ギフト -1- <藍月ひろ様>



 枕元に置いた目覚ましが鳴るのとほぼ同時に飛び起きると、パジャマを脱ぎ捨て用意しておいた服に着替える。
 そして階段を駆け下り、顔を洗ってキッチンに行くと自分の椅子に座り用意されていた朝食を頬張り始めた。
 「おいチビナス、んながっつくんじゃねぇ。」
 眉間に皺を寄せながら注意をするジジイを無視し、食パンを齧りながら牛乳を一口飲みこんだ所で
 外からクラクションの音が聞こえてくる。
 「あっ!もう来た!」
 急いで残りのパンを口の中に詰め込むと、窓に近づき背伸びをして外の様子を伺った。
 そして家の前に止められている目的の車を確認すると、ソファに置いておいた鞄を掴み玄関へと駈け出していく。
 「おいチビナス、遅くなるんじゃねぇぞ!」
 「わかってるよクソジジィ!行ってきまーす!」
 振り返らずに大声で答えると、玄関を勢いよく開け外へ出る。
 そして小走りに車へと近づき中を覗き込むと、運転席に座っているゾロの顔を見つめた。
 「…なにしてんだ、早く乗れよ。」
 少しだけ開いた窓から聞こえるゾロの声。
 「うん!」
 言われるまま車のドアを開け助手席へと座ると、シートベルトの金具を掴み一生懸命下へと引っ張りながら
 「おはよ、ゾロ。」
 と改めて朝の挨拶をする。
 「ああ、おはよう。…さて、と。今日は何処行く?」
 そう聞きながらさり気なく俺が悪戦苦闘しているシートベルトの金具を留め具にセットしてくれた。
 「ありがと。…んーとね…俺、水族館行きてぇ。」
 しっかりと締まったシートベルトを掴み、上機嫌でそう答えると
 「水族館か、わかった。…じゃあ出発だ。」
 そう言って車を発進させた。
 「今日は海岸線から行くか。」
 「うん!」
 答えながら窓の外に目を向けると、海面が太陽の光を受けてキラキラと光っているのが見えた。
 「わーゾロ、見て!凄い綺麗だよ!」
 「…見てって言われてもな…運転中に余所見できねぇだろ。」
 優しく諭すようにそう言われる。
 「あー…そっかー、ゾロにも見てもらいてぇのに…」
 残念そうに呟いた俺に
 「…じゃあ水族館行った帰りにどこかで車止めてやるよ。それなら俺も一緒に海見られるしな。」
 微笑みながらそう提案してくれる。
 「ほんと?ありがとゾロ!」
 また一つ今日の楽しみが増えたと心の中で喜びながら、流れていく景色を見つめ続けた。
 そうして水族館に到着すると、入場券を買って戻ってきたゾロの手を引き館内を歩き出した。
 「なぁなぁゾロ!こっちこっち、早く!」
 「おい、んな走るな。転んでも知らねぇぞ。」
 窘めるように言いながらもゾロはちゃんと俺の後について来てくれる。
 しかしようやく辿り着いた目当てのラッコの水槽の前は沢山の人で溢れ返っていて、暫く中の様子を見る事が出来なそうだった。
 「あー…凄い人だ…これじゃ良く見られないかも…楽しみにしてたのにな…」
 残念そうに小声で呟いた次の瞬間、身体が宙に浮く。
 「わっ!?」
 「…これならよく見えるだろ。」
 そう言ってゾロは俺を肩車するとゆっくり水槽へと近づいてくれる。
 「うん、よく見える!わー可愛いな…!」
 水面に漂いながら餌を頬張るラッコの姿を存分に見る事が出来た。
 「ありがと、ゾロ!」
 御礼を言いながら足元にあるゾロの髪に触れると、その柔らかい感触を楽しむように指先で髪を弄り始める。
 「…おい、なにしてんだ。」
 くすぐったいのか、首を竦めながら告げてくるゾロに
 「ゾロの髪ってほんと緑だよなー。」
 などと返しつつ更に髪を弄り続けた。
 「…お前も綺麗な金髪じゃねぇか。」
 「へへっ、よく言われるよ!」
 髪を「綺麗」と言われ、何だか嬉しい気持ちが込み上げてくる。
 「おい、ちょっと移動するからしっかり掴まってろよ。」
 「わかった。」
 俺の脚を掴みながらゾロは歩き始めたのだが
 「あ、ねぇゾロ、俺あそこのペンギン見たい!」
 「何処だ。」
 「あっち!」
 右の方を指差しながら目的の水槽を告げるも
 「よし。」
 頷いた後ゾロは左側に向かって歩き始めてしまう。
 「違う、逆!逆だって!」
 慌ててゾロの頭を右側へと向ける。
 「…ああ。」
 「もー、ほんとゾロは方向音痴だなー。それでよく運転出来るよね。」
 半ば呆れながら呟いた。
 「…んな事いいからほら、ペンギンいるぞ。」
 話を逸らすように水槽を指差しながら近づいていく。
 「わ、こいつ等も可愛いなー!」
 「…ああ。」
 そうして一通り館内を周りながら水族館を満喫し終えると
 「腹減ったか?」
 ゾロはそう俺に聞いてくる。
 「うん。あ、ゾロ、あそこ!看板があるよ!レストランは水族館の外にあるみたいだね。」
 「…ああ、じゃあそこで昼飯食うか。」
 水族館を後にすると、目の前にあるレストランに向かい歩き出した。
 時間帯が少しずれているせいか、それほど混んでいなかったのですぐ中に通される。
 椅子に座り、備え付けてあるメニュー表を広げるとそこに載っている色々な料理を眺めた。
 「うわー、どれも美味そうだな…」
 「何でも好きなもん食っていいぞ。」
 「ほんと?やったー!んーっと…何にしようかな…」
 ジジイがレストランを経営しているので、あまり外食というものをした事が無い。
 なので目移りしてしまい中々決められずにいた。
 「んー…どうしよう…」
 「…どれが食いてぇんだ?」
 散々迷っている俺にゾロは優しく問い掛けてくれる。
 「えっとね、このハンバーグとミートソーススパゲティ…あ、こっちのエビフライもいいな…」
 それぞれのメニューを指差しながら答えた俺に、ゾロは
 「…ならこれでいいんじゃねぇか?」
 そう言いながらページを捲ると最後に載っていた品を指差す。
 「お子様ランチ。お前の食いたいって言ってるハンバーグもエビフライもスパゲティも入ってるぞ。」
 「わー!凄い!俺これにする!!」
 笑顔でそう答える俺に微笑みかけながら
 「じゃあ注文するか。すみません。」
 片手を上げウエイターを呼ぶと手早く料理を注文してくれた。
 「楽しみだなーお子様ランチ!」
 「…そうか。」
 俺の頭をポンポンッと叩きながら微笑みかけるゾロを見て心の中が温かくなる。

 「これ食ったらそろそろ帰るぞ。」
 「えーっ、俺もっとゾロと一緒に居たい!」
 「…そういう訳にもいかねぇだろ。また近いうちにどっか遊びに連れてってやるから。」
 「ほんとだな?約束だぞ!」
 「ああ、約束な。」
 ゾロが『約束』を破らない事は知っているのでその言葉に上機嫌になり、運ばれてきたお子様ランチを頬張った。
 そんな風にゾロと色々な場所へ出掛けるようになってからもうすぐ十二年が経とうとしていた。









 「…懐かしいなー…」
 部屋の片付けをしている時に見つけた、一枚の写真。
 それはゾロと小学生の頃水族館に行った時に撮ったものだった。
 「…そういやアイツ、俺を肩車してくれたっけ。」
 今ではほとんど身長も変わらない。
 「…ゾロの髪って、見た目と違って柔らかいんだよな…」
 そんな事を思い返しながら、出掛ける準備を進めていく。
 俺とゾロはお隣さん同士。
 元々住んでいた俺の家の隣にゾロ一家が越してきたのだ。
 最初は会えば会釈する程度の付き合いだったのだが、訳あって俺はジジイと二人暮らしをしていて一人で家にいる事も多く、
 ゾロの親も仕事で留守がちだという事を知り次第に話をするようになっていった。
 そしてゾロは休日になると何かと俺を誘って色々な場所に連れて行ってくれるようになる。
 ジジイには一人でも大丈夫だと虚勢を張っていたのだが、やはり休みの日に一人きりだと少し寂しく思っていたのでゾロの申し出を素直に喜んだ。
 そうしてその関係は今でも続いている。
 (…もう、俺はあの頃と違う感情を持っちまってるけどな…)
 それに気付いたのは、ゾロ以外の人と水族館へ行った時。
 同じ場所なのに、何となく楽しく感じる事が出来なかったのだ。
 大好きなラッコを見ても、ペンギンを見ても、何だか物足りなく感じる。 
 その原因がわからずにずっともやもやしていたのだが、次にまたゾロと水族館に来た時その理由に気付いたのだ。
 何を見ても楽しい。
 いや、正確に言えばゾロと一緒に行動しているだけで楽しさが何倍にも感じられたのだ。
 最初はそう感じる理由を自分が一人っ子なのでゾロを兄弟のように思っているからなのかと思った。
 しかし、そうではないとすぐに理解する。
 ずっとゾロの隣で笑っていたい、側に―――一番近くに居たい。
 それは恐らく、普通ならばレディに対して抱く感情。
 俺はそれを、ゾロに対して持ってしまったのだ。
 (…馬鹿だよなぁ…)
 こんな感情、絶対にゾロに悟られる訳にはいかない。
 気付かれたら最後、今までみたいに一緒に出掛ける事など出来なくなってしまうのは明らかだから。
 もういつでも覚悟は出来ている。
 ゾロに彼女が出来て、俺とはもう一緒に出掛けられないと言われても笑って返事が出来るように。
 (…それまでは…ゾロと一緒に、思い出を増やしていきたい。)
 そんな事を考えていると、いつものように車のクラクションが聞こえた。
 「…来た。」
 鞄を手に取り、靴を履いて戸締りをすると助手席側のドアを開けた。
 「…よう。」
 「…おはよう…ゾロ。」
 微笑みながら告げると、そのまま車内に乗り込む。
 「今日はどうする?」
 「…んー…最近水族館行ってねぇから、そこがいいかな。」
 「わかった。…しかしほんとお前水族館好きだな。」
 「…まぁなー。あ、そうだ、ジジイが言ってたんだけどさ…」
 他愛ない会話を続けながら運転しているゾロの顔を横目で盗み見る。
 (…やっぱ…カッコいいな…)
 などと思いながら話続け、あっという間に水族館へと到着した。
 中は結構混雑していて、油断するとゾロとはぐれてしまいそうになる。
 こんな時、昔は手を繋いで歩いていたが流石に今となっては出来ないだろう。
 後ろからついてくるゾロの気配を感じながら進んでいると、目の前に同い年くらいのカップルが立ち止まっているのが見えた。
 楽しそうに手を繋ぎ、水槽を見つめながら顔を寄せ合い何かを耳打ちしている。
 「………」
 ごく普通のデート風景。
 だけど俺はあんな風にゾロと振る舞う事など出来ないのだ。
 頭ではわかっていても、やはり寂しさが募る。
 すると、後ろに居たゾロが小声で話し掛けてきた。
 「…おい、どうした?」
 「ん?…あー、何でもねぇよ。…あ、ゾロ、あっちにジンベエザメがいるってさ。行ってみようぜ?」
 誤魔化すように告げながら看板に書かれた矢印に従い進んでいく。
 「………」
 そんな俺をゾロが訝しそうに見つめてくる。
 その事に気付かないふりをしながら、足早に進んでいった。





 夕食を終え、いつものように車で家へと向かう。
 「………」
 「………」
 何となく話す気にもなれずに黙っていると、突然ゾロが切り出した。
 「…なぁ、お前まだ時間あるか?」
 「え?…ああ、今日はジジイ遅いし、まだ平気だけど…」
 「ならちょっと付き合ってくれ。」
 「…うん。」
 正直、ゾロとまだ一緒にいられる事は嬉しい。
 だけど先程水族館で現実を目の当たりにしてしまったので、少し複雑な気持ちになっていた。
 (…何処行くんだろ…)
 窓ガラスに映る景色を見つめながらぼんやりとそんな事を思っていると、ゾロが意外な事を聞いてきた。
 「…サンジ、お前車の免許は取らないのか?」
 「…え…?」
 突然の問い掛けに驚き言葉を返す事が出来ない。
 なぜなら俺は車の免許を取る気など全く無かったから。
 もしも免許を持ってしまったら、こうしてゾロと一緒にドライブ出来なくなってしまう。
 (…何で…突然そんな事…)
 答えようとしない俺に向かい、ゾロは更に言葉を投げかけてくる。
 「お前もう18歳になったんだろ?免許あった方が色々都合がいいんじゃねぇか?」
 「…都合…?」
 「ああ。例えば…何処か出掛ける時も車あった方が何かと便利だろ?」
 「…別に…電車使えば、いいし…」
 「…まぁそうだが…遠出する時とかは何かと電車じゃ不便じゃねぇか。…持ってた方がいいと思うけどな…」
 「………」
 何でゾロはこんなにも俺に免許を取る事を進めてくるのか。
 そう考えた所で、ある結論に辿り着く。
 (…もう、俺と一緒に出掛けるのが…嫌になったか…それか、彼女が…出来た…とか…?)
 覚悟は出来ていたはずなのに、いざ自分の目の前に現実として突きつけられてしまうと受け入れられそうもなかった。
 (…その話をする為に…何処かに移動してるのか…)
 どんどんと気持ちが沈んでいくのがわかる。
 すると、車が止まりゾロが声を掛けてきた。
 「おい大丈夫か?…具合でも悪くなったか?」
 「…ううん。」
 首を左右に振り答えると
 「そうか。…ちょっと降りて話すか。」
 と言いながらドアを開け外に出ていってしまう。
 「………」
 その後に続くように立ち上がりながら外へ出ると、ゾロの側へ歩み寄った。
 「寒いなー、息が白い。」
 「………」
 「サンジ?」
 「…なんでもない…」
 今すぐこの場から逃げ帰りたい。
 そう思っていると、ゾロが静かに口を開く。
 「…さっき、水族館で…お前、同い年くらいのカップル見てたろ。」
 「……?……ああ…」
 「…お前も、もうそんな年頃だよなぁと思ってな。彼女とか、好きな子とか学校にいるんじゃないか?」
 「………」
 突然何を言い出すのか。
 黙ったまま答えないでいる俺に、ゾロは更に追い打ちをかけるような言葉を告げてくる。
 「だから、さっき車の免許持ってた方がいいんじゃねぇかって言ったんだ。彼女と色んな場所へ気軽に出掛けられるだろ。」
 「………」
 ゾロが何故そんな事をわざわざ俺に言ってくるのかがわからない。
 自分に彼女が出来たからもう一緒には出掛けられない、と俺に言うのが嫌なのだろうか。
 「…彼女なんて、いねぇし。…欲しいとも思わねぇ。…好きな子も、いねぇ。」
 震える声で、必死にそう返す。
 しかしゾロは、穏やかな口調でこう続けてきた。
 「今はそうでも、きっとこの先すぐに好きな子が出来るさ。…だから…」
 「…もう、一緒には出掛けられねぇって…言いてぇのかよ。」
 ゾロの話を遮るように告げた。
 「…まぁ…そう、だな。…いつまでも休みの日に俺と出掛けてるようじゃダメだろ。」
 「…んで…」
 きちんと言ってくれないのか。
 本心を告げずに誤魔化しているとしか思えない。
 「…はっきり言ってよ…ゾロ。」
 「…?何をだ…?」
 「何を、じゃねぇよ…俺と一緒に出掛けたくない理由は、彼女が出来たからなんだろ…?」
 「…は?」
 俺の言葉を聞き、ゾロは心底驚いたような表情を浮かべる。
 「おい、何言って…」
 「だから、適当な理由つけて…俺に彼女作れとか…免許取れとか言ってんだろ?」
 「はぁ?何でんな事…」
 「正直に言ってくれよ!…ゾロに、彼女出来たら…俺は、もう…諦めるって…決めてて…」
 溢れ出る涙を必死に堪えながら思っている事を吐き出すように話続けていく。
 「だから、ちゃんと…言ってくれねぇと…諦められねぇじゃねえか…」
 「諦める、って…何を…」
 「俺はずっと!…ゾロが好きで…大好きで…でも、もう…止めるから…好きでいるの、止めるから…だから…」
 告げる事は無いと思っていた本心が口をついて出てしまう。
 もうこれで何もかも終わりだ、と項垂れると、零れた涙が地面を濡らした。
 情けない。
 こんな風に泣く事しか出来ない自分が惨めで哀れで。
 止まらなくなった涙を拭う事もせずに立ち尽くしていると、ゾロが動く気配がした。
 (…呆れた、だろうな…もうこんな風に出かける事も…会う事すら、避けられるんだろう…)
 絶望にも似た気持ちに襲われ堪らず目を閉じる。
 すると突然、自身の身体が何かに包まれるような感覚がした。
 「!?」
 驚いて目を開けると、ゾロが困ったような表情を浮かべながら俺の身体を抱き締めている。
 「…な、に…して…」
 同情しているのだろうか。
 そんなもの、欲しくないのに。
 そう思いながらしっかりと身体に回されている腕を振り解こうとした瞬間、耳元で思いがけない言葉が囁かれる。
 「…びっくり、した。」
 「………」
 そう思うのは当然だろう。
 何の恋愛感情も持っていない、ただの隣人でしかない俺に好きだなんて言われたら。
 だが、続いた言葉は予想もしていなかったものだった。

 「…まさか…お前も、俺と同じだったとはな…」
 「…え…?」
 同じ、と聞こえた気がしたが、何かの間違いだろうか。
 そう思いすぐには反応出来ずにいると、更に驚くような台詞が続く。
 「やっぱり…嬉しいもんだな、自分が想ってる相手に…好きって言われんのは。…俺もお前の事が…好きだ、サンジ。」
 真っ直ぐに目を見つめながらそう告げられる。
 「………」
 まさかの告白が信じられずに動けないでいる俺に向かい、更にゾロは話掛けてきた。
 「最初は、特にそんな感情はなかった。弟が出来たみてぇに感じてたんだが…段々と、お前を違う目で見てしまっている自分に気付いた。
 だけど、それをお前に告げる気は無かったし、お前に好きな相手が出来たら黙って祝福してやろうと心に決めてたんだ。」
 そこまで言ってふぅ、と小さく溜息を吐いた後
 「だからさっき、水族館でカップルを見ながら羨ましそうにしてたお前を見て…その時が来たと覚悟を決めたんだ。
 それがまさか…お前からあんな告白されるなんてな。正直、夢にも思ってなかった。」
 嬉しそうに微笑みながらそう告げてきた。
 「…ほん、と…?」
 掠れた声で聞き返した俺の顔を覗き込み、涙で濡れた頬を指先で拭いながら
 「ああ、ほんとだ。…こんな嘘、ついたって仕方ねぇだろ?」
 穏やかな口調で囁いてくれる。
 「…ふっ…ゾ、ロ…!」
 堰を切ったように涙が流れてくる。
 そんな俺の背中を優しく摩りながら、ゾロは俺が落ち着くのを待ってくれた。
 暫くしてやっと涙が止まると、顔を上げゾロの顔を見つめる。
 「…ごめん…」
 「大丈夫か?…目、腫れちまうな。」
 赤くなった目元にそっと触れながら呟くと、そのままゾロの顔が近づいてきた。
 そしてゆっくりと唇が重ねられる。
 「………」
 キス、された。
 驚きの余り固まってしまった俺の身体を包み込むように抱きながら、耳元でゾロが囁く。
 「…もう、俺のもんだ。」
 声色だけでゾロが喜んでいる事が伝わってくる。
 「…ゾロ…」
 それに答えるよう、しっかりとゾロの背中に腕を回し抱き締め返した。




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