約束なんてしない  -6-


白一色の殺風景な建物の中に、長いベルトコンベヤーが通っていた。
その上を、意識を失くした若い女性が一列に並べられ運ばれていく。
無機質すぎてまるで悪夢のような光景を、サンジは呆然と眺めていた。
頭の後ろに突きつけられた銃からは、撃鉄を起こす音がする。
「何モンだ?まさか商品じゃねえだろ」
「クリミナルshopから来たんだよ、訳アリっぽいぜ」
試着室から侵入した経緯も、すべて監視されていたのだろう。
怪しげな地下にいる男達は慌てもせず、武器を携えてサンジを取り囲んだ。

「お仲間が行方不明と見て、追っかけてきたってとこか?」
侵入者にも慣れているのか、隙のない立ち位置で銃を突きつけた。
背後に回った男がサンジの両腕を後手にまとめ、縛り上げる。
その間に別の男がスーツの下から手を差し入れ、身体中を弄った。
「特に武器も持ってねえな、丸腰か」
「よほど腕に自信があるのか、単なる馬鹿か」
ベルトの隙間からも手を差し込み、尻をパンと軽く叩くと離れた。
「なかなかいい身体してんぜ、油断すんな」
「着いてきてもらおうか」
銃口に突かれ、サンジは大人しく歩き始めた。


地下にいる男たちはいずれも只者ならぬ雰囲気は持ち合わせていたが、海賊や海軍には見えない。
服装もバラバラで、階級や序列を感じさせるような会話もなかった。
――― 一体こいつら、なんなんだ?
単なる荒くれ者どもなら蹴散らして脅してナミやロビンの居場所を吐かせるが、ここまで大きな組織ではおいそれとは動けない。
現に、歩くサンジの横にはベルトコンベヤーに横たわった何人もの女性が運ばれているのだ。
かなり大掛かりな犯罪が行われていると見て、間違いないだろう。

突き当りには鉄格子に囲まれたコンテナのような檻があり、女性達はそこに順に並べられていった。
扱いは丁寧で、意識がないまま優しく横たえさせられている。
女性への敬意と言うより、商品を扱う丁寧さに似てぞっとした。
この中にナミやロビンもいるのだろうか。
キョロキョロする訳にはいかず目玉だけ動かしながら様子を伺うが、地下は広すぎてとても探し出せそうにはない。

「通路に入る前に仕留めてもよかったんだが、ちょうどシャボンティから注文入ってたろうが」
「ああ、金髪のノース産」
「多少年食っててもいいから、丈夫そうなのって」
「セルオード聖は無茶すっから」
前を歩く男が足を止め、くいっと銃先でサンジの胸を突いた。
「お前、ノース生まれか?」
「・・・ああ」
少し怯えた素振りを見せ、声を震わせて答える。
「やっぱな」
「目敏いなー」
再び歩き始めた男達の足並みを目で追いながら、サンジは頭の中で先ほど聞いた台詞を反芻した。
―――つまり、俺も商品ってことか?

サンジには男の価値などさっぱりわからないが、需要があるのは知っていた。
幼い頃からやんちゃだったから、黙って大人しくしていれば売り物になるのにとからかわれたこともある。
その時の言葉を今さら思い出して、この場で活用することにした。
黙って大人しくしていれば、商品として紛れ込めるかもしれない。
それでも黙っていられなくて、それとなく声を詰まらせながら口を開いた。
「俺・・・どこに連れてかれる、の」
「んー大人しくしてたら乱暴なことしないぜ。ああそうだ、誰か探しに来たんだっけか」
男達の言葉は、粗野でも荒ぶってもいない。
寧ろ淡々と事務的だ。
仕事に慣れているせいかしらないが、悪事を働いている後ろめたさも感じられなかった。
「彼女かなにかか」
「違う、けど・・・」
嘘でもそうだと言えばよかったと、どうでもいいところで悔やまれる。
「行き先バラバラだから、会わせてやれないかもしんねえな」
どこまでもソフトな口調で話す男の横に、ジープが止まった。
数人が乗り込み、サンジの腕を抱えて乗せさせる。
「とりあえず、お前は明日の便だな」
「今日のはもう一杯だろ、能力者乗ってるし」
はっとして、身構えた。
能力者って、まさか―――

走り出すジープがコーナーを回ると、半分海の入り江になった広場に出た。
見上げれば、天井は真っ白で中央が丸く盛り上がったドーム型になっている。
遠くには、同じような形の灰色の天井も垣間見えた。
「―――これは・・・」
小さく呟き、ついで入り江に止められた小型船に目を奪われる。
多くの女性達が整然と並べられた船内の一段高いところに、見覚えのあるオレンジ色の髪と、まっすぐな黒髪が見えた。
「あれ、てこずったんだよな。その分高く売れるぜ」
「海賊らしいぜ、麦わらとかなんとか最近売り出し中の」
「えー海賊ってやばいんじゃね?」
やばいのはお前らだろうが。
そう怒鳴って蹴り飛ばしてやりたいのを危うく堪える。
ジープは速度を上げて広場を横切り、サンジは後手に戒められたまま腰を浮かした。
「あの、あの船はいつ出るんだ?」
「明日の朝だ。明け方霧が出るから、それに乗じて出港する」
今は、もう夜中だろうか。
あと何時間も猶予はない。

「お前は明日の夜の便な」
乗り出した身体をぐっと掴まれ、再びジープの上に押し倒された。
サンジの視線が入り江の方から離れないのを見て、リーダー格の男がニヤリと笑う。
「お前、もしかして麦わらのなんとかの一味か?」
指摘されたサンジ以上に、他の男達が驚いた。
「え?こいつ海賊?」
「違うだろ」
戸惑うサンジを引き上げ、腰に手を回すようにして抱き寄せた。
「クリミナルshopから入って来たんだろうが。あの女の匂い追ってきたってことじゃねえか、なあ?」
頬に唇を寄せるようにして問われ、サンジは顔を顰めた。
否定しないことを肯定と取り、男達は好奇心に満ちた目で眺め回す。
「へえ、こんなんで海賊やってられんだ」
「そもそも麦わらってのの船長が能天気なガキっぽかったぞ、手配書見る限り」
「もう一人賞金首いたよな」
グダグダと話している内に、ジープはいつの間にか掘りっ放しの洞穴のような場所を走っていた。
やはり、ここは島の地下を縦横無尽に張り巡らされた施設らしい。

「こんだけ大掛かりなことして、島の自警団とやらは機能してねえのか」
サンジの言葉に、男達はおかしげに笑い出した。
「ああ、自警団は有能だぜ」
「島の安全を守ってるのは、俺らだからな」
目を瞠るサンジに、背後で抱えている男が顔を寄せた。
「島に立ち寄ってくれる観光客達は、金の成る木だ。男達はたまの上陸に景気よく金を使ってくれるし、見栄えのいい女は商品にもなる」
「野郎でも、あんたみたいに価値のある男もいるしな」
サンジは男の腕に抱えられながら、まさか・・・と呟いた。
「島ぐるみで、グルなのか?」

光り輝くネオンに彩られた島中央のエンターテイメント施設は、女達をおびき寄せる罠だ。
安全な島との触れ込みだから、観光客たちは油断している。
短い滞在の間に姿を消しても、島越えの畔に落ちたと言えば誤魔化しが聞いた。
後付けのいい加減な言い伝えもどきも、都市伝説と相俟って観光客には信憑性が増す。
結局、街での目撃情報も海浜公園の管理人の話も、すべて嘘っぱちだった。
仲間が消えても定められた時間内に出発しなければならないから、管理人の話を鵜呑みにし行方不明者をそのままに船は出港する。
エターナルポースが示す先の島に、いなくなった仲間が待っていると信じて。
その先で二度と出会えないとわかっても、海流の関係でもう後戻りはできない。
消え去った旅人は二度と戻らない。
それがこの島だ。


得意気に語る男の口元をサンジは呆然と眺めていた。
本当に、島ぐるみでの犯罪なのだろうか。
あの、陽気な市場のマダム達も。
気のいいおっさん達も、みんなみんなわかってて加担しているのか。
そう言われて思い出してみれば、みな一様にサンジの身を心配していた。
夜に出歩かないよう、宿も一つところで決めてしまうようにと再三注意してくれたっけか。
あれは、親しく口を利いたから情が移って、案じてくれたと言うことか。

「麦わらの一味だってんなら、餌に使えるな」
車に付けられた電伝虫と話していた男が振り向いた。
「どうやら街でそいつらが一騒ぎしてるらしい。人攫いだってんで、物騒なことになってるとよ」
サンジは拘束された状態で愕然とした。
ナミやロビンに次いで自分も消えてしまったことで、仲間に更なる心配を掛けてしまったようだ。
面目ねえなと思いつつ、不意にゾロのことが頭に浮かんでちくりと胸が痛む。
こんなことにならなければ今頃は・・・と思うと、薄ら寒いような落ち着かないような妙な気分になった。
その中にはほんの少し「がっかり感」も含まれているようで、そんな自分自身に戸惑ってしまう。

「賞金首がそうおいそれと掴まるか?」
「遅かれ早かれ女探して暴れ出すだろ。大事になる前に、こっちを餌に誘き出しておいた方がいい」
その間に、ナミ達を“出荷”してしまおうという魂胆か。
「餌撒け、金髪の優男が掴まってると街のもんから聞けば、やつらはこっちに来るだろう」
サンジが通された場所は、ナミ達がいる入り江からかなり離れた山の中の洞窟だった。



岩壁をくり抜いて鉄格子が嵌められている。
よく見ればそれは海楼石で出来ていて、能力者も収容できる牢獄だと知れた。
ゴツゴツとした岩の向こうには海が見えて、海浜公園の入り口にも似ている気がする。
「おい」
女性達を運んでいた小型船とは明らかに仕様の違う、薄汚い海賊船が着けていた。
呼ばれて出て来たのは、いかにもといった風体のゴロツキ共だ。
「新入りだ」
サンジが前に突き出され、海賊らしき男達は不満そうに声を上げた。
「なんだまた野郎かよ」
「たまにはこっちにも女回せよ」
そのブーイングには同意できる。
脳内で暢気に同調しているサンジを余所に、リーダー格の男は取り成すように手を上げた。

「まあそう言うなって、こいつはシャボンティに運ぶつもりだったがちと話が変わった。先にお前ら味見していい」
ぎょっとするサンジの前で、ゴロツキ共は大仰に首を竦めて見せた。
「先にって、結局売り出すんだろ?」
「買い手はセルオード聖だ、どうせ満足に遊び尽くす前に殺しちまうよ。それに、なにより丈夫なのをご所望だから、お前らでその“丈夫さ”を証明してやったらいい」
「んな細腰で、耐えられんのか」
「先に俺らで壊れちまったら、売りつけもできやしねえぜ」
言いながらも、サンジの身体を引き寄せて好き勝手に弄り始めた。
あまりの展開に驚愕しすぎて、サンジは声も出ない。
その様子を見て、度を越した恐怖に身が竦んでいるのだと男達は判断した。
「途中邪魔が入るかもしれねえが、いつものことだから」
「ああ、そん時はショータイムの始まりだろ」
下卑た声で笑うゴロツキ共の中にサンジを残し、男達はジープに乗って来た道を戻っていった。



砂煙が舞う中、呆然と立ち尽くすサンジの顎を掴んで引き上げる。
「こりゃノース産か、見事な金髪に瞳が蒼い」
「色だって真っ白だ。日に焼けててこれだから、服の下はさぞかし白いんだろうなあ」
舌なめずりするような口調に俄かにぞっとして、サンジは怯えた風に後ずさりした。

こんなところで野蛮な男共に関わっている場合じゃない。
早くナミ達を助けなければ。
けれど、距離的にかなり遠いところまで来てしまった。
ナミ達以外にも、多くの女性達が意識を失くして囚われている。
自分も足は自由になるとはいえ、両手は戒められたままだ。
目の前にいる男は5人。
いずれも体格がよく、身のこなしにも隙がない。
船の中にも、何人か出入りしている。
獲物は銃に刀、ライフル―――

「可哀想に、怯えて声も出ねえか」
男が前髪を掴み、乱暴に引き寄せた。
反射的に蹴り飛ばしそうになる足を踏ん張り、サンジはぎゅっと目を瞑った。







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