Voyage 2


いつの間に立ち上がったのか、ゾロがサンジの後ろに立って肩に手を置いている。
「じゃあ俺らも先に休ませてもらうぜ。」
「はいはい、おやすみなさい。」
「って、何言ってんだゾロ。ナミさ〜ん?」
腰に腕を廻し、軽く持ち上げて歩き出した。

「ちょ…ゾロ!何でてめえが持ってくんだ!」
「てめえ酔っ払ってっだろが。」
確かにそれほど飲んだつもりはないがちょっと足に来ている…いやそうじゃなくて。
「なんで俺がてめえに運ばれなきゃならねえんだよ!」
爪先でがんがん脛を狙って蹴るのに、酔いが回ってますます痛覚が鈍くなっているのかゾロは痛がりもしない。
「昔から、てめえ酔うと見境なくなってたよなー。」
それは自分の台詞だと、文句を言おうとゾロの顔を掴んだら壁に押し付けられて唇を塞がれた。

狭い廊下の陰。
甲板の喧騒が遠くに聞こえる。
5年ぶりの口付けは長く激しく、息をつくこともできなかった。

何度も角度を変えて深く入り込んだ舌に蹂躙される。
とうに膝が抜けて立っていられなくなっていたサンジは、ゾロに縋り付いていた。
壁とゾロの体躯に挟まれて圧迫された胸が苦しい。
それでもゾロの濃厚な口付けはあまりに甘美でサンジは夢中でそれに応えた。
舌から伝わる味がすべての記憶を蘇らせる。
5年の空白さえ一息に埋まってしまったかのように。

散々貪りあってから、音を立てて唇を離した。
荒く息をついてお互いににやりと笑う。
頭が痺れて麻痺するくらい、欲情していた。

「ほらな、てめえは酔うとそんなやべえ目で見やがるんだ。」
ゾロが軽いキスをサンジの顔に降らせる。
「危なっかしくてしょうがねえ。」
その目元に、額に、頬に。
何度も何度も確かめるように唇を当てる。

そう言えば最初にゾロとこうなったのも酔った勢いだったか。
うっとりとゾロの愛撫を受けながらサンジはぼんやり考えた。
やっぱアルコールは媚薬だよなあ。
身体が熱くなるし、もうどうでもいいとか思っちまうし…
ルイジん時も…
そこまで考えてさっと血の気が引いた。

深夜とは言え月が明るい。
シャツの胸元に掛けた手をサンジは強く押しとどめた。
「ちょっと待て、ゾロ。そんな急に・・・」
「何が急だ、俺が今までどんだけ我慢してたと思ってやがんだ。」
正面から睨む目が据わっている。
鼻息が荒い。
「せ、せめて格納庫とか入っ・・・へ、部屋に・・・」
真後ろの扉を乱暴に開けて、中に突き飛ばされた。
力加減ができていないから、どうやら魔獣モードに入ってしまったらしい。
柔らかい麻袋の上に倒されて、食いもんの上じゃないかと慌てて身を起した。
子供たちの玩具代わりか藁の束がいくつか入っている。
よかった・・・てえか、明るいじゃねえかよ!

慌てて顔を上げれば壁に丸窓。
薄暗い部屋の中で、ゾロが目を輝かしながら近づいてくるのだって、はっきりと見える。

「ゾロ待て、せっかく久しぶりに会ったんだから、もうちょっと・・・」
「語り明かそう、な。」
「大体てめえとはゆっくり酒を酌み交わしたこともねえし・・・」
「俺疲れてんだよ、だから・・・」

ごちゃごちゃ言ってる間に、足払いを掛けられて藁の上に引き倒された。
ゾロは両膝に乗り上げて手繰り上げたシャツを思い切り左右に引き裂く。
ピンと跳ねたボタンが四方に転がる音が小さく響いた。

サンジが必死な形相で胸元を抑えている。
もとよりゾロの力に敵う訳もなく、特に右腕はろくな抵抗もできないまま掴まれた痛みだけが残った。

すうと空気の冷える気配がする。

サンジは暗い天井に目を泳がせながら、間近にあるゾロの顔が見られなかった。
手首が痺れて振り払う気にもなれない。

「ゾロ、せめて右だけでも離せ。どうせ動きゃしねえ。」
サンジの乾いた声に、ゾロはようやくその手を離した。
だが左手は床に押さえつけられたままで、身じろぎすらできない上に突き刺さるような視線。

蒼い月明かりの下で晒された肌には、昨夜のルイジとの情交の跡がくっきりと残っていた。
「い、いやあ…なかなかワイルドなレディでよ・・・情熱的だろ?」
へへ・・・と押さえつけられたまま肩を竦めて見せる。
「へえ。」
とゾロのからかうような声が響いた。
「変わった女だな。男の乳首噛むのが好きなんか。」
ルイジ、殺す―――
一瞬浮かんだ殺気を頭の隅に追いやって、必死で言い訳をめぐらした。

「そりゃ、レディの趣味も色々あるさ。この年で身奇麗ってのもアレだし、まあお互い様だろ。」
サンジの上でゾロが目を細めたままにやりと笑った。
その凶悪な面構えに、不謹慎にもぞくりと来る。
「まあお互い様だがな」
寝転がると拳一つ楽に入る、平べったい腹部から乱暴に手が差し込まれた。
サンジ自身が熱く芯を持っているのを確認すると、片手で器用にバックルを外して下着ごと摺り下げる。
生々しく噛み跡の残る乳首をちろりと舐め上げた。
後ろを探る手が、難なく指を差し込む。
「…っ!…」
「やっぱ変わった女だな、男に突っ込むのが好きかよ。」
すでに熱を持ったそこは蕩けて無意識にゾロの指を締め付けている。
「ゾロ…その…」
言い訳などしない方が余程マシだと分かっているのに止められない。
例えば行きずりの男にでも身を任せていた方がいっそ開き直れるだろうに、今のサンジは後ろめたさで得意の
逆切れさえできなかった。

「俺に、嘘、吐くんじゃねえぞ。」
耳朶を軽く噛まれて囁かれた。
穏やかな声音が一層、底知れぬ気配を帯びて恐ろしい。
「俺の側にいねえ間のてめえがどうだろうが、とやかく言うつもりはねえ。もう切れたんだろうが。この船にいるってことは、そういうこったろ。」
そうだと、サンジは言えなかった。
自分としては切れた、切ったつもりだが、別れた筈の相手はこの船にいる。
他人の振りをして、冷たい目で俺を見ていた。

首に胸に、いくつもの口付けを受けて、サンジの身体は熱を持ち始めた。
けれどそれに逆らうように胸の中は鉛が詰まったように重く冷たい。

あれほど欲したゾロの腕が今は疎ましい。
言い出せなかった己の罪を身体に刻み付けられるようで、サンジは何度も昂ぶりながら苦い息を吐いた。
ゾロに嘘を吐きたくはない。
けれど、本当のことなんて言える筈がない。
「余計なこと、考えてんじゃねえ。」
集中しない身体はすぐに知れてしまうようだ。
膝を立てて後ろから抱きかかえる様にして貫きながら、ゾロは呪文のように耳元で残酷な睦言を繰り返す。
「てめえは俺のモンだ。」
「もう誰にも渡さねえ。」
「俺だけだ。俺だけのモンだ。」
逃がさないように。
楔を打ち込むように。

何度も執拗に嬲られながらサンジは再会してからずっと胸に引っかかっていた違和感の正体に気がついた。
5年の歳月は長すぎた。
自分の中でゾロが少しずつ変化していたように、ゾロの中のサンジもまた微妙にズレている。
出会えて嬉しかった。
抱きしめられて胸が熱くなった。
未だ求められていると思うと涙が零れるくらい心が震えるのに、どこか奥底でぽっかり抜け落ちたものがある。

これは、支配だ。

少なくとも―――
ゾロにとって、自分はもう仲間じゃないと、思い知らされた
最初の夜―――

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