Voyage 5


その頃、サンジは皿を持ったまま格納庫の扉の前でうろうろしていた。
ノックでもするべきか。
いやそもそも格納庫にノックして入るかよ。
扉だけ開けて皿置いて逃げるって手もあるが・・・参ったな。
皿を床に置くのは抵抗がある。
暫く逡巡してから、仕方なくドアを蹴り開けた。

薄暗い部屋の、あの藁束の上にルイジが胡座を組んで座っている。
サンジはなるべくふてぶてしい表情を作って大股で近づいた。
「おら、飯だ。謹慎野郎。」
乱暴に目の前に皿を突き出しても、ルイジはじっとサンジの顔を凝視するだけで受け取らない。
サンジは渋々ルイジの前にしゃがみこんだ。
「・・・何があったか知らね―がよ。船に乗った以上仲間だ。仲良くしろたあ言わねえが、ちったあてめえもその身体中から一杯出てる棘みてえなもんとっとと隠せ。」
無理やりルイジに皿を押し付ける。
「まあてめえはどうやらずっと一人で生きて来たみてえだから、仲間とか友達とか付き合い方がわかんねえんだろ。赤の他人と同じ屋根の下で、家族みてえに暮らしてくンだから、色々あるのは仕方ねえが、てめえも早く慣れろよな。」

ルイジと視線を合わせないで俯いて話すサンジの手首を、厚い手ががしりと掴んだ。
驚きながらも皿をひっくり返さないように体制を整える。
「離せ…」
「あんたは・・・」
真正面から見つめる、ルイジの視線が痛い。
「あんたは、俺がこの船にいてもいいのか。」
どこか切羽詰った響きでルイジが問うて来る。
サンジは視線を泳がせた。
「いいのかって、仕方ねえだろが。海の真ん中で放り出すわけにはいかねえし。まさか俺だってこんなことになるとは思わなかったから・・・仕方ねえだろ。」
ルイジは握る手に力を込めた。
「俺は・・・わかってて乗った。」
驚いてサンジが顔を上げる。

「ゾロが、俺んとこに来て名前を名乗ったとき、俺は全部わかっちまった。だからゾロに付いて来たんだ。あんたに会えると思ったから。」
ルイジと視線が合ってしまって、サンジはもう目を逸らすことができない。
「あんたが俺のことを思って出て行ったってのもわかってた。あんたがここでこの船に出会ったのも偶然だったてわかってる。けど、ここにこうして俺がいるのは偶然じゃねえ。あんたの側にいたくてわざと付いてきた。」
言い募りながら顔を近づけてくる。
サンジは目を逸らせないまま頭を振った。
「ルイジ、離せ。」
「けど、あいつら許せなかったんだ。」
「あいつら?」
一瞬誰を指しているのかわからない。
「あいつら、あんたとゾロのこと面白そうに噂してやがった。ゾロはどうでもいい、あんなの親父ともなんとも思ってねえ、けどあいつらあんたのこと・・・馬鹿にしやがって・・・」
自分から目を伏せて、ルイジが唇を噛み締める。
サンジは表情を和ませて薄く笑った。
「なんだ、てめえがぼこったあいつらか。そりゃあ、仕方ねえことだぞ。奴らが悪いんじゃねえ。俺らは海賊で海の荒くれ共だぜ。強さがすべてだ。外見だって重要だ。俺も若い頃はムキになって馬鹿にする奴あ片っ端から半殺しにしたけど、今は大人の余裕っての?そう目くじら立てる気にもなれねえや。」
だから手を離せ、と腕を引くのにルイジは一向に力を緩めない。
「俺が我慢ならねえんだ。あんたを侮辱する奴は許せねえ。」
又強い瞳で捕らえられた。
サンジは強張った笑みを顔に貼り付けて、その目を見返す。
「それに、事実なんだぜ。てめえだって知ってるはずだ。俺はゾロに抱かれてる。昨夜だって久しぶりだったから・・・」
「よせ!」
ルイジはサンジの身体ごと引き寄せてその唇を塞いだ。
皿を取り落とさないことに意識が向いていたサンジは難なくその腕に収まる。
強張ったままのサンジの身体を横抱きにして、ルイジは夢中でその唇を貪った。

昨夜ゾロがこの唇を吸い尽くしたのかと思うと全身の血が煮えたぎるようだ。
サンジは固く歯を食いしばってルイジの舌の侵入を拒む。
ルイジは片手でサンジの身体を抱いたまま、空いた手を顎に掛けた。
指を差し入れて固く閉じた歯を無理やりこじ開けようとする。
そのとき、戸外から聞き慣れた足音が近づいてきた。


がしゃんと派手に物の壊れる音がして、ゾロは何事かと格納庫のドアを開けた。
呆然と立ち尽くしたサンジの後ろ姿と、そっぽを向いて座り込むルイジがいる。
サンジの足元には割れた皿と食べ物が散乱していた。
「なにやってんだ?」
訝しげに声を掛けると、サンジがのろのろと屈んで床に左手を伸ばす。
「クソ!ルイジの奴荒れやがって…食いモン粗末にするたあ、言語道断だ。」
怒りのせいか声が震えている。
「てめえなんか飯もお預けだ。せいぜい一人で反省しやがれっ…」
素手で残飯と化したモノを掻き寄せると、手に抱えるようにしてゾロの脇をすり抜けた。
相当怒っているのか俯いたまま大股で甲板に出て、海に投げ捨てている。
振り返ればルイジは汚れた床を適当に藁で拭いていた。
「何やってんだ、お前。」
ゾロの呆れた声に対抗するかのように声を荒げた。
「うっせえ、てめえこそ何しに来た!」
ゾロは眉を少し上げただけで、手にした洗面器を藁の上にぽいと落とす。
「今夜も荒れるとよ。吐くんならそん中に吐け。」
「…そりゃどうも。」
ぷいと拗ねた仕草で背を向けたルイジにそれ以上声も掛けず、ゾロは格納庫の扉を閉めた。

甲板に目をやればとっくにサンジの姿はない。
――――なんなんだ?
どこか釈然としなくてゾロは首の後ろを無意識に撫でた。

胸の奥がざわめいている。

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