運命と呼ばせない -12-


往生際悪く飛んで逃げようとしたサンジを、ゾロは抜刀して追い掛けた。
空中で小競り合いをしながら、斬撃で海面を波立たせ島へと降り立つ。
風圧の煽りを受けて小船が転覆しかけ、老人は「他所でやれ!」と怒鳴った。

「悪いな、じいさん」
縺れながらもなんとか浜辺にサンジを抑え込むことに成功したゾロが、上半身だけ起こして大きく手を振る。
老人は軽く片手を上げ、ぽんぽんぽんとエンジン音を響かせながら浜辺を離れた。
ゾロを乗せてきた船の方は、勢いよくUターンして走り去って行く。
大方、脅されて嫌々船を出したのだろう。

「クソ!離せ馬鹿野郎!」
浜辺に顔を押し付けられ、砂まみれになってサンジが叫ぶ。
その背中を膝頭で抑え込み、ゾロはやれやれと長衣の裾を払った。
「観念しろクソ眉毛、逃がしゃしねえぞ」
「なんで・・・」
サンジは砂地に額を押し付け、悔しげに拳を握りしめた。
「なんで、わかったんだよ!俺の匂いは、まだすんのか?」
「ああ?匂いなんざしねえよ」
部屋には、残り香すらなかった。
「あんだけぷんぷん匂ってやがったのに、てめえが消えてからさっぱりわからなくなって焦ったぜ」
ゾロらしくもない物言いで、背中に跨ったまま偉そうにふんぞり返る。
「だったら、なんで・・・」
「んなもん、あちこち聞きまわったに決まってんだろうが。キンキラ頭で眉毛が巻いたアホっぽいヒョロ男っつったら、大概のモンが思い当たって答えてくれた」
随分な言い草だが、実際サンジのような金髪は稀な土地柄のせいか、やたらと衆目を集めていた気はする。
発情期が終わった後でも、老若男女問わずじろじろと見られていたのは気のせいではなかったらしい。
「そんな、人に聞いて探し回ったってのか」
サンジは戸惑いを隠せず、砂に手を掛けて半身を起こす。
「それ以外方法がねえだろうが、ここに着いてすぐ雨が降った時もそうした。雨で匂いが消えちまってたから」
「なんでっ!」
サンジは不自然な体勢で身を捩り、ゾロの胸元を掴んだ。
「なんで、そこまでして俺を追う?!」
「ほかに方法がねえからって・・・」
「そうじゃねえ!」
そんな意味じゃねえと、悔し紛れに砂を掴んで投げつけた。
「そんな、人に聞きまわるなんてみっともねえ真似までして、なんで俺を追いかけんだよ!」
「みっともなくなんかねえ、てめえを逃さねえために、なりふり構ってなんざいられねえだろうが!」
ゾロは一旦腰を浮かしてから、サンジの襟元を掴んで引き上げる。
「それが、ダメだっつってんだよっ」
言い返すサンジは、いまにも泣き出しそうに顔を歪めた。
「なにがダメだ」
「てめえ、自分がおかしいってわかってねえんだろ。大体お前、そんな奴じゃねえじゃねえか。俺を追っかけて、なりふり構わずに人に聞きまわってまで固執するって、そんなんてめえじゃねえじゃねえか」
サンジは両手で拳を作って、ゾロの胸を思い切り叩く。
「てめえは、オメガだのアルファだのおかしな話吹き込まれて、頭ん中に刷り込まれただけだ。妙な匂いとやらに惑わされて、勘違いしてるだけだ。そうでなきゃ、俺なんか―――」
しゃくり上げるように、唇を戦慄かせた。
「俺なんか、お前が必死こいて追いかけるようなモンじゃねえ」
「てめえ・・・」
ゾロが険悪な顔付きをしたのに、サンジは見たくないと手の甲を目元に当てる。
「絶対、後悔する。ただの気の迷いで、こんなことになっちゃならねえ。てめえが俺みたいな野郎相手にするなんざ、絶対あり得ねえ。後で正気に戻ったら、てめえだって死ぬほど後悔するに決まってる」
「―――――・・・」

ゾロは、サンジの襟元を掴んでいた手を乱暴に外した。
そうして砂地に手を付き、肩を怒らせる。
「じゃあてめえは、こっから一人で行方くらませて、どうするつもりだった」
ドスの効いた声で恫喝するように詰られ、サンジは顔を覆っていた手を外して横を向いた。
「別に、俺ァ一人でだって生きて行ける。オールブルーは、自分で探しゃいいんだ」
「本気で、一味抜けるつもりだったのか?そんなもん、ルフィが許しゃしねえぞ」
「許そうが許さまいが、俺が戻らなきゃもうどうしようもねえだろうが。一味抜けるのは簡単じゃねえって言いてえんだろうが・・・」
「そういうことじゃねえ!」
ゾロは砂地に拳を打ち付けた。
湿った砂が巻き上がり、手首までめり込む。
「てめえ一人で、生きて行くつもりだったのか」
「ああそうだよ、幸いてめえと“番”とやらになれたみてえだしな」
サンジは自分の襟元を指で引っ張って、へらりと笑った。
「まだ発情期は終わってねえ時期なのに、誰も俺のこと気にもしねえ。つまりてめえと“番”んなって、誰彼かまわず発情する体質は変わったんだ。だったらもう、俺ァ一人で生きていけっじゃねえか」
言い切ったサンジを、ゾロは射殺すような目つきで睨み据える。
「悪いがてめえはお役御免だ。俺の体質変えるために、役立ってくれてありがとうよ。けど、俺がいりゃあ仲間に迷惑掛ける。どんな理由で俺がオメガだって、いつバレるとも限らねえ。俺は、ナミさん達を危険に晒すのが嫌なんだ」
ナミさんもロビンちゃんも、ルフィもウソップもチョッパーもフランキーもブルックも。
お前にだって、嫌なんだゾロ。

「思えば、皮肉な話だよな。同じ船に乗り合わせただけなのに、アルファとオメガが揃った偶然なんてよ。まあ、結果的にてっとり早く対処できて都合よかったけど、そのせいでお前は仲間に手を出す羽目になった」
サンジは顔を歪めて、笑う。
「仕方ねえよな、仕方ねえよゾロ。これが運命だったって諦めろよ、俺はもう諦めたから。けど、もうこれでお前の役目は済んだんだから、俺はもう闇雲に発情したりしないんだから。だから、一緒にいる意味はもうな――――」
パンっと乾いた音を立てて、サンジの頬が打たれた。
殴りつけられる衝撃ではなく、目が覚める程度の軽さだ。
サンジははっとして、目の前にいるゾロを見る。
なぜか、ゾロの方が辛そうな表情をしていた。

「仕方ねえなんて、言わせねえ」
声を荒げず、唸るように絞り出す。
「そもそも、仲間には手を出さねえと決めたのは自分への戒めだ。そうしなきゃ、俺は自制できなかった」
「なに言って・・・」
「てめえが発情云々言い出す前から、やたらと目障りでチョコマカ動きやがって気になって仕方なかった。それがあんな匂い撒き散らし始めたら、もうダメだ。あれが決定打だった。それは認める、だがな―――」
サンジの襟を掴んで、ぐいと引き寄せた。
「お前がオメガだの俺がアルファだの、偶然だの運命だの、んなこた俺にとっちゃ関係ねえんだよ。俺がてめえを抱きてえんだ、てめえに惚れてんだ」
「言うなゾロ!!」
ゾロの言葉を遮るように、サンジは両手でゾロの口元を覆った。
「てめえがそれを口に出すな、惑わされてるんだけなんだ。俺がオメガだからって、てめえを発情させるように仕向けてるだけなんだ、それはてめえの本心じゃねえ」
「俺の心を、てめえが勝手に決めるな!」
サンジの指に歯を立てて、ゾロが叫んだ。
「運命だなんて呼ばせねえ、俺は最初からお前に惚れててお前はもう俺のもんだ!てめえが逃げるな!」
「ゾロッ・・・」

サンジはくしゃりと顔を歪め、ゾロの顔を引っ掻いていた指を頬に添わせた。
包み込むように掌で撫で、どちらからともなく顔を寄せる。
遠くから、聞き覚えのある汽笛が響いた。

その音に振り向くことなく、二人は浜辺に座ったまま濃厚なキスを交わし続けた。









「大変、お邪魔しました」
ウソップが神妙な顔で正座している。
ナミは半笑いで、フランキーは無言のままポーズを決めていた。
チョッパーとロビン、ブルックは黙って微笑むだけだ。
ルフィは、サンジに巻き付いて滾々と説教している。

「もう二度と、俺に黙って一味抜けようなんかするな!絶対許さねえ!」
「・・・ごめん」
ぐるぐるに巻き付かれた状態で、サンジはしおらしく項垂れた。
先ほどまでゾロと抱き合っていた場面を見られたせいか、耳まで真っ赤で今にも憤死しそうだ。
「そうよサンジ君、ゾロが見つけてくれたからよかったようなものの」
「もう、絶対逃げらねえよな」
「観念して、二度とこんな真似はしないでちょうだい」
ロビンにそう言い据えられ、サンジは「はい」と神妙な顔で頷いた。

「でもまあ、いいタイミングで発見できましたね。お二人にはそう思えないでしょうが・・・」
「や、結果的にいいタイミングだったぜ」
サンジはそう言って、腹立ち紛れに壁に凭れて目を閉じているゾロを蹴った。
「こいつ、どこででも盛りやがって」
「しょうがねえだろうが、てめえ相手じゃ発情期だのなんだの関係ねえから」
「うるさい黙れ!ナミさん達の前でそっち方面の話題出したらコロス!」
まあまあとチョッパーが割って入り、ロビンは静かに立ち上がった。

「無事に“番”になれたのね。おめでとう、ゾロ、サンジ」
「い、いやあ」
「おう、ありがとよ」
平然と祝福を受けるゾロを、もう一度ガツンを蹴り付ける。
「仲間内でって複雑だけど、でも二人とも落ち着いたみたいだし・・・これでよかったのよね」
まだ複雑そうな表情のナミとウソップを、ロビンは交互に見た。
「実は、確証が得られなかったことがあるの。それをこの島で調べてみて、幾つか事例が見つかったわ」
「なに?」
ロビンはゾロとサンジに視線を移し、柔らかく微笑んでみせる。
「アルファとオメガが揃ったら、誰でも“番”になれるのではないということ。考えてもみて?昔、3種の性が今よりもっと一般的だったとして、その場にいるアルファとオメガが、ただそれだけで“番”になれたと思う?」
ロビンの問いかけに、言わんとすることが分からず首を捻る。
「アルファとオメガを単純に男女に置き直して考えてもいいわ。男と女が惹かれ合って結ばれるのが自然の摂理だったとして、ナミは男なら誰でもいい?ウソップは、女なら誰でもいい?」
「それはない」
「いやーないな」
二人でぶんぶんと首を振れば、ロビンはそうでしょうと含みを見せた。
「それと同じで、アルファとオメガが揃ったとしても“番”になるとは限らないのよ。身体の相性よりも気持ちが優先されるの」
サンジの顔が、より一層火を噴くほどに赤みを増した。
壁に凭れて座っているゾロも、心なしか頬が赤い。

「つまり、アルファとオメガであっても両想いじゃないと“番”になれない?」
ナミの言葉に、ロビンは微笑んで頷いた。
そこに、ブルックが口を挟む。
「私が幼い日にお会いしたご夫婦は、こう仰ってました。例え、相手がベータであったとしても、私達はきっとお互いに惹かれ合ったでしょう。たまたま、アルファとオメガであったと。ただ、それだけのことと」


ゾロとサンジはどちらからともなく視線を合わせ、サンジの方から悔しげに目を逸らした。
ゾロはと言えば、なぜか勝ち誇ったように笑っている。
「そらみろ」
「うるせえ、このクソアホマリモーっ!!」
途端に乱闘を始めた二人を、仲間達は生暖かい目で見守る。



「じゃあ、とりあえずお祝いすっか」
「サンジ君、おかえりなさいと・・・」
「御結婚、おめでとうかな」
「明るい家族計画の指導も、徹底しないといけねえな」

「ようし野郎ども、宴だ―――――――っ!」
ルフィの声が高らかに、青い空に響き渡った。




End


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