運命と呼ばせない -11-


ログが溜まるのは5日間だったので、各自そこそこ用心して静かに出港・・・のはずが、予定が狂った。
ある意味想定の範囲内でルフィがやらかしてくれて、ナミ・ウソップ・チョッパーと共に停泊していたサニー号にトンボ返りし、そのまま一時的に港を離れる。
島とはつかず離れずの距離で、ほとぼりが冷めるまで待機だ。

「せっかくスパでのんびりしようと思ってたのに〜〜〜」
ナミは盛大に嘆いて、未練がましく船べりに両手を凭れさせ遠景を眺めている。
「まあ、あのまま街でやり合うよりましだったよ。ロビンには連絡付いたんだろ?」
「うん、あっちはあっちで静かにやってるって」
「んじゃ、サンジは・・・」
「連絡取れない」
「だよねー」

解散時に各々、緊急連絡用として電伝虫を持たせていたが、今回はゾロにもサンジにも渡していなかった。
なんというか、邪魔しちゃ悪いとかいうナミらしくない、遠慮が先に立ったのだ。
ウソップもその辺の複雑な心境は、理解してくれている。
「まあ、他の海賊とかが別のコトやらかして俺らのほとぼりはすぐ覚めっだろ。2.3日様子を見ようぜ」
早速「腹減った―!」と叫ぶルフィの声に急かされ、ウソップは冷蔵庫を開けた。
「あれ?」
「どうしたの」
ウソップの声にただならぬものを感じ、ナミがキッチンに入ってくる。
「サンジ、まだ買い出し済ませてないよな」
「いつも出港直前にしてるわよ」
「だよなー」
首を捻るウソップの目の前には、作り置きのタッパーがきちんと整理して収納されていた。
ご丁寧に中身がなにか、賞味期限はいつまでかが事細かく表示されている。
「・・・なにこれ」
ナミは表情を一変させ、ウソップの手からタッパをひったくった。
「こんなことされてたら、誰でもすぐに食べられるじゃない」
「すぐ食べれんのか?」
即座にルフィが食いついて、ナミの手首ごとタッパを丸呑みしようとする。
それに拳骨を食らわしてから、適当に選んでルフィに与えた。
「こりゃありがてえ」
「そうじゃなくて!」
ウソップの暢気な相槌に苛立ったように声を上げ、食べることに専念しているルフィを置いて踵を返す。
「どうしたんだ?ナミ」
とまどうチョッパーを押しのけて、シンクの裏、戸棚、抽斗を次々と開けていった。

「おい、どうした」
「ちょっと見てウソップ、チョッパー」
ナミが指し示す場所は、どこもきちんと整理され見事なものだ。
しかも、どこになにが入っているか、すべてにラベルが貼ってある。
「これは・・・」
「サンジ君、確かにいつもちゃんと整理してるけどこんなんじゃなかったわ」
サンジがいつも座ってレシピを書いているテーブルに向かい、抽斗を開けた。
中にはレシピノートが3冊入っている。
パラパラと捲って、ナミの眉間の皺がより深くなった。
「これ・・・」
事細かに書かれた、レシピノート。
サンジならこんなレシピは必要ない。
これは、誰が見ても作れるように、素人に向けて書いたものだ。
「おいおいおい」
さすがにウソップも事態を把握して、真っ青になる。
「どういうことだ?あいつ、こないだからやけにキッチンの掃除に励んでるって思ったけど」
「え、これって・・・」
「長雨が続くから作業が捗るって、そう言ってたけど・・・」
まさか―――

「確かに、随分素直にゾロと一緒に降りるって言い出したなと思ったけど」
「や、待てよ。待て、そう言われればそうだな。サンジならもっと、最後まで悪あがきしそうだったのにやけにあっさり認めた」
ゾロと番になると、仲間達に公言したも同然だ。
サンジにとって一番嫌がりそうな展開を、甘んじて受け入れた。
それ以外選択肢はないのだから、仕方がないのだろうと周囲も納得したのだけれど――――
「そんなに、嫌だったの?」
もう二度と、船には戻らないと決意するほどに。

ナミは、気が抜けたようにその場でぺたりと座り込んだ。
頬袋を膨らませ、がっつきながらルフィが振り向く。
「ナミ、どうした」
「どうしよう、サンジ君どこか行っちゃう」
「ああ?」
「サンジ君、出ていくつもりなのよ!」
まるでルフィのせいでそうなったとでも言わんばかりに、詰るように叫ぶ。
「サンジ君いなくなっちゃったらどうするの、もうサンジ君のご飯が食べられなくなるのよ!」
「なんだと、そりゃあ困る!」
ルフィは一瞬きりっとした顔付きをした後、でもなあと首を傾げた。
「サンジが、どこ行くって言うんだ?」
「わかんない、わかんないけど、出ていってもいいような準備してあるもの。きっと出て行く気なんだわ」
わっと嘆きそうになるナミの肩を、チョッパーが支えた。
「まだそうと決まった訳じゃないし」
「とりあえず、ロビンには連絡するぞ」
焦った様子で電伝虫を取り出すウソップの隣で、ルフィは食事を再開させた。
「まあ、ゾロがいるから大丈夫だろ」
「ゾロ…」
「ゾロかあ」
これには、チョッパーもナミも反応が鈍い。

「・・・ゾロ、こうなったらあんたに任せるしかないんだから。頼むからサンジ君、逃がさないでよ」
ナミは祈るように、声に出して懇願した。





随分と深く眠っていた気がする。
ゾロが目を覚ました時、室内は今が何時かわからないほど薄暗かった。
寝そべったまま大きく伸びをして、欠伸を噛み殺す。
起き上がったら、腰が重かった。
あれだけ昼夜問わずカクカク動かし続けていたから、無理もないか。
いや、修業が足りないだけだ。
そう自分を戒め、スクワットでもするつもりでベッドから降りた。

コックの気配がない。
買物に出かけたのだろうか。
訝しく思いながら、今まで自分が眠っていた場所のシーツを撫でた。
ゾロの傍らに、温もりが残っている。
コックが抜け出て、そう時間は経っていないのだろう。

箍が外れたかのように、お互い我を忘れて抱き合った。
それこそ昼も夜もなく、食事をするのさえ忘れてひたすらに行為に溺れた。
思い返せば、さすがのゾロも少々気恥ずかしさを覚えるほどだ。
悦楽に酔って、随分と甘い言葉も囁いてしまった気がする。
「・・・まあ、悪くはなかった」
ゾロは顎を撫で、口に出して呟く。
どうせなら、同じことを思い出して恥ずかしさに悶絶するコックの顔を拝みたい。
コックはどこへ行ったのか。

何時の間に干してあったのか、ずぶ濡れだったゾロの服はきちんとハンガーに掛けてあった。
まだ少し湿気が残るが、着られないことはない。
サンジの服も靴も、下着や荷物も一切残っていなかった。
そのことに気付いて、途端に嫌な予感が沸いてくる。
「あの野郎、どこ行きやがった」
ゾロは歯ぎしりをするように呟くと、手早く服を着て身支度を整えた。



まだ早い、朝靄に煙る街をサンジは一人歩いていた。
朝市の準備か、人通りはそこそこ多い。
荷を運ぶ行商人や漁師達が、ひっきりなしに行き来している。
幾人かがサンジの姿を見て足を止めたり振り向いたりはしたが、声を掛ける者はいなかった。
金髪が珍しいのか、見かけない旅行者・・・ぐらいに思うのだろう。
以前のように、やたらと構いたがる視線ではない。
そのことにほっとして、効力があったことを改めて思い知った。

ゾロと、番になったのだ。
島に着いてから三日三晩、我を忘れるようなセックスを繰り返し文字通り一つになってしまった。
思い返せばこの場で頭を抱えて叫びたくなるような恥ずかしさしか残っていないが、それでも憑き物が落ちたかのようにスッキリしたのも事実だった。
そうして、オメガとしての発情作用もなくなったのだろう。
単に発情期間が終わっただけなのかもしれないが、無暗に注目されることがないのはありがたい。
この先も、ずっとこうなのかもしれない。
ゾロがいなくても、サンジ一人で生きていくとしても、もう二度と誰かれ構わず欲情させることはないのだと、思いたい。

サンジは、舫い綱を外して漕ぎ出そうとする小舟に近付いた。
年老いた男が、不審げに顔を上げる。
「この船、どこ行くんだ?」
「隣の島への定期便さあ。観光客か?あと1時間ほど待ったら観光船の始発が出るよ」
「いや、観光じゃねえんだ。悪いけど乗せてってくんねえかな」
荷物一つで身軽そうなサンジを、年寄りは頭からつま先まで一瞥した。
「訳ありか?」
「うんそう、訳あって逃げる。一刻も早く、この街から離れたい」
「隣島にしか行かんよ」
「それでいい、土地勘がないからどっか適当なところで隠れられたらそれで」
さほど深刻でもなさそうに、ヘラリと笑う。
だがその瞳に真剣さが見て取れて、老人はわかったと頷いた。
「荷物のついでに、載っていくがいいさ」
そうして、小舟はゆっくりと港を離れた。



黄金色の朝焼けが、紫色の空をゆっくりと染め始めた。
海風に煙草を吹かしながら、サンジは空を仰いで煙を吐く。
「いーい眺めだな」
「毎日のこった」
「天気がいいし、最高だ」
「雨や嵐でも、舟は出すさ」
「定期船ならしょうがねえのか、でも無理しちゃいけねえぜ」
ぽんぽんぽんぽんと小気味よく音を立てて、船は進む。
「家出か。この辺のもんじゃあねえなぁ、あんた」
「ああ、一味を抜けるのさ」
「一味たぁ、海賊のような言いようだな」
「そうだな」
海賊だよ、とはわざわざ教えない。
「訳ありなら聞かねえが、そんでいいのかい?」
「――――・・・」
煙草を咥えながら目を眇め、瞬きした。
「いいから、出てくんだよ」
「行く当てはあるのか」
「特にねえけど、目標はあるし」
老人は、サンジが見つめる先を同じように目を細めて見た。
すぐ目の前に、大小さまざまな島が連なっている。
幾つもの島が密集していて、範囲は狭いが逃げ込むには向いた場所だ。

「俺、コックなんだ。腕に覚えがあっから、どの船でも重宝される」
「ああ、手に職があるなら強いな」
だろ?とサンジは、得意げに肩を竦めた。
「グランドラインを渡るのに海のコックは命綱だからな、今なら俺フリーだぜ」
「船出をするにゃ、50年遅ぇよ」
老人はカカカと笑い、エンジンを止めた。
「ん、どうしたじいさん」
急に速度を落とした船に、サンジは不審げに振り向いた。
老人の背後に、白波を立てて迫りくる船影があった。

「んげっ?!」
「コックーっ!逃がすかーっ!!!」


「訳ありなら訳は聞かんが、巻き込まれるのは御免だからの」
じいさんは皺くちゃな顔を更に皺々にして、のんびりとキセルを吹かした。






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