Under the rose -3-



「む、りじゃね?」
引きつった顔で半笑いを浮かべたサンジに、Aはん?と首を傾げて見せる。
「それが案外、大丈夫なんだよねえ」
どこまでも他人事な物言いだ。
「や・・・でもなんつうか、物理的に」
「慣れちゃうともっと凄いものまで入っちゃうよ。これほんと」
どこまでも軽く明るいAの口調に空恐ろしいものを感じて、サンジはぶるりと身震いした。
その内ほんとに、色んなことに慣れちゃうんだろうか。

血の気が引いて冷たくなった素肌に、Zの手がそっと触れた。
両肩を抱くようにしてやんわりと身体の向きを変えさせる。
その温かさに引かれ、サンジは素直にZの腕に身体を預けた。
背中を大きな手でゆっくりと撫でられ、やや強引に腰を引き寄せられる。
少し首を傾けて重ねてきた口付けに、おずおずと応えた。

Zとのキスは、気持ちいいと思う。
決して乱暴ではなく下卑た厭らしさも見せず、どこか崇高な誓いのようにさえ感じる優しいキス。
舌を絡め唇を食む動きが激しさを増しても、受ける感覚は変わらなかった。
その合間にも、Zはサンジの肌を撫で窪みへと腕を伸ばし差し入れる。
その手が触れる場所すべてが、その感触を心地よいと捉え素直に悦びを表した。
自分でもわからない、止められない性的な衝動。
自然と高められる欲求を、Zの手が巧みに加減し操っていく。

「あ―――」
知らぬ間に、サンジは声を殺すことを忘れていた。
ただZの手に促されるまま声を上げ、身を捩り身体を濡らす。
いつからかAは黙り、部屋の中にはサンジの切なげな声だけがかすかに響いていた。
「ひ、く・・・」
表情や痴態を余すところなく撮り続けるカメラの存在は薄れ、見守る男達の視線すら忘れて、ただZの動きに翻弄される。
両手を着いて四つん這いになり、後ろから突き上げられる衝動に合わせサンジは何度も声を上げた。
それは悲鳴のようでいて、隠し切れない明らかな愉悦の色を滲ませている。
ほとんど獣のように吠えながら、自分の身体が更に強い刺激を求めて自然と後ろへ重心をかけているのがわかった。
もっと欲しくて、もっともっと奥まで捻じ込んで欲しくて、Zの硬い腹に尻頬をくっ付けるようにして腰を振り嬌声を上げた。

あれほど恐れていた挿入で、ここまで狂わされるとは予想だにしなかったのに。
サンジの腹の底、知らなかった過敏な部分がZのものでゴリゴリと擦られる。
脳天を突き抜けるような激しい快感が苦しすぎて、背を撓らせて何度目かの小さな射精を繰り返した。
先ほどから、身体の震えが止まらない。
何度も繰り返し襲い来る快楽の波が、何も知らなかったサンジを唯のケダモノへと変えていく。

「はう、あ―――は・・・」
Zの手が唇を撫で乳首を摘み、脇腹を擽った。
その動きのすべてが痺れるほど気持ちよく、触れられていない場所が寂しくてもどかしくて堪らない。
もっと触れて、もっと抓って、もっと撫でて抱き締めて。
外側からも内側からもZのすべてを感じていたくて、サンジは閉じられない口元から唾液を滴らせながら低く唸った。
「も――う・・・」
細い顎に手を掛けて、背後からぐいと引き上げた。
Zのそれがより深く奥まで減り込み、膝立ちのままサンジは背を撓らせた。

「イけ」
不意に、低く甘い声が耳を打った。
その響きに打たれたように、サンジは断末魔のような悲鳴を上げると、小さく痙攣しながら少量の精液をシーツへと滴らせた。
深まった部分に熱を感じ、きゅうきゅうと締め付けながらZの身体に凭れかかる。
まだ快楽の余韻を残した肌は、Zの熱を感じてふるふると震えていた。
目の前がチカチカして、よく見えない。
背後から抱き締めるZの温もりだけを頼りにしなだれかかって、荒い息をついた。








「はい、お疲れさん。すっごいよかったよー」
Aの能天気な声が終了を告げて、サンジははっとして身を起こした。
ベッドを取り囲み撮影していた男達が、ガチャガチャと音を立てながらそれぞれ機材を片付け始めている。
その中で、Aはパンパンと一人手を叩いた。
「いや〜よかった、素晴らしかった。サンちゃん集中力あるねえ」
「・・・は、はあ」
急に現実に引き戻されて、サンジは慌てて足を閉じベッドの上に座り直した。
振り向けば、Zは寛げていた前だけ直して普通に服を着込んでいる。
この部屋で全裸なのは俺だけかよ!と、今更な事実に愕然とした。

「色々初めて尽くしで大変だったでしょ。まずはシャワー浴びてさっぱりしておいで、後で今後の打ち合わせもあるし・・・」
そこまで言って、Aは悪戯っぽく目を輝かせた。
「Zったら、中で出したっしょ。後処理の仕方知ってる?」
「処・・・理?」
これ以上何をさせる気かと警戒感を露わにしたサンジの頭越しに、Aは声を掛けた。
「せっかくだから、ケアも頼むよZ」
「ちっ」
えっと驚いてサンジは顔を上げた。
Zは相変わらず無表情で、スプリングを軋ませながらベッドから降りている。

―――今こいつ、舌打ちしなかったか?
ともかく、Zの後に付いていかなければならないのかと、裸足の足を床に下ろしたがなんだか腰に力が入らない。
かくりと膝が折れてベッドにうつ伏した。
支えようと踏ん張った腕も細かく震えている。
するとZが腕を伸ばしてサンジの腰を抱き上げ、荷物のように小脇に抱えた。
「ちょ、なにすんだ」
足をバタつかせたら、太股辺りがなんだかヒヤッと来て慌てて身を縮める。
「まあまあ、この際だから運ばれちゃいなよ」
風呂場に向かうらしいZの後ろから、なぜかAとカメラまで着いてきてぎょっと目を剥いた。
「なんであんたらまで来るんだよ」
Aは屈託なく白い歯を見せた。
「いやー今いいこと思いついちゃった。初回限定予約特典のお宝映像ってことで」
言ってる意味は咄嗟に分からなかったが、ものすごくヤバイ気がしてサンジはさーっと青褪める。
「一体、なにを・・・」
「サンちゃん、初めての中出し後始末体験v」
きゃっと恥ずかしがるような素振りを見せるAに、サンジはZに運ばれながらあんぐりと口を開けた。
その間にもZは部屋つきの洗面所のドアを開け、バスタブの中に乱暴に下ろす。
「大丈夫。一度覚えたら、後は自分で出来るからさ。それにこの特典で予約者増えたりプレミア付いたらまたガッポガッポ稼げるよ。配当金アップ間違いなし」
空のバスタブに沈んだサンジを、上からAの笑顔と共にカメラのレンズが迫ってくる。
「んじゃ、浴槽の縁に手を着いてこっちにお尻向けてみて」
サンジは諦めて、Aの声に従った。





細かな水飛沫を顔に受けながら、サンジは石鹸を直に肌に擦り付けた。
AとZ、それにカメラマン一人と総勢4人で狭い風呂場が一層窮屈になっていたのも、今はサンジを残して全員が引き上げてがらんとしている。
ようやく一人になれて一息ついて、サンジは手早く髪と身体を洗っていた。
許容量を遥かに超えた羞恥と精神的ダメージで身体もくたくただが、部屋でAが待っていると思うと気が急いた。
今後の打ち合わせもあると言っていたし、まだ仕事は終わりじゃない。
熱いシャワーを頭から浴びて、両手で顔を叩く。
あれだけ無体なことをされたのに、腰はちゃんと伸びるしもうふらつかずに立っていられる。

大丈夫、思ったより大丈夫だった。
なんてことない、割と平気。
全然痛くなかったし、傷付けられもしなかったし、酷い侮辱も嘲りも受けなかった。
むしろすごく丁寧で紳士だった。

不意に、先ほどまでのZの手を思い出して、サンジは一人赤面した。
またごしごしと顔を洗い、シャワーを止めてバスタオルで素早く身体を拭いた。
思い出すな、もう終わったことだ。
掛けてあったバスローブを羽織り、タオルで乱暴に髪を拭う。

こんなことで、ちゃんと“売れるDVD”ができるんだろうか。
男を対象にしたエロ画像なんて、買う者の心理がサンジには理解できない。
でもこれが金になるというなら、おかしな世の中だが安いものだと思う。
稼げるだけ稼がないと、何せ時間がない。
さきほどのメンバーに再び顔を合わせるのはとてつもなくバツが悪かったが、躊躇ってはいられないと思い切って風呂場から出た。



「お、早かったね」
先ほどまでサンジが転がっていたベッドの隣、申し訳程度にイスと丸テーブルが添えられた場所に、Aとカメラマンが座っていた。
Zや他の男2人の姿はない。
「ああ、Zはもう帰ったよ。後の二人は、いい絵が撮れたって張り切って編集しに事務所に戻った。今日は徹夜だな」
大柄なカメラマンがイスを譲って、コーヒーを煎れてくれた。
反射的に礼を言って、気まずい思いのまま腰を下ろす。
「紹介が遅れてすまないね、こっちは撮影チーフのB。ハンドタイプのカメラ持ってたのはLで、マイク持ってたのはKだよ」
「アルファベットでしか呼び合わないのに、紹介もクソもねえだろ」
心中で突っ込んだはずが、つい掠れた声が出てしまった。
Aは気にするでもなくカラカラと笑う。
「ごめんごめん、実際サンちゃんだけ本名オープンなのは不公平だよね。でも仕方ないよ、サンちゃん主役だし」
具にも着かない言い訳をして、手前に空缶と煙草を置いてくれた。
だるい動作で手を伸ばし、煙草を咥えた。
ライターをつける指も、もう震えは止まっている。

「んで、これから俺はどうすればいい?」
「ん、ともかく第1弾として華々しく売り出しするから、営業とかは俺らに任せといて。最初は予約販売だけで、そこからじわじわ口コミで広がると再発売って形になるかな。そん時はあの特典映像は幻のお宝になってるよ」
夢見る目つきであれこれ算段するAに、サンジは思い切り顔を顰めて見せた。
いっそ永遠に幻になってもらいたいほどだ。
もう思い出したくもない。
「安心してって言えるほどでもないけど、このDVDは完全登録制だ。このためだけに会員を募って、身元をはっきりさせた上で販売している。勿論コピーはできないし、ヘタにしようとすると全消去&ハードディスク破壊っておまけまでついてる優れモノだ」
「・・・乱暴じゃね?」
「こんくらいした方が、純粋に楽しんでくれるユーザーには安心なんだよ。違法にコピってプレミア価格つけられちゃ、マニアにしたら面白くないじゃん」
一体どんなマニアがいるというんだろう。
「ネットに乗せたりもしないしね、あくまでDVDという形だけで存在するように作ってある。そういう意味でセキュリティはバッチリだから、安心してくれ」
「・・・別に、いいよ」
サンジは横を向いて、鼻から煙を吐いた。
どこの誰とも分からない野郎共に、男に犯されている自分を見られるのだ。
これ以上の屈辱も絶望もありはしない。
一度そうして顔と名前を知られてしまったなら、もう二度と陽の当たる場所で生きることはできないだろう。
それでもいいから、それで構わないからこの話に乗った。

「んで、金は?」
「前金は、今指定の口座に振り込んだから後で確認して。DVD第1弾の売れ行きによって配当金が変わってくる。確定次第追加で支払うし、第2弾の話が固まったらまた携帯に連絡するよ」
「了解」
「んじゃ、俺らは先に引き上げるね」
Aは立ち上がると、カードキーを示しながら真面目な表情でサンジを見下ろした。
「この部屋、チェックアウトは5時までだからゆっくり休んでいくといいよ。色々きつかっただろ。虐めてごめんな」
ずっとへらへら笑ってばかりだったAの思いがけない真摯な態度に、サンジはちょっと虚を突かれた。
「でも、すごくいい絵が撮れたよ。俺の目に狂いはなかった、君は最高だ。きっといいものができる、それは俺が保証するよ」
「あんたに保証されても嬉しくねえよ」
悪態をつくサンジに、またにかりと邪気のない笑顔を返して、Aは無口なBと共に部屋を出ていった。


一人残されてしんとした部屋の中で、サンジは2本目の煙草に火を点けた。
一応禁煙ルームだからと、心持ち窓を開けるため立ち上がる。
少し腰がだるいが、普通に歩けないほどじゃない。
窓を開けると、外から街の喧騒がかすかに流れ込んできた。

―――やっちまったな
金のために、身体を売った。
男に犯され、それをカメラに収められて売り出されようとしている。
そんなヘビーな事実が、なぜだか他人事のように薄っぺらく感じれられて現実感が乏しい。
―――ほんとに、やっちまったんだなあ
実際、腰はだるいし腹の底はなんだかジンジンしてまだ異物感が残っている。
Zにきつく抱き締められた感触だって、ありありと思い出される。
さっきまで、あのベッドで男と寝ていたのだ。
裸に剥かれ、あられもない格好をさせられて後ろから貫かれていた。

思い出したら、身体の中心がじわりと熱くなった。
慌てて煙草を揉み消し、窓を閉める。
―――だめだ、いつまでもこんなところにいたら、俺がおかしくなる

終わってしまったことは、もう取り返しがつかない。
いつまでもグズグズ考えていても仕方がないから、サンジは思い切りよくバスローブを脱いで、ベッドの上にきちんと畳まれた自分の服を着た。
この几帳面さはAだろうか、Bだろうか。
それともまさか、Zとか?
―――いや、それありえねえし

思い出したら、自然と笑みがこぼれた。
なんせ、本番直前まで爆睡していた横着モノだ。
Sexの手順はとても丁寧だったけど、喋らないし笑わないし、面倒臭がって舌打ちなんかしたりするし。
恐ろしく無愛想で無礼な男なのに、それらを思い出すと何故だか笑えてくる。
こんな状況でも、まだ笑っていられる自分は強いなと、サンジは自分で自分を褒めた。





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