約束なんてしない  -4-


「おかしい、絶対に変だ」

7時を少し回った辺りで、サンジの落ち着きがなくなった。
苛々と煙草を弄り回し、店の表に出ては戻るを繰り返している。
「落ち着けよー、ちょっと遅れてるだけだろ」
「飯ー」
テーブルに着いて腕組みしているウソップの隣で、ルフィは早くもだらけている。
ゾロはとっとと酒を頼んで、先に瓶ごと呷っていた。

「寄り道してんじゃないかなあ、買い物とか長いから」
チョッパーの言葉に、サンジは真剣な面持ちで首を振った。
「確かにレディの買い物には時間が必要だ。だがな、今夜の夕食は仲間の確認のためにナミさんが言い出したことなんだ。当のナミさんが1秒だって遅れるなんてことありえない」
「やー、あいつ結構身勝手だし」
多少遅れても「可愛いから許して」なんて平気で言うタイプだ。
そう首を竦めるウソップをぎろりと睨み付け、ゾロの手から酒瓶を奪い取った。
「ここは時間制限があるんだぞ、ナミさんが1秒だって遅れると思うか?」
「う」
「お」
途端、仲間達は神妙な顔つきなる。
「確かにおかしい、ありえねえ」
「うん」
俄かにソワソワと立ち上がるウソップ達を尻目に、ルフィは縦横無尽に手を伸ばし口に入るだけ料理を詰め込んだ。
ゾロも新しい酒瓶を開け、一気に飲み干す。

「うし、んじゃ行くか」
「おう」
ドンとテーブルを叩いて立ち上がる二人に続いて、サンジとチョッパーが飛び出した。
「え、ちょっとちょっと・・・結局俺かよー!」
ゾロとルフィの2名分だけ料金を払って、ウソップも遅れて飛び出す。





「探すっつったって、見当もつかねえぞ」
「この街は広いようで、行く場所は結構限られてる。手当たり次第に当たるしかねえだろ」
「でも、もしどこかで入れ違いになったら・・・」
ああだこうだと話しながら、とりあえず闇雲に街の中を歩き回った。
日が暮れて市場もほとんどが店を畳み、街灯が少ない大通りは極端に暗くて人影もまばらだ。

駆け出しかけたサンジを、ゾロは肘を掴んで押し留めた。
「落ち着け、お前が慌てたところでどうなるもんでもないだろ」
きっと睨み返すサンジは、ゾロが驚くほどに血の気の引いた顔をしていた。
「だって、もしナミさんとロビンちゃんにもしものことがあったら・・・」
「アホか、殺したって死なねえ奴らだろうが」
「んな訳ねえだろ!どんだけ賢くったって強くたって、か弱い女性だ!」
そう叫び、髪を掻き毟る。
「大切で大切でとても大事な俺の女神だ。ああ、こんなことになるならずっと一緒に行動すればよかった」
「ガキじゃねえんだ、そこまでお守りしてどうする」
「俺はお前のお守りしてたんだぞこの野郎!」
そのまま掴みかかり、襟首を引き寄せて揺さぶった。
やり場のない怒りと焦りを、ゾロはされるがままに受け止める。
「止めろよサンジ」
「そうだ、まだトラブルに巻き込まれたって決まった訳じゃないんだから」
ウソップとチョッパーに止められ、ゾロを忌々しげに睨み付けながら手を離す。

「サンジ、ナミとロビンは俺らにとっても大事な仲間だぞ」
ルフィに言われ、はっとして振り返った。
「だから大丈夫だ。俺達がなんとしても見つけ出す」
そう言ってにかりと笑うルフィに、サンジはバツが悪そうに俯いて頷いた。



「ちょっとごめん」
まずは手当たり次第に聞いてみようと、路地裏でゴミを片付けているおっさんを捕まえる。
「今日、いや昨日からこの街で黒髪とオレンジの髪の美女二人連れ、見なかったかな?」
おっさんは一旦小首を傾げてから、そう言えばと切り出した。
「あんまりはっきりは憶えてないが、若い綺麗なお姉ちゃんが二人、岬の方に行くのは見たよ」
「いつ?!」
「さあて、午後の3時ごろ・・・だったかなあ」
「岬ってどっち?!」
サンジの迫力に押され、おっさんはよろめきながら指差した。
「港から海に向かって左手の方角に、海神様を祀った祠があるから。そっちは海浜公園になってて観光客がよく行くんだ」
「ありがとう」
観光客云々より“祠”という部分に反応して、一行は足を速めた。

「もしかして、ロビンがなにか調査しに行ったのかな」
「なんでもかんでもすぐに首を突っ込みやがって、面倒掛けやがるぜ」
「「「お前が言うな!」」」



すっかり日が暮れて、月の光だけが海面を煌々と照らし出している。
砂浜沿いに走れば、おっさんに教えてもらった祠はすぐに見つかった。
さして古そうでもなく、観光客用に愛の鍵だとかなんとかおまじない要素まで付けられた、いかにもな観光名所だ。
「ほんとに、こんなとこにロビンが来たのかなあ」
「来たとしてもすぐに興味をなくして帰りそうだな。俺だって、こんなとこに歴史のロマンは感じねえぞ」
一通りぐるっと見回っていると、注連縄を張られた祠の中から灯りを掲げた老人が現れた。

「あんた達、そこでなにしてんだ?」
すかさずサンジが前に出て、小柄な老人を威圧するように迫った。
「人を探してんだ、爺さんこの辺にいつもいるのか?」
「ああ、海浜公園の管理人だが・・・」
「じゃあ、今日すごいナイスバティな美女が二人、ここに来なかったか」
その問いはアバウトすぎるぞと突っ込む前に、老人はああと声を上げた。
「さあて、若い娘さん達はたくさん来なさるがな。確かに目を惹く二人連れがいたなあ」
「いつ、何時ごろ、どこ行った?」
勢いづくサンジを前に、老人はゆるく首を傾げた。
「そう言えば、あの子達が帰るのを見ておらんかもしれん・・・」
「なに?!」
俄かに、仲間達は色めき立った。
「帰るのをって、ここには来たけど帰ってないってことか?」
口を挟んだウソップを、珍しいものを眺めるみたいな目で一頻り見つめて老人は頷いた。
「ああ、たまにあるんじゃ」
「たまにあってたまるかー!」
張り倒す勢いで怒鳴るサンジに、まあまあと皺くちゃな手を翳す。

「もしかしたら、誤って島越えの畔に落ちたのかもしれん」
「しまごえ?」
聞き返したチョッパーに目を留め、これはこれはと相好を崩す。
「またなんとも珍妙な・・・」
「俺のことはいいから!それはなんだよ」
老人は慌てる素振りもなく、それならばと踵を返した。
「付いて来なされ、こっちじゃよ」





ゆらゆらと揺れる明かりに誘われ、注連縄の向こうへと足を踏み入れる。
洞穴の中は奥行きが深く、その最も奥には柵を隔てて勢いよく水が流れる川があった。
唐突にあふれ出した水が壁沿いに急激な流れを作り、そのまま暗い穴へと抜けている

「これは、洞穴の水が海へと流れ込む場所じゃよ」
掲げられた札には「この先立ち入るべからず」と書かれて入るが、誰でも容易に踏み込める場所だ。
「この流れに落ちると、不思議なことに島ひとつ隔てた隣の隣の島の入り江に出るんじゃ。どうしてそうなっておるのかは誰にもわからん。だから島のモンはここには立ち入らんが、観光客なんかがたまに落ちる」
「落ちるんかい!」
ウソップの突っ込みに、老人はニコニコと笑っている。
「落ちても大丈夫、心配はない。一旦潜ってぶくぶく泡立ったあと顔を上げれば、何故か知らんが島の入り江じゃ。溺れることはない」
「じゃあ、その隣の隣の島に行けば、ナミ達はいるんだな」
「大丈夫じゃろう。今頃隣の隣の島で、ここはどこかと首を傾げているじゃろうな」
「早く行ってやらないと」
気が急くサンジを、ゾロが押し留めた。
「隣の隣の島ってえのは、ログポースの進路か?」
「ああ、そうじゃ。だからここでログを溜めてから出発せんと行き着かん」
「えー」
「なんだよそれ」
声を上げるウソップとチョッパーにほっほと笑い返す。
「じゃから急がんでいいと言ったじゃろ。あんたらは予定通りに島を出港して、隣の隣の島に立ち寄れば先回りしたお仲間が待ってるってことじゃよ。心配いらん」
「そんなこと・・・」
戸惑うサンジの後ろで、ルフィが動いた。
「こっから遠い島に繋がってる不思議川ってことだな」
「ああそうじゃ」
頷く老人の目を見つめ、ルフィはにかりと笑った。
「んじゃあ、俺も行ってみるわ」
言うや否や、ルフィはそのまま流れの中に飛び込んだ。


「ル?!」
「ルルルルフィ?!」

慌てても後の祭りだ。
大きく水飛沫を上げて、赤いシャツはあっという間に流れの中に沈んでしまった。
「こんのっ馬鹿」
呟いて、ゾロもすぐさま後に続く。
「ゾロっ」
「ルフィは任せとけ!」
激しい水流の中に、ゾロの姿もすぐに消えた。
後には、3人と老人1人がぽかーんと取り残された。



「まさか・・・飛び込むとは」
老人は目を白黒させてサンジ達を振り返る。
「じいさん、本当なんだろうな!隣の隣の島に着くって!」
「ルフィは?ゾロは大丈夫なんだな?!」
「あ、あああ多分・・・」
老人はしどろもどろになりながら、縋りつくウソップ達から逃げるように後退りした。
「わしにはようわからんから、あんたらさっさと船に戻りなさい。この街では夜歩き禁止じゃからな」
そう言って、よろつきながら祠の中から出て行ってしまう。

ウソップとチョッパーは顔を見合わせ、困ったようにサンジを振り返った。
「どうする」
サンジは煙草を取り出して火を点けて、ふうと長く吐き出す。

「どうもこうもねえ。クソゴムはマリモに任せるしかねえだろ、俺らは俺らでナミさん達を探すぞ」
「え?だってナミ達は隣の隣の島に・・・」
「お前ら、冷静に考えてナミさんやロビンちゃんがこの川の流れに飛び込むと思うか?」
言われて、二人揃ってぶんぶんと首を振る。
「よしんば足を滑らせて落ちた事故だとしても、あり得ねえだろ。ましてやロビンちゃんは能力者だ」
「確かに」
「じゃあ、あのおじいさんは嘘を言ったのか」
サンジは首を振った。
「嘘もなにも、あのじいさんははっきりナミさんとロビンちゃんだとも言ってねえじゃねえか。それこそ、若くて綺麗なレディならこの島にはいっぱいいた」
「じゃあ、どうすんだよルフィ・・・」
「ゾロも、隣の隣の島に行っちゃったのかなあ」
途方に暮れた二人の肩を叩き、足を踏み出す。

「俺らは俺らで、もっかい街の中探そうぜ。もしかしたら入れ違いで食堂に来てるかもしれないし」
「そうだな」
「ルフィとゾロは、なんとかするだろう」
思い直して、三人は街の方へと戻っていった。




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