約束なんてしない  -5-


「手分けするっつったって、一体どこ探す?」
「そりゃあ、あそこしかねえだろ」
話しながら向かう先は、夜が早いこの街にあって、ただ一箇所だけ煌々と明かりが点いている島の中央。
高台にあるエンターテイメントゾーンだ。
ホテルやカジノ、ショッピング街が完備され、ナミとロビンはそこに滞在していると思っていた。
あそこに行けば、なにか手掛かりが掴めるかも知れない。
「ああいうとこって、なんか気後れすんだよなー」
「眩しくて、居心地が悪い」
すっかり貧乏性が染み付いた・・・もとい、海賊風情が身に付いたウソップとチョッパーは近寄ることすら考えなかったらしい。
サンジとて、女性同伴でもなければ一人でフラフラ立ち寄らない場所ではある。
「確かにナミさんやロビンちゃんのようなゴージャス美女じゃねえと似合わねえ場所ではあるが、背に腹は代えられねえ。行くぞ!」
ナミさんっロビンちゅわんっ、待っててー!と雄叫びを上げながら、高台までひた走った。



さすがにここは島の中でも別天地のようで、夜半を過ぎても店が開き多くの人で賑わっていた。
客はほとんどが観光客で、垢抜けた美女も入れば物々しく武器を携えたならず者らしき団体もいる。
地元民は主に接客に励む店側の人間ばかりで、この島最大の歓楽街らしい。
「んじゃ俺、チョッパーとカジノ覗いてくる」
人型になってもちょっと異形なチョッパーは、なるべく単独行動を取らない。
手分けして探すにも二手に分かれるだけとなるが、肝心のルフィとゾロがいないのだから仕方なかった。
「わかった、じゃあ俺はナミさん達が立ち寄りそうな店を当たる」
時間さえあればナミやロビンの買い物について回りたがるサンジは、彼女達の好みも大体把握していた。
これだけ広いショッピング街なら、彼女達好みのブランドが入った店も数店あるだろう。
「1時間後にここに一旦集まるぞ」
「おう」
じゃあなと別れて、サンジは小走りにアーケードの下を通った。
時刻は8時前で、店の中には数箇所閉店の素振りを見せるところもあった。
なんにしたって早すぎだろうと口の中で毒づきながら、片っ端から店員に声を掛ける。
「昨日か今日、まっすぐな黒髪の背の高いナイスバディなレディと、オレンジ色のショートヘアのキュートなレディを見なかったか?」
人に尋ねるのに手配書を掲げる訳には行かず、いつものサンジ的形容で説明する。
3軒目で、フォーマルドレスを扱っている店の紳士がああそれならと反応した。
「昨日お見えになりました。お二人とも、どのドレスもとてもお似合いでたくさんご試着いただきましたねえ」
「さすがナミさん達だ、昨日のことでも記憶に残る美しさだったんだな」
「それはもう、あれほどご試着されても最後はクールに立ち去られたので印象に残っております」
この紳士、上品な物腰ながらなかなか言う。
「そのレディ達、どこかに泊まるとかなんとか言ってなかったかな?」
「さてそこまでは・・・」
申し訳ありませんと慇懃に詫びられ、サンジは仕方なくその店を出た。
今度は斜向かいの帽子屋に寄る。
「ああ、覚えてるよ。はっきりした子だったなあ」
帽子屋の陽気な兄ちゃんも、昨日来たと教えてくれた。
「二人ともなに被ってもよく似合ってた。まあ、うちの商品全部被って見せたんだけどね」
言いながら苦笑いだ。
さすがナミさん、あちこちで武勇伝を残している。
「どっか泊まるとか、言ってなかったかなあ」
「んーどうだろ、これからカジノ行くとは言ってたけど」
やっぱりカジノか。
そっちの線のが固いかなあ・・・と思案していたら、クルーがよく利用する量販店を見つけた。
品物がそこそこいいのに値段も安く、ナミも重宝している。

中を覗くと、すっかり店じまいの雰囲気だった。
どうしようかと足を止め、表に出されたワゴンを何気なく見た。
綺麗に畳まれた衣服の端っこに見慣れたものをみつけ、はっと二度見する。
「これは・・・」
手に取ってみれば、ロビンが手首につけていたオニキスの腕輪だ。
内側を確かめると、この間の戦闘で付いた傷も残っている。
ロビンのものに間違いない。
「ロビンちゃんは、この店に来たんだな。でもなんでこんなところに」
ただの忘れ物ではない。
直感でそう思って、サンジは腕輪を握ったままそれとなく店員に近付いた。
「ちょっと聞きたいんだけど、この店にオレンジ色の髪の可愛らしいレディと、ストレートな黒髪でミステリアスな美女の二人連れ、来なかったかな?」
店員は軽く首を傾げ、さあと答えた。
「うちお客さん多いんでねーあんまり憶えてないなあ」
「二人とも、目を引く美女なんだけどな」
「あーそうっすか、でも憶えてないなあ」
あまりに素っ気無い対応が、逆に怪しい。
サンジはふうんと店内を見渡して、奥へと進んだ。
「ちょっと見させて貰っていい?」
「あーもう閉店なんでー」
「ちょっとだけだから」
店の外のワゴンにロビンのものがあったなら、あるいは―――と目を光らせていたら、試着室のカーテンフックに髪ゴムを見つけた。
これは普段ナミが使っているものだ。
「・・・やっぱり」
単なる忘れ物じゃない。
店のワゴンでここだと知らせ、試着室でこっちだと誘導している。
ロビンが腕を生やして意図的に残したものに違いない。

サンジはチラリと表を見た。
店員は外のワゴンを片付けに掛かっている。
髪ゴムが引っ掛かっていた試着室の中に、靴を履いたままそっと入ってみた。
中にはハンガー掛けと鏡があるだけ。
自分の鏡像と向き合うようにして、サンジはそっと手の甲を鏡に打ちつけた。
コツコツと鈍い音がするのに、数箇所軽い音が帰ってくる場所がある。
確かめてから、そっと右側の端を押した。
左側が浮いてくるりと回転する。
「仕掛け鏡か」
人一人が通れるような狭い通路が現れた。
ここでナミやロビンが試着しようとしている時に、内側から浚ったのか。
「もしかして半裸じゃなかったのか?このおお羨ましいいいい」
大人しく掴まるような二人じゃないが、先にナミが半裸状態で捉えられたならロビンも手出しできなかったのかもしれない。
それとも、二人同時に浚われたか。
試しに、別の試着室に入って確かめてみた。
驚いたことに、そこにも仕掛けがある。
10ある試着室のどれもが、内側から開くようになっていた。
「なんだよこれ」
サンジは呆然として、最初の試着室へと戻った。
これじゃあまるで、人を浚うために作られた店みたいじゃないか。

店員が戻ってくる気配がする。
サンジは素早く鏡の向こうに身体を滑り込ませると、音が立たぬよう静かに閉めた。


鏡が閉じると、ぱっと足元に灯りが点いた。
人攫い側には至れり尽くせりの設備らしい。
二人が並んでやっと通れるくらいの狭い通路が続いており、ところどころで合流していた。
すべての試着室からの道がここに合わさっているようだ。
「クソッたれが」
毒づきながら先へ進み、扉の前で止まった。
さてこれは押すべきか引くべきか。
腹立ち紛れに蹴破ってやろうかと思っていたら、扉の向こうから音がした。
はっと身構えてどこかに隠れようにも、身を隠す場所はない。
誰かが姿を現したら蹴り飛ばすしかないと覚悟を決めて待っていると、扉の向こうから近付く気配は横切るように通り過ぎていった。
―――向こうにも通路があんのか?
音が去ってしまうのを待って、そっとノブを回す。
難なく回り、扉が開いた。
扉の向こうは4つ辻になっていて、さらにその奥にも道があるようだ。
「まるで迷路じゃねえか」
呆れてポケットに手を入れ、煙草を取り出しかけて止める。
こんなところで煙草を吸っている場合ではない。
足音が去っていったのはこちらの方角かと、適当に見当を付けて歩いた。
歩けば歩くほど道が別れ、また合流して、まるで巨大なアリの巣にいるようだ。
しかも通路は少しずつではあるが、下に向かって傾斜している。
「こりゃあ、かなりでかい組織だぞ」
島の地下が全部こうなってんじゃないかと思っていたら、突き当りにドアがあった。

ここに至るまで誰にも会わず、人の気配も物音も何もしなかった。
浚われたナミとロビンを追っているのに、こんなにスムーズに進んでいいものだろうか。
言い知れぬ不気味さを感じながら、サンジは先ほどと同じようにドアノブに手を掛けた。
―――鬼が出るか蛇が出るか。
ままよ、とノブを回し扉を押す。
足元を光が照らし、ついでに複数の影が過ぎった。



「今度はサンジか?」
ウソップとチョッパーは、待ち合わせの広場で途方に暮れていた。
ナミとロビンを探しに出たはずなのに、今度はサンジが帰って来ない。
まさにミイラ取りがミイラになってしまった。
「おおーいサンジー」
「サンジーこらー」
闇雲に叫んでみても、行き交う観光客の注目を浴びるだけだ。
「参ったなあ」
どうする?とお互いに顔を見合わせても、知恵は浮かばなかった。
カジノで聞き込んだが、ナミとロビンの目撃談はまったく出てこなかった。
ここには来なかったのかと、収穫がないことに肩を落として帰ってきたのだ。
それなのに今度はサンジが消えるとは、やはりここが怪しいんじゃないかとか思えてくる。
「ルフィは、次の次の島に行っちゃったんだよねえ」
「ゾロもな」
はーと二人でため息を吐いて、どうしようどうしようとオロオロと歩き回る。
と、坂の下から聞き慣れた声が近付いてきた。


「おおーいーサンジー、ウソップー」
「え?」
「ええ?」
驚いて振り返ると、赤いシャツに麦藁帽子のルフィが、ぶんぶんと手を振りながら走ってきた。
後ろにはゾロがいる。
「チョッパー!」
「ルフィ!」
「ゾロっ!」
おおおおと抱きつかん勢いでウソップ達は駆け寄った。
「お前どうしたんだ、どこ行ってたんだ」
「どこもねえよ」
抱き返すルフィは全身濡れネズミだった。
勿論ゾロも同様だ。
「あのおっさん、次の次の島に着くっつってたのに、港の反対側に出ただけだったんだぜー。しかも海の中。俺もうちょっとで溺れそうだった」
「危なかったぜ」
ゾロが追いかけなければ、それこそルフィは海の藻屑だったのだ。
「なんだよそれ、不思議川じゃなかったのか?」
「そうだよー不思議川じゃなかったんだよ」
ルフィが残念なのはそこらしい。
「なあ、ロビンもナミも」
「んなもん、端からあんなとこに落ちる二人じゃねえよ」
ゾロはやれやれと濡れた髪を掻いている。
「結局ルフィが身体張って、嘘だってことを証明しただけだ」
「なんだよそれ!」
チョッパーは憤慨しつつ、あれ?と首を傾げた。
「で、なんでここに来たんだ?」
「あーこっちがキラキラして賑やかそうだったからな。ナミとか光るもん好きだろ」
「ああそりゃあまあ・・・」
納得しかけて、ウソップはそれどころじゃないと向き直った。
「大変なんだ、今度はサンジが消えた」
「ああ?」
「なに?」
ギリッと目を剥くゾロの後ろで、ショッピング街の店がまた一つ灯りを消した。





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