妖精ちゃんの憂鬱 5

実際サンジの作る飯は美味かった。
ジャンクフードくらいしか口にしてなくて、少々味覚に問題があるゾロの舌でも美味いと思った。
「料理作るのは、好きなんだ。」
それにしたって趣味の範疇を超えている。
台所に収納された器具や道具も素人の品揃えとは思えない。
「ほかにすることねえしよ。」
そう言う時のサンジの顔は、ちょっと拗ねたように見える。
なに不自由なく暮らしていることへの負い目もあるようだ。

「けどなあ、中学から学校にも行かなくて、社会経験もなくて親もいなくて…こうなるとそうおいそれと
 外に飛び出していけねえんだよな。」
上等なワインをラッパ飲みしながら、ゾロは黙ってサンジの話を聞いていた。
「てめえからみたら、甘ちゃんで馬鹿みてえだろ。いいよ、馬鹿にしたって。」
確かにそうだが、それで詰ろうなんて気にはならなかった。
「まあ俺と正反対ではあるな。親がいねえのは一緒だが。俺は物心着く前から施設で育って、途中で
 そこからも脱走した。中学もろくに通ってねえ。」
サンジが青い目を瞠る。
「甘えてるってんなら俺もそうだろ。力にものを言わせて金は適当に工面してきた。引っ掛けた女の
 ところに転がり込んでた。いつの間にか族同士の抗争に巻き込まれたりしたが、敵も味方もなく
 殴り倒してきた。」
空になったビンを静かにテーブルに置く。
「女に手を出した野郎を半殺しにしてパクられて、それからの生活が、一番大人しかったな。それでも
 もう、3年か…」
「帰るとことか、ねえのか。」
ついサンジは身を乗り出していた。
「ねえよ。あと1月で出所だったんだ。帰るとこがねえから抜け出した。」
「そんな…」
サンジの顔が奇妙に歪む。
「後1月で出てくんならなんで…」
「出たって行くとこねえからよ。ちょっとシャバの空気を吸ったらまた戻るつもりだったんだ。」
ゾロが頭の後ろで手を組んで軽く伸びをする。

風呂から上がったカヤが、髪を拭きながら顔を出した。
「お先でした。私もう休みますね。おやすみなさいゾロさん、お兄様。」
「ああ、おやすみ。」
「おやすみ。」
しばし黙ってカヤの姿が消えるのを待つ。
電気が灯って明るくなった室内が静まり返った頃、ゾロが口を開いた。

「それじゃ、俺らも寝るか。」
びくりとサンジが過剰反応した。
「ね、ね、寝るって…まさかまた…」
「やんだよあれ。もうちっとちゃんと慣らしてやっから。」
嫌だ〜と声もなく叫んで、サンジが身を捩る。



「まあ落ち着け。ちょっと止まれ。」
サンジを横抱きに抱きしめて、ゾロは唇を重ねた。
少し触れて離れると、きょとんとした顔をしている。
今度は首を傾けて深く口付けた。
反応がない。
顔を離して様子を見ると、見る見るうちにサンジの頬がバラ色に染まった。
「こ、こ、この野郎!男同士でなんてことをっ」
いやそれ以上のことを夕べやってんだけど。
「キスに男同士もクソもねえだろ。」
ゾロの舌が滑り込むと、サンジの肩がぴくんと跳ねる。
逃げる舌を追いかけて捕らえて強めに吸ってみてから、音を立てて唇を離した。
「…キスくらいしたことあんだろが。」
「…う、ん」
かなり怪しい。
「悪かねえだろ。」
そう言ってもう一度唇を重ねた。
今度は深くねちっこく貪る。
何とか鼻で息継ぎをしながらも、苦しくなってきたのか背をしならせてどんどん身体が仰け反ってくる。
腰を抱えて薄い胸を撫でたら、またぴくんぴくんと小刻みに震えた。
反応がいちいちオーバーでわかりやすい。
試しに耳の下を指でくすぐってみたら口の中でうひゃあと叫んだ。
唇をずらして首に何度も吸い付きながら、シャツの合わせ目から手を差し込んで突起を探る。
可愛く硬くなった乳首を弄んでくりくり押しつぶせば、がくんと膝が崩れてしまった。
さっきからサンジは「あ」としか言えてない。

「あっ」
「…ああ」
「あ―――」
活きのいい白い魚を捌くみたいに、宥めて煽って押さえつけて、中心へと身を納めた。
口よりよほど正直な身体は、ゾロが思うとおりに反応して従順だ。
それでも衰えない瞳の光の強さに、サンジの強かさを見る。

――――嵌っちまうかもな。
漠然と、ゾロはそう感じた。




















「お前、いつまでいる気だよ。」
「そうだな。羊が退院するまでくらいかな。」
そう言って、ばさりと新聞をめくるゾロの向こうで、サンジは微妙な顔をした。
口をへの字に曲げてはいるが、これは多分嬉しがっている顔だ。
「冗談じゃねえや。とっとと出てけ、犯罪者。」
なんて言いながらもいそいそとコーヒーのお代わりを用意したりしている。
ゾロは捜査の手がここまで及ばないのをいいことに、このままいつ居ちまおうかななんて思い始めていた。
なんというか、この兄妹を(というかこの男を)ほうっては置けない気がする。



どんどん気候が暖かくなって、カヤが庭に出る頻度が多くなってきた。
その間家の中でひそひそと会話する二人は、犯人と人質というよりも共犯者に近い間柄になっている。

ふとゾロが顔を上げて窓の外に目を凝らした。
「また来てやがんのか?」
「ああ?」
つられて振り向いたサンジは、そのまま立ち上がって窓まで近寄った。
雑草は抜かれたものの、伸び放題の庭木の間からカヤ以外の人影が見える。
「あいつ!」
サンジは短く叫んで庭に飛び出した。
「てめえ、また来てやがんのかコラ!」
サンジの剣幕に飛び上がりつつも、その男はカヤ越にこちらを向いた。
えらく鼻の長い男だ。
「あ、お兄さんご無沙汰してます。」
「ご無沙汰じゃねえ、人ん家の庭に勝手に入り込むな。」
サンジの後を追ってゾロも庭に下りる。
「誰だ、そいつは。」
「前にうちに出入りして庭師の息子だよ。ったく、カヤに目えつけやがって…」
「ウソップさんは遊びに来てくださったのよ。失礼なことを言わないでお兄様。」
いつになくカヤの口調が厳しい。
ゾロはほおっと片眉を上げた。

「ウソップさん、また庭の手入れをしてくださるって。申し出てくださったのに。」
「いらねーよ、別の業者に頼む。」
サンジは大またでウソップに近付くと、その胸をどんとどついた。
「見え見えなんだよ、カヤ狙いで来てんだろ。生憎だがてめーみてえな野郎にカヤは
 二度と合わせねえぞ!」
「…けど、カヤだって俺と話したいはずだ!」
「なんだとオラ…」
サンジのこめかみにぴきっと青筋が浮いた。
ゾロに組み敷かれたときよりよほど激しく怒っている。

「カヤは可愛い上に優しいから、てめえみたいなのとでもお情けで付き合ってやれるんだ。
 いい気になってんじゃねえぞこのタコ!」
「お兄様!」
「とっとと出てけ!」
サンジの足が唸りをあげてウソップに襲い掛かった。
それを間一髪で避けて、足を縺れさせながら飛びのく。

「カヤ、また来るから」
「来んな!二度と面見せんな。今度こそぶっ殺すぞ!」
ウソップは何度も飛び上がりながら手を振って逃げて行った。
器用な走り方ができるもんだと、ゾロは妙なところで感心する。

「ったく、ふてえ野郎だ。」
唾を吐いて向き直ったサンジの目の前で、カヤが俯いたまま立ち竦んでいる。
「カヤ、今日は風が強いからもう中に…」
そう言って肩にかける手を、同じく白い手がやんわりと外す。
見上げる瞳は薄い幕が張ったように青が滲んでいた。

「お兄様なんて、大嫌い!」
そう言うと身を翻して家の中に飛び込んだ。
羽織っていたカーディガンが、風に揺れながら足元に落ちる。
サンジは呆然とその後ろ姿を見送って、それから情けなく口を開けた。

「…カヤ…」


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