Voyage 6


夜更けのキッチンで、ゾロは一人杯を傾けている。
ジョナサンはとうに男部屋に帰り、今までごちゃごちゃ居たクルー達もそれぞれ眠りに着いたらしい。
サンジはエプロンを外して煙草に火をつけた。

静かなキッチンに二人だけ。
一瞬、昔に戻ったような錯覚に陥った。
ゾロの向かいに椅子を引いて腰掛ける。
手酌でグラスに注ぐ手を止めて、ゾロが飲むか?と瓶を示した。
「いらね。酒飲むとロクなことにならねえ。」
サンジの答えにゾロは口端を上げる。
「てめーもさっさと飲んで寝ろ。朝だって早く起きて、昼間はルイジの相手して、昼寝もしてねえじゃねえか。」
サンジは髪を掻き上げると、口からぷかりと煙を吐き出した。
正面に座ったものの、ゾロの顔を見たくないからそっぽを向いたなりだ。

「寝てられっかよ。」
笑いを含んだ声に眉を顰める。
いつからこの男はこんなにあからさまになったのだろう。
前からだっけか?
いや前はもっとこう…
一人で記憶の糸を手繰り寄せめたサンジの手に、ふわりと熱が覆い被さった。
「って、うわっなんだよっ」
慌てて引こうとする手を逃がさず捕まえる。

「いちいちオタつくな。相変わらず冷めてー手だな。骨ばってっし、ちゃんと食ってるか。」
両手で包み込んで撫でたり摩ったりする。
サンジは大いに動揺していた。
―――これってセクハラ?
おやじくせえ・・・
それでも高い体温が気持ちよくて、蹴り倒して逃げる気にはならなかった。

「ゾロ…てめえは―――」
そこまで口に出して言い淀む。
俺は何を聞こうとしてんだ。
ゾロに俺を抱く理由でも求めてえのか。
女じゃあるまいし。
ぎゅっと固く握り閉めた拳を大きな掌が包み込んだ。
「てめえは、何に拘ってやがる。」
虚を付かれて呆けたように顔を上げる。
「満足にコックの仕事ができなくなったからか。陸にいい奴残してきたからか。らしくもねえ。ナニ人の顔色見てやがんだ。
 そんなだから若え奴らにまで馬鹿にされんだろ。」
さっと顔色を変えてサンジはゾロの手を弾き飛ばした。
「誰がだ!馬鹿にされたってそんなもん屁でもねえよ。らしくねえってなんだよ。」
「覇気がねえっつってんだ。トシ食ったからか、腑抜けになったか。俺は構わねえぜ。てめえ一人くらい俺が護ってやる。」

「んだとぉ・・・」
サンジは椅子を蹴って立ち上がった。
「ざけんな!てめえに護られるほど俺は零落れちゃいねえぞ。てめえこそいい歳してべたべたしやがって、この恥知らず!」
「やりてえんだからしょうがねえだろ。」
「そればっかりかてめえは!」
ゾロと距離を取って足を鳴らす。
今度手を伸ばしてきたら、思い切り蹴り返してやる。

「おうさ、俺はてめえと四六時中だってやりてえ。側にいるんだからな。てめえこそなに考えてんだか知らねえが一人でウジウジしやがって、煮え切らねえったら…」
皆まで言わさずサンジはゾロに蹴りかかった。
紙一重で交わすと風圧で切れた頬から血が流れる。
「上等だ。」
にやりと笑ったゾロは素手でサンジに襲い掛かった。

もとより今更ゾロに敵うなど思ってはいない。
まして今は深夜だから、極力音にも気を遣いつつ、精一杯の抵抗を試みる。
陸で暮らしていたときはせいぜいチンピラか流れ者のごろつき程度で、まともに相手のできるような敵もいなかったから、
随分身体が鈍っていると改めて思い知る。
立て続けの蹴りを交わして、上体を下げたゾロの拳が鳩尾に入った。
ちくしょう、腹筋も落ちてやがる。
よろけて壁に背中をぶつけた。
膝が折れてそのままずり落ちる。
蹲り俯いたサンジの前髪を掴んで、ゾロは無理やり上向かせた。
「…って、禿げたらど―する、クソバカ力!」
両手で腹を抱えて荒く息をつくサンジの顔を覗き込み、ゾロは目を細めた。
「まだちったあ使えんじゃねえか。ガキと一緒にトレーニングしてやろうか。」
乱れた胸元から手を差し込んで、かがめた腹を撫でる。
だがそれは直ぐに性的な動きに変った。
「てめえこそ、がっつくんじゃねえエロ親父。…俺は帰って来てっだろうが。」
サンジは弄る手に反応するのが嫌で身を固くした。
「もう、いつでも側にいるだろが。なに焦ってやがんだよ。」
ふつりと立ち上がった乳首を指の腹で押しつぶされて鳥肌が立った。
サンジは胸を弄られるのを好まない。
モロに女の代わりをさせられているようで、嫌なのだ。
それを知っていて、ゾロは執拗に胸への愛撫を止めなかった。
ここを嬲ればサンジが感じることはわかっている。
くだらない拘りも矜持も、全部壊してしまうつもりだ。
「てめえが嫌だっつっても俺は止めねえ。陸で女に惚れてまっとうな生活してたってんなら考えねえでもねえが、
 違うじゃねえか。何仕込まれたか知らねえが、俺が全部消してやる。」
「ゾロ…違…」
みなまで言わさず、噛み付くように口付ける。
中途半端に脱がせた状態で慣らしもせずに押し当てた。
「ひ…やっ」
慣れたそこは悲鳴を上げながらも受け入れようとする。
ゾロの口元に酷薄な笑みが浮かんだ。
「身体の方がよっぽど正直じゃねえか。イイならイイって言えよ。」
露を浮かべて勃ち上がったサンジ自身を乱暴に扱く。
サンジは自分の口を両手で抑えて必死に叫び声を押し殺した。
「イイって言えよ、なあ。手荒にされんのスキだろ。陸でもこうして突っ込まれてやがったか、この淫乱野郎。」
竿全体を扱きながら尿道口を弄り、腰をグラインドさせる。
慣れたゾロの愛撫は巧みで、サンジの身体は直ぐ火がついた。
それでも零れ落ちる涙は止まらない。
「ヨすぎて啼くか。おら、声出しやがれ。」
ゾロの嘲りを遠くに聞きながら、サンジはひたすら屈辱と快楽の波に耐えた。


ふわりと暖かいものに包まれる夢を見た。
心地よくて目を開ける気にはならない。
けれど耳だけは生きていて、聞き慣れた物音がリアルに響く。
ゆっくりとサンジは目を開けた。
いつの間にかキッチンには朝日が差し込んで、湯気が立ち昇っている。
野菜を煮込む匂い。
包丁の軽やかなリズム。
引き寄せられるように覚醒した。

「すみません。起しましたか。」
まな板を洗っていたジョナサンが振り向いて、頭を下げた。
「わり…俺、寝てた?」
恥ずかしいほど掠れた声が出る。
身を起せば自分のジャケットが肩に掛けられている。
昨夜身繕いは済ませたが、男部屋に戻る気になれなくて転寝したきりだ。
「良くお休みだったから邪魔したくなかったんですが・・・もう少し寝ててください。」
そう言われれば意地でも起きたくなる性分だが、今回ばかりはどうにも身体がだるい。
サンジはのろのろと煙草を引き寄せて、机に突っ伏したまま火をつけた。
すかさずジョナサンが灰皿を置いてくれる。
「わりいな。」
「いえ、こちらこそ…」
言ってしまって、ジョナサンは困ったように笑った。
「悪いなと思ってるんです。ここはサンジさんが唯一ほっとできる場所なんじゃないかと思って。なのに俺がいるから心行くまで休めないでしょう。」
海賊らしからぬ柔らかな物言いに、サンジは顔を伏せた。
「アホか。ここはてめえの職場なんだから、てめえには腹を立てる権利があんだぞ。」
「サンジさ…」

突然、大きな衝撃が船全体を揺らした。
ジョナサンは素早くコンロの火を止めて、鍋の蓋を閉める。

「海王類だ!」
見張りのウソップの声が響いた。
「出てから言うな、遅えだろ!!」

起き抜けのクルー達が嬉々として甲板に集まる。
巨大なウナギもどきが次々と頭を現した。
巣にでもぶち当たったのか、恐ろしくたくさんいる。
「海ウナギ、ですかね。」
「蒲焼何人前だ?」
視界の端で陰が跳ねて、見る見るうちに巨大ウナギの輪切りが海に落ちた。
相変わらず便利包丁みたいだ。
「いつもながらゾロさん、鮮やかですねえ。」
「こんなときにしか役に立たねーだろ、奴は。」
きっと今の今まで寝腐れていたに違いない。
いつも寝汚い癖に、いざという時だけは目覚めがいい。
「ガトリング〜!」
ルフィが腕を伸ばしてもぐら叩きのようにパンチを食らわしていく。
シンやトムもそれぞれ武器を携えて応戦していた。
「なんだ、これ!」
いつの間に格納庫から出てきたのか、ルイジが呆然と立っていた。
顔色が青いのは一晩中吐いていたからだけではないだろう。
「ルイジ君は海に出るのが初めてだから、海王類に出会ったのも初体験でしょ。」
この場にそぐわない穏やかなジョナサンの声は、甲板から響く怒声に途切れがちだ。
大ウナギが暴れて何度も船が傾く。
ナミや子供達は船室に閉じこもっているから大丈夫だろう。
「ルフィ!朝飯は蒲焼だぞ!!」
「おう!まかせとけ!」
長く伸ばした腕をぐるんぐるん振り回して豪快になぎ倒す。
はずみでゾロに斬られた欠片がバラバラと船の上に降りかかった。

「ったく、無茶するぜ。」
船を傷めないように巨大な塊を蹴りで弾き飛ばす。
だが防ぎきれず毀れた一欠けらが、ジョナサン目掛けて落下してきた。
「危ねえ!」
サンジが振り向く前に飛び出したルイジが反射的に蹴り返す。
ウナギの輪切りは弧を描いて海まで飛んで行った。

「やるじゃねえか、ルイジ!」
にししと歯を見せる船長に、お前のせいだろとウソップが突っ込みを入れる。
「足技も使えるのね。ジュニア君は。」
いつの間に出てきていたのか、ロビンがデッキから見下ろしていた。
「そういや、俺の首も奴の蹴りにやられたしなあ。」
「ほらみろ、うかうかしてっと追いつかれるって。」
トムが馴れ馴れしくルイジの肩に手を置いて、昨日はどうもと頭突きをかけた。

「ってえ〜っ…」
所詮、頭突きなど相打ちだ。
思ったより打撃の大きかったトムが涙を浮かべて頭を抱えるのに、シンとバルトが囃し立てる。
3人に囲まれて、ルイジも少しだけ、笑った。

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