Under the rose -14-






「毎週この辺りを歩いてるって情報は、ほんとだったんだな」
「ラッキー」
ニヤニヤと笑いながら周りを取り囲む男達をねめつけて、サンジは一歩下がった。
今までAに散々脅されてきたことはこれだったかと、今更ながら自分の迂闊さを呪ったが後の祭りだ。
男である自分に興味を持つ者は、どうやら本当に存在していたらしい。
目の当たりにしても未だ半信半疑なのはサンジがその信条を理解できないだけであって、よしんば理解できたところで事態が好転するわけもない。
「そう怖い顔してないでさあ、俺らもちょこっと遊ばせてくんない?」
「出演料幾らくらい?俺のお小遣いで足りっかなあ」
「足りなかったら、その分テクで満足させるって」
「すげえー自信家―」
ゲラゲラと笑いながら、左側の男が手を伸ばしてきた。
肘を掴まれる間際にすっと身体を引き、サンジの顔が一瞬消える。

「え」
男が発した声は一言だけだった。
しかもそれは尾を引くようにあっという間に遠ざかっていく。
蹴り飛ばされたのだと残りの3人が気付く前に、右隣の男の鳩尾に蹴りが入った。
驚き身を屈めた左手の男の首筋にも一撃。
最後に、正面で固まったままの男の前で手を着いて前転し、そのまま踵落としを決めた。

どさりと地面に倒れ伏す男たちを見渡してから、サンジは跳ねるように踵を返すとそのまま一目散に駅に向かって駆け出した。
今更ながら怯えが来て、何度か蹴躓きそうになる。
それでも必死で脚を運び、誰かが追ってこないか確かめる余裕もないまま走り去った。





しんと静まり返った夜の公園に、意識を失くした男が4人。
数秒置いてから、少し離れた場所の繁みがガサリと動いた。
「う、そ―――ん・・・」
頭を葉っぱまみれにしながら、Aが口をがぼんと開けたまま呆然と立ち上がった。
傍らではLが腹を抱えて転がり、笑いを堪えている。
惨状を目の当たりにして立ち竦んでいるAの脇を、Bが無言のまますり抜けた。
大股で繁みを跨いで倒れた男たちの元に歩み寄り、介抱し始める。
「大丈夫だ、意識を失ってるだけだな。骨に異常はなさそうだ」
「頭も大丈夫じゃろう。しかし、見事な腕・・・いや、蹴りじゃったのう」
Kも一緒になって検分し、とりあえず4人を一つの場所に固めて寝かせる。
「どうする、傷害保険は入っておったかの」
「・・・まあ、そっちの方は抜かりねえけどさ」
どっちかってえと、襲われるサンちゃんの身の上を考えて保険掛けたんだけどなあ。
そう言ってAは、深くため息をついた。
「参ったなあ、まさかサンちゃんがここまで強かったとは」
「強いというか、場慣れしておる感じじゃな。囲まれた途端、一分の隙もなかった。かと言って何か武道を習っておる風ではないが。恐らく自己流じゃろう」
「だって、前に電車の中で痴漢に遭ったって、泣きそうになってたのに」
「それは油断でもしておったのではないか?」
「あれはちと、鈍そうだしな」
「あああ、4人に輪姦されるサンちゃん撮るつもりで、ライト代わりに車も用意したってのに〜」
本気で悔しそうに、Aは頭を抱えている。
4人に拘束されて大開脚、挿入寸前でライトを点けるつもりだったのだ。
その時のサンジの驚愕の表情こそ、まさにAが狙い済ましたものだったのだが。
「なんでこーなるの?!」
「知るか」
「お主のリサーチ不足じゃろう」
仲間たちは冷淡なものだ。

「まあ、Pは手を打って喜ぶな。最初からこの企画に反対じゃったから」
「あああ・・・Pの高笑いが聞こえるようだ」
Aは再び頭を抱えてしゃがみこんだ。
『レイプに輪姦なんてサイテー。無理やり犯されても身体だけ快楽に走って善がるなんて、男の幻想を押し付けないで』
Pはそう言って今回の撮影には最後まで強硬に反対し、同行していないのだ。
「まさしく天の配剤か、それともサンジの実力のうちかの。諦めよ」
「ううう・・・サンちゃ〜ん」
Aは悔しそうに地面を叩きつつ、口元が綻んでいる。
「けど、別の意味でお宝映像撮れたじゃん。戦うサンちゃんかっこい〜v強いのにエロいってどうよ?最強?」
「・・・転んでも只では起きねえな、喋り屋」
「しかし、これでますます役作りの幅が狭まってしまったのう」
あらかじめ屋外撮影で輪姦モノだと言っておけば、サンジとて抵抗はしなかっただろう。
だが素のサンジの表情を撮りたかったのだ。
Z以外の男の手で、頑なでない自然なサンジの反応を撮ることは恐らくは、難しい。

「やっぱりユーザーのニーズに添った方針のがいいんじゃね?」
「そうじゃ、顧客第一じゃ」
「でもそれじゃあ・・・」
Aは言いかけて止めた。
腰に手を当てて、ふんと息を吐く。
「まあ、またその話は改めるか。このまま大事な男優たちを放っておいたら、みんな風邪引いちまう」
「一応、救急病院に連れて行った方がよかろう。念のため」
Bがそう言って次々と男達を担ぎ上げ、ライト代わりのはずだった車に積み込んだ。
「とんだ災難じゃったの」
「まあね、でも意外なサンちゃんの一面を見られてラッキーっちゃラッキー♪」
そう言って、Aはにかりと会心の笑みを浮かべる。
「ますますサンちゃんに興味持っちまった。ただの初心で素直なベイビーちゃんじゃなかったんだあ」
「最初からわかっておろうに、あれは意固地でひねくれモノじゃぞ」
「それは二つとも同じ意味さ」
軽口を叩きながら撤収作業を終えると、何事もなかったように速やかにその場を立ち去った。






一方サンジは、無事帰りついた自宅で激しく落ち込んでいた。
バイト最終日の出来事だったからタイミングがいいと言えばその通りなのだが、やはり面識のない男にいきなり襲われた事実は少なからずショックだ。
もうこれからはうかうかと外へ出歩きもできないんじゃないか。
本気で怖くなってきて、さりとて撮影以外では一歩も外に出ない生活など想像しただけで息が詰まる。
何もかもが八方塞だ。
Aに報告すべきなのだろうが、それみたことかと言われそうでそれはそれで悔しくて腹立たしい。
「どうすれば・・・」
掌に携帯を握り締めて唸っていたら、急に呼び出し音が鳴った。
ビクつきながら画面を見れば、Aの表示。
「うわあ」
なんでこんなタイミングでと、恐る恐る通話ボタンを押してみる。
「・・・もしもし」
「やほ〜vサンちゃんお疲れー」
相変わらず能天気な声音だ。
ほんのちょっとだけ、肩の力が抜ける。
「お疲れさまっす」
「早速だけどさ、第4弾撮影する前にちょっと打ち合わせしたいんだけど、いいかなあ」
「いいよ」
いいもクソも、それ以外何も予定のない自分だ。
「どこに行くといい?」
「うん、そっち行っていい?」
「え」
サンジはフローリングに膝を着いたまま、ぱちくりと瞬きした。
「サンちゃんちにお宅訪問。急だけど明日の夜、7時以降になるかな。夕飯なんか食べさせてくんない?」
「・・・え」
急に声が落ちたサンジに、訝しげにAが問いかける。
「あれ、なんか都合悪い?」
「いや、いいけど」
「んじゃ明日ね、よろしくー」
それだけ言って切れてしまった。

サンジは光る画面を眺めながら、目をパチパチと瞬かせる。
―――Aが来る
なんか夕飯を食べさせてくれって。
それって――――
「俺がなんか、作ってもいいのかな」
どきどきと、久しぶりの高揚感がサンジを包み込んだ。
そう言えば、Aは前に喫茶店でサンジの食べ残しでも平気で平らげていたくらいの健啖家だ。
もしかしたら、サンジなんかが作った料理でも喜んで食べてくれるかもしれない一体何を作ろうか。
Aは何が好きだろう。
あれこれと思いを巡らしているだけで、今まで落ち込んでいた重い気分が嘘のように晴れた。
「うし、まずは買い出しからか」
サンジは何もない冷蔵庫の中を眺めて、一人頷いた。





「こんばんは!」
Aは約束の時間きっかりに現れた。
インターフォンの前でソワソワ待ってたサンジは、平静を装って少し間を保たせてから応対に出る。
「いらっしゃい、今開ける」
「よろしくね〜」
ロックを外しAが上がってくる間にも、サンジは部屋の中で立ったり座ったりを繰り返して落ち着きがない。
誰かが自分を訪ねて来るなんて、久しぶりのことだ。
それが忌まわしい仕事の打ち合わせであっても、自然と気持ちが浮き立ってしまう。
ドアがノックされたから、念のため覗き穴から外を窺う。
Aも外から覗いていたらしく、暗くてよく見えない。
チェーンを外して鍵を開けると、満面の笑みを浮かべたAが立っていた。
「感心感心、ちゃんと用心してるね」
そう言ってから、お邪魔します〜と部屋に上がった。

「相変わらず殺風景な部屋だねえ。あれから何も増えてないんじゃね?」
「特に、必要ねえから」
この日のために、急遽カトラリーだけ揃えたのは内緒だ。
「あ、これお土産」
差し出された箱のロゴを見て、サンジは目を輝かせた。
「これって、もしかしてオールブルー?」
「季節限定のロールケーキだよ。お口に合うかな?」
「すげえ、ここは予約とか受け付けてねえから、並ばないと食べられないのに…」
「喜んで貰えて嬉しいよ」
そう言いながら、Aはさっさとテーブルに着いた。
「着いて早々悪いけど、俺腹減った」
子どもが催促するように、行儀悪く皿の縁を指で弾く。
「わかったよ」
サンジは苦笑しながら、準備してあった料理を出しはじめた。

「え?オムライス?」
目の前に置かれた皿の中身を見て、意外そうに目を丸くしつつAはパカリと口を開けた。
「何が好きかわからなかったから…」
サンジはそう言い訳しながら、次々と料理を並べ出す。
「ハンバーグにスパゲッティ、もしかしたらその鍋にあるのはカレー?」
「あたり」
「匂いでわかるよ」
Aは笑って、懐かしいご馳走だ〜と座ったまま小躍りした。
「酒とかあった方がいいのかな?」
「いいよ、サンちゃん未成年だし」
それじゃいただきますと、Aはパンと大きな仕草で手を合わせ、サンジが追随する前にものすごい勢いで食べ始める。
そのあまりの光景にサンジは唖然として、自分の箸を止めてしまった。
「A、もっとゆっくり食べろよ。ああ、零してる」
「はんはんほ、ふっへふっへ、ふまひほ」
ケチャップで頬を汚しながら指図するAに、サンジは声を立てて笑った。



「あ〜旨かった」
「すげえ食いっぷり」
あっという間にすべてを食べ尽くしたAが、腹を擦りながら背中を伸ばした。
残ったら数日掛けて食べようと思って作った筈なのに、鍋の底まで綺麗に浚えられている。
サンジは改めてAの健啖ぶりに呆れつつ、食後のコーヒーを淹れながら煙草を咥えた。
「よっぽど腹減ってたんだな」
「確かに腹は減ってたけど、やっぱすごい旨かったよ」
Aはニコニコしながら、サンジからカップを受け取る。
「オムライスの卵はとろーりふわふわで火加減ばっちり。ケチャップでチープに見せ掛けてるけど味は本格的だね。ハンバーグも肉汁がしっかり閉じ込めてあってジューシー、サラダのドレッシングはオレンジソースが爽やかで、カレーはスパイスのバランスが絶妙、海鮮パスタも辛味と茹で加減も文句ナシ」
スラスラと述べられる褒め言葉に、サンジの顔がほんの少し強張った。
「さすが、一流フレンチの店で修行してただけのことはある」






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