迷子 <千堂様>
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"疑問なんて調べれば調べるほど次の疑問にぶつかるもんだ"
・・・というのが信条のゾロは移動中も自分の疑問を解決すべく調べ物に余念がない。
交通ルールに違反していると分かってはいても気になる事象を発見すると放っておけず、その時も 取り出した携帯でふっと気に掛かった事を検索していた。

「ん?」
wikiから関連サイトに飛んで専門的な分野に手を伸ばそうとしたゾロは 歩いている足に抵抗を感じて視線を送った。
「なんだ、てめえ」
ゾロの長い足の傍に、白いもこもこがくっついている。
一応、"おまえは誰だ"と聞いてやったのだ。
返事がないなら相手にしないと 足を前に動かすと、ゾロのジーンズを掴んだ小さな両手がそのままくっついてきた。
・・・若干、重い。
が、まぁこれくらいなら歩けないわけじゃないと抵抗に構わず歩き始めたら、短い足を必死で動かしてちょこちょこ
着いて来たもこもこがコンパスの差に負けてズザッと足を滑らせた。
(それでも手を離さなかった根性は認めてやってもいいが)
転んだもこもこの全体重を受けた左足が邪魔っ気ではあったが、ここで派手に泣かれるよりはマシだろう。
「離せ、歩きにくい」
ゾロの足に掴まって よじよじと姿勢を立て直したもこもこは却ってぎゅぅとゾロの足に掴まってきた。
(・・・参ったな。子供の扱いなんざ知らねぇぞ)
だいたい、見た目で引かれて普通なら子供がゾロの傍に寄ってくる事はないのだ。
今は緊急事態なのだろう。 何せ、前を見ても後ろを振り返ってもゾロの他に人の姿はない。
背に腹は替えられないと "近寄るな"オーラをガンガンに飛ばしている怖い相手に着いてきたらしい。
「歩きにくい。どうしても掴まるなら足じゃなくて手にしろ」
言われた言葉で もこもこが、がばっと顔を上げた。
(辛うじて泣いてねぇってとこか)
大きな目を更に大きく開いているのは 瞼の重さで涙が零れそうになっているからだろう。
泣けばここに放り出されると分かっているようだからガキの割には多少頭が働くらしい。
こちらの言葉を理解したとみて手を出してみると、どうにか涙を引っ込めたもこもこは素直にゾロの手を持った。

ゾロの手の半分の大きさもない小さな手がぎゅっと手を掴む。
ふくふくと柔らかい指の熱さで子供体温を実感した。
ゾロよりは1〜2度程度高いはずだ。それが、もっと熱く感じるのは泣きそうになっているのを堪えているからだろう。
何の因果でこんなガキの手を引いて歩かなきゃなんねーんだとも思うが身の程を弁えているところに免じて甘んじてやるか。

「おい。 おまえ、名前は」
「・・・さんちゃ」
手を繋いだ事で少し安心したのか、子供はたどたどしい声で名前らしきものを言った。
これで "もこもこ"から名前のあるガキに昇進だ。
「それで。 名前の他に何か覚えてる事はねぇか。なんでもいいから話してみろ、サンチャ(?)」
如何ともしがたい身長差は子供と話すには最適とは言い難い。
結果、足に掴まると重いと言っていたゾロは 目を見て話す為に子供を抱き上げる。
目力が強すぎるとよく言われるゾロの目を、サンチャは真っ直ぐに正面から見返した。
「パパがいないの」
居ない、のところで翠の瞳が じわっと潤む。
泣くんじゃねぇぞと思いながら、迷子の口から話を引き出す為に続きを引き取る
「パパと来たのか。パパだけか? ママはどうした?」
「ママないないの。ずっとない」
「そうか」
質問をまずったかと内心で顔を顰める。
親は離婚しているのか死別かは分からないが どうやらこの子供は父子家庭の子供らしかった。
(それで 年よりはしっかりしてるのかもな)
「今日はどこに行くつもりだったんだ、行ってきた帰りか?」
どっちから来たか分からないとぷるぷると首を振った(自称)サンチャは うーうーと口の中で唸った。
よく見ればぱくぱくと口を動かしている
「おーくあ、見にーくの」
「あ?」
おーくあ? なんだそりゃ。
首を傾げたゾロは思い切り眉間に皺を寄せる。
「・・・ぽ、おーくあの、ぽ」
「ぽ?」
聞き返したゾロに向かってうんうんとサンチャが頷いている。
うまく発音できないのは分かるが、おーくあのぽってのは何の事だ。
「くあの、・・・ぽ」
ますます難しい顔をするゾロに必死で迷子が訴えてくる。
「くあ!くあなの」
「くあ・・・、ああ?もしかして、クマか?」
ゾロの言葉で、ぱぁっと子供の顔が明るくなった。
どうやら翻訳は一部成功したらしい。
「おーくまっつーと、大熊?あー、待てよ」
片手に子供を抱えたまま携帯を取り出す。
クマ、大熊、ぽ、と幾つかの単語を打ち込み検索するのを横から迷子が珍しそうに覗き込んでいる。
子供と顔を近付けて携帯を見るとか、妙な感じだと苦笑しながら検索結果を開いていくと、それらしいものを見つけた。

「これかよ・・・」
ゾロが見つけた画像を子供の前に突き出す。
「・・・ぽ!」
きらきらと目を輝かせたサンチャが指さしたそこには、『シロクマのベポ』の画像が鎮座していた。






そこからは割合簡単に進んだ
調べた結果、駅前の広場で催し物があるらしいと分かる。
この迷子は父親に連れられてそこに行くところだったのだろう。
それならはぐれた子供を探す親が近くにいてもおかしくないのだが、少し歩いてもそれらしい大人は見当たらない。
「しょーがねぇな。会場に行ってみるか」
ここではぐれた子供がイベント会場に居るとは思わないだろうが、万が一を考えて探しに来る事もあるかもしれない。
そこで親と会えなくても会場の警備員に迷子だと渡せばいいだろう。
そのイベントに向かう途中の迷子だから間違いでもねぇだろと勝手に決める。
「ベポに会いに行くか」
液晶画面を嬉しそうに見ていたさサンチャにそういうと、「うんっ!」と元気のいい返事が返ってきた。
確か、駅前には交番があった。イベント側に断られたらそっちに引き渡してもいい。
それで子守から解放だと駅に向かって歩き始めたゾロのTシャツが、ぐいっと引っ張られた。
「あゆく」
さんちゃ、あゆけゆよと子供が主張する。
このまま抱えていくつもりだったゾロが子供の顔を見返すと、サンチャは小さく首を傾げて「おもい?」と聞いた。
思わずぱちぱちと目を瞬かせて抱えた子供を見る。
そういえば、最初に重いから足を離せと言っていた。
この子はそれを覚えているのだろう。
子供の記憶力はなかなか侮れないのだ。
「あー・・・、いいから掴まってろ。おまえはそこからパパを探しとけ」
そこの方がよく見えるだろ?と言うと、迷子は うん、と頷いて辺りを見回した。
「パパ、ないね」
「見つけたら大きな声で呼ぶんだぞ」
「うん」
きゅっとゾロの肩に掴まった子供は一生懸命目を凝らし始める。
与えられた使命をこなそうと必死の子供の姿に小さく笑って、そっと足を進める。
「あんまり必死で目を回すなよ。前は俺が見てるからおまえは後ろを探せ」
「うんっ」
きょろきょろとしないように言い含めた言葉に素直に頷いたサンチャはそれでも必死で見ていたのだろう。
駅前の特設ステージに着く頃にはすっかりくたびれた様子でゾロの腕に収まっていた。


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