triangle -8-



ナミを見送った後もう一本煙草を吸って一服し、サンジはすっかり日の暮れた夜道をトボトボと帰った。
途中で薬局に寄り、痛み止めを買う。
医者に行くほどではないが、ズキズキと疼く痛みを誤魔化してしまいたかった。

家に帰り着いても、ゾロと一緒に夕飯は食べたから後はなにもすることがない。
薬を飲んで早々にベッドに入り、横になった。
夕飯の匂いがまだ部屋の中に残っていて、嫌でもつい先ほどまでのゾロとの時間を思い起こさせた。

まずいとキッパリ言い切るけれど、メニューや食材には文句をつけず出されたものは全部食べる。
食事のマナーはきちんとしているし、箸遣いも綺麗だった。
粗野に見せてはいるけれど、育ちの良さが滲み出ている。
ただ食味が悪いと言うだけで、料理自体の扱いは丁寧だ。
自分が食事を摂ることはおざなりにしているけれど、食自体を軽んじているようではなさそうで。
なにより、食膳と食後にきちんと手を合わせる仕種が、サンジは気に入った。

―――悪い奴じゃ、ないと思うんだがな。
確かに、第一印象は最悪だった。
人の話も聞かないでいきなり殴り掛かるし、しかも目立った場所を避けてダメージだけ与えてくるし。
ちょっと慣れたかと油断してたら、すぐさま牙を剥いてくるし。
扱い辛い、偏屈者であることは間違いないのだけれど。
「でも、悪い奴じゃねえ」
口に出して呟いて、一人でうんと頷く。

弁当だって、嫌そうに顔を顰めながらもちゃんと受け取るのだ。
そうして食べ終わったら洗って返してくる。
最初に渡した箸だって、どこかで捨てればよかったのに律儀に洗って返しに来た。
粗暴で真面目、乱雑で慎重、迷子で優秀?
ガラにもなく、ナミの誕生日には花なんか用意したりして。
―――あいつ、どんな顔して花束、買ったのかな。

花屋の店員に、多分後ろ頭を掻きながら「プレゼント用なんです」とか言ったんだろうか。
贈る相手はどんな人?と問われて、美人で可愛くてスタイルが良くて明るくて賢くて・・・なんて、言ったんだろうか。
「・・・言う訳ない、か」
サンジなら言う。
店員が呆れるくらい美辞麗句を並べ立てて、その場にいないナミを褒めそやすだろう。
けれどゾロはそうじゃない。
それでも、なんとか言葉を探して無骨に不器用に、ナミのイメージを伝えたのだ。
そして、あの花束ができた。

サンジはベッドに入ったまま、視線を転じた。
玄関に置かれた花は、もう随分と萎れてしまっている。
それでも騙し騙し、なんとか水を換え栄養を与えてもたせているのだ。
大好きなナミの、誕生日祝いの花だから。
ゾロが贈った、花だから。

ガーベラの鮮やかなオレンジは、そのままナミを思わせる。
理知的で大きな瞳、愛くるしい笑顔、魅惑的なボディ。
どこからどう見ても、完璧な美少女だ。
彼女の隣にゾロが立っても、ゾロなら見劣りしないだろう。
寧ろ、似合いの二人に見えなくもない。

ナミから話を聞く限りは、ゾロは粘着質なストーカーのように思えたけれど、実際に付き合うとそこまでの異常さは感じられなかった。
勿論、今回のようにナミが絡むと豹変して面食らうことはあるけれど、基本、朴訥で無害な性格に見える。
顔だって悪くはないし身体つきも逞しいし、頭だって悪くはないようだし(迷子だけれど)
あの女子大生達が気軽に話しかけてくる程度には、人付き合いができてるんじゃないだろうか。

思い出して、「そうだよ」と一人呟く。
同じ学校の女の子が恐れずに話しかけてくる程度に、ゾロは普通なのだ。
寧ろ、ちょっとモテてる感じがした。
そのおこぼれで、サンジにも声が掛かったような気がした。
もしかして、ゾロとつるんでナンパとかしたら成功率上がるんじゃないだろうか。
思考が逸れて、いやいやと脳内で修正する。
こういう考え方が、ゾロの逆鱗に触れたのだ。
本当に真面目な思考回路で、一応サンジはナミと付き合ってると自己紹介したからそれを真に受けていて。
愛するナミを蔑ろにしたと、そう思って激怒したんじゃないだろうか。
それならわかる、なんとなく理解できる。
逆の立場なら俺だって怒るぞと、サンジは想定しただけで腹立たしくなった。

―――なんだ、ゾロって普通じゃん。
考えれば考えるほど、ますますゾロは悪くない奴に思えてきた。
寧ろ自分のちゃらんぽらんさに嫌気が差す。
こんなことじゃ、安心してナミを任せてもらえないだろう。
ストーカー程度にまでナミを愛するゾロに認めて貰えるよう、これから尚一層ナミだけを見つめて暮らしていかなければ。
そう心中で決意し、でもなあとまたぐずぐずと考えを改める。

問題は、ナミだ。
ウソップの情報が本当ならば、ナミは誰とも付き合わずに、人の好意を上手いこと利用していることになる。
勿論自分も例外じゃなくて、しつこいゾロを体よく追い払うためのコマに過ぎない。
サンジ的には別にそれでも構わないのだけれど、それじゃあゾロが納得しないだろう。

ナミ・・・ナミは一体どんな子なんだろう。
しっかり者で機転が利いて、プレゼントでも転売するような思い切りの良さ(?)も持ち合わせている。
正直、お金にうるさいとの話だったけれど、それにしちゃ贅沢をしているようには見えない。
ナミが着るからどんな服だってよく似合って飛び切り上等に見えるけれども、名のあるブランド物なんてきっと一つも持ってないだろう。
さっき肩に掛けていたトートバックだって、多分、雑誌の付録だ。
ナミ自身、勉強も真面目にこなしながらバイトを掛け持ちしていると聞いた。
他の女子大生達に比べたら、段違いなほど清楚で慎ましい暮らしぶりと言える。
それじゃあ、ゾロから巻き上げていると言う貢物は、どこに消えているんだ。
ゾロ自身はいいとこの坊ちゃんだと、ウソップが言っていた。
なに不自由ない暮らしぶりのボンボンを手玉にとって、金を巻き上げて。
それらは一体、なにに使ってるんだろう。

不意に思い付いて携帯を手に取る。
困った時には便利なウソップ・・・とのフレーズが頭を掠めたが、結局そのまま手放した。
ウソップに頼めばある程度の情報は入るだろうが、女の子のことを本人に内緒でコソコソと嗅ぎまわるなんて、紳士のすることじゃない。
ナミ本人に単刀直入に尋ねるのが一番だと思うけれど、まともに答えてくれないだろうことは容易に想像できる。

―――ちょっとくらいミステリアスな方が、魅力的なんだけど。
恋の駆け引きならサンジとしても大いに楽しみたいけれど、そういう雰囲気でもなさそうだ。
ウソップが言う通り、適当なところで身を引いて係わり合いにならない方が本当はいいのだろう。
けれど、やっぱりナミのことが大好きだし放っておけはしない。
なんとなくだが、ゾロよりナミの方が心配な気がして来た。
いつも如才なく立ち回っているようで、その実ギリギリの立ち居地で身軽に躍って見せているような、そんな危うさがナミからは感じられる。

――― 一度、ナミさんとちゃんと話をしてみよう。
綺麗で可愛くて魅力的な女の子。
ただそれだけじゃなくて、賢しくて抜け目なく、どこかに影を引き摺る普通の女の子としてのナミと向き合ってみよう。

そう決意して、ゆっくりと寝返りを打つ。
どうにかすると脇腹が痛んで、息をするのも辛くなった。
家に上げてやって飯を食わせて、弁当まで作ってやったのにこの仕打ちかよと恨みがましい気持ちがないでもないが、それでもそんな凶悪なゾロに対して心の底から怒りが湧かないことの方が不思議だ。
まるで他人事みたいに思いながら、サンジはいつしか眠りに就いていた。





シーツ越しに振動が伝わって、反射的に覚醒する。
電気を点けっぱなしで眠っていたらしい。
煌々とした光の下でサンジは寝惚け眼でシーツを擦った。
ウソップに連絡しようとして結局やめた携帯が、枕元でブルブルと震えている。
着信にナミの名が見えて、がばりと起き上がり脇腹の痛みに呻いた。
「う、あ、はい。ナミさん?」
「サンジ君?こんな夜中にごめんね」
押し殺したナミの声は、切羽詰っていた。
「どうしたの」
「あのね、いま2丁目のミニショップの裏なの。うん、ちょっと変な男がいて動けないのよ」
「わかった、すぐに行くよ」
ナミの口調から緊急だと悟り、サンジは多くを語らずにすぐさま部屋を出た。
携帯の時計を見れば、夜中の2時前だ。
こんな時間まで、ナミは一体なにをしているというのか。

少々腹立たしく思いながら、アパートを出て全速力で駆けつける。
脇腹が激しく痛んだが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
さして親しいとも言えないサンジに、助けを求めてきたのだ。
よほどの危険を感じているに違いない。

サンジが見当をつけた店まで、裏道を突っ切ってほぼ一直線に馳せ参じた。
時間にして5分も経っていないはずだ。
店を行き過ぎて裏通りに抜けると、ちょうど数人の人影が揉めながら反対側の通路を出る現場に出くわした。
「もう、離してよ!」
「ナミさん!」
サンジは暗がりの中、狙いを定めて蹴りかかった。

最初の蹴りは手で止められたが、反動でもう片方の足を振り上げ回し蹴りを決める。
素手で止められたのには驚いたが、2発目は綺麗に入ったはずなのに相手が倒れずに踏みとどまっていることにも驚かされた。
まるで、ゾロみたいだ。
―――って・・・
「ゾロ?!」
「てめっ!」
二人、見合う形になって動きを止める。
その隙に、ナミがさっと駆け出した。
「あ、待てこのやろ」
「てかてめえが待ちやがれ」
逃げるナミとそれを追うゾロ。
さらにその二人を追うサンジは、道に転がった塊に躓いて転びかけた。
「・・・て、なんだよ」
視線を下ろしてぎょっとする。
明らかに風体の悪そうな男達が3人も、道に転がって気絶していた。
「あれ、もしかして・・・」
「待てっつってだろうが」
「きゃあっ」
ヒールでは早く走れなかったか、ナミが早々にゾロに捕まった。
乱暴しないようにと、サンジは慌てて二人の下に駆け寄る。

「待てゾロ、ナミさんも待って。落ち着いて」
「離してってば、人を呼ぶわよ」
「わー呼ばないでナミさん、頼むから勘弁して」
今にも射殺しそうな凶悪な目付きで睨むゾロを押し退け、二人の間に入ってまあまあと宥める。
「ね、ナミさん落ち着いて。ゾロも、乱暴なことするな」
ゾロは不満そうに歯噛みしながらも、大人しくナミから手を離した。
ナミも、それ以上逃げようとはせず乱れた服を直している。
髪が乱れ、イヤリングは片方取れてしまっていた。
ゾロにというより、足元に転がっていた男達に乱暴されかけたのだろう。

「警察、呼ぶ?」
「いらないわ、余計なことしないで」
言い捨てて歩き出そうとするナミの手を、サンジはやんわりと引きとめた。
「ねえナミさん、落ち着いて話そう。いいよね」
そう言ってゾロも誘い、深夜も営業している喫茶店に3人で入った。





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