triangle -6-



なんとなく、ナミが通う大学へと足が向かったが特に用事がある訳ではなかった。
なのでメールでも事前に連絡なんてしない。
偶然にでも行き会えればラッキーかな・・・と思った時点で、まるで自分がストーカーのようだと気付く。
と言うか、ゾロみたいだ。
ゾロはナミだけでなくサンジも、門の外で待っていた。
いつ帰るとも知らず、そもそも登校していた確証もなかっただろうに、出てくるまでじっと待ち続けていた。
そう考えるとちょっと・・・いや、相当不気味だ。

―――でも、俺の場合は箸を返すって目的あったからな。
まるでゾロのフォローをするみたいに脳内で言い訳して、どちらにしろアレと俺は違うと結論付ける。
少なくとも自分は、ナミと偶然行き会ったとしても嫌な顔をされる存在じゃない。
ナミには嫌われていない・・・と思う。
うん、間違いなく。

いまひとつ自信が持てないことが情けないなと思いつつ、大股でサクサク歩いていたら前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
少し登り坂になった歩道の上辺りで、言い合いをしている。

「しつっこいわね、いらないったらいらないの!」
「受け取るぐらいいいだろうが」
「邪魔になるだけでしょ、大体なんで花なのよ。こんな売れもしないもの」
まさかと思って駆け登ればどんぴしゃで、ゾロとナミがそこにいた。
「ナミさん、大丈夫?」
サンジの声に弾かれるように振り返ったナミは、険しい顔付きをしていた。
思わずサンジが足を止めてしまうほどの表情を、一瞬にして和らげて笑う。
「んもう、サンジ君聞いてよー」
言って、過剰なほどの笑みを浮かべサンジの右腕に手を絡めてきた。
ナミのふくよかな胸が肘に押し付けられ、それだけでビビビと電流が走ったみたいに衝撃を受ける。
背筋がピンを伸びたのに膝から下の力が抜けて、この場に崩れ折れそうだ。
「ああ〜ナミさん〜〜」
「ね、あんたはもういいからとっととあっち行って!」
サンジに抱き付いた格好で牽制されて、それまで言い寄っていたらしいゾロがぎりっと睨み付けて来た。
「てめえどっから湧いた、このストーカー野郎」
「おおおおおお前が言うか?お前が言うな!」
思わずナミの肩を抱いて怒鳴り返す。
と、そこで初めてゾロが手にしていたものに気付いた。
大きくて華やかな花束だ。
ガーベラを主にして、オレンジと黄色の花色で統一されている。
そこに緑の葉があしらわれ、元気の出るビタミンカラーになっていた。
まさにナミのイメージにぴったりの艶やかさ。

「いらないって言ってるのに、どうせ受け取ったって捨てるわよ」
汚らわしそうに吐き捨てるナミに、サンジの方が戸惑った。
「捨てるって、ナミさん花に罪はないよ」
「あらそう、サンジ君がそう言うんじゃ仕方ないかな」
ずいっと突き出してきたゾロの手から花束を受け取ると、ナミはそのまま乱暴にサンジの手に押し付けた。
「はい、じゃああたしからサンジ君にあげる」
「・・・は、あ?」
思わず受け取ってしまったサンジを置いて、ナミはとんと弾むように後退りした。
「じゃね、私これから約束があるの。後はよろしく」
「ちょ、ちょっとナミさん!」
呼び止める声も届かないほど早く、ナミは坂道を駆け下りて角を曲がってしまった。
目を見張るような見事な俊足だ。
けれど、感心すべきはそこじゃない。

「どういうこったよ」
言って呆然としたまま横を向けば、ゾロもまだそこに突っ立っていた。
しばし無言で見詰め合う。
先ほどから往来を行く人々は、それとなく二人を・・・いや、ナミをも含めて三人を注視していた。
今は、折角花束を渡そうとしたのにすげなく振られたみっともない男と、成り行きで受け取ってしまった間抜けな男の二人きりだ。
取り残されて、かっこ悪いことこの上ない。

「お前、これ」
「知るか」
サンジが花束を差し出せば、ゾロは肩を聳やかして踵を返した。
そのまま立ち去ろうとするのを、慌てて追い掛ける。
「待てよ、こんなん俺も困るよ」
「だったら捨てればいいだろが」
「花に罪はねえつっただろうが」
ゾロに花束を押し付けようとしたら、乱暴に腕で払い除けられたから慌てて抱き込んだ。
本当に、花に罪はない。
このまま突っ返したら道端に捨てられそうで、できなかった。

「大体なんで、こんなレトロに花束なんだよ」
サンジは勿論、女性に花を贈るのが大好きだが、昨今の女性はあまり喜ばないかもしれない。
特にナミはこういう情緒的なものより、金目の物の方が喜ぶだろう。
そう言えばさっき、売れもしないものとか言っていたか。
と言うことは、何か貰っても転売しちゃったりするのだろうか。

一人でアレコレ考えて冷や汗を掻いていたら、ゾロが前を向いたままボソッと呟いた。
「今日は、誕生日なんだ」
「はあ?あ、え?」
へ?っと目を見開いて、思わず足を止める。
「誕生日なんだ、あいつの」
あいつって、ナミさんの?
え、そうだったの。
知らなかった。
つか、俺としたことがリサーチ不足だった。
「マジかよーなんてこった」
オーマイガッと頭に手を当てたサンジを、ゾロは馬鹿にしたような目線で振り返った。
「お前、付き合ってるだのなんだの言っておいて、あいつの誕生日も知らねえのか」
・・・カッチーン!
ものすごくドタマ来ましたけど、言い返せない。
口惜しいけど言い返せない。

「うるせえな、俺らはまだまだ付き合い始めのウブな状態なんだよ」
「ああそうかい」
「って待てよコラ!信じてねえだろっ」
成り行きで追い掛けて、並んで歩く。
「誕生日ならしょうがねえ、お前が花束渡したのも許してやる俺が」
「なんでてめえが」
「うっせえな、てめえがナミさんに花束渡したのは事実だろうが。ナミさんだって一旦は受け取った。これで結果オーライだろ。だからもう諦めろ」
「どこが“だから”だ」
言い返して、ゾロがはっと足を止めた。

「ここ、どこだ」
「・・・お前、どこに向かって歩いてる気だよ」
サンジは一緒に足を止め、ニヤニヤしながら煙草を咥えた。
歩き煙草はご法度だが、もうここまで来たらいいだろう。
「ここは俺のアパートの前だ。てめえ、これからなんか用事あるのか」
「・・・バイト」
「おうおう、聞きしに勝る勤労青年だな。何時からだ」
「18時」
「なんだ、まだ余裕あるじゃねえか。寄ってけよ」
「はあ?」
ゾロは、いつも眇めてばかりの物騒な目を、丸く見開いた。
こうしてみると、別にそう怖い顔でもないように思える。
「バイトまで時間あんだろ、俺の部屋で休んでけ」
「なんでてめえの」
「腹は?飯食ったのか」
・・・ぐう、とゾロの代わりに腹が答えた。
本当に、タイミングよく鳴る腹だ。

「お前、俺と会ってる時って絶対腹空かしてるよな」
「お前と会う時だからじゃねえ、いつものことだ」
言い訳のように返せば、サンジは食いついてきた。
「いつもだと?ろくに飯も食ってねえのか」
「・・・まずいだろうが」
「だから食わねえって?ちょっと待てオラ。来い、落ち着いたところで俺が教育的指導をしてやる」
「だからなんで俺が・・・」
時間的に余裕があるせいか、サンジが強引に腕を取って歩き出しても、ゾロはさして抵抗しなかった。



「ほら、その辺適当に座ってろよ」
床に散らかしっぱなしの雑誌を適当に積んでスペースを作り、ソファの上からクッションを投げた。
ゾロは初めて入った他人の部屋で、所在無さげに突っ立っている。
「でくの棒がぼうっと立ってっと鬱陶しいだろうが。座れ」
「だったら人を呼ぶな」
「文句言うな」
言いながら、サンジは洗面所に入って水を張り花束を浸けた。
そのまま取って返し、いそいそとキッチンに立つ。
「その辺で適当にして待ってろ、今すぐ作ってやる」
ゾロは「だからなんでお前が」とはもう言わず、雑誌やらCDの山を几帳面に片付け始めた。
途中、手慰みにグラビア本を捲り、その場でごろりと横になる。

「まずいから食わねえって、昼飯抜いたのか?」
「いや、今日はまだ食ってねえ」
「はあ?朝飯は?」
「朝は・・・つか、昼前にビール飲んだ」
「はああああ?!」
サンジはもう、驚き呆れっぱなしだ。
それでも、調理する手は止めない。
「てめえ、そんなんじゃダメだ。つかサイアクだ。それじゃあ味覚障害にもなるはずだ」
「うっせえな、てめえに関係ねえだろ」
「関係大有りだっつの、俺はぜってえてめえに“美味い”と言わせてやる」
「厄介なもんに、因縁つけられたな」
「そうだろそうだろ、ざまあみろ」
ゾロは嘆息を一つ吐いて、そのまま床に顔を伏せる。
間もなく静かな寝息が聞こえ、サンジは包丁を操りながら喉の奥でくくくと笑った。



「起きろー」
足の先で軽く蹴り飛ばす。
すっかり寝入っていたのか、ゾロはその反動でごろりと床を転がった。
それでも起きない。
再度蹴り飛ばすか、それとも腹を踵で踏みつけてやろうかと迷っているうちに、パチリと目を覚ました。
「ああ、ここどこだ?」
「俺んちだ、数分で寝惚けんなボケ」
正確には1時間弱だが、中途半端な眠りのせいかゾロは横たわったまま目を瞬かせている。
なんかこう、冬眠明けの熊みたいで可愛いと思えないこともない。
つか、可愛いってなんだよ。

「ほら、飯できたぞ食え」
サンジに促され、ゾロは大きく欠伸をしながら身体を起こした。
ローテーブルには、所狭しとあらゆる種類の料理が並んでいる。
この短時間でこれほどとはと、さすがのゾロも素で驚いた。
「すげえな」
「だろ?まあどうせ美味くもねえだろうけど、とにかく食えそうなもんから食ってみろ」
ゾロはテーブルの前に胡坐を掻くと、両手を合わせて行儀よく「いただきます」と唱えた。
そうしてから、サンジに言われた通りに次々と箸を付けていく。
サンジはそんなゾロの様子を、煙草を吹かしながら眺めた。

頬袋を膨らませ、大口で頬張っては咀嚼する。
もっとよく噛めとか、茶で飲み下すなとかゆっくり食えとか、文句を言いつつも瞳は笑んでいた。
人がモノを食べているのを眺めるのは好きだ。
美味そうに平らげてくれたらもっと嬉しいけれど、ゾロはやっぱり顔を顰め苦行でもしているみたいに仏頂面のままだった。
それでも、米粒一つ残さずすべての料理を綺麗に食べ尽し、再び両手を合わせて「ご馳走様でした」と行儀よく唱える。

「お粗末でした、美味かったか?」
「・・・まずい」
サンジは煙草を揉み消して、やっぱりと仰け反りながら笑った。
口先だけでも「美味かった」と嘘を吐いて、サンジとの関係を絶とうとはしないゾロに、少し好感を抱いてしまった。
「怒らないのか?」
そんなサンジの様子に、ゾロは茶を啜りながら片目だけ顰めてみせる。
「まずいもんはまずいんだからしょうがねえだろ。けどな、まずくてもちゃんと食べろ。きちんとしたもんをちゃんと食べろ。飯も食わないでビールだけとか、食っても出来合いの弁当ばっかとか、そういうのは止めろ」
「俺に命令するな」
「何様だ」と毒づいてはいるが、言葉ほどに険悪な空気はなかった。
ゾロも、腹がくちて心が緩んでいるのだろう。
「何様だってサンジ様だ。てめえ、これから時間あったら俺んとこで飯食えよ、なんだったら弁当作ってやる」
「はあ?」
今日何度目かの吃驚かと、ゾロ本人でもわからないほど仰天しすぎている。
「一体なんだってお前が・・・」
「お前が“まずい”って言うからだっての、観念しろ」
そう言って、サンジは勝ち誇ったようににやんと笑った。






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