やさしい手を持ってる 2

どういうこった?
サンジは首を捻りながら自室に戻った。
先に帰っていたゾロはベッドに凭れて持ち込んだ酒をラッパ飲みしている。
サンジはスーツを脱いでハンガーにかけるとつかつかとゾロに近寄った。

投げ出されていた片手を持ち上げてしげしげと見る。
別に汚れちゃあいねえな。
掌を見て甲も見て、よくよく確認してもただの手と変わらない。
タコだらけの分厚い手だ。
爪がギザギザに欠けている。
今度爪切ってやろうかな。
なんとなくそう思って、くんを鼻を近づけた。
ちょっと鉄臭えか?
中途半端に指を開いてされるがままだった手が、がしっとサンジの顎を掴んだ。

上向かされて唐突に口付けられる。
予期しない行動にサンジは手足をバタつかせた。
「・・・ん、ん〜〜〜…って、」
かなりの時間食む食むされて、なんとか解放された。
ゾロの手に縋り付く格好でサンジは息を上げている。
「なにしやがる!!陸でまでサカるんじゃねー!!」
「サカってんのはそっちだろ。誘ってんのか。」
ゾロは自分の濡れた唇をぺろりと舌で舐めた。
猛獣が餌を前にして舌なめずりしているようにしか見えない。
「ば・・・!誰が誘うか!!てめえの手が汚れてねえか見ただけだ!!」
ゾロの腕ごと払い退けて、後退りする。
確かに自分の行動は軽率だったかもしれない。
なにせ目の前の男は、ところ構わず欲情すれば押し倒す、性欲魔獣でもあるのだから。




実のところ、ゾロとサンジはいつの頃からかそういう関係になっていた。
切っ掛けは酒だったかもしれない。
知らぬ間に押し倒してきたゾロに舌打ちしつつ、目を閉じたのはサンジの方だ。
それからずるずると妙な関係が続いている。
本気で罵り合う、あまり相性がいいとは言えない仲間同士なのに、ゾロが誘えばサンジは断らなかった。
サンジとしては、男に掘られるなど天地が引っくり返ってもありえない、容認しがたい事柄ではあったが、なんせ事実なのだから
仕方がない。
本気で抵抗すればそこそこかわせるかもしれないが、お互い流血沙汰になるのは必至。
下手すると手を怪我する恐れもあるし、なにより強姦というシチュエーションだけは避けたかった。
男が男に無理やりされる。
最悪である。
(相手が)死んでも抵抗したいところだが、なんせ相手は人外の魔獣。
確実に息の根を止められる可能性は0に等しい。
ついでに言うなら、サンジはゾロに死んでもらいたいとは思っていない。
もっと正直に言うなら、夢の一つも叶えて見せろよと心中エールを送ってたりする結構コアな心の友だった。
あくまでサンジの中だけの話。
なもんで、下手に抵抗して無理やり犯されるより、男相手に欲情しちゃった哀れなケダモノに同情しつつ、温かく受け入れて
やっているという態勢を選んだのだ。
これはサンジにしか分からないことだけれど、自分を納得させるって事は結構重要なんである。



「ったく、わかったから先に風呂に入らせろ。がっつくんじゃねえバカ!」
がんと分厚い胸板を蹴って立ち上がった。
さすがに効いたのかゾロは軽く咳をしている。
渾身の力を込めて蹴ったのに、軽い咳で済んでるのがまた癪に障るが。

サンジはどかどかと歩いて乱暴にバスルームの扉を閉めた。
口の中で文句を言いながらシャツを脱いで顔を上げると、正面の鏡にどことなく嬉しそうな男の顔が映っている。
―――げげげ、何顔緩ませてんだよ、俺。
慌てて頬を両手でぺちぺちと叩いた。
その時サンジの後ろに写っている壁に掛けられたタオルがするりと落ちた。

・・・なんで、落ちんだよ。
振り向いて、床に視線を落とす。
端が引っ掛かってた訳じゃねえだろ。
ちゃんと真ん中辺りで棒に渡してあったじゃねえか。

なんとなく釈然としなかったが、所詮タオルが落ちただけなのでそれほど気にせず拾い上げて肩に掛けた。
先刻までのむかつくやら気恥ずかしいやらの気持ちはどこかに行ったので、鼻歌交じりでシャワーを捻る。
いや、これじゃこれからHするからって浮かれてるみてえじゃねえの。
思い直して顔を洗った。

気を引き締めなければ。
なんせ奴と寝るのは不本意なんだ。
「相手が人間語のわからない見境のないホモだから、仕方ないんだ。ボランティアだ。」
ぶつぶつ声に出して呟きつつシャンプーを手に取れば、フローラルな香りが広がる。
う〜んラアナちゃんの趣味だなあ。
一気に気分が高揚してまた鼻歌が出そうになった。
いかんいかんと俯いて、ぎょっとする。
浴室の隅の排水溝に真っ黒な髪の毛がごそりと詰まっていた。

―――なんだこりゃ。
泡だらけの手を軽く洗って、恐る恐る摘み上げた。
黒くて長い・・・女の髪?
前の客のか?
だが部屋の清潔さからして、ここだけ掃除していないというのは考えにくい。
さすがのサンジも気味悪くなって指を離した。
よく石鹸を泡立てて、隅々まで手早く洗う。

彼にしては実に素早い時間でシャワーを浴び終え身体を拭く。
バスローブはクローゼットかと腰にタオルだけ巻いて浴室の扉を開ければ、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
ゾロが寝そべるベッドの上に、長い髪の女が跨っている。
一瞬ぎょっとして慌てて扉を閉めた。

ちょっと待て・・・。
扉に頭をつけて数秒考える。
クソマリモの奴、女連れ込んだか?
いや違うだろ。
これから俺と・・・いやそーじゃなくて。
でも今のは・・・
意を決して乱暴に開けると、ベッドの上にはゾロが寝そべっている。
一人で。
「・・・なんだ、さっきからバタバタして。」
ゾロが首だけ上げて胡散臭そうな顔で見た。
サンジは「あ」とか「う」の形に口を開けたり閉めたりして、それからむうと怒った表情でどかどかとベッドに近寄り、サイドボードの
煙草に手をつける。
腰を下ろしてスパスパとせわしなく煙を吸い込むと、少し落ち着いた。

「あーその・・・なんだ、おい。」
煙草を指に挟んでちょいちょいとゾロを指す。
「てめえ今ここに黒髪の麗しいレディがいたら、いやもし居たとしたら・・・」
そこまでで言い淀む。
ゾロはだるそうに身体を起こすと手を伸ばしてサンジの首の後ろを抱え込んだ。
「ちょ・・・てめえシャワーもまだだろがっ」
「うっせえ、後で入る。」
手早くタオルを剥ぎ取ると、全裸のサンジの上に圧し掛かってきた。

明るい室内で、自分はマッパのまま服を着た男に組み敷かれる状況はたまらなく嫌だったが顔には出さない。
抵抗したら自分が惨めになるだけだ。
「跡つけんな。俺だって陸で遊びてーんだから。」
サンジの首筋に顔を埋めて軽く口付けていたゾロが、不満そうに唸った。
「変態野郎め。陸でまで手出してくんな。」
「うっせえ、てめえのが手軽なんだよ。」
ちくんと胸のどこかが痛んだが、サンジは敢えて無視した。
その代わりゾロへの憐憫の情を無理やり湧き出させる。
こいつはモノグサで横着なホモ男なんだ、可哀想になあ。
俺が相手してやんねえと板の節穴にでも突っ込むんだぜ。
見境のない穴フェチめ。
ゾロの手が性急にサンジの身体に熱を施す。
その内、胸を占めていたもやもやした感情も分からなくなっていって、サンジは快楽だけに身を任せた。

まあいいや。
俺も気持ちいいし。
突っ込まれるのも大分慣れたし・・・つーかもしかしてこっちのが気持ちいいかも。
とんでもない質量を持ったモノがゆっくりと入り込んでくる。
サンジは浅く呼吸を繰り返して身体の力を抜いた。
それでも息の漏れそうな半開きの口を、ゾロのでかい手が塞ぐ。
――――ああ、男の喘ぎ声なんざ、聞きたかねえよなあ。

やっぱり哀しいような切ないような、ちょっと痛い気持ちになってサンジは目を閉じた。


どうやらその時、サンジの中に別のモノも入ったらしい。










刻み込まれた体内時計は陸の上でも狂うことなく、サンジは定刻どおりに目覚めてしまった。
まだ夜は明けきっておらず、カーテンの隙間から差し込む光は柔らかい。
だりーな。
もうちょい寝てるか。
もぞりと寝返りを打つと、抱き込むように隣で眠る固い筋肉に当たった。
乱暴に押し退けても起きる気配はない。
素肌に触れるシーツの所々にざらりとした感触があって、サンジは不快気に眉を顰める。
後でラアナちゃんにこっそり洗濯機を貸してもらおう。
こんなもの、彼女に洗わせたりしたら大変だ。

ラアナの姿を思い描いた途端、サンジの胸の中になんとも言えないじんわりとした温かいものが溢れた。




シャワーを浴びて、空いたままのベッドにもう一度寝直す。
あまり早い時間から客が動き回るってのは、宿主も休まらないだろう。
昨夜と同じ部屋なのに、朝日が差し込むだけで全く違う印象を受ける。
部屋に足を踏み入れた瞬間、背中に下りてきた悪寒に似た空気は何だったのかと改めて思う。
浴室に行っても、昨夜の髪の塊は跡形もなかった。
ゾロが捨てるとは考えづらい。
「夢か?酔っ払ってたのか、俺。」
ゾロとの情事は跡を残しているけれど、その前のホラー体験は靄にかかったようではっきりと思い出せない。
隣のウソップやチョッパーも静かだったし、きっと何事もなかったのだろう。
ベッドに横になってそんなことと考えている内に、どうやらうとうとしたようだ。




「飯だってよ。」
乱暴な口調とは正反対の優しい手が、額の髪を掻き上げた。
サンジはぱちりとまぶたを開けて、慌てて飛び起きる。
「え、俺寝てたのか。」
陽射しはすっかりきつくなり、あろうことがゾロは身支度を終えていた。
「なんてこった、俺がマリモに起されるたあ・・・」
こんな明るい室内で無防備な顔を晒してしまったかと思うと、気恥ずかししくて暴れたくなった。
「先行ってるぞ。」
サンジの内心の葛藤など知らぬ顔で、ゾロはさっさと階下に降りる。
寝癖のついた頭を手櫛で治して、サンジも慌てて顔を洗った。

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