Voyage 7


島を出てから暫く順調だったのが嘘のように、立て続けにアクシデントが起こった。

海王類をやり過ごしたかと思ったら、突然の嵐の到来。
大波と共に現れるシーモンキー。
遠くに海軍の影を捉えて全速力で逃げ、突如現れた竜巻に危うく巻き込まれそうになった。

「ふえ〜、疲れた〜。」
さすがの船長も大波をかぶってへたっている。

「サンジ〜腹減ったあ」
「あーもう食え食え。食ったらまた元気が出るぞ。」
サンジは久しぶりのグランドラインの洗礼にテンションが上がってきている。
やっぱ海はこうでなきゃいけない。
「野郎ども、飯だぞ!ナミさあん、ロビンちゃあんv夢ちゃぁん、できましたよお〜」
「はあい。夢、ルイジ達を呼んできて。」

最近ルイジは忙しい。
ウソップに船の基本を習ったり、ゾロに稽古をつけられたり、ナミに説教を喰らったり…
それでもたまに合間を見てトム達とカードに興じる姿を見ていると、年相応の顔が見えてサンジを安心させた。
年が近いもの同士で気心も合うのだろう。
サンジと出会うまでは、斜に構えて冷めた目の青臭いガキだったが、少しずつ逞しく、柔軟になった気がする。

「あら宝、ゾロは?」
「見張台で寝てる。俺あそこまでまだ上れねえ。」
「…考えたわね。」
舌打ちするナミの隣で、ジョナサンが僕が行きますからと立ち上がった。
「いや、俺が行く。てめえら先喰ってろ。」
サンジはそう言って煙草を銜えて外に出た。
また一雨来そうな曇り空だ。


ちいとばかり厄介だな。
片手でマストを登るのは結構コツがいるようだ。
言うことを聞かない右手は身体を支えるくらいはできそうだが、心もとない。
最初に少し手間取ってバランスを崩したら、誰かの手が背中を支えた。
「あ」
頭一つ低いところにルイジの顔がある。
「…さんきゅ。」
よそよそしく礼を言って、危なっかしい仕草で登り始めた。
「俺が起こしに行くぞ。」
「いや、俺も不寝番が当たる。登る練習もしなきゃなんねえ。」
そう言うと、ルイジはそれ以上手出しせず、それでもサンジが登りきるまでずっと下で見守っていた。
万が一掴み損ねて落っこちたら受け止めてくれそうな安心感があって、サンジは少しくすぐったい。

見張り台にひょっこり顔を出すと、予想通りゾロが爆睡している。
夜も昼もろくに寝ていないから寝溜めしているのだろう。
サンジが横に立っても気配すら感じないようだ。
ここで俺が「蹴り殺す」とか思ったら、目開けるんだろうか。
いやダメだな。
こいつは本物の殺気しか気がつかねえ。
俺の渾身の蹴りをモロに受けて起きるのが常だったし。
しかし蹴り甲斐のある身体だ。
どこ蹴ってやろうか。

眠るゾロの顔を久しぶりに見た。
眠っていると精悍な顔つきは幾分幼く見えるのは変らないが、また少し彫りが深くなったように思う。
タンクトップの下で盛り上がる筋肉には、サンジの知らない傷跡がいくつもついている。
でも背中は相変わらず綺麗だった。
行為が終わった後、弛緩して動けないサンジに背を向けて立ち去るゾロの後姿は、創一つなくて美しい。
どんなに手酷く扱われても、サンジはその背中が好きだった。
飛びそうな意識に縋り付いて、その背を見送るのが好きだった。

サンジは短くなったフィルターを噛み締めた。
いつの間にか熱く昂ぶる自分がいる。
とうとう俺もいかれちまったか。
今となっては5年前まで、ゾロとどうして抱き合っていたのか思い出せない。
少なくとも今の自分達のように一方的な関係ではなかったはずだ。
ゾロはひどく乱暴にサンジを犯し、サンジはゾロ素直に身体を開けない。
俺達の関係に名前がねえからか。
男に組み敷かれる覚悟を決めるには、それなりの理由が必要だろうか。
ルイジのようにストレートに言葉に出して、求めてくれたらあるいは、と思う。
自分の浅はかな考えに、サンジは声を出して笑った。

昔の俺は何を考えてこいつに抱かれていたんだろうな。
変わったのは、こいつか・・・
――――俺か。

ぱちりと、ゾロの目が開いた。
サンジは笑みを浮かべたまま目を見開く。
「…起きてたのか。」
「ああ。」
のそりと身を起こして、ぼりぼり頭を掻いた。
「いつになったら蹴ってくっかと思えば、一人で笑いやがるしよ。」
サンジは煙草を床に落として揉み消した。
「てめえがあんまりマヌケな顔で寝てっから、おかしくなっただけだ。」
右手をポケットに突っ込んで、見張りの手すりをひらりと越える。
去ろうとする腕を掴んで、ゾロが顔を寄せた。
軽い口付けを受けて、サンジは口端を上げる。
「丁度いい、降りるのはまだ自信ねえんだ。抱えて降りてくれ。」
ポケットに入れたままの右手を見て、ゾロは黙ってサンジの腰に手を廻した。
サンジは手すりを掴んでいた左手をゾロの太い首に廻す。
顔を埋めるように身を託して、縋りついた。

背中に痛いほど視線を感じる。
多分ルイジが、俺を見てる。
ゾロに抱えられて、マストを降りる俺を見て、お前はもう諦めろ。
こんなくだらねえ俺なんかに想いを残さないで、とっとと自分の夢でも探せ。
珍しく積極的に身体を摺り寄せるサンジに、ゾロは満足そうに微笑んで抱きしめる腕に力を込めた。
暖かくて心地よい。

なのに、胸が痛え。


next