やさしい手を持ってる 6

汚れた皿をそのままにしておけなくて、サンジは一人キッチンに残ってすべて片付けた。
ラアナにはうまく言って先に休んでもらっている。
散々飲み食いしたクルー達もそれぞれ部屋に戻った。

粗方片付け終えると、ふうと息をついて煙草に火をつける。
流石に今日は疲れた。
エプロンを外して、かしかしと頭を掻きながら2階へと上がる。



扉を開けると部屋は真っ暗だ。
ゾロはベッドに仰向けに引っくり返ってぴくりとも動かない。
・・・もう寝てやがんな。
起こさないようにバスローブだけ手にとって、浴室に入った。
さっと流してとっとと寝よう。

コックを捻って熱めシャワーを浴びた。
髪を掻き上げてシャンプーを手に取ろうと俯いて、ギョッとする。
排水溝に黒い髪の毛がこびりついていた。
・・・なんでだ?
もしや昼間にジルが来たのだろうか。
そんな筈はない。
人の出入りは多かったが、フロントにはいつも誰かが居たはずだ。
サンジは疲れた頭で最初の夜を思い出した。
いくら住み込みとは言え、タオルを自然に落とすことなんかできるだろうか。
寝ているゾロの上に、覆い被さったりできるか?
それともアレは・・・
ぞくりと、肌が粟立って、心臓がドキドキした。
熱い湯を浴びている筈なのに、寒気がする。
「ちっ」
髪を洗うはやめて、適当に流すだけで浴室を出た。
手早く身体を拭いてバスローブをまとう。
洗面所の扉を開ける前に、少し躊躇った。
またゾロの上にレディが居たら、どうするよ俺。
無駄に心臓がどくどく言っている。
ノブを握る手に力を込めて、思い切って押し開けた。



暗い部屋に洗面所の明かりが差し込む。
ゾロの上に予想した女の影はなかったが、代わりにゾロが身を起してこちらを睨んでいた。


「んだ、脅かすなよ。」
ホッとして、サンジは扉を閉めた。
ゾロの直ぐ脇を通り抜けようとして腕を掴まれる。
「んだよ。」
「やらせろ。」
いつもながらストレートな言葉。
サンジはこれ見よがしに大きくため息をついて見せた。
「生憎だが、俺は非常に疲れている。他を当たってくれ。」
サンジにしたらもうクタクタで、直ぐにでもベッドに潜り込んで眠りたいのだ本当に。
だがゾロは腕を緩める気配がない。
「今からでも街へ行け。金なら俺が貸してやる。」
「うっせえ。」
馬鹿力で引き倒されて、ゾロの胸元に飛び込むように抱きとめられた。
「てめえでいいから、やらせろ。」
ゾロの言葉にサンジはカッとした。
「ざけんな!てめえでいいとか手軽だとか、人を馬鹿にすんのも大概にしろよ!」
横抱きにされた状態で、足をばたつかせる。
ゾロの懐に入ってしまったため、蹴りがうまくヒットしない。
「なら、てめえがいい」
「ならってなんだ、ならって!俺はやだっつってんだろ!」
覆い被さるような口付けから逃れる為に、身を捩って抗う。
今日は疲れすぎているのか、ゾロの熱い手が体中を弄っても露ほどもその気にならない。
「俺はやだっつってんだ、離せ・・・」

睨みつけようと目を上げて、凍りついた。
ゾロの肩越しに、天井の隅から女が見ている。
長い黒髪がザンバラに垂れて、見つめる眼窩はぽかりとした闇のままだ。
「あ・・・」
あまりのことに声も出ず、呆けたように固まったサンジの首筋にゾロは顔を埋めた。
耳の後ろから舌を這わせて、あちこち吸い尽くす。
「あ・・・やだ、ゾロ止めろ」
サンジは狂ったように手をばたつかせて、ゾロの髪を引っ張り拳で肩を殴りつける。
「嫌だ、ぜってー嫌だ!」
ゾロは舌打ちして身体を起すと、バスローブの合わせ目から下肢に手を差し込んで、萎えたままのサンジ自身をきつく握りこんだ。
「い・・・!」
びくりと身体を震わせて、サンジは動きを止める。
「暴れっと潰すぞ」
「う、あ、あ・・・」
ゾロのでかい手が半端じゃない握力で圧迫する。
タマを潰される恐怖で身が竦んだ。
おとなしくなったのをいいことに、ゾロは何度も深く口付ける。
縮み上がったサンジをそのままに、身体を開かせた。









いつの間にか女の陰は消えていた。
洗面所の明かりでぼうと照らし出された白い壁を焦点の定まらないまま、じっと見つめる。
傍らでゾロが身を起して、タオルでサンジの下肢を拭った。
薄赤い色を認めて、顔を歪める。
さらに拭おうとする手に、サンジは爪を立てた。

「・・・触んな。」
はっきりと拒絶を表した、固い声。
「俺は、嫌だと言ったはずだ。」
怒りで声が震える。
無理やりされた。
力づくで。
俺は、嫌だと言ったのに。

「もうてめえとは付き合いきれねえ。野郎をレイプたあ気違い沙汰だ。」
「レイプだと。」
「レイプじゃねえか!俺は嫌だっつったぞ!」
声を荒げて睨みつける。
目元が赤いのを気づかれたって構わない。
「・・・悪かった。」
最悪だ、畜生―――
「何が悪かっただ。強姦して謝るな。最低だ、てめえ・・・」
じわりと何かがこみ上げそうになって、サンジは手元の枕をゾロの顔めがけて投げつけた。
ゾロは怯まずサンジを抱きしめようとする。
「離せ、見んな!てめえも幽霊も見てんじゃねえ!」
サンジに引っ掛かれた頬を押さえて、ゾロは目を細めた。
「幽霊だと?まだいやがんのか、あの女。」
「見てたじゃねーか、てめえの肩越しに、天井からずっと!」
サンジは髪を振り乱してベッドを叩く。
その様をじっと見据えて、ゾロは鬼徹を手に立ち上がった。

「何、する気だ」
サンジがシーツを握り締めたまま、呆然と見やる。
「うぜえから斬る。」
ゾロは天井の隅を睨んで鯉口を切った。
「よせ!」
転げるようにベッドから降りて、サンジはゾロの腕に手をかけた。
「たとえ幽霊でも俺の目の前でレディ傷つけんじゃねえ。」
「アホかてめえは!いい加減にしろよ。」
ゾロを制する手を逆に掴んで、サンジの身体を壁に押し当てた。

「誰にでもへらへら笑いやがって、女なら何でもいいのか、誘われたら野郎とだってほいほい寝んのか。」
「なに言って・・・」
ゾロがぎり、と奥歯を噛み締めて唸っている。
何でこいつ怒ってんだ。
いったい何を怒ってんだ。
「てめえは前に言ったよなあ。自分はコックでそれ以上でもそれ以下でもねえって。だから、俺ら海賊と違っていつでも真っ当な
 生活ができんだよな。」
サンジははっとしてゾロの顔を見た。
彼らしくなく、自嘲するような笑みが顔に張り付いている。
「強さを求めて、人殺して生きて、首に賞金かかってるような俺らとは、てめえは住む世界が違うんだよ。」
「なに、言ってやがる。」
ドコン!とゾロの腹に膝を入れた。
固い腹筋越しに、少しは衝撃が伝わったようだ。
「馬鹿にすんなっつってんだ。俺あ海賊だぞ。確かにレディは可愛い。コックとして生きて行く。けど、俺あ麦わらの一員で
 同じように血にまみれてっじゃねえか。」
まるで弱音を吐いているようなゾロに、サンジは諭すように言い募った。
「誘われたからって、そうそう野郎と寝たりすっかよ、見くびんなバカ野郎。てめえがあんまりモノ欲しそうだったから付き合って
 てやっただけだ。それを勘違いしやがって・・・無理やりこんな・・・」
「今更嫌がるなら何で最初に拒まなかった?てめえが嫌がらねえから、俺はてっきり・・・」
そこまで言って、ぐうと押し黙る。
「てっきり、なんだよ。」
サンジを壁に押し付けたまま手首を握る指に力がこもった。
「てっきり、お手軽だとでも思ったのか?」
「違う!」
再びがつんと脛を蹴った。
「てめえが言ったんだろうが、俺のが手軽だって。」
「てめーが嫌がんねえからじゃねえか。手軽だなんだって言い出したら、勝手に濡れる女買う方がよっぽど手軽だろ!」
覗き込むゾロの額にゴンと頭突きをかました。
自分でやっておきながら目の先に火花が散る。
「い、やに決まってんだろが、そこを曲げてだなあ・・・心の広い俺はだなあ・・・」
「じゃあルフィがさせろっつったらさせんのかよ。ウソップは?チョッパーは?」
「だあああああ!!気色の悪いこと言うんじゃねえ!」
本気で腹が立って、マッパのままゾロの股間を蹴り上げようとした。

その時、ガラスの割れる音がして、部屋の中に拳大の石が投げ込まれた。

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