Voyage 1


大海を揚々と出航した船内では、かつてないほど賑やかな宴が繰り広げられていた。
なんせ行方不明だったコックが5年ぶりに帰船し、思いもかけず剣士の息子が新しい仲間に加わったのだ。
この二重の喜びに誰もが沸いていた。

サンジとルイジはとりあえずチョッパーの診察を受け、仲間達に囲まれて甲板に急遽設けられた雛壇に並んで
陳列させられた。
サンジとしては倉庫の食料のストックやキッチンの点検などやりたいことは山ほどあったが、今日だけは
主役だからと縛り付けられている。
そしてルイジはと言えば、慣れない揺れにひどい船酔い状態だった。


「仕方ねえよなあ。めったに船に乗るこたなかったんだろうし。カナヅチのくせに海賊ってのは結構いるけど、
 船酔いの海賊はシャレになんねえから、まあ慣れるまで頑張れよ。」
ウソップが真っ赤な顔をしてげらげら笑いながら、引っくり返ったルイジの肩を叩いている。
「どんどん飲んで食って吐いて飲んで食って吐け。そのうち吐くもんがなくなって血まで吐いたら慣れるぜ。」
ゾロも酒瓶片手に豪快に笑う。
もの凄く上機嫌だ。

ちゃんと水分をとらせて、背中でも摩ってやりてえ。
サンジは無関心を装いながら意識はほとんどルイジに集中していた。

再会した時はあまりのショックで茫然自失だったが、あれこれ思い起せば納得のいくことばかりだ。
他人の空似じゃなかったんだ。
何で気づかなかったのだろう。
自分の迂闊さを呪っても、今置かれた状況はもはや変える術もなく、途方に暮れるしかない。
ルイジは最初に声を掛けてきた以外、サンジと目を合せようとはしなかった。
あからさまに避けているようではないが、上手に他人を装っている。
そのことが、かえってサンジの胸の内を重苦しいものにしていた。
もっと自然に、『なんだ手前ら親子だったのか』とか、いやあ実はこいつ拾って暫く一緒に住んでたんだぜとか、軽いノリで知り合いということを公表してしまった方がよほどよかった。
なのにルイジの顔を見た途端、声をなくしてしまった自分に、ルイジは『はじめまして』と言いやがった。

サンジは片手で顔を覆った。
なんつーか、今日の酒はいくら飲んでも酔えねえや。

「大丈夫ですか。サンジさんも久しぶりの船だから具合悪いなんてことは・・・」
気遣わし気にやってきたのは、サンジの代わり入ったコックだ。
薄茶の猫っ毛に丸眼鏡を掛けている。
見るからに人の良さそうなひょろ長い男。

「ああジョナサンっつったけか。馬鹿言え、俺が船酔いしてたまっかよ。」
「そうよねえ、サンジ君人生の殆どを船の上で過ごしてたんですもの。今回が一番長かったんじゃない?
 5年も陸で生活してたなんて。」
「ああそうなんですナミさん!陸酔いしそうでしたからv」
ハート目のままナミに抱きつこうとして、後ろから伸びた手に首根っこを掴まれて引き倒された。
ナミがジョナサンに何事か囁いてくすくすと笑っている。

サンジが宴で酔えないもう一つの理由はここにもあった。
ゾロが、べったり隣にくっついて離さないのだ。
でかい悪人面の海賊が、美女を小脇に抱えて酒を食らう図はよく見たことがある。
だが今、ゾロが小脇に抱えているのは、細身ではあるが立派な男の、暴力コックだ。

なんでこんなことになってんだよ。
どれだけ肘で突こうが足で踏もうがゾロはサンジを離さなかった。
とうとうあきらめて今は座椅子代わりに使っている。
ウソップやチョッパーはわざとらしく目を逸らすし、女性陣は生暖かい目で見守っているようで、サンジは
居心地が悪い。
ルイジは甲板に突っ伏して、こちらを見ていない事だけが唯一の救いだ。

「ところで、俺らのためとはいえ出航して早々こんなに食料を使っちゃって大丈夫なんですか。」
やはり腐ってもコック食糧事情が一番気にかかる。
「サンジ君が留守だった間に、保存食が結構開発されたのよ。だから船の食糧事情も随分変わったわ。」
「とは言ってもサンジの飯とは雲泥の差だけどな。非常食は不味いって相場がきまってっだろ。」
ウソップががははと笑って豪快にビールを呷る。
こいつも随分、飲み方からして変わった。
「それでも一度やばかったんです。氷山に囲まれて立ち往生したことがあって…」
「そうそう、あん時はさすがにジョナサンでも食料の確保は保証できないって言われて…」
「結局ルフィに麻酔打って一週間眠らせたんだよな。チョッパーがよ!」
「どう思う?この非常時に船長を眠らせる船!」
「ナミさんがいらっしゃったら、充分じゃないですか〜v」
サンジがいなかった間の船の様子を口々に話す。
思ったとおりみんな元気で危なっかしくて勇敢で、サンジは腹を抱えて笑いながら胸のどこかがすうすうした。
5年が経ったのだと嫌でも思い知らされる。
この間いくつも海を越えた仲間達は逞しく成長している。
それに比べて自分はどうか。
腕が使えないからと田舎に引きこもり、最初の頃は生きることさえ放棄していた。
今この場所で酒を酌み交わす資格さえないような気がして、とうとう出始めたウソップのほら話にも曖昧に
笑うしかない。

5年のブランクは長い。
もしこの瞬間敵が攻めてきたら、自分は足手まといにならない程度に戦えるだろうか――――

「よーし、ドクターストップだ。ルイジを船底に寝かして点滴打ってくる。」
のそりとチョッパーが立ち上がり、サンジは心底ほっとした。
「ちぇ〜、だらしねえぞぉジュニア!」
「そんな奴あ海ん中放り込め!」
何度も吐いてくったりとなった身体を抱えてチョッパーは甲板を横切った。
その背中を見送ってサンジはきょろきょろと辺りを眺めた。
「あれ、ルフィは…」
「ああ、宝と夢を寝かしに行って一緒に寝ちゃったんでしょう。」
相変わらず酒に強いナミは恐ろしく大量の酒瓶を周囲に転がしながら優雅にグラスを傾けている。

GM号は船首だけは昔のままで、船自体大きくなっていた。
ルフィ一家の為の船長室も作られ、ロビン専用の部屋もある。
男共は相変わらず雑魚寝部屋だが、共有のプライベートルームもあるようだ。
豪快に飲み続けていたウソップは甲板に引っくり返って鼾を掻いている。
ジョナサンの姿も消えていた。
「彼は早寝早起きなの。今夜は遅くまで起きていた方ね。」
いつ寝ていたのかわらかないようなコックさんとは違うのよ、とロビンが穏やかに微笑む。
彼女は今でも自分をコックと呼んでくれる。
そんなちょっとしたことがサンジは嬉しかった。
ジョナサンのことは最初から「メガネ君」と呼んでいたらしい。

「じゃあ片付けは…」
「あー、そんなのはその辺の穀つぶし共がするわ。その程度の躾はできてるのよ。」
ナミは長い指を開いてひらひらと手を振った。


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