夢の途中 2


サンジといえばラブコック、ラブコックといやあ女だろう。
ゾロは夜の更けた街中を明るい方を目指して歩いた。
赤色灯の光が、街角に立つ女達を昼間以上に怪しく美しく照らし出している。

「お兄さん、寄ってかない?」
「お安くしとくわよ。男前だから。」
行く手を遮る白い腕を交わしながら、サンジの特徴を上げて訪ねる。
「黒いスーツ着た、金髪で細身の男は来なかったか?」
金髪は何人書いたが、黒いスーツに痩躯というのはそういないらしい。
首を傾げる女達に見切りをつけてゾロは夜の街を訪ね歩いた。

だが一向に目撃証言すら得られない。
人を捕まえては聞き歩いている間に、どっちの方向からきたのか、港はどこなのかすらわからなく
なってしまった。

―――あのアホのことだから、てっきり花街かと来てみたんだが・・・
ゾロは立ち止まり、考える。

この島に降りたのは停泊の為ではない、奴は船を降りると言ったんだ。
暢気に遊んでる訳はねえじゃねえか。

舌打ちして暗い闇の方角に目を凝らした。
あっちが海かもしれない。
夜間に出航する船に、乗り換えてやしないだろうか。
この街に留まらないで、夜道を何処かに向かって歩いていってはいないだろうか。
急激に焦燥感が湧き上がった。


もしかしたら、これきりサンジには会えなくなるかもしれない。
一人で村を出て、旅をして、初めて仲間を得てからは、別れが必ずあることはわかっていた。
だがなぜか、今はひどく動揺している。
ナミが言うとおり、俺で、あいつだからか。


何もかもが気に入らない喧嘩仲間から、いつしか肌を合わせる仲になった。
深く眠っていても気配があればすぐ覚醒する自分が、隣で眠るサンジが起きても目を覚まさなくなった。
天邪鬼で素直に気持ちを伝えられないサンジが、ゾロにだけは違う表情を見せるようになった。

確かに身体が先だったかも知れねえが、気持ちも通じていたはずだ。
俺は、そこに甘えちまったのか。



最初から、辿るように思い出してみる。
いつもの喧嘩とは、明らかに違う・・・
どこか傷付いたような表情―――――

考え事をしながら歩いていたせいか、入り組んだ袋小路に入ってしまった。
明かりも少なく人気がない。
背中に纏わりつくような殺気を払うように振り向く。
影に身を潜めるように、かなりの人数の男達がつけてきていた。






「三刀流のロロノア・ゾロだな。」
身の丈ほどの長刀を構えた男が、挑むように闇から叫ぶ。
「その首、貰い受ける!」
問答無用と言った感じでいきなり多人数で斬りかかって来た。
ゾロは流れるように身体をかわし、雪走を引き抜くと返す手で薙ぎ払った。

―――――うぜえ。
三本抜くまでもなく、ぞんざいに切り捨てていく。
太刀筋さえ感で見切れる雑魚共だ。
転倒した男の首を跳ねようとして、手を止めた。
虫けらの命一つ取ったところで、腕の足しにもならねえか。

「…あ、わわわ…」
最初に襲い掛かった勢いもどこへやら、血塗れの男達が這って逃げる。
止めを刺す気にもなれず、ゾロは血を払って鞘に収めた。

―――――どうせなら鍛錬代わりになるような、強い奴がかかって来りゃあな。
時間の無駄だと舌打ちして足早に歩き出す。
もっともっと強くなりたい。
数多の敵を倒し、腕を磨き、いつか約束の時を迎えるまで―――――


ゾロはふと、足を止めた。
どこへ行こうというのか。
サンジのいる場所など、あてもないのに。
向かうべき場所がわからないのに、気ばかりが焦る。
奴もこんな気持ちだったかと、唐突に思い当たった。

日々身体を鍛え、旅の内に敵を倒し、腕を上げて来た。
もっともっと強くなれる。
あの船にいる限り冒険も修業も事足りるだろう。
だが、サンジはどうだったのか。
グランドラインを渡るからといって、オールブルーに出くわすとは限らない。
ルフィの求めるものはワンピースで、他のクルー達は別々の夢を追っている。
だがそれは長く航海をしていけば必ず叶うべきもの。
ただサンジの夢だけが勝手が違う。
どれだけ旅を続けても必ず見つけられるとは限らない、幻の海。

―――――奴に、焦る気持ちはなかったのだろうか。
己の夢だけを目指して一直線に進むのなら、GM号でなくても、よかったんじゃないのか。
オールブルーを探す船に乗り込んでいた方が、余程確率は高くなるんじゃないのか。


ゾロは、耳を澄まして波の鳴る方向を見た。
魚のレストランから旅立つきっかけをくれた船だからか。
船長がルフィだからか。
奴が、GM号に乗り続けていた意味は、どこにあったんだ?










白い光が、水平線を浮かび上がらせた。
ゆっくりとだが瞬く間に空が白み始め、どこか神々しい朝陽が顔を出す。
ゾロは足を止めて、しばしその爽やかな光景に見蕩れた。

こっちから太陽が昇るってえことは、東か?
昨日夕陽を背に船を降りたから、一晩で島を半周したことになる。
朝陽に照らされた我が身を見れば、肩から腕にかけて返り血がべったりとついていて、かなり物騒な状態だ。
波打ち際にしゃがみ込んでこびりついた血を洗い流した。
サンジがオールブルーを真っ直ぐに目指すなら、海から離れないだろうと思った。
ともかく浜伝いに歩いて出くわした人間に手当たり次第に聞いて廻ろうと思っていたが、夜中だったせいか
誰にも出会わず、よしんば出会ったとしてもこのナリでは悲鳴を上げて逃げられるのがオチってとこか。

ほんの少し身奇麗にして、また歩き出した。
早起きの漁師に尋ね、朝市の準備をする商人にも聞いてみたが誰もサンジの姿を見ていない。
それでも海辺に沿ってずんずん歩けばやがて砂浜は岩になり、岩壁になり、攀じ登れば崖になっていて
さらに真っ直ぐ進むと森になった。
左手には波の音が響いているから間違いはないだろうとまた進む。
鬱蒼とした樹木の間をくぐり、谷を越え、崖から落ちて砂浜から起き上がりまた前を進む。
ともかくどこかに海を眺めながらひたすら探し回った。

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