Under the rose -18-




「おいサンジ、大丈夫か?大丈夫かよ、おい」
受話器越しにもひどくうろたえたウソップの声が届く。
「なあ、もうお前帰って来いよ。バラティエがお前の居場所だよ、バラティエにはお前が必要なんだよ。オーナーだって絶対お前に会いたがってるよ、だから――」
帰って来いようと、最後は怒鳴り声に変わった。
サンジは柱の影に蹲ったまま、子どものようにしゃくり上げるばかりだ。
うまく言葉にならなくて、伝わるはずもないのにブンブンと闇雲に首を振る。
「も・・・い、充分―――」
「なに?」
「ありがとう」
噛み締めるようにそう言って、通話を切った。
そのまま電源を落として、携帯を両手で抱き締め額に当てる。

―――よかった
本当に、よかった。
祈るようにじっと目を閉じて、涙が止まるのを待った。
行き過ぎる人たちが、見てみぬふりをしてくれているのはありがたい。
それとも、いい年して往来で泣くような人間は、その存在自体を否定したくなるほどみっともないだろうか。
嗚咽を口の中で噛み殺していると、滲んだ視界の隅にピチピチした太股が飛び込んできた。
ミニスカートと可愛いブーツが良く似合う。
「あのー」
伸ばした語尾に釣られるように顔を上げると、生足なのに上半身だけは完全防備な女子高生が二人、大きな目をパチクリさせて見下ろしている。
「これ、使ってください」
差し出されたのはポケットティッシュ。
サンジはなんの抵抗もなく手を出して受け取った。
「ありがとう」
「がんばってー」
肩の辺りで掌だけ小さく揺らして、去っていく。
その後ろ姿にぼうっと見惚れてから、サンジはありがたくそのティッシュで鼻をかんだ。

「あれ、サンジだよねー」
「本物もちょう可愛い」
女子高生の囁き声は、サンジの耳には届かない。










「Roseが未成年に出回ってるって?」
Aはコーヒーカップを唇につけたまま、あちゃ〜と顔を顰めた。
「ある程度予測はしてたけど、思ってたより早いなあ」
「いくら会員制にしたとて視聴者の範囲を管理することは無理じゃ。後はモラルの問題じゃて」
「モラル云々いえる立場でもないんだけど」
がっくりと肩を落とすAの横を、Pが優雅に腰を振りながら通り過ぎる。
「潮時ではなくて?」
「・・・」
思案気に目を細めるAの後ろで、BもLも黙ってコーヒーを啜っている。

沈黙を破るようにノックの音がして、スタジオにサンジが顔を覗かせた。
「すみません、遅れました」
「なんの、まだ早い方じゃて」
Zのことを言っているのだろうKに、軽く会釈をしてからスタジオに入る。
ぐるりと見回していつものスタッフプラス、知らない顔があるのに気付いた。
一番奥のパイプ椅子に、黒尽くめの男が座ってコーヒーを飲んでいる。
手も足も長く、端正な顔立ちながら濃い顎鬚に伸ばした髪を一纏めに括っている様子は、雰囲気からして只者ではない。
怪訝そうなサンジの表情に気付いたか、Aはことさら朗らかに微笑んだ。
「こっちはR、本日の特別ゲストだ。プロの縄師だよ」
「ナワシ?」
「そう、サンちゃんの細い身体をぎゅ〜っと縛っちゃう」
「・・・ああ」
なるほどと納得してから、ワンテンポ遅れてぎょっとした。
「あー・・・」
それでも何も言えず、ただ小刻みに頷いてみせる。
「ダイジョブ?」
「勿論」
なんでもないことのように取り澄ましてみても、誰かに縛られるなんてことは初めてで内心ドキドキだ。
2回目のDVDでAにされたのとは、また全然違うんだろうなあ。

Rと呼ばれた男は、黙ったままぶしつけな目線でサンジをじろじろと見ている。
反射的にむっとして睨み返しつつ、サンジは素朴な疑問口にした。
「俺なんか縛っても・・・その、楽しいもんか?こう、ボンキュッボンの豊満なレディのが・・・つか、レディに対してそんな無礼なことしたら俺が許さないけどよ」
「どっちだよ」
Lの突っ込みに赤くなってしどろもどろする。
「ムッチムチのもち肌をぎゅぎゅってのもいいだろうけど、痩せた肢体に食い込む荒縄ってのがまた・・・」
「玄人好みじゃの」
「そんなもんなの?てか、そんなんあり?」
当事者であるはずのサンジは、ムッチムチのもち肌の方に反応してポワポワと毛を逆立てている。
「えーと、今回縛られんのサンちゃんの方だから。自覚ある?」
「勿論」
サンジは努めて明るく頷いた。

ウソップからゼフ回復の知らせを聞いて、却って気持ちが固まった。
もう、カヤのこともゼフのこともバラティエのことも、すべて気にするのは止めて金を送ることだけに専念しよう。
ウソップからの連絡を着拒に設定して、今後はAとの連絡のためだけに携帯を買い換えよう。
ゼフが回復してくれただけで充分だ。
これ以上、何を望むこともない。
安心して堕ちていける。

どこか晴れ晴れとした表情のサンジをいぶかしみつつ、Aはまあいいやと腰を上げた。
「Z待っててもいつになるかわかんないし、始めようか」
その一声で、スタッフが慌しく動き始める。



サンジはPの前に座って、髪や肌をチェックされた。
「ちゃんと食べてるみたいね、前より肌の状態がいいわ」
少し押さえるだけにしておこうかと、頬にパフを当てられる。
Pのいい匂いが鼻を掠め、パフの柔らかな感触が心地が良い。
「Zったら、最後の時くらい間に合うように来るといいのに」
「最後」の言葉に少しだけ胸が痛んだが、気にしないことにした。
別に今日、Zが姿を見せなくても動揺しない自信はある。
もうZに会えなくても他の誰かのものになっても、この身体にも心にも未練はないのだから。
服を脱いでバスローブだけ纏いスタジオに戻ると、いつものベッドの隣に健康器具のしっかり版みたいな鉄棒もどきが組み立てられていた。
その仰々しさにビビり、改めて今日されることへの恐怖心がほんの少し沸き起こる。
まるで現場監督みたいなAの隣に、Zが腕組みしているのを見つけてまたしてもほっとしてしまった。
どんな状況でも傍にZがいれば安心だなんて、根拠のないこの安堵感は一体なんだろう。
「あ、サンちゃんこっち来て」
Aに手招きされ、Zの前を通り過ぎて鉄棒の前にいるRの前に立たされる。
Rは顎鬚に手を当てて、まるで値踏みするようにしげしげとサンジを見下ろした。
「脱げ」
その横柄な物言いにむっとしたが、抗える立場でもない。
ローブの紐を緩めてするりと肩から滑り落とした。
片手にまとめて持って前で腕を交差させると、Rは面倒臭そうに手を伸ばしてローブを奪い取り 背後のベッドに無造作に放り投げる。
それから腕を組んで、改めてじっくりとサンジの身体を検分した。
素っ裸で突っ立ったまま、ジロジロ眺め回されるなんて実に間抜けな光景だ。
下ろした手で前を隠す訳にもいかず、サンジは身体測定でもされてるみたいに棒立ちで固まっている。
数秒が数十分に感じるほど長い。
Rは一歩下がって全体を見渡したかと思うと、急に近付いて二の腕を掴んだ。
それから肩を撫で、背骨を辿るように掌を滑らせる。
その動きに嫌らしさは感じられず、どこか触診のようだった。
それでも何をされるかわからない緊張感がサンジの身体を硬くさせ、心臓だけが落ち着きなくバクバクと鳴り響く。
腰を撫でた手が、尻タブをぎゅっと握った。
うひゃあと叫びそうになるのを辛うじて堪え、無意識に筋肉に力を入れる。
片手で尻を揉んでおきながら、もう片方の手が乳首の辺りをむにっと摘む。
とうとう我慢しきれず、サンジは反射的にその手を払って一歩下がった。
そうしてしまってから、しまったと顔を歪めた。
「・・・すみません」
「いつまでたっても慣れないんだな」
呆れたようなRの言葉に、背後でA達が噴き出している。
あんたとは初対面だろうと言い返したかったが、こいつもきっと今までのDVDを見ているに違いない。
そう思うと何も言えなくて、サンジは顔を真っ赤にしたまま黙って睨み返すしかできなかった。

考えてみれば、サンジは何も知らなくてもあのDVDを見たものはすべてサンジのことを知っていることになる。
自分だけが知らないことを、他人が共有しているという現実に、改めて空恐ろしいものを感じてしまった。
踏み込んではいけない領域に入ってしまっていたのだと、今更ながら自分が置かれた立場というものに戦慄した。
でももう遅い。
後戻りはできない。

「どうぞ」
気を取り直してきおつけの姿勢に戻った。
「まるで身体測定じゃの」
Kが見たまんまを言うから、スタッフから笑いが漏れる。
「てか、どうすりゃいいってんだ」
逆ギレして再び振り向けば、またRに尻を撫でられた。
「あんたも一体どうしたいんだ」
またしてもムキーと吼えて振り返る。
ほとんどギャグみたいな動きになってきて、Pはパイプイスの上で身を折って必死に笑いを堪えた。
「どうしよう、サンちゃん楽しすぎる」
「Z、笑ってないで仕事しろよ」
ええ?と驚いてサンジはベッドの方を振り返った。
Zは腕を組んで傍観しているままだ。
つか、これでこいつ「笑って」るのか?
さっぱり読めない無表情ながら、サンジを見つめる眼差しは優しい。
元はといえばこいつが悪いと、急にムクムクと腹が立ってきた。
いくらテクニシャンで奏者でも、そんなにいつもすかした面でいなくったっていいだろうに。

サンジは突進する勢いでZに抱きついた。
その襟首を掴んで引き寄せ、強引に自分から口付ける。
Zは少し驚いたように片目を開いたが、その展開を楽しんでいるのか自分からは動こうとせず、サンジの舌が口内に滑り込んで来るのを待って唇を薄く開けた。
その余裕が更に癪に触ると、噛み付かん勢いで舌を絡め唇を吸った。
シャツのボタンが飛ぶのも構わず、左右に引っ張って胸を肌蹴させる。
鍛えられた胸肉が露わになり、Aに聞いたとおりの傷跡が目に飛び込んできた。
想像していたより遥かに大きく、深い。
サンジははっと唇を外して、その傷跡を指で辿った。
肌はボコボコとして、あちこちに引き攣れができている。
こんな酷い傷を負って、よく死ななかったと思ったら不意にじわりと鼻の奥が熱くなった。
「あ―――」
尚も肌を撫でようとする手首を、背後から掴まれ後ろに腕を捻られる。
「てっ」
思わぬことに振り返ろうとしたが、Zが両手で頬を掴んで再び口付けてきた。
それに気を取られ顎を上げている内に、両手を絡め取られ手早く何かで結ばれた。

―――そうだった、縛るんだった
Zに口付けている時点で、すっかりRの存在を忘れてしまっていたことに気付く。
どんな縛られ方をしているのかわからないが、肘から手首までがまったく動かせなくて、無理に動かそうとすると
痛みが走った。
料理人をしていた頃は、なにはなくとも腕だけは大事だととても大切にしてきた手だったのに。
今は後ろ手に縛られ、血が止まりそうなほどきつく締め上げられて戒められることが仕事だなんて。
サンジは遣り切れない想いを振り払うように、Zとの口付けに専念した。
滑り込んできた舌を軽く食んで味わう。
これが最後だと思うと、たとえRと言う第三者がいてもサンジには気にならなかった。
ただZの全てを、身体で感じたかった。
優しいとか思いのほか可愛い部分があるとか強く愛されているとか、おおよその恋愛において“好き”の基準になるようなものが何もないのに、何故だか自分はZに惹かれた。
テクニックだけで身体から絆されたのだとしたら、この先Zじゃなくても好きになれる人はいくらも出てくるだろう。
だから、今の切なさもこれきりの感情だと割り切って浸ってみる。

「つ――――」
背後でRの手が巧みに動き、片足までも絡げられて背につくほど押し上げられた。
身体の柔らかさには自信があったが、まさかこんな場面で役に立つとは。
客観的に見てとんでもない格好をしているだろう自分の滑稽さを想像して笑い、ただ熱心に口付けだけを施すZの動きに焦れた。
もっと肌で感じたい。
Zの身体に抱きつきたい。
なのに、まるで首だけ抱き締めて口付けるサロメのようにZはそれ以上サンジを引き寄せることはしなかった。
もどかしくて切なくて、サンジは不自由な身体を伸ばして唇からZの頬へと、歯をずらした。
顎を舐め、首元を探るように鼻面を摺り寄せて鎖骨を噛んだ。
邪魔なシャツに歯を立てて一気に引っ張り、肩を肌蹴させる。
引き締まった筋肉に頬擦りをして、胸元に顔を埋め大きく息を吸う。
Zの、匂いがする。

醜い傷跡を舌で辿って、硬い乳首を舐めてみた。
自分のそれとは違って、ただそこにあるだけの突起物は特別硬くも張り詰めたりもせず素っ気無い。
なんだか自分の乳首より小さいような気もして不満だ。
それよりももしかしたら、自分の乳首が不必要なほど大きくなってしまっているのではないかと、急に不安に駆られる。
その考えを見透かしたかのように、背後から長い指が回ってサンジの乳首をきゅっと抓った。
かくんと身体を揺らし、サンジは身を捻り抗う。
「・・・なにすんだ」
いつの間にかRが背後から圧し掛かるように身体を寄せていた。
Zに触れられるなら構わないが、Rに弄くられるのは我慢できない。
けれど今回の撮影のコンセプトはこれかもしれないと思い当たると、無碍に足蹴にすることもできないかと動きを止めた。
実際蹴り飛ばそうにも、サンジの脚は赤い細紐で戒められていて指一本動かすことさえできなかったのだけれど。







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