月の輝く夜に 2

「ウソップー!見えるー?」
ナミの声が響き渡る。
「おーっ。なんかそれらしい影が・・・あーあれだ!見つけた」
見張り台のウソップが身を乗り出して応える。
「あれだ!あの海軍船!見つけたぞ。」
サンジが拉致されてから2時間が経つ。
かろうじて海軍の追手から逃げ延びて、体制を整えている内に海軍船を見失っていた。

早くサンジ君を助けなければ・・・無事でいて!
「直ぐに殺さないと思うわ。」
ロビンは相変わらず冷静に、腕を組んだまま海軍の陰を見つめている。
「おそらく上層部に連絡して、曳航する間に私たちの情報でも聞き出しているでしょう。」
「サンジ君、腕に怪我でもしてたら・・・」
悪い方にばかり考えが行く。
ナミは涙目になって叫んだ。
「誰がこれから食事作るのよ!もう当番性はこりごりなんだから!」
見張り台から降りてきたウソップが足を踏み外し盛大に落ちる。
チョッパーは固まっている。
ロビンまで頭を抱えた。
「この子ってほんとに・・・」
「なんでよりによってサンジ君なのよ!役立たずは他に一杯いるのに!」
「なーに言ってんだナミ」
あきれているルフィとゾロ・ウソップの頭の上には見えない矢印が点滅していた。
「だいぶ近づいたぞルフィ。」
「よし、行くか」
ルフィが右手をびょーんと伸ばして、はるか遠くの海軍船のデッキを掴む。
その体にゾロとウソップとロビンがしっかりと掴まる。
「ナミ、行ってくる!」
被っていた麦わら帽子をナミの頭に載せて、目にも止まらぬ速さで飛んで行った。
「お願い・・・みんな!」

物凄い衝撃に船が揺れた。
慌てた水夫が甲板に飛び出てくる。
まさか人間が4人、体当たりで飛び込んできたとは誰も思わなかった。
「このアホが・・・」
「相変わらず無茶苦茶だ・・・」
よろめきながら立ち上がる。
一瞬たじろいだ兵たちが、一斉に襲い掛かる。
ゾロがすばやく刀を抜き、ルフィが駆け出し、ロビンが舞った。
ウソップは早くもどこかへ消えている、。





「なんだ、今の音・・・」
「知るか!おいもう猿轡外していいだろ。口に入れてえんだっ・・・。」
興奮した息使いだけがこだまする暗い船室で、まだ影が蠢いている。
上官らしき太った男と海軍兵はその場を立ち去り、ずっとお預けを食らっていた
水夫達にようやく順番が廻ってきたのだ。
「畜生・・・この足枷邪魔だ!外すぞ」

じゃらりと音を立てて、片足の足枷が外される。











ロロノア・ゾロはまっしぐらに船底に向かって走ってきた。
近づく敵はすべて切り払う。
捉えた捕虜は船底に閉じ込めてあるはずだ。
とっととあの馬鹿を連れ出して、この船からおさらばしてやる。
遠くで爆発音が響く。
ウソップが手当たり次第に仕掛けているのだろう。
あいつもサンジが絡むと切れるのが早い。

適当に雑魚を切り倒して階段に足を踏み入れると、目の前の扉がいきなりぶち破られた。
男が一人扉ごと吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
「こんのっクソ馬鹿野郎!」
威勢のいい声と共に、もう一人飛んできた。
なんだ、元気じゃねえか。
ほっとして、それから無性に腹が立ってきて、ゾロは船室に足を踏み入れた。

暗い部屋の隅でほのかに白く、金髪が浮かんでいる。
その下にさらに白い顔。
一瞬、目が合った気がした、が、その体はゆっくりと崩れ落ちる。
「おい?」
倒れたサンジの体に近づくと、ぬるりとした感触に足を取られた。
床に目を落とす。
血らしき赤いものと、白っぽい液体で汚れている。
サンジは拘束されたままの両手を投げ出して、うつぶせに倒れていた。
長い前髪で半ば隠れた目はきつく閉じられ、呼吸すらしていなかのような白い横顔が見える。
・・・なんだ?・・・
引きちぎられたシャツは肩口で引っかかったまま背中を覆い、その先からむき出しの足が二本、
力なく伸びている。
足首には足枷と、黒いズボンがまとわりつき、おびただしい血にまみれていた。
「―――おい」
わずかに息を潜めて、ゾロはサンジの体を抱き起こした。
思わず息を呑む。
引き寄せた腕から胸にかけて、シャツの下から覗く肌に残る、明らかな陵辱の跡。
赤い痣。
血のにじむ、いくつかの歯形。
紙のように白い、サンジの顔。
かっと、全身の血が煮えたぎるような感覚に襲われる。
こめかみがどくどくと脈打ち、耳鳴りがする。

・・・これは・・・怒りか?・・・
ゾロ自身、自分の動揺が信じられぬまま、しばらく立ち尽くした。
とにかく、連れ出さなければ・・・。
サンジの両手を拘束する鎖を切り、シャツに残ったボタンをあわせようとする。
酷くてこずって、はじめて、ゾロは自分の手が震えていることに気がついた。
舌打ちして、今度は足首に巻きついたズボンを引き上げる。
サンジは意識をなくしたまま、ゾロにされるがままになっている。
ようやくベルトを引っ掛けると、肩に担ぎ上げ部屋を出た。

GM号はぴたりと横につけていた。
ナミは前方でルフィに指示を出しているらしい。
船に残ったチョッパーの姿を見つけて、ゾロはサンジを担いだまま飛び移った。
「ゾロ!」
「チョッパー!人型になれ!」
ゾロの剣幕に驚きながら、チョッパーはすぐさま人型になった。
自分よりでかいチョッパーにサンジを渡す。
「チョッパー、お前は医者だよな。」
こくこくと、うなずくチョッパーに言い聞かせるように
「医者なら、このまま医務室にサンジを連れて行って診てくれ。だが、このことは他の
 奴らには言うな!」
チョッパーは固まったまま聞いている。
「頼んだぞ。」
言うだけ言って、ゾロは踵を返した。

事態をうまく飲み込めないまま、チョッパーはサンジに目を移す。
なんだか分からないけど・・・
サンジから嫌な匂いがする。
俺がなんとかしなくっちゃ・・・
チョッパーはサンジを抱いたまま、大急ぎで医務室に飛び込み、中から鍵を掛けた。



「ちょっとゾロ、どうしたの?」
ナミがGM号から海軍船に移るゾロの姿を見つけて叫ぶ。
「サンジは助け出した!もうこの船に用はない。皆を引き上げさせろ!」
「って、そう言いながら、あんたどこ行くのよ!」
ゾロは三刀流の構えを取り、ナミに背を向けたまま言った。
「この船を沈める。」

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