ぞろぞろさんぴー -2-


その夜、サンジは上機嫌でパン生地を捏ねていた。
 夕食時分にGM号のラウンジで仲間達が会話していた折、ウソップが以前立ち寄った島で評判のパン屋に行った時の話をしていた。その時は暇だったし、長蛇の列に《どんだけ旨いんだ?》と興味をひかれて並んだのだが、やっとの事で手に入れて食べてみると、いつもサンジが焼いているパンの方が旨かったのだという。
『いや〜あん時は正直ガッカリしたんだけどよ、考えてもみりゃありがたい話だぜェ?あんだけ並ばなきゃ買えないようなパンより、ずっと旨いパンを俺達ァ毎日喰わしてもらってんだからな!』
 その言葉を照れくさくも嬉しく思っていたサンジは、次の瞬間、更なる幸福に包まれた。
 ウソップの演説を聴いたゾロが、《こくん》と同意したように頷いたのだ。
 しかも、口角にはうっすらとではあったが笑みがあったっ!
 嬉しくて嬉しくて、ついつい夜中のうちに沢山のパン生地を仕込み始めてしまった。あんまり派手にすると如何にもはしゃぎ過ぎの感があるから、シンプルだけど噛めば噛むほど味わい深く感じられるパンを作ろう。ああ…でも、ゾロの分はやっぱり米も炊いていた方が良いだろうか?でも、香ばしい胡麻のパンを食べる時の目尻は笑顔に近かったから、半々にするか?
 色々とシュミレーションしながら、自分の表情がコロコロと変わるのが分かった。笑顔になったり不安に駆られたり、何かと忙しい。
 腰を入れて生地を揉み込みながら苦笑してしまう。まさか、ジェントルコックさんの自分が、あんなマリモの些細な表情に一喜一憂しながら、恋をするなんて思ってもみなかった。
『まァな〜…表情で読むしか方法ないしな』
 ゾロは基本的に、何を食べても《旨い》も《不味い》も言わない。勢い良く、けれども意外と行儀正しく食べるだけで、食事を評価するという概念自体を持たないようだ。良くも悪くも、そういう故郷の風習であるらしい。だからサンジは食事時になると、ナミとロビンのみに視線を向けているような振りをして、その実、意識を集中してゾロの様子を見守っている。
『ま、片思いってのも良いモンだ。生活に張りが出来るのは確かだし。それに…変に俺とあいつがラブラブになったりしたら、客観的に見て気色悪ィしな』
 それは多分に《酸っぱいブドウ》的論理展開なのだと自覚はしているが、想像してみると本気で気色悪いのも確かだ。多少細身とはいえ、タッパもあるサンジがガチムチ剣士といちゃついて《今夜のメシは旨かったか?》《ああ最高だ、ハニー。だが、俺ァてめェをもっと喰いてェな》《バーカ。それは夜のお楽しみだ、ダーリン》《HAHAHA!》なんて会話しながら尻肉を揉み合ったりしていたら、クルー達が精神的に瞬殺されるのは間違いない。
 その後で、ナミ辺りに《気色悪いもん見せないでよっ!》と鉄拳を喰らったサンジ達が、肉体的に瞬殺されるのも間違いない。 
『だから良いんだ。俺ァ…あいつがちょっとでも俺のメシを旨いと思って喰ってくれたら、それで良いんだ』
 ささやかな喜びを噛みしめながら、ちいさな幸せを長く楽しむことの出来るポジティブなんだかネガティブなんだかよく分からないコックさんは、一人黙々とパン生地を捏ね続ける。
 ご機嫌のあまり、思わず軽やかな恋歌をハミングしてしまった。音量は調節しているから、みんなの眠りを妨げることはないだろうが、我ながら大した浮かれようだ。
『そういえば、今夜の見張りはゾロだっけ』
 先ほど夜食を持っていった時には、すっかり高鼾をかいていたので蹴りで叩き起こしたが、完食後に食器を下げてマストを降りていくと、またガーガーいう音が聞こえてきたからきっとまた寝ているのだろう。あれでちゃんと敵船が接近してきたら察知できるのだから、不思議なものだ。
 特にアラバスタで《気》とやらを習得してからは、随分と気配を読む精度が上がった。ただ、そのせいで逆に仲間の気配には疎くなった気もする。《安心できる気配》だと無意識下で認識するらしく、仲間が起こしに行ってもなかなか起きやしないのだ。
『…ま、俺のこともそういった意味では仲間だと思ってるわけだ』
 また口元がニマニマしてきて、ハミングのノリも良くなってきた頃、不意に背後から抱きしめられた。
「…っ!?」
 一瞬にして血の気が引く。
 さっきまで全く気配は感じられなかった。
 まさか、精度の上がったゾロにも感知できないような敵が入り込んだのだろうか?だとしたら、その能力は計り知れないものがある。一刻も早く蹴りを入れて、拘束を解かなくてはならない。そう思うのに、しめ縄のようにがっしりとした腕の中からちっとも抜け出せない。大雑把なようにみえて、どうやら動きのポイントを全て的確に押さえられているらしいのだ。
 それに、どうしたものか敵からは殺気が全く感じられない。寧ろ親しみを込めて触れてくるようなその気配は、人馴れした大型犬のようだ。
 大きな手が顎を捕らえると、ゆっくりと後ろを向かされる。何をされるのかと身構えていたら、背後にいた人物にぎょっとしてしまう。
 そこにいたのはゾロだった。
 仲間なのだから警戒する必要はない。
 だが、ゾロならサンジを抱きしめるはずがない。
  結果、サンジの思考回路は一時的にショートしてしまい、機能不全に陥った。
 しかもこのゾロ、何故だかえらく雰囲気が違う。暫く噛み合わない問答を繰り返したサンジは、その内、彼の左目がサックリと刀傷らしいもので塞がれていることに気付いた。何が起きたのかと焦ったが、ゾロの方は至って落ち着いているし、傷も今すぐついたという感じではない。
 慌てていたのと、向かされたのが髪で視界が制限される側だったことで、しばらく気付かなかったのだが、よく見れば他にも服装だの髪型だの色々と違うところがある。
 それでもこれがゾロだというのは間違いない。腰には三刀を提げているし、ちょっと草臥れ気味の腹巻きもある。左耳の三連ピアスも変わりない。
 相変わらず噛み合わない会話を続けていると、ゾロは更に不思議なことを言い始めた。まるでサンジと恋仲であるかのように熱く掻き口説くと、濃厚な愛撫を加えながら押し倒してきたのだ。 
 初めて名を呼ばれ、その上《愛している》と明確に告げられて有頂天になったものの、ふわふわとした恋心を密やかに愉しんでいたサンジにとって、こんな直接的な接触は想像の範疇外にあった。
 《ありえない》そうとしか言いようのない事態に混乱して悲鳴を上げてしまうと、ゾロの大きな手がすっぽりとサンジの顔を包み込んだ。
「良いから俺に全部任せとけ。てめェはただ、感じてろ」
 《ナニこの安定感〜っ!?》訳が分からなくてひたすら困惑してしまう。嬉しいという気持ちを、幾分驚愕の方が上回っている。だから尻肉を揉まれて飛び出したのは、嬌声ではなく悲鳴だった。
「わーーーーーーーーーーーっ!!!」
 とにかくゾロに踏みとどまって貰って、一体何が起きているのか整理したかったのだが、その場に飛び込んできたのは新たな火種だった。
「コックにナニしてやがる…っ!!てめェ、何もんだ……っ!!」
 扉を半ば破壊して突入してきたのは、見慣れた格好のロロノア・ゾロに他ならなかった。
「…………へ?」
 突入してきたゾロを見てから、改めて自分に覆い被さる男を上げてみると、こちらもゾロに他ならない。並べてみれば余計に、揺るぎない共通項と、明らかな相違点が浮き彫りになってきた。よく見れば腰に提げた三刀のうち、雪走が意匠の派手な別の刀になっている。だが、和道一文字と三代鬼徹に関しては完璧に同じものとしか思えず、何より身体から発せられる雰囲気からみて、ゾロを騙る偽物とは到底思えなかった。
『どういうことだ…?』
 呆然とするサンジの身体が、突然ふわりと宙に浮いた。あろうことか、隻眼ゾロはサンジを膝に乗せてしまったのである。隻眼ゾロ自体は馴れた動作で椅子を引き、どっかりと腰を降ろしている。
「よォ。ま、てめェもそこに座れ。ちっと落ち着いて話をしよう」
「それが話をしようって男の態度かゴルァっ!!」
 若ゾロ(当社比)が激高するのも尤もだ。吃驚したまま固まっているサンジをちょこんとお膝に乗せて、日曜日のお父さんみたいな格好で構えている隻眼ゾロだったが、手つきがかなり《お父さん》から逸脱していた。顔は剣士らしく端然としているのに、悪戯な指は殆ど無意識のようにサンジの身体を弄り回し、はだけたシャツの間から忍び込んでは滑らかな腹を撫でたり、時折胸の尖りをきゅっと摘んでは悲鳴を上げさせるのだ。
「こんのエロコック!てめェもてめェだっ!こんな不審者相手に、なんだって大人しく身体弄らせてやがるっ!!」
「大人しくしてるわけじゃ…ぁっ!」
 首筋に獣のような犬歯を食い込まされると、びくんと背筋が震えて我ながら情けないくらいに甘い声が上がる。よほどみっともない声だったのか、見ている若ゾロの頬にもさっと朱が掃かれた。
「てめェ…なんつー声出しやがるっ!このエロテロリストが…っ!!」
「ちが…っ…だって、か…身体、おかし…。こいつが触れるトコ全部…か、感じすぎて…」
 情けなくて涙が滲んでくる。
 若ゾロの方が明らかにいつものゾロだと分かっているのに、隻眼ゾロの方にも《ゾロ》を感じてしまって抵抗しきれない。その上、隻眼ゾロが加える愛撫の一つ一つが怖いくらいに感じるポイントを突いてくるから、恥ずかしいのに感じてしまう。
「そう怒るな。しょうがねェよ。俺ァ、ここ数ヶ月でこいつの身体にゃすっかり馴染んでるからな。殆ど毎晩のように抱いて弄りまわしてりゃあ、何処が感じるかくらい覚えるさ。それにこいつァ元々感度が良くて、全身性感帯みてェなとこあるしな」
「人を淫乱みたいに言うなァ〜っ!大体数ヶ月も前からなんて、弄られてねェっ!!つか、人前で下着までおろそうとするんじゃねェ〜っ!!!」
「ヒトっつったって、どうせ《俺》にゃ違いねェだろが」
 隻眼ゾロがニヤリと人の悪い嗤いを浮かべるのに、若ゾロはぐしゃぐしゃと緑頭を掻き毟った。
「あああぁあああ〜頭がこんがらがるっ!あんた、どういう存在なんだよっ!?」
「おそらく、俺ァ未来のてめェだ」
「未来…だと?」
「そうだ。今の俺は21歳。てめェは19歳だろう。コックの着てる服の柄から察するに…今はアラバスタを出た辺りか?」
「な……」
 信じがたい隻眼ゾロの台詞に、サンジも若ゾロも開いた口が塞がらない。情報を持つ者の強みか、はたまた経験値の違いか、隻眼ゾロの方はすっかり状況を愉しんでいるようで、説明しながらも手は止まらない。とうとう下着の中にまで入り込んで、ちゅくちゅくと鈴口を弄り始めたから堪らない。
「やだやだやだ…っ!は、離してくれよォ〜っ!!」
 この男が何者であれ、相当な実力を持っているのは確かだ。サンジは懸命に抵抗しているのに、全く抗うことが出来ない。若ゾロにもそれは分かったのか、ブーツの音も高らかに近寄ってくると、荒々しく隻眼ゾロの腕を掴んだ。しかし、その動きが止まることはない。こうして見ると、同じ逞しい体つきでも、隻眼ゾロの方が2〜3回りは体つきが大きいのだ。背丈も伸びているらしく、後ろから抱かれるとサンジの身体はすっぽりと収まってしまう。
「嫌がってんだろうが、離せよっ!」
「そうは言われてもなァ…。滅多にねェ奇跡なんだ。愉しみたいじゃねーか。なんせ俺ァ、この年のコックは一回しか犯れてねェんだ。折角だからこっちにいる間は初々しい身体を弄り回して、俺の色に染めてやりてェ」
「真顔で恐ろしいことを言うなァっ!!」
 サンジと若ゾロの声が期せずしてピタリと揃った。苦み走った佳い男の隻眼ゾロは、表情だけ見ていると剣の道について真剣に語っているかのような風情なのに、言っていることは唯のエロ親父なのである。若ゾロとしてもこれが未来の自分だとは認めたくないところだろう。
「色々と突っ込みどころが多すぎて、どこから手ェつけて良いのかわからんが…。あんた、マジで未来から来たってのか?そこじゃ平生からコックにセクハラしてんのかよ」
「セクハラじゃねーよ。惚れ合ったもん同士が合意の上でやってんだ。勿論、コックが恥ずかしがるから他の連中の前じゃ極秘にしてるが、今はどうせ俺自身の前だからな。残り時間がどんだけあんのか分からない以上、一分一秒を惜しんで可愛いコックを弄るぜ俺ァっ!」
「堂々たるセクハラ宣告してんじゃねェっ!!」
 若ゾロの拳が隻眼ゾロの頭頂部を襲うが、恐ろしく硬い石頭はびくともしない。若者の動揺など何処吹く風で、とうとうサンジのストレートパンツを下着ごと引きずり下ろしてしまった。シャツの丈が長かったのがせめてもの救いだが、腿の半分までを覆うシャツの裾から白い脚が伸びる様子は、えらく生々しかった。
 同時に隻眼ゾロと若ゾロの喉が鳴る。
「やめ…っ!!」
 しっかり関節を押さえられていて抵抗も出来ないのが情けなくて、サンジはとうとう涙を零してしまった。2年先の隻眼ゾロも《ゾロ》には違いないし、サンジのことを《愛してる》とまで言ってくれたのだから激しく抵抗も出来ないが、いつもの若ゾロに憤怒を湛えた目で睨み付けられるのも怖かった。
『軽蔑される』
 ここで2年後のゾロに犯されるサンジを見て、いつもの若ゾロはどう思うのだろうか?こいつと一体何がどうなって、恋仲になるのだろう?
 その疑問は若ゾロの方でも同じだったらしい。
「……信じらんねェ…。なんだってこの俺が、コックなんぞに夢中になって、身体を弄り回したいなんて思うようになるんだ?」
「…っ!」
 恐れていた台詞でザクリと抉られると、サンジの涙はますます目からころげ落ちてしまう。身体が冷えきって、だらんとした身体からは抵抗する力など無くなった。もうこのまま、引き裂かれて死んでしまいたい。
けれどその冷えを奪うように、背後から熱の塊みたいな身体が包み込んでくる。
「信じられねェだと?そりゃあ嘘だな。てめェ、今まさにコックに欲情してんじゃねーか」
「馬鹿言えっ!妙な憶測を口にすんじゃねェっ!!」
「俺はてめェの未来だぞ?憶測じゃなく、《知って》んだよ。アラバスタを出た頃なら、もうコックが《そういう意味》で気になってしょうがなかった頃だ。初めてコックでおっ勃てたのは、ありゃアラバスタの大浴場で素っ裸を目にしたときだったよな?暫く浴槽から出られなかったくらいだ。その夜はコックをズリネタにして、凄ェ濃いのを5回は出したはずだ。あれから夜のオカズは全部コックじゃねェか」
「……っ!!」
 見る間に若ゾロの顔色が、朱を通り越してどす黒いような赤に染まっていく。照れていると言うより、悪鬼の形相に近い。
「黙ってるってこたァ、図星だな」
「……くそ…っ!…だが、そりゃあ溜まってたからで…」
「アラバスタでか?宮殿内じゃあ英雄と讃えられて、侍女や遊女達が挙って夜這いに来てたってのに、全部断ってマス掻き三昧だったろ。確かにまだコックを愛しているなんて認められやしなかったが、本能じゃコックにハメたいと欲情してたじゃねェか」
 若ゾロが居たたまれないような顔をして口元を手で覆っている。体裁が悪そうにそっぽを向いた顔は、隻眼ゾロが不貞不貞しいだけにえらく可愛く見えた。
「こいつに…俺が、惚れるだと?」
「正確に言やぁ、もう既に惚れちゃいたんだ。だが、コックの方はちっとも脈が無さそうだったし、今までの確執もあったからとにかく認めたくなくて、コックのアラばかり探しちゃあ、勘違いだと思い込もうとしてた頃だな」
 思い出すように隻眼ゾロが苦笑する。
「我ながら、往生際が悪かったよなァ…。あの頃、素直に好きだって言っときゃ、もっと航海を楽しめただろうな。コックだって、もうリトルガーデンの頃にゃ俺に惚れたって自覚してたそうだしな」
 ぎょっとしたように若ゾロの目が見開かれ、サンジの頬にも熱が集中する。そんなことまで知られているなんて…。未来の自分は余程口が軽いのだろうか?
「今現在も、俺に惚れてんのか!?」
「バラティエでミホークにぶった斬られた時にゃ、もう惚れてたそうだ。やっぱり俺と同じで勘違いだと思い込もうと必死になってたから、顔を合わせりゃツンケンして喧嘩になってたのが、勿体なかったなァ…って、よく二人で笑い合ったもんだ。どっちもどっちだってな」
 若ゾロがサンジを見る目が変わる。驚いたような…けれど、先程までの苛立ちがどこか和らいで、真意を求めるようにこちらを見ている。
 その視線を感じながら、隻眼ゾロが優しく囁きかけてきた。
「サンジ…ロロノア・ゾロが好きか?」
 名を呼ばれた。
 それだけで身体の芯がとろとろになるくらいに嬉しくて、嘘など言えなかった。こくんと子どもみたいな所作で素直に頷くと、ぽろぽろと涙を零しながら囁いた。鼻を啜りながらの言葉は酷く濁音になってしまって、えらくみっともない。
「…ずぎだ」
 若ゾロの目が、驚愕に見開かれる。
 本当にこのゾロと想いを通じ合わせる日が来るのだろうか?ひょっとして隻眼ゾロと若ゾロの辿る運命はこれからが違っていて、こいつがサンジに惚れる日など来ないのではないだろうか?
『嫌だ…』
 隻眼ゾロはサンジに惚れていると言ってくれるけれど、今まで傍にいたゾロがサンジを嫌うのならば、やはり耐えがたい苦しみを感じる。幾ら欲情しているとは言っても、他の奴のお手つきになったら余計に嫌悪するかも知れない。
 隻眼ゾロの拘束を解けないサンジは、プライドを棄てて懇願した。
「…頼む。ゾロの前で、俺を弄るな…。ゾロに軽蔑されたら、生きていけない……」
「ふぅん」
 驚くほど思ったままの言葉が出てくると、隻眼ゾロは少し困ったように溜息をつく。よほどサンジを弄りたいらしい。
「おい、昔の俺。こいつを軽蔑するか?」
「…………」
 黙り込んでいる若ゾロが次に何を言うのか怖くて、心臓が張り裂けそうになりながら俯いていたが、恐れていた言葉が叩きつけられることはなかった。代わりに訪れたのは、濡れた頬を包む込む熱い掌と、涙を舐めあげる舌だった。
 ぺろんと伝う舌が若ゾロのものなのだと分かった途端に、どぅっと新しい涙が溢れてくる。
「泣くな」
「止まら…ねェ。ゴメン…」
「謝んなよ。調子狂うぜ」
 ぺろぺろと頬を舐められる度に、ふつふつと幸せが込みあげてくる。若ゾロが…今まで背中合わせに戦ってきたロロノア・ゾロが、サンジを拒絶しなかった。それが嬉しくて堪らずに潤んだ瞳で見つめると、頬を包む大きな手に懐くように擦り寄っていく。
「俺も、惚れてる」
 サンジと共に生きてきたゾロが、観念したように呟いた。
「…っ!」
「たとえ未来の自分でも、てめェに触れてると思うだけで脳が灼き切れそうになんのは、そういうことなんだろ」
 苦笑しながら諦めたような顔をして、若ゾロがゴツンと額をぶつけてくる。それが幸せで、サンジはおずおずと唇を寄せていく。ゾロもぺろりと唇を舐めると、そろりと伺うように舌を差し入れてきた。
「ん…」
 ゾロの舌が、サンジの咥内にある。
 そう認識するだけでくらくらと脳髄の中心が熔けるようだ。最初は試すがめすという感じだった舌遣いも次第に大胆になってきて、互いの舌を絡めたり、柔らかな頬肉の内側や締まった歯肉を舌先で撫でつけ、確かめるようにありとあらゆる場所を味わっていく。気が付けば口角からはとろりと唾液が滴り落ちていったが、それは背後から伝う隻眼ゾロの舌で舐めとられていた。
「ん…んんっ!?」
 舌は唾液を舐め取るだけで止まるなんてことはなかった。シャツが完全にはだけられて、剥き出しになった肩甲骨にカシリと歯が立てられる。
「ちょ…あんた、コックの肌になに歯形なんか残してんだっ!?」
「あ?恩人に向かってどういう口の利き方だそりゃあ」
 嫉妬に駆られて難癖をつけてきた若ゾロを、隻眼ゾロが急に気迫を込めて睨み返す。微かに怯んだような若ゾロの表情以上に、背後から伝わる猛獣のような気配がサンジを慄然とさせた。
 実力が、違いすぎる。
 2年の間に一体何があったものやら、時として大型犬のように甘えてみせる隻眼ゾロの本性は、恐るべき力を持った剣士に他ならないらしい。今のゾロが本気で隻眼ゾロと戦っても、鷹の目と戦ったときのように明確な決着を見ることになるだろう。勿論、過去の自分を消しては隻眼ゾロの存在も危ぶまれるだろうが、生意気な鼻面を叩き潰すくらいはしそうだ。
「てめェはこれから毎晩コックと楽しめんだろうが。勝手に気付くまで待ってたら、てめェらあと数ヶ月は手コキだけで済ませるトコだったんだぞ?恩人にちっとくらいサービスしろ」
「そ…そうはいくかっ!俺らは今夜が初めてなんだぞ?」
「まーな。そんなら、下の口にチンポを突っ込むのは遠慮しといてやる。だから、上の口に銜えさせるくらいは我慢しろ」
 勝手に賃貸契約を交わされているサンジは、言われている意味がよく分からなくて不安そうに小首を傾げる。
「下の口…?」
「おー。そういやてめェ、俺とヤるまでは処女な上にチェリーだったな。ケツ穴には挿れないどいてやるってこった」
「ひ…っ!」
 言うなり《チュク》っと人差し指を一節突き入れられると、隻眼ゾロの膝の上でビクンっと身体を弾ませてしまう。ストレートパンツを奪われた下肢はあまりにも無防備で、シャツの合間に差し入れられた浅黒い腕に、若ゾロの喉もゴクリと鳴った。くにくにと蠢く指は独立した生き物のようで、ローションで濡らしているのかぬるついた感触を伝える。
 ローションの滑りを借りてずるりと侵入してくる指の、剣ダコや爪の形までがはっきりと分かるようだ。
「俺ァ、コックのイイとこをもう色々と知ってるぜ?」
 その言葉を証明するように、迷いのない指は肉壁の一部をコリっと引っ掻く。何てことのない様な刺激の筈なのに、サンジの下腹には言いしれない刺激が広がって、あまりの悦楽に仰け反ってしまった。
「男の身体は俺らが今まで抱いてきたような娼婦共とは違う。幾ら感度の高いコックでも、ポイントを突かねェと痛かったり気持ち悪ィ思いをさせることになる。俺も初回は要領を得なかったからな。コックのケツを血まみれにしちまった」
 こんな場所が血染めにされては堪らない。一体どんな無体を働かれたのかと背筋が凍るが、それを解すように指はずるりと入り込み、とうとう付け根部分までをずっぷりと呑み込まされた。それでも痛みは無いから、やはりサンジの身体は隅々まで隻眼ゾロに把握されているのだろう。
「どうだ?俺のエロコック講習会に参加してみるか?」
「ち…っ、しょうがねェな」
サンジがとろけ始めているのは若ゾロにも理解できたらしい。隻眼ゾロの申し出に、悔しそうに舌打ちする。
「契約成立…だな」
 ニヤリと嗤った隻眼ゾロが、驚いて口もきけないサンジの脚を大きく開いて若ゾロの前に見せつけると、悪戯な声音で誘いかけてくる。
「おい、シャツを捲ってみな。良いモンが見られるぜ」
 若ゾロの端正な顔が真っ直ぐにシャツの裾野へと集中して、白い腿が薄桃色に上気するのが分かった。居たたまれなくて硬く目を閉じて横を向くのに、焼け付くような視線が痛いほど突き刺さるのが感じられた。
 そっとシャツに手が伸びて、ゆっくりとあげられていく。たわんでいた布地の下にあったのは、既に腹を打つほど勃起して先走りを滴らせている花茎と、男の太い指を銜え込んだケツ孔だった。
 ゴク…っと若ゾロが唾液を呑み込む音が、やけに明瞭に伝わってくる。
『ゾロが俺を見て、欲情してる』
 そう思うだけではしたない花茎はぷくりと雫を浮かべて、嬉しそうに鈴口を濡らし、ケツ孔はきゅうぅ〜っと指を締め上げて、その形を明瞭に感じ取ってしまうのだった。




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