月の輝く夜に 3

「あーあ、沈んじゃったよ。」
ルフィが麦わらに手をかざしながら、海面に吸い込まれていく残骸を眺めている。
「ほんとに・・・沈めちゃったわね。」
ナミの目から涙が滝のように流れている。
「海軍船を・・・よりによって、海軍船を沈めるなんて・・・」
「生存者もいないわね。救命用のボートまで全部破壊しちゃったから」
ゾロが、と付け加えるロビン。
「所詮、お尋ね者だけどよ」
ははっははっ・・・と乾いた笑いを続けるウソップの足はかたかたと震えている。
すべてを済ませたゾロは、それでもまだ不満気に影の消えた海を睨み付けたままだ。

「そうだ、サンジはどうなったんだ」
最初に思い出したのは、ルフィだ。
「あ、ゾロが助け出したって言ってたわ。そう言えばチョッパーがいないわね。医務室かしら」
「俺、ちょっと見てくるわ。」
ウソップが駆け出すのを、ゾロが慌てて止めようとしたとき、
チョッパーが降りてきた。
「チョッパー、サンジは無事か!」
まるでぬいぐるみのような姿で、チョッパーはとことこと寄ってくる。
「うん、無事だ。外傷は少ない。ただ・・・」
青い鼻の上をたらりと汗が一筋流れた。



「サンジは、はしかなんだ。」
・・・は?・・・
全員が固まる。
「はしかといっても、皆が子供の頃に罹ったようなはしかじゃなくて、七日はしかっていう、
 この辺の風土病みたいなものでね。大人でもかかると七日は人と接触しないほうがいい。
 だから、サンジは今日から一週間、面会謝絶だ。」
「一週間!」
ナミの口から絶望的な声が漏れる。
「一週間、一週間も、サンジ君は出てこれないの?」
「だめだ、皆に感染する危険がある。ドクターストップだ」
「サンジの飯、食えねえのか?」
「一週間の辛抱だ。」
「チョッパーだって危ないんじゃないの?」
「俺は人間じゃないから、大丈夫だ。それに・・・」
全員がチョッパーに注目する。
「サンジ、はしかの発疹がすごいことになってて・・・誰にも見られたくないらしい。」
これにはみんな納得した。

「そういうことなら、仕方ないな。」
ウソップが元気付けるように、ナミに声を掛ける。
ナミはうなだれたまま、とりあえず中に入って当番を決めましょうと、皆を誘った。
「やっぱ、ゲームだろ。」
「いやージャンケンだ。」
「いっそあみだってのは・・・」
それぞれ好き勝手いいながらナミについていく。
甲板に残ったのは、ゾロとチョッパー。
ロビンは二人に気づいたが、何も言わず中に入っていった。









チョッパーは皆を見送った姿勢のまま振り向かない。
小さな背中にゾロが声を掛ける。
「・・・ありがとよ。」
小さな肩が震えている。
「やっぱりてめえは、立派な医者だ。」
隣にしゃがみこんで、肩に手をかける。
ぶるぶると震えながら振り向いた顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃだった。
「ゾ・・・ロぉー・・・」
こらえきれず、ぎゅっと目を瞑ると涙があふれ出た。
ゾロはその背中をぽんぽんと叩く。
「なんでー・・・なんでサンジがぁ・・・・あんな目に―――」
ゾロにしがみついて嗚咽を堪える。
「はしかたあ、うまく言ったぜ。」
うぇ、うぇ、としゃくりあげるチョッパーの後ろ頭を撫でてやる。
よくやった。
よくやった、チョッパー。
「一週間で、よくなるんだろ。」
チョッパーは声もなく、ただ何度も頷く。
「身体の傷は、大丈夫。きっと、直ぐに治る。絶対治す・・・から。」

―――だから、神様。
サンジを元に戻して。
いつものように、笑わせて。
美味しいご飯をいっぱい作って、煙草を吸いながら、優しい目で俺達を見てて。
俺は、サンジが大好きだから。
ゾロに毛並みを撫でられながら、チョッパーの涙はなかなか止まらなかった。


何とか落ち着いたチョッパーに、ゾロはサンジとの面会を申し出た。
チョッパーは少し困った顔をしたが、ゾロなら仕方ないか、と許可した。
「ただし、1時間だけだよ。それ以上たったら、俺はドアを破ってでも中に入る。」
「なんでだよ。」
心外そうなゾロの顔に、蹄を突きつけた。
「なんかゾロ、やばい気がする。」
「何が」
「目つき」
こりゃあ、生まれつきだ・・・と言いかけて、ゾロはやめた。
確かに、今日は殺しすぎた。
表情には出さないが、まだ神経が昂ぶっている。
この状態でサンジに合うと、何をするかわからない。
「そうだな、頼む。」
真顔でチョッパーに頭を下げた。








医務室の前まで来て、ドアをノックしてみる。
この船の中で、ドアをノックして入るなんざ・・・初めてかもしれねえ。
返事はない。
そっとドアを開ける。
灯りはついていないが、窓から差し込む月の光で部屋の中は薄明るい。
てっきり眠っていると思ったサンジは、窓を開け放して空を眺めていた。
月のせいか、その横顔はいつにも増して蒼白く、作り物のようだ。
声をかけるのも忘れて、しばしゾロはその姿に見蕩れた。

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