Under the rose -1-


「名前は?」
「サンジ」
「いくつ?」
「今?19」
「こういうの、初めて?」
「まあね」
「この話聞いた時、正直どう思った?」
「そんなんで、金になるのかと思った」
「やっぱり、目的はお金?」
「勿論」
「その金、なに使うの?」
「んー、色々。遊びとか」
「大金だよ」
「金は、持ってても邪魔にならねえから」
「そうだね」

「それじゃあ、始めようか」









一旦カメラを下ろされて、サンジはあからさまにほっとした顔つきになった。
なんでもない風を装ってはいるが、緊張しているのは隠せない。
先ほどから何度か握り拳を作って誤魔化してはいるものの、指先は小刻みに震えているし、組んだ足先は落ち着きなくぶらぶらと揺れる。
「ちょっと一服、いいかな?」
尋ねるより早くポケットに手を入れていて、Aが口端を挙げて笑った。
「19だって言ったじゃん。未成年者の喫煙禁止」
まさかAに窘められるとは思わなかったらしく、サンジは大げさに眼を剥いた。
「未成年者に淫行するのに、喫煙を注意するんだ」
「これはビジネスっしょ」
いけしゃあしゃあと言い放つAに肩を竦めて見せて、サンジはタバコに火を点けた。
灰皿がなくても、携帯灰皿は持ち歩いているから問題ないと思っている。

「参ったな、ここ禁煙ルームなんだけど」
「ベランダで吸うよ。1本だけ」
サンジは殊更ゆっくりとした動作で大股に部屋を横切り、窓を開けた。
途端、外の喧騒が流れ込んでくる。
まだ日の高い昼下がり。
白い空を背景に灰色のビルが乱立する、街の真ん中のビジネスホテル。
ツインルームの1室に、男ばかりが6人も入ってごそごそしているなんて誰も思わないだろう。

ステンレスの手すりに肘を掛けて、階下を歩く小さな人間たちの動きを眺めながら煙草を吐き出した。
この高さから飛び降りたなら、あちこちぶつかったりクッションがあったりせずに、楽に死ねるかもしれない。
真下に見下ろせる冷たいアスファルトに意識を向けながら、ふっと笑った。
落ちて死んだって、一文にもならない。
せめてこんな身体でも金になるものがあるならすべて、金に変えてからじゃなけりゃ。
死ぬことは、いつでもできる。
でも死んだじまったら、金を稼げない。
死んだ方がましなくらい辛い目に遭うとしても、それで金になるのなら本望じゃないか。
俺にできる精一杯を、するだけだ。

サンジは短くなった煙草を携帯灰皿に押し入れて、くるりと踵を返した。
「お待たせしました」
ベランダから室内に入り、窓を閉める。


改めて中を見渡せば、サンジ以外男が5人いる。
Aはイスに座ってあれこれと指示を出し、カメラマンとその助手がアングルを確かめて、録音係みたいなのがマイクを手にウロウロと歩き回っている。
そしてもう一人は、空いたベッドの上に横になって、ぐうぐうと寝息を立てていた。
「Z、出番だよ」
Aが立ち上がって、丸めたノートで眠る男の頭を軽く叩く。
まだ起きないZと呼ばれた男を、今度はカメラマンの助手が背中に手を入れて転がすようにベッドから落とした。
「ナイス」
笑い声を立てるAにむっとした顔を返し、男は気だるそうに立ち上がった。
「Z、こっちがサンジ。今回の相手だよ」
Aに手招きされて、サンジは憮然とした表情でZの前に立った。
「サンちゃん、こいつはZ。これから暫く君の相手をするのはこいつだけだから、安心して」
男相手に安心もクソもねえだろ。
声に出さなくても心中の悪態は伝わったらしく、Aが苦笑した。
「まあ、不本意なのはわかるけどさ。Zはこう見えてとてつもなく上手いから、きっとサンちゃんを天国に連れてってくれるよ。それは俺が保証する」
「別に、いいよ」
サンジは投げやりに首を振った。
「金になるんなら、上手い奴じゃなくてももっと小汚いおっさんでも変態でも、なんでも俺は構わねえよ。その方がギャラが上がるってんなら、そうするし」
「まあまあ」
Aが大げさなアクションで両手を振った。
「今後の展開次第ではそういうのもあるかもしんないけど、今のところZとの絡みが一番ベストだと俺は思うよ。サンちゃんだって、初めては上手い奴の方がいいっしょ。絵的にも撮りやすいし」
「・・・別に、なんでもいいって言ってんだろ」
あんたらがいいならそれでいい、そう呟く自分が一番子どもじみているようで、サンジは居心地悪そうに突っ立っている。
対してZは、何の感情も示さない無表情なまま、不躾な視線をサンジに投げかけていた。
それに気付いて、挑むように眼を合わせた。

年は、20代後半と言ったところか。
よく見れば整った顔立ちと鍛えた体つきをしているが、どこか凡庸さを滲ませて印象は薄い。
饒舌なAや威圧感のあるカメラマン達と違い、ただそこにいるだけのような気の抜けた存在だ。
寝起きだから覇気がないのか、最初からやる気がないのか。
―――まあ、しょうがないよな
サンジは一人で納得して頷いた。
いくら仕事とは言え、男を相手にしなきゃならないんだ。
ヤル気なんてそうそう起こらないだろう。
それにしても、いい年してこんな仕事を請け負わなきゃならないなんて、気の毒な話だ。
自分のことは棚に上げて、サンジは相手役であるZに同情さえした。
どういう事情があるかは知らないが、男相手のAV男優は羨ましくもなんともない。
そんなことをつらつらと考えていたら、目の端でZがふっと笑った気がした。
すぐに視線を戻せば、Zは両手を挙げて大きく口を開け、のんきに欠伸なんかをしている。

「はい、準備OK。いよいよ始めるよ」
軽い口調ながら、Aが開始を告げると部屋の中にぴしっと緊張が走った気がした。
サンジは改めて背筋を伸ばし、それで自分はどうすればいいのかと片肘を抱いたままAを振り返った。
Aの後ろで、カメラが回っている。

「サンちゃん、Zが君を抱くよ」
そんなの改めて言わなくてもと、やや抗議の意味を込めてカメラを睨み付けたら、背後に人の気配がした。
いつの間にかZが立ち上がり、自分の背中に腕を回している。
肩を抱かれ片腕を腰に回されて、振り向いたすぐそこにZの顔があった。
間近で見れば、その精悍さが際立って見える。
通った鼻筋や薄目の唇は作り物のようで、重ねられた腕の太さや肩幅の違いで体格の差を見せ付けられた。
先ほどまでの寝ぼけたような表情は影を潜め、何かを値踏みするように眇められた瞳と口端に浮かぶ。
酷薄な笑みにぞくりと来た。

「―――なに」
言いかけた唇を、そっと浚うように塞がれた。
Zの唇は乾いていて温かく、男にキスされたという嫌悪感は不思議と湧かなかった。
ただしっとりと重ねられ、柔らかく食む。
―――キスから、するんだ
もっとハードでえげつないものを想像していたサンジは、あまりに優しい口付けに拍子抜けしてほっと力を抜いた。
AVの趣旨はわからないけれど、もしかしたら学芸会みたいな適当な演技で、裸だけ晒してアンアン声を出せばいいだけかもしれない。
本番アリとは聞いてるから実際に突っ込まれるだろうけど、ビジュアル的に綺麗なプロモーションビデオ
みたいなものなら、少なくとも最初がそうならなんとかなるかも―――
とりあえずキスなので、サンジは目を閉じてZの胸に両腕を置き、無骨な唇の動きを追いながら今後の算段を始めていた。
演技ってのは、そもそも俺には無理だぞ。
あのAVのお姉様方の妖艶な喘ぎ方とか。
でも、Aは演技しなくていいって言ってたし、野郎に弄くられてしら〜っと立っててもいいんだろうか。
つか、俺がその気にならなきゃ絵にならないだろうし、もうちょっとこう気分を盛り上げて気持ち的に乗ってこないと―――
「・・・あ」
そうそう、こんな声とか出して―――

そこまで考えて、サンジはばちりと目を開けた。
正面に、Zの半眼が見据えている。
唇を合わせたまま、目尻に皺が寄って余裕の笑みを返された。
「あ・・・?」
口端から間抜けな声が漏れて、サンジはようやく気付いた。
さっき「あ」とか、鼻から抜けるような声を出したのは自分だ。
思考とは別に、勝手に声が漏れている。
「あ、あ?」
いつの間にかシャツの裾からZの手が背中へと回されていた。
直に肌を撫でられ、指の腹で強く擦られる。
その部分が熱を刷いたように熱く痺れて、サンジの背筋にぴりぴりと刺激が走った。
「あ、なに?」
Zの触れるすべての場所が、火傷したみたいに熱く火照ってちりちりする。
ただ撫でられるだけなのにその度仰け反って、喉の奥からあられもない声が漏れた。

「ふあ―――」
――― 一体これは、なんだ?
瞠目するサンジの、半開きの口元にまたZが唇をつける。
舌を伸ばし、サンジの舌の横側をすうと扱くように舐めた。
途端、背筋が撓り、ぶるりと大きく身体を震わせる。
「あ、や―――」
今度は容赦なくZの舌がサンジの口内を蹂躙する。
歯列を割られ口蓋を舐められて、当たる犬歯の硬さにも慄くくらい激しい口付け。
舐めて吸われて、咬まれて塞がれて。
「んん・ふ・・・」
膝から力が抜けて、立っていられなくなった。
サンジの腰を抱えるようにして、Zの手はいつの間にかバックルが外されたジーンズの中へと滑り込んでいる。
腰骨を撫でられ、尻を揉まれた。
その指の動きの巧みさに、漏れ出る声が抑えきれない。
「んや、やあっ」
ようやく口付けから逃れて、サンジはZの肩口に顔を埋めたまま大きく息を継いだ。
Zの両腕にしっかりと抱き締められた身体は、熱を発したようにずくずくと脈打って初めての経験に興奮を抑えきれないで震えていた。
ただ、Zの両手が肌に触れているだけなのに、それだけでゾクゾクとした快感が背筋を昇って眩暈さえ起こしそうだ。

快感―――
そうか、俺は感じているんだ
男相手に、間違っても“その気”なんてならないだろうと高を括っていたはずなのに。
今、初めて会ったはずのこの男の手で、もうこんなにも翻弄されている。

「Zは、奏者と呼ばれているんだよ」
冷静なAの声に、現実に引き戻された。
「Zは人やものの呼吸を読む。対象物が何を求め、何を欲しがっているかを的確に察知し、望みどおりの刺激を与えてやることができるんだ。ぶっちゃけ、サンジの性感帯はお見通しってこと」
サンジは声につられてAの方を見た。
自然、Aの後ろで回っているカメラのレンズを意識することになる。

「ZはSexの天才さ。本当はもう引退してるんだけど、サンちゃんって逸材を生かすのにZが最適だから、今回だけ無理言って復活してもらったんだ。どんな素材でも美しい音色を奏でられる奏者、それがZだよ」
大層な講釈を垂れている間にも、Zの手は巧にサンジの身体を撫で擦り、サンジはすぐに立っていられなくなってZに身体を預けた。
シングルサイズのベッドに横たえられ、Zが上から見下ろしている。
その顔には相変わらず表情らしきものが浮かばず、瞳の色は欲情よりも冷徹さを増していた。
それなのに、口元には肉食獣のような獰猛な笑みが浮かんでいる。
引き上げられた口端からちろりと舌が覗いて、サンジは横たわったまま恐れと興奮が背筋を駆け上るのを感じていた。



「さあ、いい声を聴かせてもらおうか」
Aは立ち上がり、カメラマンとともにベッドに近付いてきた。


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