約束なんてしない  -9-


突然天井が割れて、絶叫と共に男が二人降ってきた。
何事かと反射的に撃つ前に横風に薙ぎ倒される。
無数の拳と斬撃に、武装していたはずの男達は成すすべもない。

「ナミーっロビンー!」
一見して立っているのは敵しかいないと判断し、ルフィは縦横無尽に暴れ捲くった。
ゴムゴムの斧がコントロールルームを直撃し、停電と共に火柱が上がる。
出発しようとしていた船が、ゲートを壊され戻ってきた。
ゾロが素早く飛び乗り船尾を切る。
ハッチが開けられ、乗員と思しき男達が慌てふためきながら下りてきた。
それを蹴散らし、船の天井を剥ぎ取る。

「きゃあああっ」
「なに?一体なに?」
騒ぎに目を覚ました女達が、悲鳴を上げながら飛び出してきた。
その内3人ほどが、逃げると見せ掛けて素人とは思えない動きで乗員たちに飛び掛り武器を奪っている。
ゾロはその光景を目の端に映しながら中にナミとロビンの姿がないのを確認し、もう一隻に飛び乗った。
今度は探すまでもなく二人の姿を見つけ、船体を刀で一閃して叩き起こす。

「ぷはっ!なに?!」
ガスで眠らされていたのか、咳き込みながらナミが身体を起こした。
海楼石で繋がれたロビンを解き放ち、起き上がるのに手を貸す。
「けほっ、剣士さんこれは・・・」
「説明は後だ、ズラかるぞ」
港ではルフィが暴れ捲くっている。
その背中が怒りに満ちているのに、ナミは目敏く気付いてたじろいだ。
「どう・・・したの、ルフィが怖い」
「ルフィだけじゃないわ」
ロビンがそっと囁き視線を送る先に、二人を置いて駆け出したゾロの背中がある。
そちらもまた、怒りが漲っていた。

「ナミっすわん!ロビンちゃあんっ!」
タイヤを軋ませ、ジープが回り込んできた。
運転しているのはサンジだ。
ウソップとチョッパーがマシンガンを手に、ところ構わず撃ちまくっている。
二人とも人が変わったように形相が険しい。
「よかった、さあ乗って」
「もう一台押さえるわ」
ロビンが腕を咲かせ、応援に駆けつけた別のジープを奪い取った。
ウソップが飛び乗り、ゾロとルフィを回収に回る。
突然の襲来に慌てふためく男達が逃げようと出口に殺到したが、すぐに慌てて舞い戻って来た。

「海軍だ!」
「大人しくしなさい!」
戻る人波を、“商品”として売られかけていた女が武器を構えて制する。
その隙にサンジとウソップのジープが脇を擦り抜け、外へと向かった。

途中、海軍の一団と擦れ違ったが、彼らはルフィ達には構わずまっすぐに地下へと駆け込んでいった。
大掛かりな捕り物のどさくさに紛れ、ジープはメリー号が止めてある波止場を目指し、夜明け前の街の中を駆け抜けた。





「一体、なんだったの・・・」
ジープを乗り捨てメリー号に落ち着いて、全員ラウンジに集まった。
ぐったりとテーブルに伏し、ナミが痛む頭を擦りながら顔を上げる。
「こんな島、さっさと出ちまいたいんだが」
「まだログが溜まってないもの、港を変える?」
「その必要はねえだろ、追っ手が来るように見えねえし」
あれほどの大騒ぎになったにもかかわらず、港は閑散として穏やかだ。
遠目に見える街の高台からはモクモクと煙が噴き出している。
なにごとかと表に出てきて、心配そうに眺めている島民の背中が並んでいた。

「私たち、迷惑を掛けてしまったわね」
ロビンの言葉に、ルフィはきっと振り返った。
いつも能天気な船長には不似合いな、強張って険しい表情だ。
「ロビンもナミも悪くねえ!悪いのはあいつらだ!」
「そうだな」
サンジは戸口に立って、ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
「まさか島ぐるみで人攫いとは、恐れ入ったぜ」
「そうなのか」
ウソップが今更ながらに驚き、チョッパーは顔を顰めた。
「まだ殴り足りねえ、あいつら全員ぶっ飛ばしてやる」
「もう充分だ、後は海軍に任せとけって」
サンジの声が穏やかに響く。

ここに至るまでの過程を、サンジは淡々と説明した。
ショップでロビンの手がかりを見つけたこと。
試着室の奥から通路に通じていたこと。
偽の伝承と島越えの畔のことも話した。
ロビンは不快気に眉を寄せ、ナミが憤慨してテーブルを叩く。
「そんっな無茶してたのこの島、最低よ信じられない!」
「眠らされる前に咄嗟に航海士さんの髪留めを残したんだけれど、気付いてもらえてよかったわ」
微笑むロビンの隣で、ウソップは蒼い顔でよくねえよと呟いた。
それは誰の耳にも届かないほど、小さな呟きだったけれど。

「いくら海流の関係で後戻りが出来ない島とは言っても、この島で人が消えるという事実までは消せないわ」
行方不明になった仲間を家族を、その身を案じて海軍に被害を届け出る者が後を絶たなかったのだろう。
政府もようやく重い腰を上げたというところか。
潜入捜査も始めていたらしい。
「なんにせよ、後は海軍に任せときゃいい。奴らなりの正義で裁くだろう」
「・・・そんな、ことでっ」
歯噛みするようにチョッパーが言葉を濁しながら唸った。
誰も、戸口に立つサンジとは目を合わさない。
短くなった煙草を海に投げ捨てると、サンジはさてと伸びをするように腕を上げた。
「みんな無事でなによりだ。俺あ、ちょっと便所行って来ていいかな」
「―――・・・」
ウソップは弾かれたように顔を上げ、誰ともなくうんと頷いた。
男達の硬い表情に気付いていながらも、ナミもロビンも何も言わない。
サンジはシャンと背中を伸ばして、しっかりした足取りでラウンジを出て行った。



足音が遠ざかってしまってから、ふっと弛緩するような空気が漂う。
ナミは恐る恐る口を開いた。
「あの、サンジ君なにかあった?」
ルフィが口を開く前に、ウソップが立ち上がる。
「なにもねえよっ」
「ウソップ・・・?」
ウソップらしからぬ剣幕にたじろぎながら、チョッパーもうんと頷いた。
「なにもないよ」
立ち尽くすルフィとゾロに目を向ければ、二人とも口を引き結んで黙っている。
ただ、瞳だけは臆することなく真っ直ぐに見つめ返していて、ナミはふっと肩の力を抜いた。
「そっか、じゃあもういいわね」
「そうね」
ロビンも頷き、お茶でも煎れましょうかと立ち上がった。





「コックさんほど美味しくないでしょうけど」
「そんなことないわ、とても美味しい」
「ロビンのお茶だ〜」
どこかはしゃいでテーブルを囲んでいると、外から声が掛かった。
出てみれば、市場からの配達だ。
気のよさそうなおっさんが荷車を横付けしている。
「昨日注文貰ったからさ、支払いも終わってる」
言って、手際よく荷物を積み込んで行く。
「金髪の兄ちゃんはどうしたい」
「・・・い、いるよ」
自然、つっけんどんな物言いになった。
サンジはまだ、トイレ兼バスルームから出てこない。
「なんだか、昨夜もまた人攫いが出たようでねえ。しかも今朝から爆発騒ぎとか、あちこちで大騒動になってる。こんな物騒な島じゃなかったんだがな」
「・・・」
相槌も打てないで、みな一様に固い表情だ。
「なんにせよお仲間は揃ってるんだろ、よかったな。金髪の兄ちゃんにもよろしくな」
おっさんはどこまでも愛想よく、手を振りながら立ち去っていった。
その屈託のない様子に、ウソップははあと詰めていた息を吐いた。
「もしかして、街ぐるみの犯罪だって知らないのかなあ」
「知ってる人と知らない人とがいるってこと?」
「協力者は何人かいるんだろうけど、大半は善良な市民なのかな」
どちらにしろ、海軍が乗り出した以上この島も無事ではいられないだろう。

ログが溜まり静かに港を離れる頃、海軍の艦隊が列を成して近付いてくるのが見えた。
ジョリーロジャーなど目の端にも留めないで、まっすぐに島へと向かっている。
「お出ましだな」
いつの間にか甲板に戻ってきていたサンジが、煙草を咥えながら通り過ぎる艦隊に目を細めていた。
「サンジ、大丈夫なのか?」
気遣わしげに尋ねるチョッパーに、ちらりと一瞥をくれた。
「なんともねえよ」
その瞳の冷たさと口調の堅さに、それ以上言葉を続けられない。
黙ってしまったチョッパーの帽子を取り成すように軽く叩いて、サンジはキッチンに入った。



「昨夜からろくに食ってないもんな、たんと食え」
テーブルにはいつもより豪勢な料理が所狭しと並べられている。
「新鮮な食材がある内に味わおうぜ」
「おお、うまほーっ」
ルフィがいつものように手を叩いてはしゃぎ、すぐさま飛びつく。
「ゴムは後だ、ささナミさんロビンちゃんどうぞ」
「飯―っ飯ーっ!
サンジに阻まれても腕を伸ばし、勝手に皿から奪い取っていく。
「ルフィに食われる前に食え!」
「わー俺の飯ーっ」
やいのやいのと騒ぎながら、ラウンジはすぐさま賑やかな戦場と化した。
ロビンまでもが自分の皿を死守すべく持ち歩き、何本も生やした手で防御して口を動かしている。
「美味しいわ、やっぱりコックさんのお料理は絶品ね」
「食べ出したらお腹空いてたこと思い出しちゃった」
殊更明るい声を出して、ナミも笑顔で頬張る。
「食い倒れの分まで食うぞ」
「食って食って倒れるぞー」
仕入れたばかりの酒を開け、自然と宴会になる。
サンジはニコニコしながら給仕していたが、自分は結局最後まで料理を口にしなかった。



「後片付けは俺がするから、サンジは先に休めよ」
チョッパーに促され、サンジは少し眉を下げながらも素直に頷いた。
断っても押し問答になるとわかっていたのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えよっかな」
「うん」
「そん代わり、今日の見張りは俺がするから」
え?とウソップまで顔を上げる。
「私がするわよ、なんせぐっすり眠ってたんだから」
ナミの冗談にも、サンジは穏やかに笑って首を振った。
「俺がしたいんだけど、ダメかなあ」
ダメかと問われ、ダメだと言い切れる雰囲気ではない。
「じゃあ、お願いしよ・・・かな」
「ちょっとでも、休まなきゃだめだぞ」
チョッパーは多くを語らずとも、もう涙目だ。
再びぎこちない沈黙が下りて、サンジはバツが悪そうに立ち上がった。
「じゃあ、俺行くし」
「うん」
「頼んだぞ」
せかせかと片付けを始める仲間たちを置いて、サンジは見張台へと上がっていった。




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