夢見る頃を過ぎても 2

高校を卒業して、俺は専門学校に通う傍ら安いアパートを借りて一人暮らしを始めた。
隣の部屋は可愛い女子大生だし、これから始まる薔薇色の新生活に胸ときめかせたものだ。
頻繁にゾロがやってくる以外は。

ゾロは大きな道場の跡取り息子で、推薦で大学にも入っていた。
なのになぜか、やたらと俺の部屋に入り浸る。
なんだかんだと理由をつけては人ん家で飯を食い、人の布団に寝転がって泊まって帰る事がほとんど日常化していて、それに順応していた自分も変だったよなあと今なら思う。

ゾロとの擦りっこはずっと続いていた。
擦りっこだって言ってるのに、最後には必ず俺のケツに入れたがってSEXみたいに終わっちまう。
おかしいよなと思いつつ、俺もそう抵抗はしていなかった。
怒って嫌がるタイミングを逃しちまったんだろう。

それでも俺はノーマルな嗜好を持ってたはずだし、女の子との付き合いもちゃんとしたかったから、いいなと思う子とデートして、プレゼントして、ゾロの目を盗んでホテルでお泊りまで経験した。
・・・ショックだった。
なにがショックって、ゾロとしたほど気持ちよくなかったから。
こんなものかと思った。
SEXってもっと魂がぶつかり合うみたいに激しくて、でも甘くて、快感で蕩けるようなものかと思ってたのに、終わってみれば呆気なくてなんだか白々とした空気が漂う。
隣で眠る女の子の顔を見て、あれ?こんな顔だったかななんて失礼なことまで思っちゃったりして、自己嫌悪に陥ってしまった。
ゾロとのSEXが強烈過ぎたんだ。
抵抗してないのに上から抑えつけられて、凶器みたいなもので抉られて、獣じみた息で嘗め尽くされて抱きしめられて貫かれて――――
思い出せばそれだけで、俺の股間は熱く滾った。

どうしよう、俺本物のホモになっちゃったんだろういか。
ホモなのに女の子と付き合っちゃ申し訳ない。

殆ど半泣きでその子に別れを告げた。
その場で引っ叩かれて、慰謝料代わりに有り金全部と預金通帳まで持っていかれた。
今月の家賃の支払いどうしようなんて途方に暮れながら泣きべそかいたままアパートに帰ったら、
鬼みたいな形相をしたゾロが待っていて、本当に泣かされた。
・・・死ぬかと思った。
それでも、俺はどこかで酷く満足してしまったんだ。





隣の女子大生は毎日にこやかに挨拶してくれる。
俺に好意を持ってくれてるのかもしれない。
顔を合わせればぱっと花開くみたいに笑顔になって、嬉しそうに会釈してくれるんだ。
でもごめんね、俺ホモだし。

なんてことを考えていたら、買い物帰り、その子が友達達と一緒にエレベーターを待ってるところに出くわした。
あの人数じゃ俺まで乗れないだろう。
両手一杯に食材を下げてるし(なんせゾロはよく食べる)姿を見せると気を遣われそうなので、俺は柱の影に隠れた。
女の子達のきゃらきゃらとした声が聞こえる。

「ね、ね・・今日噂のお隣さん見られるかしら。」
「運がよければねー、休日はあまり出歩かないのよ。あ、でも今なら買い物行ってるかな。」
「ホモなんでしょ、その人。きゃ〜私、生ホモ見るの初めてv」
「綺麗?ホモはやっぱり綺麗じゃなきゃあ。」
「その点はばっちりよ。さらさら金髪で超美形v また通ってくる人がすんごい男前でっ」
きゃ〜〜〜と黄色い歓声が上がる。
その声は到着したエレベーターの中に吸い込まれて、閉じた扉と共に聞こえなくなった。

俺は柱の影で呆然と立ち尽くしてしまった。
なんですと?
バレてた?
あの眼差しはホモを見る目だったのか!

ショックだ、大ショックだ。
俺の人生ショックだらけ。

魂が抜けたみたいにぼうとしていたら、いつの間に来たのか、ゾロが俺の頭を小突いた。
「なにやってんだ、んな所で。」
「え?あ、もう来たのか?」
俺は何十分ここで腑抜けになっていたんだろう。
「待て!まだ飯の支度っつうか、やべえやめよう。今日は部屋くんな。」
「くんなってなんだよ。その荷物、運ぶんだろ。」
ゾロはそういうとさっさと荷物を持ってエレベーターに乗ってしまった。
「やばいんだよ。さっき隣の女子大生の友達が大勢やってきて、俺ら見物するつもりなんだよ。」
「見物?なにをだ。」
「ホモってバレてんの。俺らのこと。」
「ホモだあ?ホモじゃねえだろ。」
「世間では男同士であんなことしてんのはホモと見做されるんだよボケっ」
「なんでバレたんだよ。」
「そう言えばそうだよな。」
俺は真顔で考えた。
ゾロとホモホモしいことは、部屋の中でしかやってないはずだ。
「まあ、てめえの声はでけえからな。」
そう言って、ゾロは開いた扉からさっさと出てしまった。
それですか!

自分の部屋に帰るには、女子大生の部屋の前を通らなきゃならない。
ちょうど台所の部分の小窓が空けてあると、そこから外を通る人の姿が丸見えになる。
俺は俯いてなるべく視線を合わせないように早歩きでそこを通り過ぎた。
最初にゾロが通って、次が俺で・・・
きゃ〜〜〜と声を潜めた嬌声が聞こえた。
恥ずかしくて死んでしまいたい。
「盛り上がってんなあ。」
振り向いたゾロを蹴飛ばして、俺は部屋に飛び込んだ。





ゾロとの半同棲生活が始まって1年が過ぎた頃、ぴたりとゾロが姿を現さなくなった。

ゾロが一方的に俺のところに通っていたから、俺はゾロのことをほとんど知らない。
住んでる家だってどこにあるか分からない。

いつゾロが来てもいいように満杯にしてあった冷蔵庫の中の食材が傷んでしまう。
それが悔しいから、俺はゾロの携帯に連絡した。
電源を切られている。

なにか、あったんだろうか。

高校からの腐れ縁で付き合っていたとは言え、今では共通の友人なんていない。
高校時代の連れ達は俺らが親しいなんて知らないだろうし、俺からあちこち聞きまわるのはなんだか癪だし・・・
悶々としていたら、隣の女子大生が複雑な表情で俺に話しかけてきた。

「あの・・・私昨日見ちゃったんですよ。」
言おうか言うまいか、その場ででも逡巡して、それでも意を決したように俺を見た。
「あなたの彼氏が、女の子と手を繋いで公園通りを歩いてたの。」
あなたの彼氏・・・ってところにものすごく引っかかった。
後の台詞よりそっちの方がショックだった。
後の台詞って、・・・ゾロが、女の子と?
「・・・彼女かな?」
俺の言葉に女子大生はますます困ったような顔をする。
そりゃそうだろ。
そんなこと聞かれたって知らねえよな。
でも手を繋いでって、そりゃあ間違いなくお付き合いしてるんだろうなあ。

「そうかあ。」
女子大生の前だってのに、俺はなんだかぼうっとしてしまった。
「あの、ごめんなさい。余計なことを言ってしまって。でも、なんだか私悔しくて。」
君が悔しがることないのに。
俺はそう言って笑って見せた。
「教えてくれてありがとう。それならそれで、わかったし。ったく、あいつもはっきり言えばいいのに・・・」
そこまで行ったら、女子大生の大きな目からぶわっと涙が盛り上がった。
なんで、なんで君が泣くの。
「ごめんなさい、あの・・・元気出して・・・」
そう言って、逃げるように部屋に入ってしまった。
取り残された俺はそのまましばし呆然とする。
ここで泣き崩れようにも彼女に先にそれをされてしまったから、毒気を抜かれた感じだ。

とりあえず部屋に入って、卓袱台の前にぺたんと座った。
ゾロはいつもここで胡坐を描いて、当然みたいに俺が飯の支度をするのを黙って見ていた。
後片付けをしてるといつの間にか後に寄って来てちょっかいかけた。
二人で入るには風呂が狭いと文句を言っていた。
もう、来ないだろうな。

ゾロはちゃんと好きな女の子を見つけたんだ。
元々俺とは擦りっこの関係だったし、欲求不満なんてもうないだろうし、お互い好きあって手を繋いで歩いてたんだ。
あのゾロが、手を繋いでなんて・・・
想像したら笑えてきた。
ラブラブじゃん。
どっかで見たら冷やかしてやろう。
あんまり乱暴にするなよって言ってやった方がいいかな。
あいつは加減ってもんを知らねえし、女の子は繊細で傷付きやすいんだから。
俺のが奴より数倍、女の子の扱いには手馴れてんだから。

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