夜明け前 2

「きゃーっ」
「ひええっ」
束の間の静寂は、けたたましい悲鳴で破られた。
びっくりして二人で飛び起きる。
悲鳴は一階の方から聞こえてきた。
何度かバタンバタンと、扉を開ける音がして、そのたびに悲鳴が上がる。
ダンダンダンっと乱暴に階段を駆け上がる音がする。
男達の怒声が追いかけてきたが、バタバタとなぎ倒されるような物音と共に階下へ落ちて
いったようだ。
俺は嫌な予感に凍りついた。
またしても悲鳴が上がる。
バタンバタンと扉の開く音が、遠くから順番に聞こえてくる。
「お助けー!」
素っ頓狂な悲鳴が隣室から聞こえてきた。
ってことは、次は・・・
バターン!
ひときわ大きな音を立てて、目の前のドアが開けられる。
そこに立っていたのは、
――――――三刀流のロロノア・ゾロだった。




たっぷり5秒は固まったと思う。
全裸のまま、お姉さんと二人、シーツの中で抱き合って呆然としていた。
ゾロは俺の姿を認めると、すいっと目を細めて大股で近づいてきた。
用心棒はどうしたよ。
こういう宿には、必ずいるだろうに。
全員、やられちゃったかな。
ゾロは俺の前まで来ると、刀を抜き、刃を目の前に突き出した。
「いー度胸だな。俺をまいて女と乳繰り合うとは・・・」
まるで地獄の底から響くような声だ。
めちゃくちゃ怒ってる。
気のせいか緑の髪が逆立って見える。
怒髪天を突くってやつか。
余計なことを考えている内に、お姉さんが俺の前に立ちはだかった。
豊かな胸もあらわに両手を広げて、俺をかばう。
なんて美しい後姿。
「あんた、仮にもこの子の仲間なら、無体なことするんじゃないよ」
お姉さんの言葉に、ゾロの片眉がぴくりと上がる。
「人の弱みに付け込んで、サイテーだよ!」
「ンだとぉ・・・」
ぎりぎりと、音を立てそうなほどゾロが睨んでいる。
これって、普通は俺の女に手出しやがって・・・て構図なんだろうなあ。
ちょっと男女逆だけど。
しかしこの状況はまずい。
蹴りを繰り出したくても、素っ裸では躊躇われる。
俺はお姉さんの体に縋り付いた。
刃の切っ先が少しでもお姉さんの肌に触れたら、きっと裂けちまう。
「待て、ゾロ3分時間をくれ。」
「ああっ?」
これ以上はないくらい凶悪な面だ。
背中にどろどろのオーラが漂ってる気がする。
しかもオーラの向こうにはたくさんのギャラリーが・・・
「・・・おい、あれ三本刀だぜ」
「もしかして、ロロノア・ゾロか?」
小声でなにやら聞こえてくる。
俺はもう居たたまれなかった。
「ドアを閉めて、3分待て。3分たったら必ず出るから。約束する。」
約束、に力をこめる。
これを出せば奴が聞かないはずはない。
「なんで、3分なんだよ。」
「俺は素っ裸だ、阿呆!」
ゾロはちっと舌打ちすると、徐に踵を返してギャラリーに怒鳴った。
「誰か時計持って来い!」
さっきまでざわざわしてた見物人どもは悲鳴と共に蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、
宿主らしき男が、震える手で目覚し時計を持ってきている。
扉は乱暴に閉められた。



「あんた、大丈夫?」
優しいお姉さんは心底心配してくれている。
「窓から、逃げる?下りられるようになってるよ。」
俺は手早く服を身に付けながら、首を振った。
「どの道いつまでも逃げていられるもんじゃねえし、迷惑掛けて、ごめんね。」
鏡を見て身支度を整え、俺はふうと息を吐いた。
「それに、正直俺はあの直情直下型馬鹿野郎を・・・そう嫌いじゃない。」
お姉さんを安心させるように、ちょっと笑って心にもないことを言ってしまった。
たしかに、嫌いじゃないけどよ。
お姉さんはまたぎゅうっと俺を抱きしめてくれて、額をこつんと合わせてくれる。
「ありがとう。俺、貴女のお陰で、ちょっと救われた気がする。」
そして軽くキスをする。
感謝を込めて。


どごんっ!
とドアが鳴った。
やべえ、もう3分か。
少しでも遅れたらドアは蹴破られるだろう。
これ以上迷惑はかけられねえ。
俺は仕方なくドアを開けた。
・・・ら、目の前にクソマリモが。
あんまり近くにいたんでびっくりして、また固まってしまった。


硬直している俺を軽く抱え上げると、奴はまるで荷物のように肩に担いで階段を下りていく。
ギャラリーはさっきより増えていて、遠巻きに俺達を見送っている。
「・・・やっぱりゾロだぜ。海賊狩りの。」
「なんだってまた、こんなとこに・・・」
「賞金首だろ。」
俺はゾロの背中で死んだふりを決めた。
「あの金髪の男はなんだよ。」
「死んでるのかしら。」
「―――いや、さっき・・・」
いきなりゾロが出口のところで立ち止まり、振り向く。
見物人は一斉に身を隠した。
「邪魔したな。」
一声かけて、悠々と出て行った。

俺は恥ずかしいのとかっこ悪いのとで、身動きすらできなかった。
いっそ、死んでしまいたい。

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