Under the rose -11-



必要最低限の家具を買い、すべてのバイトを断っている割に慌しい日々を過ごしている間に土曜日を迎えた。
今日は撮影かと思うと、朝から気が重い。
けれど引越しと言う思わぬ出費もあったし、これからの家賃のことも考えれば働かない訳にはいかない。
水商売と言うのはこうして取り込まれていくものかと、ほんの少し後悔の念も過ぎる。



重い足取りでスタジオに向かえば、仕事熱心なスタッフ達はすでに顔を揃えていた。
「おはよう、今日もよろしくね」
相変わらず元気なAを筆頭に、いつものメンバーだ。
だがZの姿だけがない。
また遅刻だろうと思うのに、どうしても不安が募った。

「おはよう、今日も可愛いわね」
Pに声を掛けられ、サンジは反射的に「Pさんこそ〜v」と身をくねらせた。
「けど、可愛いって言われてもまったく嬉しくないです」
真顔で返せば、Pはくすくす笑っている。
「早速だけどこっちに着替えてくれる?そこの衝立の向こうを使ってくれればいいから」
そう言って差し出されたのは、ふわりと軽い透けた素材の―――
「・・・なんすかこれは」
「ベビードールよ、淡いピーチで可愛いでしょ」
「はいー?」
サンジは片手で持ってもなんら質量を感じさせない布切れを握り締め、その場で固まった。
「・・・これを・・・俺に・・・着ろと・・・」
つか、これって着るものなのか?
どこからどう頭を入れたらいいんだ、つかどっから手足が出るの。
一体どこを隠すアイテムなの。

「パンツ、丸見えになるんすけど」
「だめ、パンツは脱いでね。素肌にコレ一枚、ね〜v」
ね〜ってウィンクされたって困る。
だってこんなの「一枚」の内にだって入らない。
「さあ着替えて着替えて」
「いやだから、これって着替えって範疇でもないと思うんだけど・・・」
反論空しく、衝立の向こうに押しやられてしまった。
着方がわからなければ教えてあげるわよと言われ、とにかくいいですと両手を振って奥に引っ込む。
とは言え、一体どうしたらいいんだ。


とりあえず服だけ脱いで素っ裸になり、改めて布切れを広げた。
なるほど、両肩のストラップはこれだな。
んでもって、リボンが付いている方が正面。
ってことは、こうして上から羽織ってこう―――

「あのー」
「なあに?」
「サイズが合わないみたいなんですけど」
「どれどれ」
いきなり入って来たから、サンジはうひゃあと情けない声を上げて両手で前を隠し片足を上げた。
とは言えどこを隠せばいいのか戸惑って、必要のない胸元まで腕で隠したりしている。
「あらん大丈夫、このヒラヒラがいいのよ」
「ヒラヒラって・・・だってこんなとこでヒラヒラしてたって肝心なとこが隠れてませんよ」
そもそも透ける素材だから、何一つ目隠しになっていない。
いっそ真っ裸の方が恥ずかしくないくらいだ。
「いーの、やっぱり白い肌にこの淡い色が映えるわねえ、よく似合ってる」
似合ってたまるか!
サンジが長い手足をバタつかせて無駄な抵抗を試みている間に、Pはさっさと衝立を撤去してしまった。
思わず壁際に張り付くも、今度は尻が丸見えでみっともないことこの上ない。
「着替え終わったんだ?早くこっち来なよ」
「これのどこが着替えだってんだ!」
すっかり逆ギレして、大股&ガニ股で肩を揺らしながらガシガシ歩いた。
Kが小さく口笛を吹く。
「よく似合っておるではないか」
「てめえの目ん玉は何処についてやがる!鼻の先か!」
まあまあとAが取り成し、エスコートするようにセットのど真ん中に設えられたベッドへと腕を伸ばした。
「そちらへどうぞ」
「おう」
いっそ男らしくベッドの上に乗っかって胡坐を掻く。
すべて丸見えだが、知ったことか。

無性に煙草を吸いたくなったが絶対禁煙だろうと辺りを見回し、サイドテーブルにカラフルな文房具らしきものが整然と並べられているのに気付いた。
「なにこれ」
「それ今日の準主役だよ。大人の玩具」
「―――へ?」
サンジは目をまん丸にして振り返った。
「これが?」
「そうだよ、サンちゃんは見るの初めて?」
当たり前だ!
「えーだって、これなんか可愛くねえ?」
ピンクや水色のパステルカラーやスケルトン、時々コードみたいなのが付いているものもあるが、ぱっと見おしゃれな文房具にしか見えない。
クリップにしか見えないものもある。
「ターゲットは女性だから。例えば今回のDVDでサンちゃんがコレ使って気持ちよ〜くなってるとこを見て、私も使ってみようかなvなんて思わせるのが狙いじゃん」
「・・・はあ」
Aにそんな風に言われると、うら若きレディが使用している場面をうっかり想像してしまって、鼻血が出そうになった。
「つか待て、なんでその前に俺が使うことに繋がるんだよ」
「だからそれがセールスって奴じゃない。思いっきり気持ちよく感じて見せて」
そう言って自分の立ち居地、Bの横へと戻っていった。

サンジは一人ベッドの上に置き去りにされたまま、へ?と間抜けな顔つきになる。
「あの・・・Zは?」
「今日来るはずんだけどなあ。大体Zに合わせて予定組んだんだし、いつもの遅刻だろうから先に始めようか」
始めようかって・・・
「基本的にオナニー用だからさ。とりあえず一人で気持ちよく行ってみよう!」
「ええええええ」
サンジ一人が青褪めた。




行ってみようと発破を掛けられたところで、それじゃあ早速という訳にはいかない。
サンジは改めてベッドの上に正座して、恐る恐るサイドテーブルに手を伸ばした。
小さいものやら細長いものやら、よく見れば可愛いアレですねと話しかけたくなるようなものやらが、それぞれ説明書の上に置いてある。
スイッチらしきものを入れれば、ヴーンと小さな機械音を立てて細かに振動を始めた。
いずれも充電はばっちりらしい。

「単純で使いやすいものばかりだよ。そのまま入れちゃって好みでスイッチ入れればいいから」
「あ、そう」
平坦な声で応えたものの、手足は強張ったまま思い通りに動いてくれない。
とにかく、これを入れなければ話にならないのだ。
入れるためにはまず、解さなければ。
解すためにはまず、濡らさなければ。
「えーと・・・」
サンジは手にした道具を一旦置いて、ちゃんと横に添えられていたチューブを手に取った。
「そうそう、まずそれね」
Aの言葉に勇気付けられ、サンジはうんと頷いた。
この時点で既に、心臓は耳にうるさいほどバクバク鳴っている。

なんせ今はZがいない。
ということは、最初から全部一人でしなければならないのだ。
しかもまだ経験は2回だし。
その2回とも部分的に記憶が飛んでいるから、はっきりいって手順など何一つ覚えてはいない。
とにかく、こう言ったもので局部を濡らして解さなければならないのだ。
頭ではわかっているのに、どうにも勝手がわからず戸惑う。

「えーと・・・」
正座した足を広げようとして、そのまま後ろに引っくり返った。
「サンちゃん、大丈夫?」
気遣うAの声がほのかに笑っている。
畜生と赤面しつつ、慌てて足を伸ばしてから身体を起こした。
もたつくのはかっこ悪いとわかっているのに、どうにも緊張してうまく身体が動かない。
「えいくそっ!」
一人で気合を入れている様も、すでに回りだしたカメラの中に収まっているのだろう。
改めてベッドの上に腰を下ろし、開き直って足を開いた。
「おお、大胆」
「うっせえな、とにかく入れたらいいんだろうが」
むきーと肩を怒らせながら、チューブからクリームを搾り出した。

膝を立て、その中心地にあるだろ自分では見えない場所に指で触れる。
ぬるりとした感触が、我が指ながら気持ち悪い。
「えーと」
正面にカメラが陣取っているから視線が定まらず、サンジは斜め上の天井辺りに視線を泳がせながら指で探った。
つぷっと指を入れてみて、その違和感に勝手に身体がびくりと竦む。
「え、えー?」
眉を寄せ、深刻な顔つきになって更に弄った。
周りを撫でてたっぷり塗りたくってその中心に指を―――
「・・・いっ」
痛い。
自分でするのに、なんだか痛い。
つか、Zにされた時よりよっぽど痛い。

「大丈夫?サンちゃん」
Aの声に顔も上げられず、サンジはそうっと己の股座を覗き込むように背中を屈めた。
可愛い息子はまだ感じるはずもなく、小さく竦んでうな垂れている。
それの向こうにあるはずの未知の部分が、なんだか痛いと反抗しているのだ。
サンジはクリームを増やしてもう一度慎重に撫でてみた。
ぬるぬると滑り、その辺りの筋肉が先ほどより少し柔らかくなったような気はするが、指を入れてみると先っぽだけでやっぱり痛みが走る。
もしかして、Zが弄ってたのはこの穴じゃなかったんだろうか。
いやいや、他に穴はないし。
つか、確かにここにあのデカブツを最低2回は(細かく計算すると多分4回くらいは)入れてるし。
なのになんで、こんなに硬くて痛いんだ。

「くそ」
サンジはやけになってぐいぐいと指の腹でそこを押した。
ずぶりと減り込む度に、腰が引けるほどに痛みが走った。
けど、本当はこんなものじゃないはずだ。
だってZが相手の時は、こっちが吃驚するくらい最初からずぶずぶ指が入ってたのだ。
もしかして角度の問題だろうか。
真っ直ぐ入ると見せかけて、実は別の入り口があるとか。
方向間違えてるとか?
「ん―――」
「サンちゃん、全然見えないんだけど」
うっかり考え込んでいたら、Aからダメ出しされた。
膝の間に手を突っ込んだまま、身体を丸めてしまっていたのだ。
いかんいかん、これでは仕事にならん。

「ええと、こうか」
身体を起こし背筋を伸ばして、もう一度足を開く。
「そうそう、たっぷりクリームつけたからやらしくテカってるよ」
Aの挑発にも、どうにも身体がノってこない。
だがしかし、こんなところで撮影に躓いていてはプロ失格。
プロじゃないけど、お金を貰う以上はベストを尽くさなければ!

サンジは背後に手を着いて、心持ち腰を浮かしてもう片方の手で奥に指を這わせた。
こうすればもうちょい、真っ直ぐ入りそうな気もする。
うん、入る。
入るんだけど――――
「痛―――・・・」
すぐに腰を落として背中を丸めた。
だめだ、どうもうまく行かない。
局部を晒して「あっはんv」くらいはできるだろうが、そこに自分の指を入れるのにこんなに苦労するとは思わなかった。
ましてやこれから、これらの道具を順番に入れていかなければならないなんて・・・

―――― 一体どうしたらいいんだ!
サンジは今更ながら青褪めた。
今まですべてZに任せっきりだったことを、改めて思い知らされる。
実際自分ではなんにもしていなかった。
ただZの手でアンアン言わされていただけで、これじゃあなんの経験にもスキルアップにもなりはしない。
いや、スキルアップしなくてもいいんだけどさ。

じーっと撮影し続けるカメラとスタッフの目線がすでに痛い。
サンジはきっと顔を上げて、テーブルから一番細そうなものを選んだ。
「え、もう入れちゃうの?」
Aの声に、思わず振り向いてうんと頷いた。
「とにかく、なんか入れねえと先に進めねえだろ」
「いや〜まだ無理じゃない?全然解れてないし」
「解し方がわかんねえもんよ」
「しょうがない、お兄さんがやったげようか?」
「結構です」
即座に断り、足の間に先っぽを当てた。

大丈夫、この程度の細さなら指と変わらない。
大体、ゾロの指やらあれやら、とんでもないものを何度か咥え込んだ場所なのだ。
やってやれないことはないはず。
これだって指より柔らかいしぷにょぷにょしてるし。
きっと絶対、大丈夫。

息を詰め、歯を食いしばって中に入れてみた。
ずぶずぶと進むも、軋むような痛みが走る。
「―――く」
「こらこら、無理しちゃいけないよ」
Aの声に、目を瞑った。


だってZが来ないのだ。
自分でやるより他にないじゃないか。
もう、Zは来ないかもしれない。
自分がルールを破ったから。
プライベートで会っちゃいけないって、顔を合わせちゃいけないって頭の中ではちゃんと分かっていたはずなのに、どうしてあの時会社になんて行ってしまったのだろう。
Zに会おうと、なんで考えてしまったんだろう。


「・・・つう」
「サンちゃん!」
痛い。
なんだがものすごく痛い。
痛いのは尻なのか胸なのかわからなくて、じわりと鼻の奥が熱くなった。
自分で尻に物を突っ込めなくて泣くなんてみっともないけど、痛いんだから仕方ないじゃねえかよ畜生。

サンジは鼻を啜って顔を上げた。
カメラを睨み付けようとして、視界がぼやける。
その時―――

ノックの音がして、Pが即座に立ち上がった。
サンジはその格好のまま膝を合わせて、動きを止める。
カツカツとヒールの音が遠ざかってから、詰るような声が聞こえた。
「Z!遅かったじゃない」
その言葉を聞いて、サンジの身体から力が抜けた。




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