運命と呼ばせない -5-


ゾロを伴ってサニー号に戻ってくれば、仲間達もぼちぼちと集まり始めていた。
今回はルフィが騒動を起こすこともなく、無難に出港できそうだ。

「買い出しにゾロ使ってくれたのね、迷子防止にもなるし人足として役立ってそうだし、一石二鳥じゃない」
二人揃って帰って来たのを見て、ウソップ辺りなら思っても口には出さないだろうことを、ナミはポンポンと言ってのける。
苦笑いするサンジの後ろで、ゾロはむっつりと口をへの字に曲げた。
「おい、これはどこ持ってくんだ」
「一旦倉庫に入れてくれ」
事実、荷運びは助かったので、サンジは若干浮かれ気味で庫に誘導した。
これはこっちそれはそこ、と指示する通りに動くゾロに満足感さえ覚える。
「確かに、荷持ちとしちゃ有能だな」
「今回だけだ、ロビンに言われなきゃ俺だって・・・」
「そうか、言いだしっぺはロビンちゃんだってな」
そう言えば、そもそもゾロはロビンに言いつけられてサンジの傍にいたのだった。
ということは、ロビンはなにか気付いているのだろうか。

少し遅れて、ロビンとチョッパーが帰ってきた。
縄梯子を投げかけるサンジを見て、ほっとしたように表情を崩す。
「おかえりロビンちゃん」
手を差し伸べて、甲板に降り立つロビンを介助した。
「島に滞在中、特にトラブルには巻き込まれなかった?」
「お蔭様で。ロビンちゃんがゾロを遣わしてくれたんだって?別にいいのに」
そう答えるサンジの顔を、ロビンはじっと見つめた。
至近距離から美しいアーモンド形の瞳が見つめて来ると、ドギマギしてしまう。
「島の人たちの反応は、どうだったかしら?」
「あ、やー最初はなんか、変な趣味の野郎ばっかかと思ったんだけど・・・」
そこまで言って、そういえば・・・と顎に手を当てる。
「今朝は、そうでもなかったな。市場で買い物して回ってても最初の内はあれこれ鬱陶しかったけど、集合時間ぐらいになると割とみんな普通ってか・・・」
元々サンジは男性の動向になどまったく興味がないから特に意識はしていなかったが、道を塞ぐほど纏わりつかれていた初期のことを思えば、今日は随分と平穏だった気がする。
「そう、ではそろそろ終わりの時期なのね」
「時期・・・」
ゼフも、そんなことを言っていたっけか。
一定の期間が過ぎれば、落ち着くからと。

「ロビンちゃん、なにか知ってる?」
「ええ、おそらく」
ロビンは曖昧な笑みを浮かべ、サンジの顔を覗き込むように少し屈む。
「貴方はもとより、船に乗る仲間全員にも関わることだから、今夜にでもオープンに話し合いをしたいと思うの。いいかしら」
「――――・・・」
サンジは一瞬ためらってから、へらりと笑い掛けた。
「いいもなにも、俺自身のことだろうに肝心の俺がちんぷんかんぷんだから。ロビンちゃんが、それがいいと思うならそうして欲しい」
「そう、ありがとう」
優しく細やかな心遣いを見せて、それでいて冷徹な判断もできる女性だ。
サンジのためを思えば、大鉈を振るうことも厭わないだろう。
いまはそんなロビンの姿勢が、頼もしいと素直に思える。

「今夜、お話するわ」
ロビンとサンジの会話を黙って聞いていたチョッパーは、ロビンが歩き出すとその後について行った。
「―――今夜、か」
まるで死刑宣告でも受けるみたいな薄ら寒さを、サンジは煙草を吸うことで誤魔化した。




「島の裏手では酪農が盛んだったようでね、新鮮なチーズを今の内に召し上がれ〜」
就寝前の寛ぎタイム。
それぞれが好みの酒を片手に、サンジの夜食目当てでラウンジに集まった。
いつもなら早めに寝てしまうチョッパーも、眠そうに目を擦りながらホットミルクを抱えている。

「改まって、話ってなあに?」
色とりどりのピックを刺したチーズを摘まみながら、ナミがロビンに問うた。
ウソップも、なにか訳ありと察したか大人しくビールを傾けている。
ルフィはサンジが作ったサンドイッチを頬張るのに夢中だし、フランキーやブルックは壁際の席で静かに酒を酌み交わしている。
ゾロは先ほどまで居眠りしていたが、チョッパーに起こされて仕方なくチーズを齧った。

「サンジの話なの。今後、みんなにも影響が及ぶと思うのでいまここできちんとお話しておいた方がいいと思って」
夜食用のつまみを用意していたサンジは、ロビンの言葉を合図のように最後の一皿をテーブルに置いて席に着いた。
仲間達の視線が一斉に注がれるのが、なんとも居心地が悪い。
「サンジ君、どうかしたの?」
ナミに問われ、サンジは困ったように苦笑いする。
「それが、俺にはさっぱりで・・・」
「サンジ自身も知らないようだし、私が勝手に憶測したことだから間違っているかもしれないわ。不確定な話だと前提にして、それでも聞いてくれる?」
ロビンにそこまで言われては、耳を傾けざるを得ない。
誰も口を開かず、ロビンに注目した。

「空白の100年よりさらに前、人類には男・女以外の性別があったとされていたわ」
ロビンの言葉に、ブルックが「はい」と行儀よく白骨の手を挙げた。
「あれですね、いわゆるアルファ・ベータ・オメガ」
「なあにそれ?」
ナミを代表に、ブルック以外の面々は不思議そうな顔をした。
「いまの若い方々はご存じないかもしれません。私は幼少の頃、オメガの方にお会いしたことがあります」
ブルックは懐かしそうに目を細め(瞼はないのだけれど)、一人で頷いた。
「男女の性差に加え、それぞれに種類があったのでしょう?男性のアルファ・ベータ・オメガ。女性のアルファ・ベータ・オメガ」
「そうよ、男女それぞれが3種類ずつにさらに分類されていた。ただ、その時点で人類の8割は男女ともにベータが占めていたわ。残り1割ずつをアルファ・オメガの割合だった」
ロビンは紙に図を描いて、説明する。

「アルファでもベータでもオメガでも、それぞれに結婚して子孫を残せる。ただ、ベータの数が圧倒的に多く、アルファとベータが結婚して生まれた子はベータに。ベータとオメガが結婚しても生まれた子はベータが生まれる確率は高かったの」
「それじゃあ、婚姻を重ねるごとにベータだけが増えて行くんじゃね?」
ウソップの言葉に、ロビンは深く頷く。
「そう。事実、世界のほとんどはベータになったわ。今では私達もあなた方も、恐らくはみんなベータよ」
「マジか」
「そんな性差が、あったの?」
昔の話、と思って聞いていたら自分の身の上にまでことが及んで、リアルに驚く。

「アルファとオメガはほぼ希少種の存在となった。ただ、アルファは元々優性遺伝で、家系的に途絶えることはなく今でも存在していると言われているの。遺伝子レベルで調べれば、すぐわかるのよ。でもアルファであることは、世間的にさほど問題ではない」
「アルファって、どんななの?」
ナミのもっともな質問に、ロビンはメモを見せながら答えた。
「アルファの特性は、能力が高くリーダーシップを発揮するところね。身体能力も高く、エリートと言われる部類に含まれる人は、調べてみれば大抵アルファだわ」
「生まれながらの、優秀な人材か」
そんなんずりいな、とウソップが唸る。
「昔、今よりもっと管理体制が敷かれていた社会においては、生後すぐに遺伝子を診断してアルファ・ベータ・オメガに分類。それぞれの特性に合った育て方をしたようよ」
「昔って、そんなに進んでいたの?」
驚くナミに、ロビンは哀しげな瞳を向けた。
「空白の100年より前、もしかしたら今の文明よりももっと高度で、冷徹な社会が存在したのかもしれないわね」
そう言って、話を元に戻す。

「狼の群の中でリーダーが選ばれるように、人より頭一つ抜きん出てカリスマ性を纏う人間は一人や二人、思い付くでしょう。そうと知られていなくても、なぜか注目を浴びるタイプ」
仲間達の視線が、自然とルフィに集まった。
だが、いやこれは違うなと誰もが首を傾け、それからゾロへと移動する。
「この場合、重度の方向音痴とかは能力の欠如に当たる?」
「それは、多分違う問題かと」
ロビンも真面目な顔で答え、視線を外した。
「残りのオメガ。こちらは、性格や気質というよりも体質に問題があるの」
「体質・・・」
いよいよ自分のことかと、サンジは無意識に身構えた。
アルファとやらの特性は、どちらかといえばサポート役の方が長けている自分には、悔しいが該当しそうにない。

「オメガは、男性でも女性でも“子孫を残す”ことに特化した体質であるの。女性が妊娠・出産をするのは言うに及ばず、男性にも可能なところが最大の特徴ね」


「――――――・・・」

一瞬、ラウンジは静けさに包まれた。
一拍置いてから、「はい?」と、皆を代表するかのようにナミが耳に手を当てて身を乗り出す。
「ごめん、あたしなにか聞き間違っちゃったかな?」
「いいえ、聞き間違いではありませんよ」
ロビンの代わりに、ブルックが応える。
「私がお会いしたオメガも、大変魅力的な男性でした。多くのお子さんに囲まれ、幸せそうでしたヨホホ〜」
「オメガは、男性でも妊娠・出産する性よ」
ロビンはなんでもないことのように、淡々と説明した。
「幾度か繰り返される婚姻の過程でベータのみがどんどん増え、アルファは一定の人数を保持しつつも大衆の中に埋没して行った。その中で、オメガは自然淘汰される運命にあったわ。けれど、ノース地方では積極的にオメガの保護が行われたの」

ノースは気象条件が厳しく、また戦乱期が単発的に長く続く土地柄でもある。
「人口の激減が何度か起こったノースでは、男女に限らず子孫を残せるオメガ性は貴重だったの。積極的に保護し、健康状態に配慮することで安定した出産率を保持することができた。こう言っては言葉が悪いのだけれど、オメガは繁殖力に優れているの」
サンジのみならず、ナミ達もあからさまに表情を曇らせた。
人間に対して使っていい言葉ではない。
「ごめんなさいね、事実のみを伝えるとこんな表現になってしまうわ。つまり、そう言った過程があってノース地方には比較的オメガが生存する確率は、高かった」
そして、また言い難そうに言葉を置く。
「近年でも、稀にオメガが発見されることはあるでしょうが、多くは秘密裏に保護、もしくは取引されている。オメガは男女問わず、またそれがノース生まれであればなおさら、大変な高値が付くの」
「・・・ああ」
話が、とことんいや〜な方向に向かってしまっている。
サンジは思わず嘆息してしまったが、それでロビンの説明を遮るつもりはなかった。
顔を伏せ、手だけ振って「いいから続けて」と促す。

「いまでは、ヒューマン・マーケットのメニューにも上がらないほどの希少価値がある。発見次第、恐らくは世界貴族がどんな手を使ってでも確保しようと動くほどの希少性と特異性。それが、オメガという存在」
ロビンは、申し訳なさそうにサンジを見た。
「サンジは恐らく、オメガよ」
まさしく、死刑宣告にも等しい冷酷さでロビンが言い切った。






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