Whispering -2-




意識するより先に衝動的にキスするなんて、なんてケダモノなんだってつくづく思う。
けれどそれは多分お互い様で、感情が後からついてくるので精一杯だった。

ガキの初恋でもあるまいに、無意識に意識して気になるからちょっかいかけて喧嘩するのが楽しいだなんて、随分可愛い
コミュニケーションを取っていたものだ。
けれど一旦気付いてしまったら、思い当たる節は山ほどあってさらに気恥ずかしくなった。
ゾロの無謀とも言える戦い方に苛々するのも、自分を粗末にすることに腹を立てるのも、翻ってみればあいつが大切だからだ。
その手が、二度と剣を持てなくなることを恐れるからだ。
夢を叶える奴の姿を、この目で見たいと願うからだ。

―――終わったな
どういう勘違いから発生したかはわからないが、この感情は紛れもなく“恋”というシロモノで。
本来ならナミやロビンと言った、スタンダード以上の超ハイレベルターゲットに向けられるべきものなのに、なんでまた
ゾロなんだろう。
いくら考えたって答えなど出る訳もなく。
ただあの夜のぎこちない口付けだけが、何度も脳内でリフレインして、頭を掻き毟りたくなるような・・・それでいて、ちょっと
口元が緩むような羞恥心と幸福感を湧き上がらせてくる。



それはゾロも同じのようだ。
あれから、なんとなくお互い視線を合わせなかったり直接言葉を交わさなかったりして、傍目から見てもおかしいと
気付かれる程度に余所余所しい態度で接している。
得意の憎まれ口も精彩を欠き、挑発される方も上の空で、なんとなくぎくしゃくした間柄になったが、それはそれで
悪くはなかった。

少なくとも今は、お互いに「大嫌い」ではない。
それがなんだか嬉しくて、ゾロも自分と同じように意識しているのが照れくさくて、ついモジモジしつつも表面上は
反目を装っている。
痒く恥ずく居心地の悪い、けれどどこか幸せな日々。













「サンジ、なんだかずっと機嫌がいいな」
ズバリとチョッパーに指摘された時も、マメの筋を取りながら無意識に鼻歌を歌っていた。
いかんいかんと、手遅れを感じつつも気を引き締める。
「んな訳ねえぜ。まあ強いて言えば、釣果が多くて食料の心配がねえからかな」
「今日は俺も大物釣ったもんな!」
手柄を褒められたとチョッパーも弾んだ声を出す。
それをニコニコ眺めながら、サンジは咥え煙草に再び鼻歌を混じらせながら台所に立った。

気持ちが浮き立つと料理にも影響するようだ。
元々美味しかった料理の味が、さらに優しくなったとロビンは指摘する。
いつでもお二人にフォーリンラブですよ〜〜〜っと見当違いな雄叫びを発しても、ナミもロビンも笑顔でかわすだけだ。

「この調子で行けば、明日のお昼過ぎには島に着けそうよ。夕暮れまでに街に入れるといいわね」
「今度はどんな島なのかな〜」
「不思議島かなあ?」
「割と小さな島が集まってるところみたい。それぞれ特徴のある物産品とかが集まる大きな市場があるんですって、
 サンジ君やチョッパー向きかもね」
「そりゃ楽しみだ」
サンジは手早く後片付けを済ませると、仲間をラウンジに残して見張り部屋に上がった。
今夜の不寝番は自分だから、特別夜食を用意することもない。

手ぶらで部屋に入り、煙草だけを傍らに置いてゆっくりと海を眺めた。
天空には煌々と丸い月が輝き、水平線が明るく見渡せる。
こんな夜は、見張りも楽だ。







明日の朝食の段取りを頭の中で組み立てていると、ギシギシと縄の軋む音がして部屋が揺れた。
程なく、明るい月光をバックにひょこりと緑頭が顔を出す。
条件反射的にどきりとときめいて、けれど顔には出さず不審げに眉を寄せて見せた。
「なんだ、酒が足りねえっつってもここにゃねえぞ」
「酒じゃねえ」
「んじゃなんの用だ」
「用がなけりゃ、来ちゃいけねえか」
おかしな話だ。
用がないなら来ることもないだろうに。

サンジは澄ました顔を作って煙草を持ち替えたが、口元が緩むのは隠せなかった。
子どもみたいに言い返すゾロの唇が尖っている。
誤魔化すつもりで俯いたサンジの隣にゾロは乱暴に腰を下ろすと、肩をぶつけるように寄せて来た。
「用事はある」
まだ言うかと顔を上げたら、目の前に影が差した。
ゾロが覆い被さるように顔を寄せて、口をつけてくる。
顎を上げてそれを受け止めて、促されるままに唇を開いた。
ゾロの舌が荒々しい動きで滑り込んで来るから、一気に体温が上昇する。
手探りで床に煙草を揉み消し、両手でゾロの腕と肩を掴んだ。
ゾロは口を押し付けた状態で身じろぎして、それからおずおずと両手を伸ばして来る。

―――最初は抱擁からだろうが、馬鹿め
内心の毒づきが聞こえたかのように、ゾロはようやくサンジの身体に腕を回して力を込めた。

ぎゅっと力強く抱き締められて、一気に全身を熱い血が駆け巡った気がする。
ゾロの身体は、想像通りに硬くて体温が高い。
太い腕はサンジの肩や背中を無骨な動きで撫でるのに、どこか遠慮した力の緩め方をしていて、それがなんだか
もどかしかった。
ゾロの舌を食みながら、サンジは両手で硬い頬を挟んで顎を引く。
名残惜しげに離れるゾロの舌が怪しく光を弾いて、ぞくりと肌が粟立った。

「・・・用事って、なんだよ」
自分の声が掠れてきるのに気付いて、舌打ちしたくなる。
今更な問いだけれど、ちゃんと言葉が欲しいと思うのは当たり前だろう。
けれどゾロはなにやら困った顔をして、それでも生真面目な表情を崩さないでまた顔を寄せてきた。
両手でそれを押し留めて踏ん張るのに、身体ごと押されて壁に押し付けられる。
「・・・言えよっ」
「うっせえ黙れ」
本気で蹴り飛ばそうかと思った。
こういうときくらい、何か一言フォローがあってもいいんじゃないか。
多分今聞かなけりゃ、この先一生聞けないんじゃねえのか。

なのにゾロは言葉一つ発しないで、サンジを抑え付けてやたらと唇を貪ってくる。
いつの間にか圧し掛かってきた身体はさっきより体温が上がっているようで、押し付けてくる下半身はさらに熱くて硬い。
「こんの、ケダモノっ」
口端から漏れた文句に煽られたか、ゾロの手が積極的に動き始める。
乱暴にスーツの手繰り上げ、シャツを引き出した。
服の下に手を入れて無造作に弄る。
乾いてゴツゴツと荒れた指が素肌を撫で、ベルトも緩めないで隙間に入り込もうとする。
「止せって・・・」
口ほどの抵抗もなく、サンジは緩慢な動きで身を捩った。
ゾロは無言ながらも、ちょっと必死っぽいのがいい。
床に横たわって身体を丸めると、それを追いかけるようにゾロも身を屈めてサンジの顎を掴みこちらに向かせようとする。
顔を背けて嫌々をするように首を振ると、髪を掴んで無理矢理上向かせて噛み付いて来る。
乱暴なくせに舌の動きは柔らかで、腹が立つより可笑しくなった。
喉の奥で笑いを堪えながら、緑の髪に指を差し入れ石頭を抱きかかえる。
ブチッとか、あり得ない音を立ててベルトが千切れた。
馬鹿とか痛いとか、ささやかな抗議の声は込み上げてくる笑いの響きに紛れて本気のゾロには届かない。

嬉し恥ずかしドキドキライフで、告白も確認もないままに押し倒して来る傍若無人さも今更だ。
それでも、ゾロから仕掛けてきたことは、一応評価しよう。
サンジからアクション起こすなんて天地が引っくり返ってもありえないが、求められたから応えてやったという
大義名分は立つ。

長い船旅で溜まって来たから手近で済ます。
そんな言い訳ももう立たない。
明日になったら島に着いて知らぬ街で過ごせると言うのに、今夜ここでこんな風に切羽詰って、しかも物好きにも
男相手に欲情する理由なんて、ありはしない。

「・・・もう、いいや」
呆れたような困ったような顔をして呟けば、ゾロもおなじくらい困惑した表情で、何故か申し分けなさそうにちょんと
唇をつけてきた。
まともに口説きもできないで、侘びすら実力行使ってのはどういうことだろう。
仕方ないな。
所詮、脊髄反射だけで生きてるドーブツだもんな。



いつの間にか肌蹴られた胸に、ゾロの裸の胸がぴたりと合わさっていた。
でこぼこした傷跡は今にも血を噴き出しそうなほどに熱く、肌越しに滾る鼓動は己のものかゾロのモノかも判別できない。
何度もキスをかわして、舌を絡めた。
それだけでサンジはいっぱいいっぱいだったけど、ゾロは当然のようにその先を求めて、無意識に縮こまる白い
裸体を押し開く。

傲慢で身勝手で、乱暴だけど一生懸命で。
同じ男としてその衝動は理解できるから、サンジは「仕方なく」受け入れてやった。
硬い床の上で、空には月が輝いていて。
なんの準備もなくただ手探りで、かなり無茶しながら半分強姦だったけれども。
本能的な怖れと痛みで叫びだしそうな声を堪えて、ただ生理的な涙を流すサンジの髪を、ゾロは何度も宥めるように
撫でながら口付けた。
口付けながらも、腰の動きは容赦なくて。
そのギャップにやっぱり笑えて、それから泣いて。
大きな子どもをあやすように、身体ごと包み込むように抱き締めた。

今までよりずっと近くに、ゾロを感じて―――
嬉しかった。
幸せだった。





まるで2人を祝福するかのように、月は輝いて
波の音だけが遠く響く、静かな夜だった。





ナミの予測どおり、次の日には島に着いた。
穏やかな秋島海域に小さな島々が列なる諸島で、島内自治がしっかりしているらしく海軍の支部はない。
「一応、私達全員が賞金首だから用心するに越したことはないんだけど・・・この島のメインは商売らしいから、商船も海賊も
 分け隔てなく“お客様”扱いしてくれるみたいね」
「海賊専用の裏港があるなんて、ありがたいわね」
「商売たあそういうもんだ」
「そういえば、W7も大らかだったもんな」



ナミは事前にカモメ便で貰ったパンフレットに目を通し、片手を上げる。
「はいここで注意!この島でログが溜まるのはきっかり36時間。それ以上1時間でも超えると、違う島行きにログが
 書き換えられるわ」
「・・・随分慌しい島だな」
「近くに点在する島をぐるっと回るコースに変わっちゃうらしいのよ。最終的にはまた元のログに戻るから、この辺をゆっくり
 観光したい人には便利みたい」
「7泊8日、離れ小島の旅ってあるわね」
「それはそれで面白そうだな」
「ともかく!島に着岸後、少なくとも36時間以内、明後日のに朝6時までには絶対船に帰ってきてね。時間厳守よ、わかった?
 ルフィとゾロ!」
「あからさまに名指しだな」
「学習能力よ」

ナミは腰に手を当てて首を巡らし、サンジを見つめてにこっと微笑んだ。
「ナミすわんっ、なんっすかっv」
条件反射でクネクネ踊るサンジにビシっと指をさす。
「サンジ君はゾロのお守りをお願い。ずっと側にいて、必ず一緒に帰ってきてねv」
「う、ええええええ?」
がぼーんと顎が落ちそうなくらい口を開けて、涙目で蒼褪める。
けれどこれも殆ど条件反射の表情で、口で言うほど嫌がっていないことはナミとて了承済みだ。



「それじゃみんな、36時間後に会いましょう」
「冒険だーーーーっ!」
「あんたはこっち」
ビヨンと伸びかけたルフィの襟首を掴み、ナミはずんずん街へと向かった。
弾みでぶつかるルフィに拳骨を落としながらも、随分と楽しそうな後ろ姿だ。

「ナミひゃ〜〜〜〜ん」
「うっし、街の探検だあ」
「大きな本屋もあるかなあ」
「コーラ飲むぞ」


船番の必要もなく、意気揚々と街に繰り出すクルー達に取り残されて、気がつけばゾロと2人波止場に突っ立っていた。
「んじゃ、俺らも行くか」
「お。お。お。俺らってなんだよ、俺らって」
「照れんな」
「照れてなんかねえよっ」










今朝、気が付いたらゾロの腕の中だった。
普通の朝より寝過ごすだなんて不寝番としたら言語道断なのだけれど、幸い海には異常なく航行に支障もなかったから
不幸中の幸いだろう。
ゾロはサンジを抱きかかえたままガーガー高鼾をかいていた。
その能天気な寝顔に、取り敢えず踵落としだけ入れておく。
きゃんきゃん怒るほどの気力はなかったし、なんか腹が痛くて腰も痛くて、言えない部分はまだ何か挟まってるような
違和感があってしかもズキズキ疼く。
身体的には絶不調だ。
けど、精神的にはなにやらほのほのと温かく・・・それがまた口惜しいような情けないような、けどほんのちょっぴり嬉しいような
複雑さだった。

だるい身体を騙し騙しキッチンに立ち、朝食の準備を終えて仲間達を迎える頃には本来の調子を取り戻してきた。
けれど、後から起きてきたゾロの顔はまともに見られなかった。
やはり何か照れ臭い。
そんな状態だったのにいきなり2人きりにされて、さらに気恥ずかしさ倍増で・・・かと言ってゾロを置いてどこかに逃げ出すことも
できず、サンジはポケットに手を突っ込んだまま明後日の方向を向いてひたすらに煙草を吸うしかできない。









「取り敢えず、どっか行こうぜ」
「どっかって、どこだよ」
「宿」
「んなっ、な・・・」
あからさまなゾロの台詞に、サンジは素早く飛び退った。
その様子に噴き出して、ゾロはゲラゲラ笑い声を上げる。
「冗談だ。やべえな、メチャクチャ反応いいな」
「じ、冗談じゃねえよ。からかうんじゃねえよこのクソ緑!」
「はははは、真っ赤だぞ」
「うっせえっ!てめえなんか知らねえっ」
「置いてくなよ、迷子になったらどうすんだ」
「知るかこの万年迷子!てめえなんか一生この島で迷ってろっ」

本気で置いていくつもりで足を速めたのに、後ろからぴたりとついてくる。
「てめえの行きたいとこでいいぜ」
「・・・・・・」
「俺あ別に目的ねえからな」
「・・・・・・」
「市場とか、付き合うぜ」
「・・・・・・」
ぴたりと足を止めて振り返れば、ゾロも足を止めてじっとこちらを見ている。
その顔がにやにや笑っているのはむかつくが、仕方がない。
「しょうがねえ、付いて来い」
「おう」
少し歩調を緩めれば、横に並ぶようについてきた。
まあ、これはこれで悪くない。









「噂どおり、随分品数の多いとこだな。珍しい市がたくさん立ってる」
市場通りに着くと、サンジの目の色が変わってしまった。
あれもこれもと片っ端から手に取って確かめたくなる。
商売慣れた島民と親しげに会話しながら、手当たり次第に市を回った。
途中、怪しげな香辛料を買うウソップとも行き会い、熱心に漢方薬の匂いを嗅ぐチョッパーも見かけた。
久しぶりの賑やかな街で、みな思い思いに過ごしているようだ。

「食用にウサギを飼育してんだってよ、キッチン付きの宿を探して料理してやろうか」
「なら、やっぱり最初に宿を決めなきゃならねえじゃねえか」
「・・・うう」
サンジがそっぽを向いて煙草に火をつけた時だ。

かすかに悲鳴を聞きつけて、反射的に身体を翻す。
「レディが助けを呼んでるぜっ」
「ちょっと待てコラ」
「そこにいろよ、顔が割れてんだからてめえは来んな!」
言い捨てて軽やかに路地を曲がる。
思ったとおり、若い女性と少女がいかにもなチンピラ風情に囲まれていた。



「どーしてくれんの、一張羅に染みがついちまってよう」
「クリーニングに出すより、お姉ちゃん手洗いしてくんねえかなあ」
「ついでに違うとこも洗ってもらおうか」
下卑た笑い声を上げながら女を掴もうと伸ばした手に、サンジが蹴った石が当った。
「てっ!」
「なんだっ」
気色ばんで振り返る男達に、サンジは顰めっ面を作ったまま歩み寄った。
「なんだなんだ昼間っから、むさ苦しい野郎共がか弱いレディ相手によ」
「なんだてめえ」
「関係ねえやつぁ、引っ込んでろ」
サンジの倍は体格のある者や人相の悪い者揃いだ。
「兄ちゃん、女の前でいいカッコしてえ気持ちはわかるが相手選べよな」
止めに入ったのが痩せた優男と見て、端から馬鹿にしている。

「失礼レディ。この野郎共はお嬢さん方のお知り合いで?」
一応確認してみたら、少女達は震えながら首をぶんぶんと横に振った。
「なら、ここは俺に免じてどうぞお引取りを・・・」
すいっと少女の前に立ち、恭しく腕を広げて頭を下げる。
場にそぐわぬ慇懃な態度にチンピラ達は一瞬怯んだが、すぐに我に返っていきり立った。
「ふざけんじゃねえぞオラ」
懐から銃を取り出す前にその腕を弾き、一回転で3人の男を吹き飛ばした。
何が起こったのかもわからぬまま浮き足立った後方の男達もカジ・クーで地面に叩きつけると、パンパンと手をはたいて
少女達に向き直る。
「はい終了。怪我はない?」

今まで物騒な威圧感を撒き散らしていた男達は、みな地面に倒れ気を失っている。
その前で涼しい顔をして佇むサンジに、小さな少女がわっと歓声を上げて飛びついた。
「すっごい、素敵!お兄ちゃん強い〜っ」
「レディを守るのは騎士の役目ですよ」
恭しく傅いて小さな手の甲にキスすれば、きゃっとはしゃいだ声をあげた。
「ミーナ。ごめんなさい、お陰で助かりました」
少女の姉だろうか、ナミぐらいの年の娘が申し訳なさそうに頭を下げる。
「どういたしまして、昼間だってのに物騒なことだったね」
「いつもはこんなことないんですけど・・・妹の不注意だったんです、ほんとにありがとうございます」
「そろそろ日も暮れて暗くなるから、お家まで送りましょうかレディ」
「とんでもない、そこまでご迷惑はおかけできません」
手を振って辞退しながら、ふと小首を傾げた。
「あの、旅行で島に立ち寄った方ですか?」
「そうだよ、夕方にここに着いたんだ」
「じゃあ、宿はお決まりに?」
「まだ。これから探そうと思ってたんだけど」
少女の顔がぱっと明るくなる。
「それなら、うちのお隣が宿屋をしてるので、よかったらいらっしゃいませんか?」
「そりゃ助かる」
「とってもお料理の美味しいお店よ、ぜひ来てお兄ちゃん」
「ありがとうミーナちゃん、案内してくれるかい?」
サンジは対レディ用笑顔でにこりと微笑むと、連れがいるからと表通りまで戻った。



ゾロはサンジの言いつけを守り、その場から一歩も動かず、手を組んだまま壁に凭れて居眠りをしている。
「ったく、動くなっつううと寝るしかできねえのかよ」
立ったまま寝ているゾロを、通行人がもの珍しそうに横目で見ながら通り過ぎていた。
「こんの腐れ腹巻!起きろっ、往来で寝てんじゃねえっ」
軽く蹴りを入れたら、反射的に目を覚ましたゾロに避けられてしまった。
お陰でレンガ造りの壁が一部凹んで崩れていく。
「・・・や、やべっ」
「なにやってんだ、お前」
「いやこの場合俺じゃねえだろ、っつうか、こっち来い!」
慌ててゾロの腕を引っ張り、その場から逃げ出した。








「私はリーナ、妹はミーナです。先ほど助けていただいて」
「んで、お隣の宿屋を紹介してくれるんだよね。いや〜俺らラッキー♪」
歩きながら自己紹介するリーナ達のやや後ろを、ゾロは仏頂面でついてきた。
「こいつこんな無愛想で怖そうだけど、頭ん中空っぽだから、無闇に怖がらなくていいよ」
「どっちが空っぽだこの裸電球!」
「は・・・?だっ・・・?」
「キンキン光ってんのに、中身空っぽだろうが」
「んだとお、てめえなんか藻しか詰まってねえくせにっ」
歩きながら器用に喧嘩を始めた二人に、リーナは目を丸くして距離を置いたがミーナは楽しそうに笑い声を上げた。
「なんだかお兄ちゃんたちおかしい、強いのに面白い」
「わわ、馬鹿野郎!リーナちゃんが怯えてんじゃねえか。なあミーナちゃん、こいつおかしいよなあ」
「おかしいのはてめえだっつってんだろ」
「うっせえよ、てめえは黙ってついて来い。この迷子水生植物」


「こちらですよ」
諍いが止まらない二人に、リーナが遠慮がちに声を掛ける。
「え、もう?割と港から近いな」
サンジは来た道を振り返り、うんうんと一人頷いた。
「これなら、いくら天才的方向音痴万年迷子腹巻でも迷わねえだろう。1本道を来て1回曲がるだけだ」
そう言ってから、ん?顎を上げる。
「・・・やっぱダメだな、1回曲がるが曲者だ」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ。入るぞ」
姉妹に続いて先に玄関から入ったゾロが、顔だけ出して呼んでいる。
「くそ、てめえのことだろが」
サンジは道端でタバコを揉み消して、少し洒落たレストランのような宿に足を踏み入れた。




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