「夢ゆめ/現うつつ」  -1-







起きる直前の夢だった。


男がそばにいる。


オレはうつ伏せでいて、背後から近づくその気配を感じていた。
男がそっと、頚に唇を置いてくる。
肌に心地の良い唇の感触を、目を閉じたまま味わう。
唇が首を伝って肩の稜線に降りてきた時、唐突にその衝動が身体を駆け抜けた。
下腹部へダイレクトに走り抜ける快感に、激しく局所が脈打った。


(・・・!・・・っ!)


唇が移動する、わずか数センチ。


その数センチで、オレは強烈に達していた。


放たれた余韻に身体が惚ける。
夢から覚めても、快感の波は続き、局所は止めようのない収縮を続け、長く止まらない。
半覚醒状態で意識はとろりとまどろんだままだ。
こんなに強く達したのは初めてだった。


夢の中で愛撫はされたものの、実際に触れられたわけではない。
起きた時、自分自身を触ってもいなかった。
脳の中の、現実以上のリアル。


気だるい体をようよう起こし、時計を見る。


今日、仕事はうわの空かもしれないと思った。










数字を打ちこむ。
文書を送る。
階段を昇る。
階段を降りる。
電話に出る。
挨拶に行く。
あいそ笑う。


大きな変化もない代わりに小さな変化もない。
人生の中の貴重な一日を、感動もなく過ごしている。
この会社の取り柄といえば家から近いことくらいだろうか。
後は可もなく不可もない、中の中といった中堅のメーカーだ。

今年の新入社員はなく、くたびれたおじさんたちと、生気のない若手社員、
女性社員はあくまで事務的で、数人のバイトの女の子たちがわずかに華やかさを添えている。


その中にたった一人、オレのやる気を支えるオアシスがある。
ロロノア課長。
仏頂面だが、さりげない気づかいがあり、とても仕事がやり易い。
どんな局面になっても決して冷静さを失わないその胆力は心底頼りがいがある。


以前、誰かのうっかりした一言で、大事な取引先を怒らせ、最後の最後でプレゼン会場から何から何まで
変更を言い渡された時、顔色ひとつ変えず、最後までサポートしたのは課長だった。
完徹の朝、少し早めに出社したオレに向かって、「終わった」と言って笑った。
逆光の中、シャツもよれよれ、うっすら髭も伸びてたけど、その少年のような笑顔にオレはやられちまったんだ。
誓って言うが、オレはゲイじゃない。でも課長を好きになっちまった。
それ以来、課長の密かなファンであり、ワープロ打ちもお使いも、ほぼ専属状態でかってでている。










今朝の夢の余韻がずっと身体にまとわりつく。
体の芯が熱い。もやもやとする下半身に意識が邪魔される。
キーを操作しながらパソコンの画面を見るには見ているが、同じ場所を何度と無く目が泳いで進まない。
ちょっとした刺激にも反応しそうで集中できずにいた。





キーを打つこの瞬間に





どこからともなく腕が現れ、あっという間に裸にされ、羞恥をまとう場もなく肢体をさらされる。
首や背中や腿を、複数の手がまさぐりだし、両の乳首が別々の舌に囚われる。
なかば椅子に縛り付けられる格好で、舌にぬめぬめと舐めとられ、指に身体中を撫でられ。
脚は左右に広げられ、それ自身生きているかのように舌が茂みに分け入り、敏感な部分を探り出し、
蠢き、形を変えて翻る。

全身が、波のようにうねる。

快感を引き出され、ひくつきはじめる秘所をみるや、舌は移動し舐め上げ、抉じ開け――
数えきれない腕と舌で緊縛され、狂おしく責められ、あられもない声を出して


―――イってしまいたい


目を閉じて、息を吐いた。


―――アタマ沸いてんな、オレ


ロロノア課長を好きになってからオレの妄想はヤラれるほうが多くなった。
それはいいんだ。別に頭の中のことだけだ。でも。
この払っても払って湧いてくるこの昂ぶりは一体何だ。10代じゃあるまいし。
頭を軽く振り、そっと席を立った。いっそ抜いたほうがすっきりする。

トイレの個室に籠もり、ファスナーを下ろす。
さっきの妄想。女の子。バック。いろんなオカズを浮かべて懸命に手を動かす。が
―――昇りきれない。
イキたいのにイケない。


―――・・・クソ。本当にナンだってんだよっ・・・!


コトを諦め、霧のかかったままの頭と体でで身支度を整える。
股間ははけ口を訴えてさっきよりもジンジンと熱を持ってしまった。


―――ああ。もう帰りてえ・・・


ため息をつきながら水を流した。


その時、ドア一枚隔てたところで、じっと様子を窺う誰かにサンジは気づかなかった。










「悪い、コピー頼む」

席に戻ろうとしたところで課長に声を掛けられた。
息をひとつつき、頭の中の靄をかき消して、課長のところへ行く。
書類を手渡す時、ちらと上目にこちらを見られた。ちょっとひやりとする。平静を装いつつ

「何部でしょうか」
「20部頼む」
「わかりました」

もしフェロモンってやつが見えるとしたら。
オレの周りは今どう見えているだろうか。もやもやと白い霧がかかって見えるだろうか。
さっきオレを見た課長の目に、オレはどう映っていた?





コピー機の場所はちょうど壁に遮られ、この場所までこないと人が居ることはわからない。

ガーー・・・と一定に動く機械音。

その背後に。ふっと人の気配を感じた。

―――誰かきた?

コピーを取りながら、背後の気配に神経を集中する。
聞こえないようにこくんと小さく唾をのみこんだ。

その視線は、オレの後ろ姿を上から下まで捉え、何かを探っているかのように思えた。

―――誰だ?何を、探ってる?

訝しむ感情が起こったと同時に、腰を掴まれた。



ドクン



心臓が跳ね上がる。

男の、手。

腰骨を軽く上下に撫でた後、尻の丸みに滑らせてきた。
無骨だが柔らい。
品定めするようにゆっくりと撫でられる。
振り向きたいが、身体が動かない。声が出ない。

全身が汗ばんでくる。
抗う気持ちと、奥底に閉じ込めた期待が入り混じり、縫いとめられたようにその場を動けない。

手が前に回って来る。ズボンの上からも触れてくる。男の手の下でそれが形を変えていくのが分かる。
変化を確かめるように、ゆっくり上下になぞられた。

羞恥が先に立つ。誰か分からない手に触られて勃つなどと―――

思いとは別にベルトのバックルに手がかかる。う、と思う間にするりとズボンが降ろされた。
目だけを見開き、息をするのも忘れた。
ひやりと空気に触れる場所が冷たい。

ぴったりした下着の上から、熱い掌が前を、太股を、尻を、ゆっくりと撫でていく。
腹や太股の素肌を掠めると、体がビクリと揺れた。
そして手とは別に、尻に触れてきたもの。
男が、自分のものを後ろからあてがってきた―――これでいいか―――と聞くように。
触れてきたものは、充実の硬さをもっていた。
嫌も、応も。何も言えず、ただじっとりと汗をかきながらじっとしていた。
強ばりを尻の隙間に押しあてたまま、男が背後から強く抱きしめてきた。

下着を押し上げる隠せない膨らみを、やわやわと擦られる。羽毛のように、ごく軽く。
朝からざわめいていた体は、もっとはっきりした刺激を欲しがりはじめていた。


背後から強く抱かれているが、こちらからももう、男にいっぱいケツを押し付けていた。
焦れた気持ちが眉間にしわをつくり、唇は言葉を漏らしそうにうすく開く。


―――オレはやめて欲しいのか。それとも


軽く頬にキスをされた。
あ、と思った瞬間、指が下着の横からするりと滑り込んできた。
敏感な芯の先を、表面だけ微かに滑らせるように指で可愛がってくる。


―――あ、ぁ・・あ


声も出せないまま、堰きとめられていたものが溢れだした。
コピー機に腕を突っ張り、膝頭を合わせて耐える。
相手の感触をもっと感じたくて尻を揺らす。
右手で花芯を淡く責められ、潤みが溢れる。男が体をずらし、後ろから左手を下着の中へと潜らせる。
花芯を責める右手とは反対に、左手が窄みを確かめるようにごく浅く動きだす。
硬いものは硬度を変えず、オレの腰にずっとあたっている。


小さな浅い呼吸を繰り返す。声を漏らしそう。ふっと男が離れ、素早く下着を下ろされた。
男とくっついていた背中が寒い。
シャツの裾をたくし上げられ、いっぱいに溢れた光景を後ろからたっぷり眺められる。
見られることの恥ずかしさ、恥ずかしさの中の仄暗い歓び。


体が離れていたのはほんの数秒だろうが、
不安に駆られ後ろを振り向きかけた時、男が背後に立った。
やわらかく股間に男のものがあてられる。

後ろから、ぬめぬめと前まで刺激される。男の先端の裏も表も使ってゆっくりと。前後に。
亀頭の向きが、裏から表に変わる時、浅く割って入りそうになり背が震える。
何度も何度も往復され、硬く熱い男の先端が当たるたび、耐えがたい甘い刺激に身体がよじれる。
もうわけがわからない。
男の手も肉の根もたっぷりと潤みをまとってようやく動きが止まった。
先端が、ある一点で前後に、左右に円を描く。
まわりのどこにあたっても亀頭を中へと導いていく程、オレはもう、トロトロに溶け出していた。

―――あ、あ

が、まだまだ入口での摩擦を楽しむかのように、そこで浅く抜き差しされる。

―――もう、もう・・・!

入口だけをかいくぐる熱い異物の感触は、心にジレンマを引き起こす。

―――入れ・・・・!

頬に軽いキスを落とされた。
そのキスを合図に、今までとはあきらかに違う侵入が始まった。
普通ならばこわいと思うくらいの大きさのものが、ちょっとした抵抗の後、ずるりと中へ潜り込む。
貫く、という意志が完全にあり、半分までぬらりぬらりと進み入ったかと思うと、残りで加速度的に突き抜かれた。

―――あ!あっ!・・・ああっ・・・!!

頭の芯が痺れる。
もうこれ以上ない程深く埋められ、一杯に満たされた充足感。
ガクリと体を前へ預ける。
ああ、という安堵の息で、止まっていた呼吸が再開される。
男は腰を突き出し、最後の最後まで身体を埋め尽くそうとする。
尻肉と鼠けい部がぴたりとくっつく。埋められたものの硬さ、大きさ。
なお自己の中へ引き入れようと、秘所はせわしなく締め上げる。

―――頼む、イかせて、

密着したまま、男がゆっくりと腰を使い始めた。グラインドの最後に少し抜かれ、再び突き入れられる。
次第に早さが増し、突き入れられる力も強くなる。奥まで。奥まで。
腰を抱えられ、深く突き入れられ、奥底で小刻みに揺り動かされた時――





ポンと、腰のあたりを叩かれた。





ビクウっと身体中が跳ねた。
「・・・!」


「出来たか?」


―――課長!


とっさに返事ができなかった。


コピーはとっくに終わっていた。
「・…は…い」
声が掠れる。心臓が止まるかと思うくらい、びっくりした。


あり得ないことを想像しながら、コピー機の前にいる。
熱に浮かされたような表情を見られなかっただろうか。
あらぬ考えで、局所のほてりは消えるどころか火山のように流れ出しそうになっていた。


オレは今日、本当にどうかしている。





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