忘れ水  -3-


開店一周年の感謝をこめて、この土日はランチのセット価格を安く設定した。
加えて、午後3時からのカフェ・タイムはブッフェ形式だ。
勿論いつもの飲食のみのメニューもOKだが、ブッフェ料金を払って貰えばカウンター前に設えられた長テーブルの上のデザートは食べ放題となる。
連日の真夏日で夏バテ気味の人に少しでも元気になって貰おうと、口当たりのよいデザートばかりを用意した。
あちこちにグリーンを飾り、水を張ったガラス鉢に花を浮かべるなど、見た目の涼やかさも演出する。

コビーとヘルメッポは帰省したが、ウソップが手伝いに来てくれた。
たしぎの体調を考えて、盆休みに帰省しなかったスモーカーも久しぶりの助っ人だ。
筋肉男の黒エプロン姿は暑苦しいが、止むを得ない。
その代わりと言ってはなんだが、日曜日にはカヤが助けに来てくれるからサンジは上機嫌だ。


「看板、こんなもんでどうだ?」
「おう、ありがとう。遠くからでも目立つな」
「パラソル持ってきたぞ」
「小屋の横に置いといてくれ。必要なら出して使う」
ブッフェは特に予約を儲けなかったから、どれくらいのお客さんが来てくれるか見当がつかない。
もしものことを考えて、表にいつでもテラス席が設けられるよう準備しておいた。
とは言え陽射しが半端ないから、少しでも日陰が出来るよう各家からパラソルを持ち寄った。
俄かに、海水浴場みたいな風景になりそうな予感がする。

「お客さんらしい車が見えるぞ、時間どうだ」
「ちいと早いけど、開店すっぞ」
折角来てくれるお客さんを、暑い店外で待たせるには忍びない。
Openのプレートを提げて、サンジは意気揚々と店内に戻った。



さすがにお盆というべきか、今日は村内のお客さんが多かった。
帰省した子や孫達を連れて、おじいちゃんおばあちゃん達はどこか誇らしげに店を案内してくれる。
「去年できたとこだぁね」
「うちの野菜、使うてくれたある」
すごいね、綺麗ねーと打たれる相槌は、上辺だけのものでなく心から弾んで聞こえた。
「午後からデザート・ブッフェあるって、来たい」
「昼からは海行く言っとったがの」
「んーでも来たいー」
「お母さんも来たいわ」
テーブルの上に表示されたプレートを、家族で額を突き合わせるようにして覗き込む姿を見下ろしながら、ゾロは邪魔にならないところに水を置いた。
「ブッフェは今日も明日もありますから、ご都合の付く時にどうぞ」
高校生くらいの孫娘は、椅子に腰掛けたまま軽く身体を跳ねさせた。
「明日、明日にしよ」
「明日はお友達と遊ぶ言うとったがー」
「友達と一緒に来る。おじーちゃん達も一緒に来よ」
「うんー」
「そうするがあねぇ」
祖父母は孫の誘いに満更でもなさそうだ。
二人だけなら絶対来ないであろうデザート・ブッフェだが、孫にねだられては断ることもできまい。

隣のテーブルでは、お隣さん達大所帯が今年も繋げたテーブルにどどんと着いてくれていた。
まるで法事のようだ。
「サンちゃん、久しぶり」
「今年もご馳走になります」
「いらっしゃいませ、よく来てくださいました」
1年経って少し大人びた孫娘が、ゾロとサンジを見比べるようにしてふふふと一人悦に入っている。
「サンちゃん、日に焼けたねー」
「あ、やっぱり?自分ではあんまわかんないんだけど」
「焼けてる、それにちょっと逞しくなってる」
「そう?嬉しいなあ」
ゾロには及ばないが、この1年サンジも結構屋外で頑張って働いた。
日に晒される時間も長くなったし、土に触れる機会も増えて少しは百姓らしくなっただろうか。

早めにランチを済ませた客と入れ替わるようにして、ルリエちゃん一家がやってきてくれた。
その中には、昨日職場体験で来てくれた妹のマリエちゃんの姿も見える。
「いらっしゃい、昨日はありがとう」
「どうもありがとうございました」
「娘がお世話になりました」
ご両親に深々と頭を下げられ、恐縮しながらテーブルまで案内する。
「ここで働いてたんだ、凄いね」
「うん、楽しかったよ」
ルリエちゃんは、羨ましいなあと口先を尖らせた。
「私の時は、まだこのお店なかったもの」
「ルリエちゃん、来年高校だっけ?」
「そう。高校入ったらバイトOKだから、来年の夏休みはここで働かせてもらえる?」
「勿論、大歓迎だよ」
レテルニテは夏季の間は昼間の営業だけだし、高校生をバイトで雇うのに丁度いいだろう。
「やったあ、アサコも誘っていい?」
「勿論だよ」
「その前に、まずは高校合格ね」
「やなこというなあ」
受験生ではあるが、シモツキから進学する高校は普通校だけで選択肢が3校あって、いずれも定員を割っている。
余程のことがない限りどこかに進学できるから、受験生的な悲壮感はまるでない。

「レテルニテって、すっごく競争率高かったんよ。私は運がよかったんだ」
マリエちゃんは前菜をつつきながら、自慢げに言った。
「選択できるからってここに集中したのね、最後はジャンケンで決めた」
ジャンケンで決めた結果がマリエちゃんとあの子とあの子だったのか。
「じゃあ、みんなにめっちゃ羨ましがられたんじゃない?」
「うんうん、みんな言ってたー。お昼美味しかったし、すっごい羨ましがられた」
やっぱり昼飯か。
ゾロが、カウンターの向こうで後ろを向いたまま肩を揺らしている。




満員御礼の内にランチタイムを終え、スモーカー達に賄いを食べさせている間にカフェ・タイムの準備をした。
ほとんどが冷やしておいたデザートばかりだから、並べるだけでかなり楽だ。
「飲み物も飲み放題だと、原価割るんじゃねえか?」
「んーでもそんなにみんな飲まないかなあとも思うんだけどな。水腹張ったらデザート食えねえじゃん」
「そんだけ食えるもんでもないけどな」
「そうそう欲の皮の突っ張ったの来ねえだろ」
長テーブルにオレンジのシャルロットやブルーベリータルト、苺のムースにショコラテリーヌ、プチ・ガトーと抹茶ババロア、レモンやシトラス、グレープフルーツのグラスデザートを彩りよく並べていく。
一応腹持ちもするように、所々にブラウニーやパウンドケーキ、クッキーも置いた。
ウソップ特製の原料表示のプレートを置いて、完成だ。
「皿の大きさがマチマチだな」
「俄かに集めたから仕方ねえよ」
実は、緑風舎の皿をそのまま借りてきたりしている。
「こっから皿洗いが大変だぞ」
「うす」
「任せとけって」
言ってる間にも、店の表には遠方からの客らしい車が続々と集まりつつある。
スモーカーが誘導に出て、サンジは再びOpenのプレートを掲げた。


「こんにちは」
夕方顔を見せたカヤは、職場の人達を連れて来てくれていた。
中でも一際目立つのが、若いが大柄な青年だ。
ずんぐりむっくりの体型に、つぶらな瞳と可愛らしい声が特徴的だった。
「お世話になってるチョッパー先生です」
「こんにちは、噂のレテルニテに来られて嬉しいです」
ピンクの帽子を取ってチョンとお辞儀をする仕種がなんともユーモラスで、医者の威厳は微塵も感じられない。
「たしぎがいつもお世話になってます」
「あ、お元気ですか?夏バテとかしてませんか?」
「ちょっとバテた方がいいくらいです。馬車馬みたいに食ってばかりで」
「それは・・・まずいですね」
「スモーカーにそう言われちゃ、たしぎが気の毒だ」
「まったくだ」
Dr.チョッパーは内科医だが、村唯一の常勤医として外科や整形、小児科と範囲は幅広い。
「お医者さんなのに、介護士の資格も取ってるんですよね」
「訪問看護士も持ってるよ。現場のことを知りたかったから」
カヤの言葉通り勤勉で実直な人柄が滲み出ていて、サンジは初対面ながらすぐにこの若い医者が好きになった。
「医者の不養生じゃねえけど、忙しすぎて自分のことを疎かになったりしないように気を付けてくださいよ」
「あ、それよく言われるんだ。ついランチ食べ損ねたりもするんだけど、ちゃんと食べるならここに来いって色んなお客さんから言われてて」
「ご贔屓にどうぞ。電話かメールくれたら、どんな時間でも準備しておきますから」
「わあ、助かるなあ。昼ごはんっつっても、昼じゃない時間になっちゃうからな」
まずは今日はデザートばかり、各々皿を持って席を立つ。
サンジは店内の様子に気を配りながら、デザートがなくなってしまわないようその都度補充した。
目算よりも進みが早い。
明日の品揃えは、もうちょっと豊富にした方がいだろうか。


そろそろカフェ・タイムも終了という頃、カウンターの一番端に座っていたリヨさんの息子が立ち上がった。
カフェ・タイム開始からずっといて、すべてのデザートを制覇しコーヒーと紅茶をお代わりして3時間粘っていた。
「ありがとうございます」
ウソップが会計すると、リヨさんの息子はふんと顎を上げてデザートテーブルへと視線を移す。
「甘いモンばかりで胸が悪なったわ」
そう言い置いて、さっさと店を出て行った。
ウソップは最初、何を言われたのかわからなくて、どんぐり眼をキョトンとさせていた。
同じようにカウンターに座っていた源さんが、代わりに憤慨してくれる。
「何を言うか。全部食っとったくせに、欲どしい」
「あれだから、あかんねえ」
窓から見える、車に乗り込むリヨさんの息子の姿を目で追い掛けるサンジに、ゾロが隣でふと思い付いて笑った。
「お前、リヨさん探してんだろ」
「うん、わかった?」

もしかしたら、どこかからリヨさんが現れて、横着な口を利いた息子の頭をぽかりとするかもしれない。
そう思って見守っていたが、リヨさんの息子は悠々と車をバックさせ、敷地外へと出て行ってしまった。
「リヨさん、今年はもう帰ってこないのかな」
「まあ、向こうの都合もあるよな」
会いたいのになあと呟くサンジは、リヨさんの息子の毒舌に大して凹んではいないようだ。



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