぬ殺気に鬱陶しげに視線を上げる。

「なあに昼間っから物騒ね」
目の前に怒り心頭の魔獣がいても涼しげな顔だ。
「ナミ、てめえだな。俺の酒をくすねた野郎は」
「レディに対して野郎呼ばわり?第一、俺の何ですって?」
「だから俺の…」
「ナミさんっ!スペシャルドリンクお持ちしましたぁ!!」
文字通り降って沸いたコックが背後に現れる。
ゾロはぐうと言葉が詰まった。
「ありがとvサンジ君」
オレンジ色の飲み物を受け取って、ちらりとゾロを見る。
「それでなあに、俺の?」
「お、俺の飲みモンはねえのか!」
勢いコックに怒鳴ってしまった。
思わぬリアクションにサンジの方が目をぱちくりさせる。
「な、何ムキになってやがる。てめえのはこっちだ」
それでもどうやらゾロの分も用意していたようで、すかさず差し出されたグラスをゾロは砕きそうな勢いで
引っ手繰った。
ナミが肩を震わせて笑っている。

訳が分からないといった風に首を捻りながら、サンジが行ってしまうのを見送って改めてナミと対峙する。
「ったく、俺の酒くすねたな」
先ほどまでの気勢はない。
「だから、あれがあんたの酒だって言う証拠はあるの?名前書いてあった?確かに格納庫を整理してて
 たまたま見つけたけど、誰のものとも書いてなかったわよ」
「てめえが格納庫整理するようなタマか!」
言い返しながら、ゾロは今度酒をしまうときは名前を書いとこうと心に決めた。






当面の問題として、寝酒用の酒がない。
コックに言って分けてもらえば済むことだが、必ず二言三言小言が付いてくるのでなにやら鬱陶しい。
ゾロはみなが寝静まった深夜に行動を起こした。


キッチンの主であるコックの居場所だけ確認するために、船内を歩き回った。
男部屋にはまだ来ない。
風呂場も使っている気配はないし、さりとてキッチンの明かりも消えている。

―――どこ行きやがった?
足音を消して中の様子を伺うと、かすかな物音が聞こえた。


――――泣き声?
高く低く、すすり泣くような嗚咽。
この船に、夜中にめそめそ泣くような奴がいたか?
幾分トーンは上がっているが、男の声だ。
ときおり苦しげな息遣いも混じる。

扉が少し開いていた。
空には三日月。
僅かな月明かりが隙間から差し込んでいる。
暗いキッチンの隅に、やけにはっきりと、白い足が浮いていた。








「ん…あ、…も―――」
足の間に誰かが覆い被さっている。
「も…いい…から」
切れ切れに届くのは、間違いないコックの声。
けれど普段とは明らかに違う。
「…もう、や…だっ…」
にししと上の影が笑った。
「気持ちイイなあサンジ。お前もイんだろ」
「ん…うん、―――は…」

冷たい雷に打たれたように、ゾロはその場で固まっていた。
目の前で繰り広げられている光景に頭が付いていかない。

心頭滅却。
火もまた涼し―――

ちょっと違う方向に頭をめぐらして、必死に平静を取り戻そうとした。
動揺を悟られないよう、なるだけ気配を消して後ずさる。



甲板までなんとかたどり着いて船べりに凭れた。
なんだったんだ。
あれは確かにルフィとコックだ。
ルフィが摘み食いを見つかってサンジに…いや違う。
あれはどう見ても逆だ。
ルフィがサンジの上に乗って何かしていた。
あれは確かに―――

ゾロは自分の首を撫でた。
マジかよ…
濡れ場に遭遇してビビるようなタマではないが、相手が見知った仲間同士ではさすがに驚く。
しかも男同士でルフィとコックだ。

マジかよ。
目を閉じればまざまざと先刻の光景が蘇る。
闇に浮かぶ白い足。

ゾロは首を振った。
いつの間にか、大量の汗をかいている。


見上げれば、針のような三日月。












良く寝たような気はする。
だが身体はすっきりしない。
ゾロはこきこきと首を鳴らして甲板で伸びをした。

どうやら昨夜、月を眺めながらそのまま眠ったらしい。
革靴の音がして、見慣れた金髪が顔を出した。
ゾロの胸がどきりと音を立てる。
コックも驚いたような顔をして、それからにやりと笑いながら煙草を銜えて近づいてきた。
「珍しいなあクソマリモ。起される前に起きてるなんざ、この晴天でも雹が降るんじゃねえか」
相変わらずの生意気な口だ。
だがゾロの脳裏には、昨夜の光景がフラッシュバックしてしまった。
ありゃあ、夢か?
固まったまま反応しないゾロの目の前を紫煙が揺れる。

「どーした腹巻。もしかして寝ぼけてんのかあ」
ぐる眉を顰めて片足を上げた。
繰り出されるコリエを片手でとめる。
びりっと腕が痺れたが、上体は揺らがなかった。
サンジの軽い舌打ちが耳を打つ。
凶暴な男だ。
ガラが悪くて容赦がない。
やはりあれは夢だったかとゾロは思った。
夢であればいいとも思うが、あんな夢を自分が見たとは認めたくない気持ちもある。
ゾロの複雑な心中を知る筈もなく、サンジは掴まれたままの足をぶんぶん振り回して離せだのなんだ悪態を
ついている。
暴れるのをぴたりと止めたかと思うと、軸足をジャンプしてローキック。
今度こそ見事に決められてゾロは海中へと没した。

「寝ぼけマリモ!暫く泳いで頭冷やせ!!」
ざばりと浮上すると、知らん顔でキッチンへ向かう後ろ頭が見える。
やっぱりあれは夢だったんだなと、ゾロは海水で顔を洗った。











「サンジー!おかわり!!」
「食いすぎだ!てめえの分はもう打ち止め!」
「うわあん、ルフィが俺のパン取ったあ!」
「くおら、このクソゴム!!!」


着替えてキッチンに入ればすでに戦場だった。
ゾロの朝食は何とかキープしてある。
「筋肉ダルマ、早く食わねえとゴムの腹に消えるぞ!」
「めしー!」
壮絶な攻防戦を繰り広げる二人に、昨夜の面影は微塵もない。

修業が足りんのかもしれん。
ゾロがどかりと腰を下ろして何気なくサンジを見上げると、顎の下に赤い痣が見えた。
自分では確認できない位置。
虫刺されでも、ぶつけてできたような跡でもない。



「明日か明後日には、島に着きそうね〜」
ナミが間延びした声でロビンに話し掛けている。
「ここのところたいしたハプニングに遭っていないから、予定より早くなるわね」
「いいことじゃない。島でゆっくり羽でも伸ばしましょうよ」
あと2日程度なら、今夜は堂々と酒が飲めるか?
もしかすっとストック分全部貰えるかも知れねえ。
ゾロはパンを頬張りながら姑息な計算をしてみたりする。
コックが何か文句を言うかも知れねえが、あんまり煩かったらちょっと脅してやればいい。
ゾロの口元に実に人の悪い笑みが浮かんだ。









深夜のキッチン。
煌々と明かりがついている。
ゾロはどかどかと足音を立てて、乱暴に扉を開けた。

「もっと静かにできねえのか、ドアが壊れる!」
コックは振り向きもしないで大鍋の中をかき混ぜながら口だけで文句を言った。
返事をしないで横を通り過ぎると下肢だけ飛んでくる。
「何する気だ、アル中マリモ」
「酒だ。もう島に着くんだろ、俺に分けろ」
サンジは腕を組んでほほ〜と見下すようにねめつけた。
「上陸予定が立った途端、おとなしく強請りに来やがったか。上等だぜこそ泥野郎」
「あんだと?」
ゾロの額にも青筋が浮かぶ。
「手前俺が気づいてねえとでも思ったか、こそこそ酒くすねやがって。島で自分ででも買ってるみてえ
 だから大目に見てやっていたが、料理酒にまで手え出しやがるたあたいした味オンチだ。
 今度チョッパーに消毒用アルコール分けてもらえ」
カランとレードルを置いて、がしがし鍋を洗い始めた。
「俺だって、3回に1回くらいは見逃してやる。鬼じゃねえんだ。だからこそ、せこい真似すんなよな、
 大剣豪」
向けられた背中が怒っている。
ゾロはなんとなくバツが悪くなって、取り出した酒瓶を口で開けてラッパ飲みした。

「昨夜も取りに来たんだけどよ」
ぼそりと呟く声に、サンジの手がぴたりと止まった。
「なんか、取り込み中だったみてえだから」
大きな声ではないが、聞こえるようにはっきりと言ってやった。
サンジはさっと鍋を水洗いし、タオルで手を拭く。
エプロンのポケットから煙草を取り出して火をつけると、深く吸い込んだ。
銜えたまま振り返り、口の端から煙を吐き出す。

「・・・で?酒が足らねえから寝付けなくて、夢ばかり見るんだな」
うんうんと一人で頷く。
「眠りが浅いと夢ばっかりになんだよなあ。レム睡眠っての?寝た気がしねえだろ。だから夢か現実か
 区別つかなくなるんだよ。あー悪かった、悪かった。その酒もこれもやるから一杯かっくらってとっとと
 寝てろ」

酒瓶を3本ばかし押し付けられた。
それをしっかり受け取って、ゾロは嫌な笑いを浮かべる。
「まあ、気にすんな。俺は人の趣味をとやかく言うつもりはねえからよ」
「だから夢だっつってんだろ!」
思わず突っ込んでから自分の声に驚いてきょろきょろしている。
いつもすかしている顔に赤味が差した。
「虫刺されみてえな赤え跡もついてるしよ」
ゾロの言葉にばっとサンジは胸元を抑えた。
無論、上まできっちりネクタイが締めてあるから見える筈がない。
「そこじゃねーよ、ばーか」
心底呆れたゾロの声に、サンジもぶちキレたらしい。
湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして怒り狂う。
「寝呆けてんだっつってんだろが、しつけえぞてめえ。腐れた頭ん中は筋肉どころか灰汁湧いてんのか
 コラ!!」
勢いだけで誤魔化そうとしているのが見え見えだ。
ゾロはといえば、サンジの剣幕をものともせず、腰掛けたまま余裕で酒を飲んで見せた。
「気にすんなっつってだろ。てめえが夜中にルフィと何してようが、あんあん言ってようが・・・」
「あ・・・?」
口を開けたまま暫く固まって息をしている。
過呼吸でも起しそうだ。
「だ、れが・・・あ・・・」
「言ってたぞ。凄かった。どこの淫乱女連れ込んでんだって思ったくらい凄かった」

ひゅうとサンジの喉が鳴った。
怒りのあまり声も出ないらしい。
「な、ななななななんてこと言いやがる、言ってねー、言ってねーぞ俺は!」
昨夜のことを否定する頭は飛んだらしい。
「俺ぁこの耳であの声聞いたぞ。そりゃあなんつーか・・・こう、鼻から抜けるっての?実にエロい・・・」
「ど、わあああああっな、何言って何言ってな・・・」
動揺したサンジがイスを振り上げる。
「騒ぐと皆起きるぞ」
ゾロの一言でぴたりと動作が止まった。
「まあ実に驚いたが、武士の情けだ黙っててやる。誰かに言いふらす趣味はねえ」
ゾロとしては酒も手に入ったことだし、これでこの話しは終わりにしようと思っていた。
これからもちいとばかり酒が足らないとき脅すネタにもなるだろう。
「ち、ちょっと待てよ。てめえ誤解すんなよ」
これ以上どんな誤解があるというのか。
「俺あ別にホモでもルフィが好きでもねえからな」
「へえ、それじゃあ無理やりかよ。そうとも見えなかったが・・・」
関心なさそうなそっけないゾロに、サンジがムキになってきた。

「そうじゃねえっつってんだろ。その―・・・あれだ。レクチャーだレクチャー」
はあ?とゾロが怪訝な顔を見せる。
「ルフィは・・・ナミさんが好きなんだ」
サンジは煙草を噛みながら、切なそうな目をした。

「俺だってナミさんが大好きだ。そりゃあこの世のレディの中でもロビンちゃんと1,2を争うくらい
 大好きだ。けどよお・・・」
力を入れすぎてフィルターを噛み千切った。
ぺっと吐いて捨てる。
「ナミさんも、多分ルフィが好きだからよ」
話が見えない。
それと昨夜のルフィとのアレはどう繋がるってのか。
「ルフィは、童貞のままでゴム人間になっちまっただろ。だから、つまりチンポコも伸び縮みすんだよ。
 ジャストサイズが決まってねえって―か。感覚でわかんねえんだとよ。だから陸に上がったときプロの
 お姉様に教われっつったんだけど。そりゃ相手するレディも驚くわな」
それで?
「だから試しに、突っ込みてーっつーから・・・」
はあ?
今度こそ、ゾロは開いた口が塞がらなかった。
「じゃあ何か?てめえはルフィの筆下ろししてやったってえのか?」
「ち、ちげーよ。最初はマジでキスとか・・・っ、どの辺から攻めるとかマジ悪ふざけみてえなもんだったんだ。  けど、段々ルフィが調子に乗ってきて・・・」
「入れたのか。」
ずばりと、ゾロが核心を突く。
目元まで真っ赤に染めながら、サンジは目をしばたかせた。
「入れたっつーか、その・・・ほそーくだな」
「入れたんだな」
「その、ちいとばかし・・・」

気まずい沈黙。

「それで、あへあへ泣いてたって訳か」
「そんなこと言ってねー!」
再びサンジに火がついた。
「ふかしこくんじゃねえぞ、この嘘つきマリモ!」
「んだとぉ、誰が嘘つきだオラ」
逆切れされるのはともかく、嘘つき呼ばわりは心外だ。
「ダイヤルなんとかってのがあったら、入れといて聞かせてやりてーぜ。あの情けねえ声・・・」
「んだとお、やるかコラ。クールでナイスガイな俺様がンなこと言うわけねえだろ。」
「いや言った!」
「言わねえ!」
「言った!」
「言わねえつってんだろ!!」

言葉の応酬ながら、お互いぜえぜえと肩で息をしつつしばし睨み合う。
「てめえみてえな軟弱野郎はちょっとつつかれただけであんあん言いやがるんだろが」
「てめえ人を馬鹿にすんのも大概にしろよ・・・」

ごごごとバックに地鳴りでも響きそうな雰囲気の中で、ゾロはすくっと立ち上がった。
「なら証明して見せろ」
「なに?」
「野郎に触られてもぴくりともしなけりゃ手前が言ってんのが正しいってこったろ」
う・・・とサンジが詰まる。
「どうした、やっぱ自信がねえのか」
「いやあ、やってやる。俺あそんなもん平気だ!」
実に単純にして意地っぱりだ。

「いいだろう試してやる。もう直ぐ陸に着くってったな。そこで勝負だ」
サンジがなんだかホッとした顔をした。
「陸・・・まあいいけどよ」
「今ここで試してやってもいいが、てめえは声がでけえからな・・・」
「んだとオラァ!」
ゾロがしいと人差指を立てると、サンジはしぶしぶ振り上げた足を下ろした。
夜中に騒いでレディを起すことは避けたい。

「いいな、陸に上がった夜が勝負だぞ」
「おお受けて立とうじゃねえか」

こうしてサンジは成り行き上、ゾロの挑戦を受ける羽目になったんである。