迷子 <千堂様>
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「わぁ・・・っ」
若干くたびれた様子だった子供は、お目当てだった着ぐるみを見つけて目を輝かせて歓声を上げた。
「おい、父親が先――っつっても無駄だよな・・・。暴れんな、落ちるだろ」
駆け寄りたいという意思の表れか、身を乗り出して手を上げるのでバランスを崩しそうで危なっかしくてしょうがない。
「これだからガキは・・・」
文句を言いつつも見やすいように移動してやるのだからゾロも案外人が良い。
予想外だったのは、真っ白のもこもこコートを着て抱き上げられた子供がやたらと目立ってしまったらしく、群がる子供に愛想を振りまいていたシロクマの着ぐるみが
きらっきらに顔を輝かせて見ている"サンチャ"の方へ、ひょこひょこと戯けた足取りで歩いてきた事だった。
「・・・っ!・・・っ!」
こんなに間近で見たのは初めての子供は、はうはうと興奮で呼吸も荒く言葉にならない。
真っ赤なほっぺたで意味不明の言葉を漏らして 痛いくらいにゾロの肩を掴んでいた子供は、ベポの差し出した手と握手をし、あまつさえ頭を撫でられて、零れ落ちそうなほど大きな目が興奮でうるうると潤んで輝いていた。
抱えているのが不機嫌そうな目付きの悪い兄ちゃんでなければ非常に心温まる微笑ましい光景だったことだろう。
中の人が思わず 「いい子でね」 と挨拶の言葉を漏らしてしまったくらい、着ぐるみに感激する子供は愛らしかった。
惜しむらくは ベポの中の人の声が予想外に低いハスキーなものだったが、初めて会ったシロクマに興奮する子供は気にしなかった。
(いや、本当は喋らねぇ前提だろうが)
頭の中でツッコミを入れていたゾロの腕に収まって、さんちゃは ほわぁとのぼせたような笑みを浮かべてゾロに凭れ掛かった。
「さんちゃ、いいこになゆ」
すっかり心を鷲掴みにされらしく、めろめろで呟く様に笑ってしまう。
「おう。それじゃ、ちゃんとパパを探すんだぞ」
うまく子供の気を向けるのに丁度良い流れで話を振りながら、だがこんなに目立っていたはずの自分達に
声が掛からないくらいだからやはりこの会場には父親はいないのだろうと内心溜息を吐く。
大好きなシロクマに言われたこともあって、きょろきょろと駅前に集まる人達の間をゾロに連れられて探したサンチャも、最後には「ぱぱ、ない・・・」としょんぼりと言った
「そうだな・・・こんだけ見て回ったんだ。向こうが探してたら直ぐに見つけるはずだしな」
しょーがねぇ。さっきあれだけ目立ってしまったからには会場の警備員に預けるのは無理だろう。駅前の警察署に
引き渡すしかねぇか。
抱えた子供を見れば しゅんとしょげた顔がゾロを見る。
「パパはここには居ないみたいだから警察に探してもらおう」
パパの方でも探していたら連絡が入っているはずだからと教えながら"駅前の駐在所"に足を運んだゾロは、そこでようやく抱えていた子供を腕から下ろした。
降りた途端、自分に向かって伸ばされたサンチャの手を思わず握り返してから ハッと我に返る。
何ナチュラルに子供の手を引いてんだと自分にツッコミを入れるも、しっかりと握られた手を離すことも出来ない。
案の定、駐在所で 「迷子だ」 と告げると そこにいた駐在員に不思議そうな顔をされた。
「道に迷ったんですか?」
「そうじゃねぇ、このガキが迷子なんだ」
やっぱり 関係者に見えるよなぁと思いながら言葉を足す。
どうやらこの駐在員も先程のイベントを覗き見ていたようで、ゾロ達が初対面の間柄だとは思えなかったようだ。
「見つけた場所はここから少し行った歩道でだ。辺りには人影も無かったから、このイベントに来る予定だったと言うんで
もしかしたらそこに父親が居るかもしれないから連れてきた」
ここで漸く 見ず知らずの他人だと分かってくれたらしい。
それでも、まだ若い駐在員は俄には信じ切れないらしく、わざわざ念押ししてきた。
「本当に? だってこんなに馴染んでるのに?」
「うるせぇな。初対面だっつってんだろ。いいから迷子の届けが出てねぇか調べろ」
いつもの癖の命令口調に ムッとしながらも取り敢えずは仕事に取り掛かったのを横目に勝手に椅子へと子供を座らせる。
「今 調べてるから少し待ってろ」
不安そうな顔でゾロ達の遣り取りを見ていたサンチャは、そう言われて こくんと大人しく頷いた。
先程のまでの元気な顔と違って、駐在所の雰囲気に気後れしているようだ。
その証拠に、しっかりと握ったゾロの手は 簡単には離れそうになかった。
(おい、最悪、ここに置いていくつもりなんだぞ?)
俺じゃなくて面倒みてくれる奴に懐けよと思ってみても、サンチャはすっかりゾロを頼りに思っているようで駐在員には目もくれない。
状況が分かっていないなりに緊張の面持ちの子供は、それでも"いい子"でいる為にきちんと膝を揃えて椅子に座っている。
「今、てめえを探している人がいないか調べてもらってるんだ」
"迷子"という言葉は避けた。 不安を煽って泣き出されるのも困る。
こくりと頷いたサンチャは 不安を消す為か ゾロのシャツの袖口をきゅっと握ってきた。
服が伸びんだよと思いながらも好きなようにさせておく。
きっと いっぱいいっぱいだろう。あれもこれもと禁じるのは可哀想だ。
「今のところ、問い合わせは届いてませんね。さっきはぐれたところなら まだ近くを探していて届けを出すどころじゃないのかもしれない」
電話を終えた駐在員の説明を聞いている横で、サンチャが要領を得ない顔でゾロを見た。
届けだとか、子供には理解出来ない単語なのだろう。
「この近辺ではぐれたならそのうち問い合わせも来るでしょう。とりあえずこの子はここで預かります」
後でまた何か聞く事もあるかもしれませんから念の為 連絡先をと言われる。
こういうので教えておくと後で親から電話が掛かってきたりするんだ、んなもん、いらねぇよ・・・と考える。
だがここでごねて時間を喰うのも面倒だ。
(そもそも俺はこれから出掛けるところで…)
――まぁいいか。とにかくこれで解放されんだ。
そう思って名前と電話番号だけ教える。
「ご協力ありがとう」という簡単な礼の言葉を告げられ、立ち上がったところで、サンチャが 「えっ」という顔をして
ゾロを凝視しているのが視界に入った。
ああ。いくらガキでもきちんと挨拶だけはしないとなと身を屈める。
「おまえのパパはこのおじさんが探してくれる。ここで待っていれば会えるからな」
安心させてやるつもりの言葉でもサンチャの不安そうな顔は変わらなかった。
あとは"じゃあな"と立ち去れば済むだけなのだ。なのに、
(そんな顔をされてちゃ出て行きにくいじゃねぇか)
むぅ、と 睨み合うように互いを見る。
弱ったなと考えているゾロは、端から見れば相当不機嫌そうに見えるはずだ。
だが この子が泣き出しそうにその大きな目を潤ませているのは ゾロが怖いからじゃなく、置いていかれるのが
嫌だからで、それでも "いいこになる"というベポとの誓いを守って我が侭を言えないで我慢しているらしい。
「・・・あー、そう・・・だな」
言葉を濁しながら、視線を上にあげ 空中を見る。
ああ、先に視線を逸らしちまった時点で既に負けてるじゃねぇか。
そう思ってしまったら、あとはもう流れに逆らっても無駄なのだ。
「分かったよ。 今から探しに戻ろう。・・・親から連絡があればさっきの携帯に連絡をくれ」
後半はサンチャにじゃなく駐在員に向けての言葉で、如何にも面倒事の嫌いそうな見た目のゾロが折れた事に彼も目を丸くしている
「返事。」
「あっ!あ、はい。分かりました」
遅れて返事を返す相手は放置して、子供に手を差し伸べる。
信じられないような顔をしていたサンチャは、伸ばされたゾロの手に飛び込んで来た。
「ごめんなさい」
抱き上げるゾロにしがみつきながら言ったサンチャはゾロの肩口に押しつけたまま顔を上げない。
このくらいの子供なら わんわん泣きだしてもおかしくないというのに、やっぱりこの子供は身の程を弁えている。
「それくらい、大した我が侭じゃねぇよ。泣くの我慢してんのか? 偉いな」
ぽんぽんと背中を叩いて褒めてやれば、サンチャは益々しがみつく。
懐かれちまったなぁと苦笑を浮かべながら派出所を出て 元来た道を引き返した。
親が迷子を探して走り回ってるとすれば最初の場所で待っている方が見つけやすいだろう。
復路を辿りながら、駅前を離れる前に気が向いて菓子類や飲み物を購入する。
サンチャの着ている上着は暖かそうだが、長く待つなら退屈するかもしれない
「トイレは大丈夫か? ここのを借りて行くか」
店のトイレを借りて済ませ、もう一度抱かれての移動もサンチャは素直にゾロに従っている。
父親の不在による不安も ゾロがついていることでかなり緩和されているらしい。
道すがら 人捜し顔の人間はいないかと注意してはいたが、そういう人には行き会う事なく、結局最初にサンチャに捕まった場所まで戻って来てしまった。
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