ぞろぞろさんぴー -1-


何処からかハミングが聞こえる。
 夜の静寂にひっそりと甘い音が響くのに、惹き寄せられるようにしてゾロは目を醒ました。
 醒ました…と、さて言っていいものかどうか自分でもよく分からない。夕涼みのつもりで甲板に腰を降ろしていたら、どうやらすっかり寝入っていたらしく、まだ頭がぼうっとする。いつの間にやらキンと冷えた大気の中、漣が船腹に当たる音と、ハミングだけが夜の大気を揺らしていた。
 気が付くと、鼻がツンとかじかんでいる。はて、こんなに冷える気候帯だったろうか?夕食時には生暖かいくらいだったのに、グランドラインの気候は相変わらず無茶苦茶だ。
 夜空には月が掛かっているが、鋭利な輪郭のそれはあまり明るくはなく、薄雲に覆われて星明かりもあてにはならない。辺りはとろりと薄墨を溶かしたような闇に包まれていたから、ただ一点だけ《ぽうっ》と灯った卵色の光がえらく目立った。キッチンの丸窓から、たった一つきりつけた洋燈の明かりが漏れているのだ。
 ハミングの音色と懐かしいその場所とが、ゾロの脳内でカチリと噛み合った。
 《あそこは暖かくてイイ場所》という刷り込みがされているのか、全く違和感などかんじなかった。
 その為か、TS(サウザンド・サニー)号では航行エネルギーを電気に転換できる装置のおかげで、夜中でも結構明るかったことなどすっかり忘れていた。何の疑問も抱くことなくキッチンに進んでいくゾロは、多分このような注意力だから常に迷子になるのだと未だに自覚はしていない。
『コックの鼻歌か』
 《コック》…通常は職業名を指すその名詞が、何時の頃からかゾロにとっては何よりも大切な言葉になった。彼にとってのコックとは7700万ベリーの賞金首《黒足のサンジ》に他ならず、その他の職業コックは《料理人》という扱いになっている。
 コックという言葉を口にしたり頭に浮き上がらせると、自然に胸の奥には暖かいものが満ちてきて、くすぐったいような…弾むような心地になる。クルクルとよく動く細い身体や、同じくらいクルクルとよく変わる賑やかな表情が万華鏡のように脳裏を占めて、思わず頬がにやついてしまう。
 ほんの数ヶ月前まではこうではなかった。2年は、あまりにも長かった。あの頃味わった離別の寂しさ、苦しさを思い返すと、今でも神経の裏側をザリっと鑢掛けされるような心地になる。
『必要な期間だったこたァ、重々分かっちゃいるがな』
 シャボンディ諸島で真っ先にバーソロミュー・くまに飛ばされたゾロは、その後仲間達がどうなったのか何一つ知らないままクライガナ島シッケアール王国跡地へと投げ出された。偶然なのか必然なのか、この地に鷹の目のミホークが居を構えていたにも関わらず、傷だらけの身体でただ焦るゾロは歯牙にも掛けられなかった。
 その後ルフィが仲間達に向けて送ったメッセージを受け取り、一味の結集が《3日後》から《2年後》に変わったことで、《今のままじゃダメだ。強くなきゃ、なにも護れない》という、悲痛なまでの叫びを聞いた気がした。
 それからはもう、形振り構ってなどいられなかった。
 一刻も早く戻りたいという焦りは、一歩でも先に進みたいという祈念に替わり、恥を忍んでミホークに土下座をして指導を仰いだ。
 そんな中、確実に力を付けていく肉体に一定の満足は感じながらも、満たされない思いと不安は常にあった。特に、くたくたに疲れて横になったものの、精神が高ぶって寝付けないときなどは最悪だった。《コック…てめェ、どこでどうしていやがる》それを想う度に、別れ際のあの男の顔と声が浮かんできた。
 《ゾロ…っ!》…と、くまに飛ばされた瞬間にコックは叫んでいた。
 その声は、まるで魂がよじれる音のようだった。
 コックと想いが通じ合ったのはロビン奪還に成功し、ウォーター・セブンでまったりしていた頃だった。寝物語に聞いた話では、コックの方は初めて会った時からずっとゾロのことが気になってしょうがなくて、リトルガーデンでゾロが両足を斬り落とそうとした頃、愛していると自覚したらしい。
 《腹が立つくらい、好きになってるって気づいちまった》と言ったコックの顔が、苦虫を噛みつぶしたような表情だったのを今でも鮮明に覚えている。腹巻きマリモなんぞに惚れてしまったことが酷く口惜しかったが、それでも愛おしかったのだそうだ。
 初めて抱いたコックは口で言うほど女性経験は無くて、勿論男はゾロが初めてだったから、怯えた身体はどこもかしこも強張っていた。
 普段は斜に構えたあの男が震える手でゾロの背に手を回し、切ないような声で名を呼んだ。触れた場所から…音を受け取った内耳から、魂が震えるのを感じた。
 不安と羞恥も強く感じているだろうに、それを押さえ込んでゾロの名を呼んだのだ。更に消え入りそうな声で《好きだ》と言われたときには、脳内の血管が2、3本は切れたような気がする。愛おし過ぎて、抱き締め殺してしまいそうだった。
 無我夢中で抱いてしまったから相当負担を掛けてしまったはずだが、悲鳴はいつしか嬌声に変わって、甘く乱れる姿はゾロを狂喜させたものだ。
 《チクショー…てめェ、なんだってこんなイイもんを隠し持っていやがった》《心も身体も、極上じゃねェか…っ!》思ったままを口にして荒々しく突き込んでやれば、ぼろぼろと涙を零しているくせに、コックは彼らしい笑みでにやんと笑うと、《おうよ、俺は旨ェだろ?》と耳朶に囁きかけてきた。
 あの日から、何度でもこの身体を好きに出来るのだと思ってゾロは浮かれていたのだけれど、色んな邪魔が入って、結局散り散りになるまでにコックを抱けたのは、その一度きりだけだった。
 離れていた2年の間は、《もーちっと早く言ってくれりゃあ…》と悔しくて堪らなかった。もっと早く恋仲になっていれば、コックの身体が相当こなれるまでセックスを繰り返すことが出来たろう。
 だから約束の2年が経った時、ゾロは恥を忍んであのホロホロ女に頼み込み、道案内をさせたのだ。一刻も早くコックに会って、その存在を確かめたかったからだ。予想外に遅くやってきたコックを捕獲すると、その脚で有無を言わさず連れ込み宿に向かった。相変わらず素直ではないコックは盛んに減らず口を叩いていたけれど、二人きりになってキスをしたらもう堪えきれなくなったらしく、自ら服を脱いでゾロを求めた。
 髭が濃くなって髪が少し伸びた以外は一見肉体的変化は無かったが、鍛え抜かれた肉体からはますます余分な脂肪が削ぎ落とされていて、しなやかに反る姿はえもいえぬ色香を放っていた。2年の間はコックもセックス断ちを余儀なくされていたらしいが、その分、妄想とオナニーは頑張って(?)いたようで、ゾロを想って解したというケツ孔はとろけるように甘美だった。
 成熟した男の身体を貪るように抱く日々は、大変充実している。
 とはいえ…ちょっと残念だったのも事実である。
 初めてまっさらなコックとセックスをした時には、あまりにも硬く閉ざされた蕾を解すのに苦心惨憺しながらも、《これから俺の形に変えてやるんだ》と意欲を燃やしたものだが、その機会は2年の間にコック自身の指と、下品な張り型に奪われてしまった。
 あの性的に幼すぎる身体を、この手で成熟させてやると意欲を燃やしていたというのに…と、何かの拍子に口にしたら、コックに死ぬほど蹴り回された。《こなれすぎた俺じゃあ不満だってのかっ!》と激怒するのはともかくとして、《俺ァ…もう、てめェの好みじゃねェのかよ?》と泣かれた時には本気で困ってしまった。
 全然まったくちっともそういうことではないのだ。色っぽい21歳のエロコックは勿論魅力的で、そっと微笑みかけたり小首を傾げる些細な動作にも、ゾロは完勃ちするくらいに興奮する。ただ、彼をそこまで成熟させたのが自分ではないという事実が悔しいだけなのだ。
 言ってみれば、可愛い盛りの息子と引き離された父親が、成長して凛々しい一人の男となった頃に再会するようなものだ。息子として愛おしいのは勿論だが、成長過程をつぶさに見られなかったことはずっと後悔し続けるだろう?と言ってやったら漸く納得した。息子はともかくとして、ナミのような娘を想定したら泣きそうなくらいに悔しいと実感したらしい。
 ちょっと複雑な心境になったが、視線を泳がせているコックが、どうもゾロの子ども時代を想像して《見られなかったのが惜しい》と言っているらしいので良しとした。
 それから何度も求め合って、熟れた身体を味わう日々を楽しんだ。感じやすいポイントを幾つも見つけ出し、コック自身も知らないイイところを探っていったから、今では性器に直接触ることなく乳首や首筋への愛撫だけで射精させる自信がある。
 コックは遊ばれているみたいで嫌だと抵抗したりするが、余裕を無くして涙を零したりするのが可愛くて、《怒らせる直前》という匙加減で追い詰める。怒られそうになったらちょっとふて腐れたような顔で、《てめェのイイ顔が見てェんだ。ダメか?》と言ってやると大抵許してくれるのだ。
 ユルくて甘い愛しのコックは、今夜も旨みに溢れていることだろう。
 『さァーて、今夜はどう責めてやっか』
 辺りには仲間が起きている気配はないから、忍んでいけばきっと魅惑的な笑みを浮かべて自らシャツをはだけ、下着を降ろしてくれることだろう。殊更ゾロを焦らすようにゆっくりとボタンに手を掛け、淫らな眼差しを送りながらピンク色の唇を舐める姿を想像するだけで、ゾロの逸物は先走りを滲ませて勃起するし、咥内には唾液が溢れてくる。
 だが、ちょっとした悪戯心で気配は消してみた。至近距離まで寄れば大体気付かれてしまうのだれど、コックはごく稀に油断している時がある。新しいレシピ作りに夢中になっていて、周囲の気配に疎くなっている時などがそうだ。背後から急に抱きしめてキスをしてやると、昔のように素の顔で吃驚する。ひどく子どもっぽいその表情が、ゾロの密かなお気に入りであった。
 音もなく扉を開けて、影のようにひっそりと忍び寄っていく。
 気配を消すことと、コックの痴態を想像することに集中しきっていたゾロは、この段階に至ってもまだ気付いては居なかった。
 自分がいるそのキッチンが、大きく使い勝手の良いSS号のそれではなく、懐かしい羊船…GM(ゴーイング・メリー)号のものなのだということに。
『珍しく油断しきってやがる』
 背後に立っても全く気付かず、コックはハミングを奏でながら楽しそうにパン生地を仕込んでいる。
 まだゾロがコックの思いには気付かずにいた頃、深夜に一人きりで作業していても苦にならないのは何故かと聞いたら、《お前らが旨そうに喰う姿を想像してると、楽しいんだよ》と答えた。
 《じゃあ俺が傍にいて、てめェが作ってんのを見てても同じくらい楽しめるか?》そう聞いたら、コックは吃驚したように目を見開いて、そして…滑らかな頬を上気させて言ったのだ。
 《そうだな…まァ、賑やかしくらいにはなるかな?》
…ああ、あの時どうしてはにかむような微笑みの意味を理解しなかったのだろうか?コックは全身でゾロのことを好きだと叫んでいたのに。
『もう、寂しい想いなんかさせねェ…っ!』
 心に誓いながらコックを背後から抱きしめてやると、今夜は本当に油断しきっていたらしい。咄嗟に蹴りを放つこともなく易々と腕の中に収まった上、吃驚しすぎて声も出ない様子だった。何やら仔猫を捕獲したような気分だ。ピィンと立ち上がった尻尾や、逆立った毛並みが見えるようだ。
「…っ!」
 キスをしようと顎を捕らえたところで、ようやくゾロは異変に気付いた。
 男にしては華奢なラインを描く顎にはぽわぽわとした髭が生えていたけれど、そのエリアが随分と小さい。明るい陽射しの下なら、見逃してしまうくらいにささやかなものでしかない。それに、どうしたものか髪の分け目が2年前に戻っている。ぱちくりと大きく開かれた瞳は意外と大きく、淡い洋燈の光に照らされて綺麗なブルーグレーを呈している。
 ころんとした丸い髪型も夕食の時より随分と短くなって、まるで2年前に戻ったみたいだ。
 顎を掴んで無理矢理振り向かせても、コックはカチンと固まったままだった。いつもならどんなに不意を突かれても一瞬のことで、すぐに不敵な表情に戻ってしまうというのに、これはどうしたことだろう?
『えらく…可愛いじゃねェか』
 悪戯に耳朶の後ろをそろりと撫でてやれば、感じやすい場所ゆえビクンっと身を弾ませる。反射的に青いストライプシャツに包まれた胸板が反らされるから、すかさず一対の尖りを指先で擦った。そういえば、このシャツも随分と懐かしい柄のような気がする。同じものを買い直したのだろうか?
「…んゃあっ!」
「はは。てめェ、今日は随分と素直に声出しやがるな」
 耳殻をつるりと舌先でなぞってやれば、その刺激にも弱いコックは頬を真っ赤にして瞳を潤ませる。先ほどあげた声がよほど恥ずかしかったのか、小麦粉の絡む手で口元を覆うから、顔の一部がぱふんと白くなる。その様子がまた可愛らしくて、べろりと獣のような動作で舐めあげて遣った。
「つか、相変わらず耳の後ろ弱ェよな。乳首即勃ちじゃねェか」
「んんん〜っ!!」
 つんと痼ってきた乳首を二指で摘んでやると、甘い痺れが奔ったのか身を捩らせて嬌声をあげる。
「な…な、畜生…なんで……っ…」
 そんな自分が信じられないという顔をして嫌々をしてみせるコックに、ゾロの相好はもう崩れっぱなしだ。
「今夜はそういうプレイ希望か?エロコック。くく…良いぜ、乗ってやるよ。いつもの色っぽいてめェもイイが、昔みてェに慌てふためくてめェも良いモンだな」
 きゅっ…きゅっとリズミカルに乳首を弄り、その間に首筋を舐めあげながら、ここ数ヶ月で発見した《イイところ》を丁寧に愛撫していく。ネクタイを銜えて引き抜き、ボタンを二つばかり噛み千切って胸元へと舌を這わせ、鎖骨の内端にかしりと犬歯を立ててやる。そのまま痛いくらいに吸い上げてやると、ぽうっと花弁のような痕がついた。
『相変わらず気持ちイイ肌してやがる』
 その質感にうっとりとしながら更にシャツをはだけると、ぺろぺろと肩口を舐めたり、骨張った肩にも歯を立ててやったら、見事に大きな歯形がついたので満足げにニヤつく。
「ゃ…やだ、や…てめっ…な、なにっ!?」
 怯えながらうっすらと開けた唇は、淡いピンク色。
 奥に潜む舌の甘さや、並びの良い歯列の感触は幾度も味わってきたはずなのに、どうしてか今夜はそれがとても初々しく感じられて、ゴクリと喉を鳴らす。
「堪んねェ…オイオイ、このエロコックめ!そんな風に煽っと、腰が立たなくなるくらいに犯りたくなんじゃねーか」
「な…な…っ!」
 コックは相変わらず陸に上がった魚のように口を開閉させて、どこか怯えさえ含ませる。その様子に小首を傾げていると、コックは急に我に返ったみたいにゾロの頬へと両手を伸ばした。
「ゾロ…っ!て、てめェ…目をどうしたんだよっ!?」
「あ?今更ナニ言ってやがる。こないだ説明したろうが」
「聞いてねェよっ!つか、あれ…なんでこんな大傷がもう塞がってんの?」
「知らねェよ」
 負傷してから一年も経てばそれは塞がるだろうに。
 コックは更にゾロの身体を撫でたり叩いたりして、不思議そうな顔をしている。
「それになんか…身体、大きくなってねェ?腹巻きはいつも通りだが、このズルズルしたコートとか何処で手に入れた?髪だってちょっと伸びたか?てめェ…一口で何年も歳をとる変な実とか拾い喰いしてねーだろうなっ!?」
「ナニ妙なことを言ってやがる」
 どうもおかしい。
 なにやら会話が噛み合わない。
  それは分かるが、なにせ目の前のコックはあまりにも旨そうだ。頬を上気させてぷるぷる震える姿なんて、最近ではかなり驚かせないと見られない代物だ。
「何だか知らねェが、とにかく一発やらせろ。今日のてめェは妙に初々しいからよ、俺のココはさっきから爆発しそうになってやがる」
「…ひ…っ!」
 腰を引き寄せてゴリュっと股間のテントを押しつけてやれば、生々しい感触にコックの喉が鳴る。プレイとしての計算なのかも知れないが、怯えた仔兎みたいな風情にどうしても嗜虐心が涌いた。
 「堪んねェ…このままひん剥いて、ちょっと乱暴に突っ込んでも大丈夫か?ああ、ちゃんとオイルは塗ってやっからよ」
 こんなこともあろうかと、腹巻きの中にはコックの粘膜に合うローションを常備している。安心させるように笑顔で揺らめかせてやったのだが、コックは顔面蒼白になって硬直してしまった。
「突っ込むって…ど、こに…?」
「あ?なんだ、てめェ…普段は自分が言わされてるモンだから仕返しのつもりか?別に俺ァ恥ずかしがってモジモジなんかしねーぞ?てめェのケツ孔に決まってんだろ?」
 蒼くなったり紅くなったりを交互に繰り返しているコックは、もう一歩で呼吸困難に陥りそうな勢いだ。演技にしては妙に真に迫りすぎている気もするが、意外と演技派でクロコダイルを引っかけたこともあるくらいだから、実は《千の仮面》を持つ男なのかも知れない。
「ケツ…て、なんでっ!?そんな…汚ねェ…」
「今さらナニ言ってやがる。てめェの身体に汚いトコなんかあるもんか。特に、ケツ孔のことを悪く言うモンじゃねェ…てめェのは最高だ!」
 ドぉンっ!
 気迫を込めて言うと、コックは押し切られたようにケツ孔の話題からは離れたが、それでも納得いかない様子だ。
「…つか、なんで、なんでっ!?お…俺、分かってんのか?俺だぞ?いつもアホコックとかエロコックとしか呼ばねェ、てめーの嫌いな…サンジだぞっ!?」
 《嫌い》という言葉に、自分で言って傷ついたような顔をする。ひょっとして夕食の席で些細な言い争いをしたから、そのことを根に持っているのだろうか?時々考えすぎてゾロの愛情を疑いやがるのだ、こいつは。
 もしかすると、こんな風に2年前と同じような格好をしているのもその一環かも知れない。思い出話に華が咲いた折に、ウソップが《2年前の俺達って、やっぱ写真とかで見ると子どもっぽいよなァ〜。ちょっと大人に見えてたゾロやサンジだって、今見ると可愛いなんて思っちゃうぜ》と余裕の発言をしていたから、ゾロも懐かしそうに写真を覗き込んで、《確かにな》と呟いていた。自然と瞳はやわらかく綻んで、愛おしそうに若いコックの写真を眺めていたように思う。
 そのせいで、以前揉めた時のように《今の俺はゾロの好みじゃない》なんて悩んでいたのかも知れない。全くアホアヒルというやつは、放っておくと何を考えるか分からないものだ。
 まあ…そんなところも魅力的だなんて感じるくらいに、ゾロはコックに溺れていた。
「寝ぼけてんのか?酔ってんのかっ!?」
「バーカ。寝ぼけても酔ってもねェ。たとえそうだったとしても、惚れた相手くらい間違えるかってんだ」
「ほ……っ!?」
 流石に少し照れながらも、寂しがり屋な恋人が確かな言葉を求めてくることはたまにあるから、珍しく素直な気持ちを口にしてやる。途端にコックの頬は見る間に上気して、色の白い首筋から胸元までがピンク色に染まってしまう。その様があんまり綺麗だったので、我ながら甘い眼差しを浮かべていた。
「サンジ…愛してるぜ?」
 精一杯想いを込めて囁いてやれば、流石にコックの奴も満更でもないという顔をして微笑むかと思ったのだが、予想に反して硬直したコックは、急にボロボロと涙を零し始めた。手を伸ばして金色の髪や頬を撫でてやったら、ちいさな頭部はいつものようにすっぽりとゾロの掌の中に収まって、それがとても心地よい。涙は流しているが、それは嫌悪などではなく、歓喜なのだということがコックの《気》からひしひしと伝わってきた。
 そうか、コックはこんなにもゾロを求めているのか。《じぃん…》と胸の奥が熱くなる。
 ついでに股間もヒートアップする。(←身体も素直)
「てめ…それ、本気で言ってんのか!?」
「天地天命にかけて、本気だ。てめェはこの俺が…ロロノア・ゾロが惚れた唯一人の男だ。サンジ…」
「ぅ…」
 顔をくしゃくしゃにして泣く顔のなんと可愛らしいことだろう?滅多に言わない愛の言葉を、臆面もなく吐いてみて良かった。あの苦しかった2年を越えて、ゾロだって色々と成長したのだ。時にはこうして、手放しに恋人を甘やかせてやるのも良いものだ。
 後でたっぷりとサービスして貰えることだし。(←ちゃっかり私利私欲)
「初めて…呼んだな。俺の、名前…」
 感極まったように唇を震わせてそんなことを言うから、潤んだ蒼瞳の美しさを愛でつつも、《ん?》とゾロは首を傾げた。
「初めてじゃねェだろ。抱くたびに呼んでるじゃねェか」
「抱くたびって…。ゾロ、てめェ…俺のこと抱くの想像して呼んでたわけ?」
「んな訳あるか。最初に抱いた時からだ」
 コックもきょとんとして涙に濡れた瞳を見開いているが、どうせグランドラインの不思議現象か何かが起因しているのだろう。ひょっとすると、コックだけは本当に2年前の記憶しか持っていないのかも知れない。だとしたら、今度こそ身体の芯まで染め上げるくらいに一から十までゾロの色を沁ませてやろう。
 精神的には初々しくて身体が熟れているなんて、なんとも好都合だ。
 極めてゾロ本位の都合ではあるが。
「あ〜…御託はもう良いっ!いい加減腹ァ括れっ!辛抱ならねェから、もうこのままヤっちまうぞっ!!」
「わーっっ!!た、たんまたんまーっっ!心の準備がァ〜っ!!」
「そんなもん、ヤってる間に何とかなるから安心しろっ!!」
 あくまで抵抗してくるのが新鮮で、思わず興奮し過ぎたゾロはビリビリとコックのシャツを引き裂いて、キッチンの床に押し倒してしまった。コックは緊張と羞恥で身を強張らせたが、構わずねじ伏せて脚を割ると、そのままバックルも引きちぎってしまう。
「や…ゃだっ!やめろって…ゾロっ!」
「俺のこと、好きじゃねェのか?」
 この2年で習得した、《拗ねた大型犬の顔》をしてみせると効果覿面だった。いつもの会話ターンであれば蹴りが飛んでくるようなことをしても、コックは困ったみたいに眉を寄せながら抵抗の意志を失ってしまう。男としてのプライドよりも、ゾロを哀しませることを嫌がるからだ。《どうしてくれようか》と頭の後ろがチリチリするくらいに可愛い。このまま頭からムシャムシャと喰ってやりたいような気分だ。
「……好き……だ」
「ならいいじゃねェか。良いから俺に全部任せとけ。てめェはただ、感じてろ」
 拗ね顔を削ぎ落としてニヤリと嗤うと、安心させるようにサンジの頬を撫でてから、ゾロはそのまま行為を続けようとする。身体にピッタリとした細身のストレートパンツ越しに尻肉を鷲掴みにすると、一際大きな悲鳴が上がった。
「わーーーーーーっ!!!」
 その叫びに呼応するように、突然キッチンの扉が吹き飛ばされた。勢いよく開けすぎて、蝶番の一つは完全にいかれてしまっている。
「コックにナニしてやがる…っ!!てめェ、何もんだ……っ!!」
 そう叫んだ男の顔を認識した瞬間、やっとゾロは自分の勘違いに気付いた。
 おかしいのはコックではなく、おそらく自分の方だ。
 何故なら…破損した扉を背景に、憤怒の表情を浮かべた若虎のような男はまさに2年前の自分自身に他ならなかったからだ。



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