Voyage 8


午後になって叩きつけるような雨が降った。
甲板に出られないから、全員がラウンジに集まって各々ゲームに興じたり、武器の手入れを始めている。

「今日のおやつは冷菓子で正解だったな。これで焼き菓子だったら余計暑苦しくなるとこだった。」
サンジの軽口にジョナサンは至極まじめな顔で頷いた。
キッチン中に甘い匂いが立ち込めると、特にゾロは例え外が嵐でも早々に退散するのだ。
おやつと言えどもその日の天候も風向きも考慮しなければならない。

「クソ腹巻に気遣う必要はねえぞ。アレは適度に光合成して水をやらねえと育たねえらしいから。」
サンジの言葉に噴き出したバルトが、ゾロに睨みつけられて慌ててカードをくった。
宝と夢は普段より密度の濃いラウンジではしゃぎまくって寝てしまった。

「そろそろ止むわね。風が変わった。」
ナミが海図から顔を上げる。
「んじゃ、倉庫の窓開けてくっかな。」
「おやつ食べたら丁度いい頃じゃねえの。」
誰もナミの言葉を疑わない。
ナミが晴れるといったら晴れて、荒れるといったら荒れるのだ。
子供達用の菓子を取り分けて冷蔵庫にしまい、サンジは倉庫に向かった。

ナミの予報どおり西の空が明るくなってきている。
雨上がりは空気が澄んで、いつもと違う潮の匂いがする。
狭い廊下でトイレから出てきたルイジと鉢合わせした。
顔色が悪い。
「なんだ、まだつわりが治まらねえのか。」
そう言えば、さっきは随分と揺れたっけ。
「たまにだ。吐けば治る。」
ルイジは眉を顰めて舌打ちした。
不機嫌な顔をすると益々よく似て見える。
サンジは興味なさそうに視線を外して倉庫に入った。

雲の切れ間から差す日の光で、電気をつけなくてもまあまあ探しものはできそうだ。
ふっと手元が暗くなった。
ルイジが近づく気配がする。
「どけ、でくの坊。暗くて見えねえ。」

「…あれで、見せつけたつもりかよ。」
ルイジの固い声が、ごく近くから囁いた。
サンジに覆い被さるように身を屈めている。
「何のことだ。」
「とぼけんじゃねえ。」
ルイジが腕を伸ばすよりわずか早く、サンジが状態を低くして足払いをかけた。
バランスを崩した隙に脇をすり抜けて、戸口へ急ぐサンジの足をルイジは倒れながらもしっかりと掴んだ。
親譲りの馬鹿力でもって強く引かれ、サンジは膝を突いて倒れ付す。
「何しやがる、この馬鹿息子!」
「うっせ、ガキ扱いすんな!」
なりふり構わずサンジに縋り付いて、その痩躯に乗り上げる。
「何べん言やぁわかる、俺にゃあ、あんたしかいねえんだ!」
「アホかっ、いい加減目え覚ませ!てめえはまだガキで、世間知らずで、広い世界に出たばっかだろ。」
サンジは力ない腕を無理に引き上げて、逆に圧し掛かるルイジの胸元を掴み引き寄せた。
「てめえはようやく歩きかけたガキと一緒なんだよ。これから色んな奴と出会って憎んだり、愛したりするんだ。お前が俺に懐いてんのは、拾われたヒナと一緒だ。刷り込みなんだよ。」
「違う!」
叫びながらサンジを抱き上げて、白い胸元に顔を埋めた。
耳元を強く吸って舌でなぞる。
頬から唇に口付けを移すのに、サンジは身を捩って抗った。

「なんで、わかんねえ?あんたを愛してんるんだ。」
すすり泣くような、心許ない声。
「あんただけが好きなんだ。」
身体を無理に捻じ曲げて、床に着くほど背けられた顔を辿って、硬く閉じられた唇を舐める。
サンジの頑なな態度に傷付いたのか、ルイジは身を起こして横を向いた白い顔をじっと見つめた。

「わかれよ。俺にはゾロがいるんだ。」
サンジが荒く息をついて、目を閉じたまま言い聞かせる。
「俺ら、ラブラブなんだから…」
「ならなんであんたそんな顔してんだよ。」
サンジは視線を逸らせて目をしばたかせた。
「ゾロが心底好きなら、なんであんたは辛そうな顔であいつの側にいるんだ。」
一瞬泣きそうに顔を歪めて、ゆっくりとルイジに向き直った。

「てめえだって、同じじゃねえか。」
サンジの上で、ルイジが息を呑む。
「やってることは、ゾロと一緒だ。」
押さえつけていた手を離し、のろのろと身体を起した。
サンジを見下ろす目は捨てられた子犬のように揺れている。

「…同じかよ。」
大きく息を吐いて、サンジの身体をゆっくりと抱えた。
乱れたシャツを整えその髪を梳く。
「けど俺は、あんたを何より大切に思ってる。」

「あんたを困らせたくねえし泣かせたくねえ。」
「あんたを傷つける奴は、俺が許さねえ。」
ぽたりと、ルイジの両の目から雫が落ちた。
震える手でサンジの頬を挟んで、おずおずと顔を寄せる。

「この想いだけは、わかってくれ。」

真摯なまなざしに打たれて、サンジは目を閉じた。
あまりにひたむきで真っ直ぐて、サンジには眩しすぎる。
そっと啄むような口付けは、何度も角度を変えて深まって行く。
許された隙間から舌が滑り込んで、サンジの口中を余すところなく嘗め尽くす。
ゾロとよく似て、ゾロとは違う激しい口付けに息をすることもままならず、ルイジの背中に廻した手に力を込めた。


その時、傾いた日を遮って、倉庫に影が落ちた。

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