Voyage 12


「三時の方向に、影が見えるぞ!」
見張り台からチョッパーの声が響いた。
「なに、雲?」
「船だ。凄くでかい船が来る!」
甲板ににわかに緊張が走った。
ゾロとルイジも動きを止める。
「海軍?」
チョッパーが双眼鏡ごと身を乗り出す。
「ジョリーロジャーだ、海賊だ!!」
わあおと歓声が上がった。


ぐらりと船室が揺れて豆が零れる。
「今度はなんだ。」
「海賊よ、私と子供達は船長室に入るから、後はよろしく!」
さわやかに言い捨ててナミが走り去る。
「久しぶりだなあ。」
サンジは籠を戸棚にしまって煙草を咥え直した。
ジョナサンもライフルを手にとる。
「お前の獲物、それ?」
「ええ、ウソップさんほどじゃないですけど。」
また大きく船が揺れた。
ルフィのお陰で直撃は免れたが、かなりの数の砲弾が降ってきているようだ。
「んじゃ、行くか。」
スーツを着て甲板に飛び出す。


目の前には巨大なガレオン船。
とんでもない数の敵が乗り込もうとしている。
ゾロがバンダナをして刀を咥える。
ルフィは腕を伸ばして敵船に乗り込んだ。
「ゴムゴムの〜ガトリングー!!!」
ルフィの無数の伸びる腕に、数十人が吹っ飛ばされた。
「能力者だ!」
「海へ落とせ!!」
弾の雨をかいくぐってゾロが突っ込む。
「魔獣だ!」
「大剣豪だぞ!」
麦藁海賊団だと知って勝負を仕掛けてきただけあって、敵にも何人か能力者が揃っていた。
ゾロの呼吸が変わる。
腕の筋肉が盛り上がり、目で見えるほどオーラが高まった。
「煩悩鳳!!」
地鳴りのごとき咆哮とともに、敵船の一部が破壊される。
人がゴミのように海に落ちた。
「な・・・」
すぐ側に、息を呑むルイジがいた。
ゾロの戦う姿を見るのは初めてだ。
刀を握る手が、白く筋張っている。
「ルイジ、てめえはここを守れ。一人も通すんじゃねえぞ。」
サンジは言い置いて駆け出した。

鋭い刃が振り下ろされるのを風に流れるように交わして長い足が空を切った。
そのウェイトからは考えられない重厚な破壊力。
取り囲んだ十数人が一斉に弾き飛ばされ、海へと投げ出される。
巨体の間を縫うように、片手で側転し旋回した。
蟻のように群がった海賊共が面白いように跳ねた。
「すげえ。」
その流麗な動きに新入りたちは息を飲んだ。
こんな戦いを彼らは知らない。
黒い痩身がすたんと船縁に立った。
ポケットに手を突っ込んだまま煙草を銜えて見下ろしている。
思わぬ攻撃に、海賊達は取り囲んだまま後退りした。

「ししし、変らねえなあサンジ。」
実に楽しそうに笑ってルフィが腕を伸ばした。
「ゴムゴムの〜斧!!」
巨大な船が真二つに、折れる。
「なんなんだ、こいつら・・・」
ルイジは刀を握り締めたまま、敵船で戦う彼らを見守るしかない。
こんな世界を俺は知らない。
何も、知らなかった。
「サンジはゾロと双璧だったんだ!戦うコックさんを舐めんなよお。」
ウソップが景気良く大砲を打ち込んでいく。
敵船が沈みかけた頃、ガツンとGM号に衝撃が響いた。

「海軍よ!」
ロビンの声が響く。
いつの間にか現れた海軍に、後方が取り囲まれていた。
「くそう、漁夫の利かよ。」
ちんけな海賊に構っている場合ではなくなった。
海軍からの砲撃を避けながら全速力で逃げるしかない。
「船が沈むわ。早く引き上げて!」
「出るぞ、ボートがうようよ向かって聞きやがったア!」
命知らずの海賊とは又違う、任務に忠実な海兵たちが乗り込んでくる。
あぶれた海賊達がGM号の上で右往左往に逃げ回る。
ルイジは闇雲に突っ込んでくる海賊たちを片っ端から斬ってまわった。

分厚い肉を裂く感触に鳥肌が立ち、血飛沫に視界が霞む。
刀を持つ手が血でぬめり、取り落としそうになった。
何度か斬りつけているうちに、刃が滑らなくなってくる。
―――畜生!
刀で叩くように敵の息の根を止める。
剣技というより力技だが、なんとしてもここを守らなければと必死だった。
横から飛び込む輩は蹴り倒し、刀か棒かわからない状態でともかく振り回した。
床に飛び散った臓物に足をとられ、バランスが崩れる。
全身血塗れの男が薄ら笑いを浮かべて、倒れたルイジの上から剣を振り翳した。

「死ねえ!」
避けられねえ!
馬鹿みたいに目を見開いて剣の軌跡を追ったルイジの視線に、黒い影が覆い被さった。

ずん、と腹の上に衝撃が響く。
倒れた痩躯があまりに軽くて薄っぺらくて、突き刺さった剣の重みが腹に響いた。
ルイジは床に腰を落としたまま、返す手で首を跳ねた。
勢いで滑った刀が血まみれの首ごと飛んでいく。
ぐしゃぐしゃの斬り跡から飛沫を上げながら、男の巨体はゆっくりと倒れた。
その様をスローモーションのように目に焼き付けて、ルイジは無意識に腕の中の身体を掻き抱く。
ぬるりと手が滑った。
腹が熱い。
甲板に、みるみる内に血溜まりが広がっていく。
胸に傾けられた金色の髪がガクガクと揺れた。
抱える己の腕が震えているのにも気が付かない。
ルイジは何か叫び出しそうになりながら、ゆっくりと身を起した。

「ダメだ!抜いちゃいけない、そのまま運んで!!」
チョッパーの声だけが耳に届いた。
怒号と悲鳴が後からついてくる。
戦いのさなか、ここだけ時が止まったようで、ルイジはゆるゆると歩き出した。

早く、静かに。
ゆっくりと、早く。
貫いた剣以外が、あまりにも軽い。


サンジを運び入れて直ぐ、医務室から追い出された。
ナミとロビンが慌しく出入りしている。
廊下の壁に凭れてその姿を見ていたが、外の喧騒が静かになった気がして甲板に出た。
遠くにマストの折れた海軍船が煙を出しているのが見える。
半分沈んだガレオン船は、大きな渦を巻きながらすべてを没しようとしている。
「全速力で進め、巻き込まれっぞ!」
バタバタと駈けずり廻るウソップの足元で、海水を浴びた船長が「腹減った〜」と寝転がっていた。
ジョナサンはよいしょと背中の包みを下ろし、敵船から盗んできた酒類をキッチンに運んでいる。
大量の血だかなんだかわからないものが散乱した甲板で、ゾロが多少原形を留めたモノを拾っては
海に投げている。
佇むルイジに気が付いて、口端を上げた。
「ひでえ面だな、顔洗って来い。」
近づこうと思っても足がうまく動かない。
貰った刀はなくしてしまった。
手を見れば、血まみれで自分の掌すら切っている。
「初めてにしちゃあ、やるじゃねえか。死ななかっただけ上等だ。」
ルイジはじっと血まみれの手を見つめていた。
死ななかっただけ―――
違う、俺は死ぬはずだった。
サンジが、サンジが俺を庇ったから――――
・・・がくんと膝の力が抜けた。
立っていられなくてみっともなく崩れ落ちる。
瘧のように身体が震えて、視界が狭くなった。

サンジがサンジがサンジが・・・

ゾロが蹲るルイジの前に立つ。
黒のブーツが血にテカって、歩いた跡を残している。
「サ、サンジ・・・」
口から出た声は泣き声だ。
聞きたくないのに勝手に漏れる。
「サンジが、俺を…庇って―――」
「聞こえなかったか、顔洗って来い!」
首根っこを掴まれたかと思ったら、ぐらりと視界が反転した。
思う間もなくザブリと波が押し寄せる。
ゾロはルイジを海中に投げ落とすと、振り向きもせずに甲板を後にした。

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