triangle -14-



午後の大半をナミと過ごせたことで、ホクホクした気分で帰宅した。
ら、部屋の前に大の男が両足を投げ出して凭れている姿を見つけてしまった。
一瞬、死んでるのか?と疑いたくなるような、傍若無人な脱力っぷりだ。
サンジの部屋の前を通り過ぎるお隣さんが、迷惑そうに邪魔な足を跨いでいる。
「す、すみません。こら起きろバカ!」
つい条件反射で謝りながら、サンジは慌ててゾロの肩を掴んだ。
軽く揺さぶっても起きないから、隣人が階下に降りたのを見計らってガンと腹に一発蹴りを入れる。
途端、ぐうと腹から返事があった。
どうやらまた、限界まで空腹状態らしい。
「あんだってんだよ」
サンジは乱暴に鍵を開け、まだ蹲っているゾロの襟首を掴んでずるずると引き入れた。
腹ペコだろうに、無駄に重い。

「なんだよ、また腹減ってんのかよ」
玄関まで入れて廊下にべちゃんと叩き落したら、ゾロがむくりと起き上がった。
「おう」
「おうじゃねえよ、なんで人の部屋の前で倒れてんだよ」
ゾロは悪びれる風もなく、むしろ眠そうに目を擦っている。
「なんで俺んち来るんだ!」
「ナミは?」
サンジの質問には答えずナミの名前を出したことで、自然と眉尻が下がる。
「ナミさんは今日も元気でお美しかった。ちゃんと家まで送り届けたよ」
「病院で顔合わせたのか」
「あそこは俺の祖父が入院してたとこでもある、不自然じゃなく偶然に居合わせたんだ」
「へえ」
人を小馬鹿にしたように片眉を上げた。
「そりゃ好都合だ、お前使えるな」
「馬鹿にすんな」
サンジは声を荒げ、一旦閉めたドアを開け放った。
「大体なんでてめえ、人んちに来んだよ。とっとと帰れよ」
「腹減った」
「うちは飯屋じゃねえよ」
言い合っている間にも、ゾロの腹は催促するように盛大に鳴り続けた。
「なんだよ、朝から飯食ってねえのかよ」
「ああ」
「なんで食わねえんだ、時間ねえのか」
「てめえの飯以外は、なに食ったって同じだからだ」
「―――・・・」
つい、ぐっと言葉に詰まってしまう。
「俺は、お前の飯が食いたい」
「・・・まずいのに?」
「同じまずいなら、てめえのがいい」
なんでこう、直球でクルかー!!
サンジはドアノブを握った手に力を込めて、乱暴にドアを閉め直した。



「クソッ、クソッ」
悪態を吐きながらも冷蔵庫を開ければちゃんと食材が揃っているのが、尚腹立たしい。
いつゾロが来てもいいようにとか、弁当の材料はどれがいいかなどと買い物途中に無意識に考えてしまっているのが悪いのだ。
そうだ全部ゾロが悪い。
乱暴にまな板を叩きながら手早く調理したら、勝手にシャワーを浴びてきたゾロが半裸で上がってきた。
「匂いがする」
「飯作ってんだ、当たり前だろ」
ギンっと睨み付ける勢いで振り返り、硬直した。
ゾロには替えの下着で自分の新品を渡したのだが、それを履いた後ろ姿がピッチピチだった。
食い込みすぎてピッチピチで、どこからどうみても卑猥だ。
「おま・・・それ・・・」
「キツい」
そりゃそうだろう。
同じく新品のTシャツに腕を通して、頭から被った時にビリッと嫌な音がした。
「お、お、おま・・・」
「伸縮性が悪いな」
無理やり首を通して胸から下へとシャツを引っ張るのに、やっぱりピッチピチで何かの変身ヒーローみたいだった。
「体形、俺と変わんねえだろ?」
「身長は変わらねえが、体形違うだろ」
ズバリと指摘され、ぐうの音も出なかった。
軽くショックを受けたサンジを残し、ゾロはさっさと食卓に着いて手を合わせている。
「いただきます」
その行儀のいい仕種だけは上等だと、サンジも文句を言うのは諦めて食卓に着いた。

正面に座り旺盛な勢いで食べているゾロを眺めれば、伸びきった半袖から腕の筋肉がハムのように盛り上がっていてげんなりする。
なんだってこんな、筋肉ダルマみたいな野郎にただ飯を食わせているんだろう。
そもそも、普通に服着てたらそんなにゴツく見えないのに。
着やせするタイプなのか、脱いだらスゴイんですと言われたいのか。
チラリチラリと盗み見ていると、ゾロと目が合った。
逸らすのも癪で、そのまま睨み返す。

「服がキツい」
「当たり前だ、人の服貸して貰っといて贅沢言うな」
間髪入れずに言い返したら、ゾロは空のご飯茶碗をずいっと差し出した。
「面倒臭え、今度俺の服持ってくる」
「はあ?」
「つか、てめえ合鍵寄越せ」
「冗談じゃねえ、なんでてめえにンなことしなきゃなんねえんだ」
「不便だろうが」
まったく話が噛み合わない。
このままズルズルと住み着かれてたまるものか。

「てめえがここに勝手に来るのも迷惑だっつってんだろが。大体狭い部屋にてめえがいるだけでも暑苦しいってのに・・・」
「そうか」
あっさりと相槌を打たれ、拍子抜けする。
「なら、てめえ俺の部屋来い」
「・・・はあ?」
「いや、俺の部屋はバイト先からもナミんちからも遠いな。ナミんとこに近い部屋に引っ越そうぜ」
ちょっと待って、なんでそこで誘い文句になってんの?
「引っ越すんなら、一人で引っ越せ」
「それじゃ意味ねえだろうが」
だからなんの意味??
「部屋探しは俺に任せてとけ」
「勝手に話を決めるなー!」
叫びながら、大盛りによそったご飯を突っ返した。
ゾロは尊大な態度で受け取り、漬物をぽりぽり齧る。

「大体チンケな部屋に小っちぇえ冷蔵庫だ、これじゃビールも入らねえ」
「てめえがバカスカ飲み過ぎんだ・・・じゃなくて、勝手に段取り決めるなっつってんだよ」
「こことそう距離が変わらなければ、てめえの学校にも近くていいだろうが」
まったく人の話を聞いていない。
サンジは苛々と髪を掻き混ぜ、やってられるかと箸を投げると煙草を取り出し火を点けた。
「食事中に行儀悪いぞ」
「うるせえ、てめえの指図は受けねえ!」
スパスパと乱暴に吸い、ふ〜〜〜〜っと長く吐き出す。
ちょっと、頭の中が冷えた気がした。

「あのな、てめえに飯食わせてやるのはやぶさかでもねえ。美味いとまでは言わなくても、ちゃんと食ってくれるしな。それだけで俺はもう大満足なんだ。俺的にもうOK。それ以上てめえに求めるもんはなんもねえ。だから、てめえと一緒に暮らすメリットは、俺にはまったくない」
「俺にはある」
「んなもん関係あるかーっ」
ダンとテーブルを叩いたら、灰皿が飛び上がって引っくり返った。
あああとサンジが動くより早く、ゾロが立ち上がり足元にしゃがみこむ。
「火の始末はちゃんとしろよ」
「んなこと、言われなくてもわかってる!」
着席したままあわあわと言い訳するのに、ゾロはその間にも散らばった吸殻を集め布巾で灰を掻き集めて拭き取り、炊事場で濯いで再度綺麗に掃除した。
お前それ台布巾だぞと突っ込む気力もなくて、サンジは居心地悪そうにイスの上でモジモジするばかりだ。
いつもは尊大で縦のものを横にもしない横着男なのに、こうも甲斐甲斐しく自分の不始末の後片付けをされると調子が狂う。
と言うか、ちょっとクる。
いや、クるってなんだよ。

「いつも飯を食わせて貰ってるからな、生活費はてめえに預ける」
「は?」
ゾロの話は飛び過ぎだ。
「ナミは、俺が働いて稼いだ金じゃねえと受け取ってくれねえ。それとは別に生活費は自由に使えるから、それをてめえが管理するといい。必要なだけじゃなく、てめえが欲しいもんなに買ってもいいぞ」
「な、に言って・・・」
「一緒に暮らすんだから、当たり前だろ」
言いながら、ゾロは再度洗った台布巾をきつく絞りまたテーブルの上に置いた。
一度床を(しかも煙草の灰を)拭いた布巾をテーブルに戻すってどうよ。
サンジの意識が布巾に行っている間に、するりと後ろから手を回し抱き締める。

「―――・・・!?」
あまりの展開に硬直したサンジの耳元で、ゾロがそっと囁いた。
「一緒に暮らしゃあてめえの飯もてめえも食い放題だ」
「く、食われてたまるか!」
うがあと手を振りほどき立ち上がりたいのに、恐ろしい力でがっちりとホールドされている。
何より背面からの攻撃(?)のため、着席したままのサンジでは蹴り飛ばすことができない。
床に足を踏ん張って頭突きしようとしたサンジの動きを察知したか、ゾロはさっと顔を避けてその代わり耳朶に噛み付いた。
ふひゃあと情けない悲鳴が上がる。
「な、なななななにすんだっ」
慌てて両手で顔を押し退けるのに、ゾロの手が脇腹を探りシャツの下から肌を撫で上げた。
「今更なに言ってやがる、初めてでもねえくせに」
「初めてじゃなくしたのどこのどいつだ!つか、昨日の今日でてめえ」
「せっかく道付けたんだから、集中して鍛えねえと」
「鍛える必要なんざねえっ!」
太い首を絞めるつもりで引っ掴んだら、いつの間にか取りすがる格好になっていた。
ゾロの手が勝手にサンジのベルトを外し、腰を浮かして下着ごとズボンをずらしたからだ。
「ば、ばばばばばばばっ」
「んだ、もう勃ってやがる」
そんな馬鹿なと視線を下げて目を剥いた。
愚息がピョコンと、申し訳なさそうに遠慮がちに頭を擡げている。
「これは、びっくり勃ちだ!」
「そりゃ奇遇だな、俺もだよ」
あちこち弄りながら、ゾロが腰に股間を押し付けてきた。
びっくり勃ちどころではない硬くてでかくて熱いモノが、布越しにも存在を誇張してくる。
「変態ーっ!」
「変態に弄くられて勃ってやがんのは誰だ」
ゾロは声を立てて笑うと、サンジの膝裏に手を入れて椅子の上から持ち上げた。
そのまま居間兼寝室に入りベッドカバーの上に自分ごと倒れこむ。

顔がぶつかると目を瞑ったら、むちゅっと唇を食まれた。
そのままあちこち弄られ、混乱の内に綺麗に服を剥ぎ取られる。
シャツの袖から腕が抜かれるのを追い掛けるように身体を反転させ、そのまま逃げようと手足をバタ付かせたが腰を掴まれているからジタバタもがくだけだった。
「離、せ・・・」
まだ痛みが残る肋骨に、ゾロが指を這わせる。
乱暴でない動きに気遣いが見て取れて、サンジは観念したように膝を着いた。
その隙を逃さぬよう、ゾロは勝手に後孔になにかを塗りたくり始めた。
やけに段取りがいいから、サンジの諦めはますます強くなる。

「ナ、ミさん・・・」
「ああ?」
途端、不機嫌そうな声が返ってきた。
男の尻を弄くっている時に好きな女の名前を呼ばれたら、そりゃあ不機嫌にもなるだろう。
サンジは自嘲しながら、前髪で覆い隠された顔から覗く唇だけを歪めた。
「てめえは、ナミさんが好きなんだろう?」
「ああ」
返事と一緒に、ぐいっと指が突き入れられた。
昨日より乱暴だ。
ナミの名を出され、苛立っているのかもしれない。
「ナミさんのこと好き、なのに、なんで俺にんなこと、すんだよっ」
「んなもん、関係ねえだろうが」
「関係、ある!」
サンジは両手を着いて勢いよく背後を振り向いた。
アバラが軋んだが、構ってなんかいられない。
「男の俺にんなことしてるって、ナミさんが知ったら本気で嫌われるぞ!」
当の本人が脅す内容ではないだろうが、ゾロにわからせるにはゾロ本人への実害を示すのが一番だと思った。
なにもかも身勝手だからこそ、自分の不利益になることくらいわかるだろうと。
「んなもん、関係ねえ」
なのに、ゾロはやはり先ほどと同じ台詞を吐く。
「俺は、ナミにはなんの見返りも持たねえ」
「―――!」
無意識に、ゾロの指をきゅっと締めてしまった。
ゾロは自分の指とサンジの顔を交互に見て、不審げな顔つきをする。
「てめえとどうなろうがそれを誰かに知られようが、ナミが俺にとって大事な女であることに変わりはねえ。てめえよりも、誰よりもだ」
人の尻に指を突っ込んでおきながら、酷いことを言う。
けれどサンジは、その言葉で却って気が楽になった。
ゾロの中ではナミが一番で、自分は飯を作ってついでに性欲処理もできる、都合のいい存在であるに過ぎないってことだ。
黙って項垂れたサンジを、抵抗を諦めたと思ったのかゾロは調子よく指を動かし始めた。
萎えてしまった前にも手を回し、背後からうなじに口付け愛撫を再開させる。
「拗ねるな」
「・・・拗ねてなんか、ねえ」
きゅっと前を握られ、痛みでビクンと身体を竦ませる。
「俺がてめえを気に入ってんだ、それだけで納得しろ」
「うるさい」
「よくしてやっから」
「ざけんな」

サンジは枕に顔を押し付け、身体だけをゾロに明け渡した。
ゾロはその言葉通り、身体にだけ最上の快楽を与えてくれた。




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